ふっと波が引くように、
それまで夢中だったものが、詰まらなくなる一瞬がある。


あんなに心動かされ、
大好きだと思っていたものが、他のものと同じ……。
なんの感慨も持てない気分になって、
そうなるともう、ダメだった。


好きだった時の気持ちを思いだそうとしても、
全然思い出せなくて、何で好きだと思ったのかさえ、判らなくなる。


それは、本だったり、ゲームだったり、テレビだったり色々だけど。
人に対してもそうなることがあった。


勿論、友達にはそんなことを思ったことないんだけど。



告白されて、可愛いなと思って、付き合って、好きだと思って。

でも、ダメだった。



好きだと思ってた気持ちが嘘のように消えてしまって、
それがあまりに突然だから、
相手の娘も信じてくれなくて、しつこくて。
次第に自分の感情が、面に出なくなって、
無表情になったりして。



そうなると、相手の娘はどこか、
怖がって、結局別れることになるんだ。

でも、暫くオレはそんな低気圧が続いて、
不二や大石が心配したりして……。
宥めてもらって、甘やかして貰って、
テニスをしている内に、気分が段々、
元に戻って行くのが判るんだ。


でも。
でもね。


こんなオレでも、あの子に対しては絶対に違うと思う。
いきなり冷めたりなんか絶対にしない。

だって、会ってる時も、会えない時も、
あの子のことで、
心は占められてるから。




自分から好きだと思ったのは、初めてなんだ。


だからね、おチビちゃん。
いつまでも、オレの傍にいてね?


狂想曲〜Capriccio〜 Act.2

「ねえねえ、おチビちゃん!」
「……何ッスか?」
「……あ、あのさ、明日部活休みじゃない?」
「そっすね」
「……だからさ、どっか行かない?」

 部活を終えて、制服に着替えている途中で、既に着替えを終えている英二が、そう問いかけて来て、リョーマはキョトンと視線を向けた。


「どっか?」
「そう。……だ、ダメかな?」

 何で、こんな不安そうな表情で問い掛けて来るんだろう? とリョーマは英二を見ながら、制服のカッターシャツを着込んで、ボタンを留めながら、頷いた。
「別に、良いッすよ?」
「ホント?」
「何で、嘘だと思うんですか?」

 少々呆れたように問い返すと、英二は少しだけ切なそうに笑った。

「そう言うの……おチビは興味ないかと思って……」
「? そう言うの?」
「二人で出かけたりとか……デートとか……そう言うの……」
 英二の言葉に、リョーマは少しだけ眉根を寄せて、脱いだウェアをテニスバッグに押し込んだ。

「まあ、得意じゃないっすね」
「……あ、や、やっぱりね」
「人込みが、あんまり好きじゃないだけっすよ?」
「……へ? あ、そうなんだ?」
「だから、あんたと出かけることが嫌な訳じゃないっすから……」

 リョーマがそう言うと、英二は一瞬、キョトンと目を見開いた後、ぱあっと嬉しそうに笑った。

「あ、じゃあ、11時に駅で待ち合わせ。良い?」
「……11時……っすか?」
「え? ダメ?」

 あ、まただ……。
 何で、オレの一言一言で、この先輩喜んだり不安そうな表情になったりするんだろう?

「エージ……」
 小さく問い掛けると、更に不安そうな表情になって、自分を見つめて来る英二に、リョーマは軽く息をついた。
「あ、じゃ……1時にしよ? それなら、大丈夫……だよね?」
 慌てたようにそう言って、英二が笑う。
「そうじゃなくて……」
 言いかけて、リョーマは英二の不安そうな表情に、言葉を止めて、頷いた。
「11時で良いっすよ」
「え?」
「早く会えた方が良いっすよね?」



 このとき。
 リョーマは、英二のその表情の変化を見ない振りをして、やり過ごしてしまった。
 それを、激しく後悔することなど、この時のリョーマは知る由もなかった。




「うん! じゃあ、11時に駅で待ち合わせね!」
「良いっすよ」
「やた☆」
 ホッと息をついている英二に、苦笑を見せながら、リョーマはテニスバッグを肩に担いだ。
「あ、もういい? んじゃ、一緒に帰ろう?」
「え?」

 英二が嬉しそうに言って来るのを見て、リョーマはキョトンと声を上げた。

「え? って……え?」
「越前ー何やってんだよ?」
 タイミング良くと言うか、悪くと言うか……。
 先に出ていた桃城が部室のドアを開けて、リョーマを呼んだ。

「あ、今行くッス」
 そう桃城に答えて、リョーマは申し訳なさそうに英二を見返った。
「言ってなかったっけ? 今日は桃先輩と帰るって……」
「聞いてなかったけど……」
「桃先輩に貸す約束したゲーム、持って来るの忘れて。んで、桃先輩がどうしても、早くやりたいって言うから、今日帰りに家に寄ってもらうことになったんだけど……」
「ってーか、お前が持って来るって言って、何度も何度も忘れるからだろうが!」
 軽くリョーマの頭を小突いて、桃城が言い、リョーマは憮然として、「家を出たら思い出すんですけどね」と呟いた。
「それで、取りに戻れねえのか?」
「取りに戻ったら遅刻するじゃないっスか」
「全く、遅刻すれすれってのが、大問題だよな〜」
「桃先輩も同じくらいの時間にオレの家の前通るじゃないッスか! どうせなら、乗せてってくれればいいのに……」

 一頻り漫才のようにやり取りして、リョーマは英二の方を向いた。
「そう言う訳なんで、今日は一緒に帰れないっす」
「な、んで? 別にオレも一緒に帰って……」
「……悪いけど、オレが嫌なんで……」

 リョーマはそう言って、後は振り返りもせずに、部室を出て行く。
「え、っと……そんじゃ、オレも……失礼します!」
 どこか焦ったように、慌ててリョーマの後を追いかける桃城を最後に、部室の中は静まり返った。



「あ、英二?」
「ダメ。固まって動かないよ?」
「ああも、見事に振られたらな。心臓にかなり悪いような気がするぞ」
「英二? しっかりしろよ」

 それぞれが、心配そうに話を始めても、英二は微動だにせず、暫くそのままだった。







「――今、なんて言った?」

 小さく問い掛けられた言葉に。
 不二が視線を向けた。

「越前くんのことかい?」
「……おチビ……オレと、帰るの……嫌って?」
「英二?」
「……あ、オレ……も、帰るね。んじゃ、また月曜日〜♪」

 不二の声にハッと我に返って、英二は自分のテニスバッグを肩に担いで、部室を飛び出した。


 早く一人になりたかった。
 
 だって、今、物凄く泣きたい気持ちだったから。
 以前、リョーマは言ったのだ。
 泣きたい時は、自分の前でだけ泣いて欲しいと。
 他の人の前で泣くなと。


 だから、リョーマの傍に行きたいのに。
 でも、たった今リョーマに拒絶されてしまったのだ。

 さっきの今で、リョーマの所になんか、行ける訳がない。



「……なあ、越前!」
「……何スか?」
「さっきのは、ちょっと拙かったんじゃねえか?」
「……さっき?」
「嫌って言い方はねえだろう?」
「……だって、嫌なものは嫌だから」
「なんで嫌なんだよ?」
「桃先輩には関係ないっす!」


 自分に気付かず、そんな話をしているリョーマと桃城を見かけて、立ち止まった。

「結局、最終的にはそれだよな? お前……」
「判ってるんなら、無駄な詮索はしないように……」

 桃城は自転車に跨ると、リョーマはその肩に手をかけて、後ろのステップに立つ。
 そうして、二人はそのまま正門を出て行った。


「……どうして、何だよ? リョーマ……」



 明日のデートの約束が、まるで遠い出来事のような気がした。



「明日のデート。本当に来てくれるのかな?」

 リョーマと明日の約束をしたところまでは、凄くいい気分だったのに。
 今日も一緒に帰れるとばかり思っていたのに……。




 時々、何を考えているのか判らなくなる、リョーマの言動。
 それでも。
 こんなに、自分の心を捉えて離さないあの、強い存在。

 もし、彼が自分の傍から離れて行ってしまったら……考えるだけで怖くて堪らなくなる。



「おチビちゃん……」



 小さく呟いて、英二はやっと正門に向かって歩き出した。










     ☆   ☆   ☆


「うわ。何、これ?」

 翌日。
 朝から、何か騒がしいと思えば、物凄い勢いで、雨が降っていた。

「な、なんで? 今日、雨って言ってたっけ?」
 天気の確認なんかまるでしてなかったから、突然の大雨に、英二は項垂れた。
「これじゃ、デートなんか出来ないじゃないか……」
 小さく呟き、窓の外を見つめる。
 もう少し……降り方が弱ければ、出掛けることも可能だが……。
 こんな『集中豪雨』的な雨では、傘を差したところで意味はない。
 直ぐに、ずぶ濡れになるに決まっている。

「おチビに電話しなきゃ……」
 そう思って、着替えもせずに部屋を飛び出した。

 だが、電話は姉が使用中で、なかなか終わりそうにない。
 時計を見ると、もう10時を過ぎていたから、英二は部屋に戻って携帯電話を取り出した。


 ――何度かけても話中で、英二はイライラと唇を噛み締める。

「もう! なんで通じないんだよ!!」
 携帯の方にかけてみても、電源が入ってないらしく通じないし、英二は携帯電話を放り出して、服を着替えた。

 リョーマが出掛ける前に、リョーマの家に行って、出掛けるのは中止にしよう。
 でも、そのまま、リョーマの家で一緒に過ごせたら、それで良い。
 そう思いながら、普段滅多に使わない、レインコートも取り出して着込む。
 そうして――

 家人には何も告げずに、英二は雨の中、家を飛び出していた。










     ☆   ☆   ☆


「え? リョーマさんですか? さっき、出掛けましたよ」
「で、出掛けた?」
「ええ。こんなに雨が降ってるんだから、止めた方が良いって言ったんですけどね」
 約束してるからと、そう言ってリョーマは出掛けたと言うのだ。

「あ、ありがとうございました!」
 英二は、そう言って踵を返してリョーマの家を飛び出した。

 走るのに、傘が邪魔でしょうがない。
 雨のせいで、視界も悪くて走りづらいけど。
 でも、この雨の中、約束の場所へと出掛けたリョーマを、待たせたくない。


 だから、必死に走って、約束した駅へと駆け込んだ。


 こんな大雨でも、人波はそれなりにあって、その中を、英二はキョロキョロと周りを見回してただ一人の人を捜す。


「え? おチビ? ……いないの?」
 待合室にも、売店の前にも、どこにもリョーマの姿はない。
「……なんで? 約束してるからって……出掛けたんだよね?」
 だが、そんなに広い訳ではない駅の構内に、リョーマの姿はなく、英二は途方にくれたように立ち尽くした。





「英二? 何やってるんだ?」
 聞きなれた声に、英二は慌てて振り返った。
「……大石……おチビ、おチビ見なかった?」
「……いや、見てないが……どうした? 大丈夫か?」
「おチビがいないんだ! 家に行っても、電話も通じなかったし……おチビに会えない……!!」
 大石に縋り付いて、必死に訴える英二に、ある程度の事情を察した大石が、その背中に手を回して軽く叩いた。

「大丈夫。きっと越前も、お前を捜してるんだよ? だから、すれ違ってるのさ」
「……え?」
「一所にじっとしてれば、会えるのに、お前も越前も動くから、気がつかない間にすれ違うんだよ。――英二はここで待ってろ。オレが越前を捜して連れて来る。もしかしたら、ここに来るかも知れないからな」
「……あ……良い」
「英二?」
「だって、雨降ってるし……大石に迷惑かけられない……」

 縋り付いて頼ったことを気まずく思いながら、英二はそう言って、一歩後退した。

「ごめん。オレ、大丈夫だから……」
「英二?」
「……おチビのことで、大石にも不二にも頼っちゃダメなんだ」
「……どうして?」
「だって……」
 どう言えば良いのか、言い淀みながら、英二は目を伏せた。
「だって、大石も不二も……おチビのこと好きじゃない……」


 同じ人を好きになって、自分だけがその想いを受け入れて貰えた。
 それだけで、自分は恵まれ幸せなのだ。
 なのに、彼とのことで問題があるからと、頼る訳には行かない。


「馬鹿だな。英二」
「……へ?」
「確かに、オレは越前のこと、好きだけど……。でも、その前に、オレとお前は友達だろう? 友達が頼って来たら、出来る範囲で助けたいと思うだろう?」
「大石……」
「変に気を使われる方が、辛いよ? 英二」
「……ごめん…そうだね。でも……本当に大丈夫だから……」
「そうか?」
「うん。今度は家に電話してみる。おチビから連絡なかったか聞いてみるから」
「そうか? もし、越前に会ったら、自分の家か英二の家に行くように言っとくよ。そうすれば、もうすれ違わないだろう?」
「ありがと。んじゃね!」

 英二は、手を振って公衆電話のあるところにかけて行く。
 携帯を家に忘れて来ていたから、公衆電話を前にポケットから小銭を取り出して自宅にかけようとした。


「あ、もしもし……姉ちゃん……」

 そこで、英二は言葉を止めた。
 自分の視界の隅に捜していた人を見たから――





 でも、一人じゃなかった……。
 リョーマは一人ではなく、大雨の中で傘を差して、桃城と歩いていたのだ。



 手から受話器が滑り落ちた。





 バランスを崩して、後ろ向きに倒れそうになって、肘がフックに触れて下げてしまう。
 受話器から聞こえていた姉の声が消え、電話が切れたことが判った。








 
違う。
 そうじゃないんだ。



 だって、オレもさっき、大石にあったじゃないか。
 同じように、偶然会うことはあるんだし……。



 信じるって決めた。


 自己完結はしないって……。






『悪いけど、オレが嫌なんで』




 まるで、記憶がフラッシュバックするように……。
 蘇った昨日の、リョーマの言葉。








「……あ、ど、すれば……」


 拒絶されることに対して、恐怖心が沸く。
 声を、かければいいことは判っているのに。

 怖くて、身動きが取れない……。








 
本気誰かを好きになったことなんかなかった。
 だから、気持ちが移り変わって行くことに、疑問を持っていなかった。





 気持ちが変わるのなんか当たり前だって、そんな気持ちで、告げられた相手の気持ちなんか考えてなかった。




 ねえ?

 オレにいつまで、おチビちゃんの気持ちを引き止めとくことが出来るんだろう?


 おチビちゃんは……もっともっと、新しい何かを求めているかもしれないのに……。










 英二は、必死にリョーマを引き止める方法を考えていた。
 ぐるぐると、目が回るようなそんな感覚の中で。
 本当に英二が恐れていたことは、過去の自分がしたことを、リョーマにされること。


 リョーマは、自分が乗らないと動かない……自分とよく似たところがあるから……。



「英二先輩!!」




 心臓が……破裂するかと思った。





「桃……」

 俯いたまま、声をかけて来た相手を呼ぶ。
 隣に、リョーマが居るかも知れない。
 そう思うと、どうしても相手を見ることが出来ない。

「さっき、そこで越前に会ったんすよ? 何だよ。こんなことなら、もちっと引き止めてりゃ良かったっすよ」
「……え?」
 そこで、初めて英二は顔を上げて、桃城を見た。
「英二先輩捜してるって。この雨の中、どこを歩き回ってんだって、かなり怒ってましたけど……」
「……オレを、捜して……?」
「そっすよ……。一度、家に帰るって言ってましたから、今から追えば追いつくかも……」
 桃城が言い終わらないうちに、英二は駆け出していた。
 既に、傘は差していない。
 レインコートが、その役目さえ果たしていない状態のまま、リョーマの家に向かって、一心に走る。


「おチビ!!」
 さっき、リョーマが差していた傘と同じ色の傘を見て、英二は構わずそう呼んでいた。
 だけど、振り返った相手はリョーマではなく、自分を見て首を傾げて、そのまま行ってしまう。
「……うわっ」
 水溜りに足を取られて、転びそうになったところで、不意に腕を取られて、止まった。




「何、やってンすか?」
 呆れたような、苦笑するような、そんな声が聞こえて、振り返る。
「ったく、ふらふらしないで下さいよ? 捜すの大変なんだから……」
「おチビ……」
「傘は?」
「あ、駅に忘れて来た……」
「……駅にいたんだ? 一通り見たのにな……」

 自分の傘を差し出し、英二に持つように言って、リョーマは空いている手を掴んで歩き出した。

「あの……オレのこと、捜してたの?」
「エージもオレのこと捜してたんでしょ?」
「……うん。桃に会って……それで、おチビが家に向かってるって聞いて……」
「そうなんだ。桃先輩に会う前に、駅前のコンビニで、大石先輩に会ってさ。エージが捜してたから家に帰ってろって……」
「へ?」
「これから、こう言うときは、どっちか一方は動かずに、家で待ってることにしませんか?」
「……これから……」




 リョーマの言葉が、浸透するに連れて、英二は胸が強く痛むのを感じた。
 無が痛くて、喉が痛くて……泣きたいような気持ちになる……。

「エージ?」
「これからも……オレと一緒に居てくれるの?」
「……? 何言ってんスか? 当たり前でしょう?」
「……だって……! 昨日、オレと一緒に帰るの嫌って……」
「ああ……あれね」

 リョーマは、昨日の一件を思い出しつつ、肩を竦めた。

「リョーマ?」
「……あれは……二人きりじゃなかったからっすよ」
「……へ?」
「……こんなことになるんなら、後から、オレの家に来てもらって、泊まってもらえば良かったすね」

 そうすれば、今頃、こんなずぶ濡れになるような目に遭わずに済んだのだ。

「明日、会う約束してるから……まあ、いいやって思ったんですよね」
「……二人きりじゃないから……?」
「だって、桃先輩いたら、エージに甘えられないっしょ?」
 あっけらかんと言って、リョーマは軽く笑った。



「ねえ、おチビちゃん……」
「何?」
「抱き締めても良い?」
「……良いですよ? 今更じゃないっすか?」
「うん……」

 そうだけど。
 そうなんだけど……。


 自分のずるさに気付いた。
 リョーマを抱き締めることで、自分の不安とかそう言うものを、リョーマに押しつけて、安心しようとしている。




 ……オレは卑怯だね。


 こんなんじゃ、いつか……離れて行ってしまうかも知れない。



 でも、どうすれば良いのか判らないよ。




「どうして、泣くんですか?」
「……へ?」
 リョーマを抱き締めながら、泣いている自分に気付く。


 堪らなく愛しく。
 残酷なほどに、狂おしい。



「リョーマを……抱きたい……」
「……」


 小さく呟いた言葉に、発した本人が驚いていた。


「あ、ごめ……! そうじゃなくて……」
「オレはエージとそう言う関係になるのは、嫌じゃないっすよ?」

 歩き出しながら、リョーマが言う。
 慌てて、それを追って、問い返した。

「え?」
「……でも、今はダメ」
「なんで?」

 英二の問いかけに、リョーマは今まで見たことないような、淋しげな笑みを浮かべて、小さく呟いた。


「……それじゃ……エージの本当に、欲しいものは手に入らないから……」



 オレの本当に欲しいもの?




 問い返そうとしたところで、リョーマの家に到着して。
 後は、風呂に入るだの、服を乾かすだの、昼ごはんを食べるだので、大騒ぎになり。








 英二は、リョーマの言葉の意味の真意を聞きそびれてしまった。







 その日。
 リョーマの家で過ごした午後の時間は……。
 英二にとって、午前中とは180度違う、例えようのないほどの幸せの時間であったのだから……。







 互いに見過ごしてしまったもの。
 それに、気が付くのはもう少し先のこと……。










 今は、まだ……幸せの時間に包まれていた。





<Fin>


☆ あとがき ☆

予定と違って、すれ違い捲くり……互いに何かを誤解しつつ、ことの真相に気付いてないと言う……。

問題提起をするだけして
、先のこと何も考えてない辺りどうだろうか?(滝汗)


英二のもう一つの顔ってのは、不良とかではありません。
不良にすると城之内と被るので、ウチではその設定は使えないのです。
(言葉遣いがね。書いてて克也とか思っちゃ意味ないじゃん……/泣笑)


気まぐれが演技ではなく、本人の意図に関係なく、不意に訪れるものになってしまいました。
気まぐれと言うのか、まあ、気持ちが突然冷めてしまう。
前と同じ気持ちでいられない。


そんなところですかね。

気分屋ってとこは演技と言うことにしたいですね。
本当の彼は、もう少し繊細で小心者です。


リョーマもそんな気まぐれな、自分に似たところを持っている。
彼を繋ぎとめる自信がない。
今の英二はそれが、怖くて堪らないのです。

本当はリョーマさんだって
怖がってることに、まだ気付けないでいる。
リョーマさんは、英二が自分の言葉に一喜一憂することに疑問を感じて気にしてますが、今はまたコロッと忘れてます。(ウチのはちっとうっかりさん;;;)

作品自体が暗くて申し訳ないですが、ここを乗り越えないと、英二は強くなれません。
彼が本当に強くなるための、試練だと言うことで、ご勘弁を……(笑)

12歳のリョーマが、頼りない自分のせいで強がっていた……そのことを知った時、きっと英二は変われると思います。

と言うことで、もう暫く、お付き合い下さいませ!