狂想曲〜Capriccio〜 
Act.5

 その日。

 リョーマは朝から難しい表情をしていた。


「ねえ、どうしたの?」
「え? 何が?」
「何か、考え込んでる?」
「別に……」
「悩み事があるとか?」
「ないっす」

 心配した英二が、柔軟体操をしてる時に、普段は大石と組んでいるのに――ちなみにリョーマは桃城と組んでいる――強引に替わって、問い掛けて来た。

「ねえ、悩み事があるなら、ちゃんとオレに言ってね?」
「……」
「何で黙るかな?」
「……そっすね。悩み事があるなら、そうしますよ」
「絶対だかんね!」
「はいはい」
「はいは1回でいいの!」
「はいはい」
「もう!!!」

 どう見ても、イチャついてるようにしか見えないのだが、やっていることは、しっかり柔軟体操である。
 足を広げて座っているリョーマの背中を押してる……その間のやり取りである。

 呆れつつも、真面目にやっている以上、誰も文句を言えずに、諦めた様子で、それぞれに柔軟体操をこなしていた。





 だが、ストローク練習を始めても、リョーマの表情はいつもより難しい感じで、眉間に皺さえ寄っている。
 打ち合いにもいつもの精彩がなく、迫力も欠けていた。

「大丈夫か、越前」
「ッス」
「……少し休もうか?」
「……別に良いッスよ」
「……無理はしないことだ」


 大石の言葉に、リョーマは照れたように帽子のつばを下げて俯いた。
 大石が手塚に休憩に入ることを告げて、リョーマの様子に訝しさを持っていた手塚も、それを了承した。


「ほら、越前」
 渡されたのは、いつも自分が休憩中に飲む炭酸飲料ではなく、スポーツドリンクだった。
 だが、別に文句を言うでもなくリョーマはそれを受け取りプルタブを引いて飲み始める。

 リョーマから少し離れた場所に、大石も腰を下ろし自分の分のドリンクを飲み始めた。

「あの、大石先輩」
「ん? 何だ?」
「……ちょっと、良いっすか?」

 そんな大石を見つめながら、リョーマは意を決したように、声をかけていた。
 優しく問い返されて、リョーマは少しだけ、大石に近付いた。

「……今日、部活終わった後、時間ありますか?」
「……別に予定はないけど?」
「じゃあ、時間……貰えますか?」
「オレはいいけど。でも、英二は良いのか?」
「……良いッス」
 一言の下に切り捨てて、リョーマは大石を見上げた。
 少し驚いたような表情をして見せた大石も、リョーマの真剣な瞳に、苦笑を浮かべて頷いた。
「判った。いいよ」
「ありがとうございます」

 リョーマはそう言って、手にあったスポーツドリンクを飲み干した。



     ☆   ☆   ☆


「おチビー! 一緒に帰ろう!」
「帰れません」
「は?」
「……副部長と一緒に帰るんで、エージとは一緒に帰れないッス」

 着替えながら、何でもないことのように言うリョーマに、英二は一瞬呆気に取られた後。
 当然のように声を上げた。

「何それ? 何で?」
「……一々、理由言わなきゃダメっすか?」
「……!!」
 リョーマの言葉に、英二が瞬間息を飲み、拳を握り締めた。
「んじゃ、オレが不二や桃といきなり帰るからって言っても、おチビは平気なんだ?」
「……好きにすれば? 付き合ってるからって絶対に、一緒に帰らないとダメな訳じゃないっしょ?」
「ああ、そう! 判ったよ」
 そう言って、英二はテニスバッグを肩に担いで踵を返した。
「不二! 一緒に帰ろう」
「……それは良いけど。僕としては越前くんを敵に回したくないからねぇ」
「良いじゃん。おチビが良いって言ってんだから」
「……ムキになってると後で後悔するよ?」
「いーから!」

 不二の手を掴んで強引に引っ張り、部室を出て行く英二に、リョーマは深々と溜息をついた。

「良いのか? 本当に」
「……気にすることないっすよ。……あれは、オレにあてつけてわざとやってるだけだし」
「それはそうだけど……」
「ホントに……あてつけでも何でもなく、ああ言うことされたら、やっぱムカツクけどね」

 小さく呟いた言葉は、大石には聞こえなかったらしい。

 リョーマは自分のウェアをバッグに押し込み、それを持ち上げて、大石を振り返った。

「副部長って大変なんスね」
「……そうか? 慣れればそうでもないよ」

 着替え終わっていた大石は部日誌を書きながら、リョーマを待っていた。
 今度はリョーマが、それを待ちながら、ドアに凭れる。

「で、何なんだ?」
「は?」
「オレに時間を取って欲しいって。何か相談でもあるのか?」
「……えと、夏休みの宿題なんすけど」
「……ああ。宿題で何か判らないことでもあるのか?」
「ええ、まあ……」
「それ……英二じゃダメなのか?」
「……エージ先輩には……頼りたくないッス」
「……? どうして……」
 更に問われてリョーマはどうしようか迷うように目を伏せた。

「ああ、ごめん。無理に言わなくても良いよ。じゃあ、ここは暑いから図書館にでも行こうか?」
「はい」

 あからさまにホッとしたように返事をして、リョーマは出て行く大石の後に続いた。









    ☆   ☆   ☆


「ちぇ……何だってんだよ、おチビの奴……」
「……拗ねてもしょうがないだろう? あ、そうだ。僕、図書館に本を返しに行くつもりだったんだけど。付き合ってくれるよね?」
「何でオレが……。あーでも図書館涼しいよね」
【何でオレが】? 承諾してくれたから敢えて言及しないけど、この状態を作ったのは君自身って判ってる?」
「……オレ、別に承諾してないし……」
「明日は僕が越前と一緒に帰ろうかな?」
「……ぐっ…不二のバカ」
「……何か言った?」
「別に……」
 ニッコリ笑って問い返されて、さすがにこの暑気に感じた寒気に、英二は大人しく不二に従った。


 途中で、コンビニに寄って時間を潰したために、図書館に着いた時はもう3時を過ぎていた。

「あれ? 越前くんと大石だ」
「……!」
 図書館の長い机を挟んで向かい合わせに座って、リョーマは忙しく左手を動かしている。
 大石はその前で優雅に(?)本を広げて読んでいたりして。

「勉強してるみたいだね」
「……おチビが?」
「それ、越前くんに失礼だよ?」
「……でも、何で大石とじゃないとダメな訳? 勉強だって、おチビの頼みなら、オレだって付き合えるのに!」
「……そうかな?」
「? どう言う意味?」
「判らない? じゃあ、言ってもきっと判らないね」

 不二はそう言って、貸し出しカウンターに向かい、借りた本を差し出している。

 英二は、その間もじっとリョーマと大石を見つめていた。


 不意にリョーマが顔を上げて、大石を呼んだ。
 静かな図書館だが、更に小声で話すために、聞こえが悪い。

 判らない問題を聞いているのか、リョーマが何かを言った後。
 大石が右手にシャーペンを持って説明を始めた。
 それに、一々頷くリョーマに、英二は唇を噛み締める。



「オレだって……リョーマが頼めば……勉強くらい付き合えるのに……」

 大石とリョーマが、額を寄せ合って話をしているのをこれ以上見ていられなくて、英二は踵を返して図書館を出た。

「英二?」
 本を返す手続きを終えた不二が、戻って来た時には、英二の姿はどこにもなかった。
 軽く溜息をついて、不二は大石たちの方に足を向けた。

「やあ、大石、越前くん」
「あれ? 不二……一人か?」
「さっきまで英二がいたんだけどね」
「……やっぱり怒ってるか?」
「……拗ねてるって言うんだよ」

 そう言って、不二はリョーマの方に視線を向けた。

「ねえ、越前くん」
「何スか?」
「何で、英二に頼まなかったの?」
「? 宿題を見てもらうことっすか?」
「そう。英二言ってたよ、勉強でも君が頼めば、付き合えるのに……って」
「そうッスね」
「……越前?」
 不二の言葉の肯定に、大石が不思議そうに問い返す。
「だからッスよ」
「……え?」
「オレが頼めば苦手な教科でも何でも見てくれるッスよ。エージ先輩は……」
 そう言って、軽く息をつき、二人が見たことないような優しい瞳をして、
「でも……そんなことで煩わせたくないッスから……」
「……越前くん」
「だって、それで結局判らなかったら、際限なく落ち込むんスよ? そんなエージ先輩見たくないッス」
「……それは確かに……」

 容易に想像出来ることに、不二も同意を示すように頷いた。

「でも……それでも英二は越前に頼って欲しかったんだろうな」
「……」
 大石の言葉に、無言で黙り込むリョーマに、不二は苦笑を浮かべて、その頭を軽く撫でた。
「越前くんは、越前くんなり、英二のこと考えてたんだね。口出ししてごめん」
「……別に……」
「それじゃ、僕はこれで失礼するよ」
「ああ、また明日な」
「うん。それじゃね、越前くん、大石」

 不二が去った後。
 ポツリとリョーマは呟くように言った。

「……どっちにしても、エージ先輩、傷付けたっスね……オレ……」
「……かもな。でも……傷付けようと思ってのことじゃないんだし。英二だって話せば判ってくれるさ」
「そうっすか?」
「そうだよ」

 大石の言葉に、リョーマは苦笑して頷いた。




   ☆   ☆   ☆


「じゃあ、気を付けて帰れよ」
「ありがとうゴザイマシタ」

 礼を言って、リョーマは踵を返した。
 自宅に向かって歩き出す。

 そんなリョーマを見送って、大石は親友の家へと足を向けた。


「……大石」
「……少し良いか?」
 不意に自宅に訪ねて来た大石に、英二は面食らったように目を丸くした。
 英二は少し考えるように大石を見つめて、身体をずらして家の中へと促した。

「……麦茶でいい?」
「ああ、構わなくて良いよ」
 英二は大石をリビングに通して、自分はキッチンに向かう。
「何か静かだな」
「まだ、みんな帰って来てないからね」
「ああ、そうか……」
「で、何の用なの?」
 グラスに麦茶を注ぎながら、問い掛ける。

「越前のことだけど……」
「判ってるよ」
「……英二?」
「……オレ、勉強苦手だもん。おチビが頼りないって思うのもしょうがないよね」
「英二? そうじゃない」
「もういいよ。そんな話、聞きたくない」
 決して成績は悪くはない。
 だが、だからと言って得意な訳ではない。
 自分のことだけで精一杯で、1年の時のことなんか忘れてるし、教えるなんてきっと出来ない。

 自分の分の宿題をやりながら、英二はそう思い、結論付けた。

「……英二」
「……勉強に関しちゃ大石や不二や手塚に敵わないし、テニスだって不二や手塚には勝てないし……! おチビはオレのどこが良いんだろう?」
「……そう言うこと……言うんなら、オレが越前を貰うかもしれないぞ?」
「……っ!」

 英二は息を飲んで、大石に視線を向け固まったように動きを止めた。

「……大石なら、おチビは幸せになれるよね?」
「英二!?」
「……オレよりずっと、おチビを理解してあげて、頼られて……オレは、きっと敵わないよ」
「……」
「でも……それでも……
悪あがきでも何でも……おチビを誰にも渡したくない……!

 絞り出すように続けた英二の言葉に、大石が苦笑を浮かべた。

「悪足掻きじゃないさ。大丈夫だよ、英二」
「……」


 シーンと静まり返った部屋に。
 最初からついていたテレビのニュースがやけに響いて聞こえた。

 早朝にコンビニに押し入った強盗は、未だ捕まらず逃走を続けていると言う内容だった。




 不意に。
 英二の携帯が鳴った。
 着メロがリョーマ専用のもので、英二は慌てたように携帯を取り上げた。

「おチビ?」
 通話ボタンを押して、声をかけると。

 リョーマは押し殺したような声で、小さく言った。



「エージ……助けて!」




    ☆   ☆   ☆


「何があったんだ? 英二!」
 いきなり携帯を握り締めて、玄関へと駆け出した英二に、大石が慌てて問い掛ける。
「判んないよ! でも、おチビが……リョーマが助けてって!! そう言ったんだ!!」
「助けて?」

 靴を履いて、そのまま外に飛び出し、原付に跨った。
 無免許ノーヘル二人乗りと違反だらけだが、緊急事態のために、大石も何も言わなかった。


 そのまま、エンジンをかけて、アクセルを回した。


「……英二。さっきのニュース……まさかな?」
「……あのリョーマが助けを求めるんだよ? 相当のことに決まってるでしょ! 最悪のことも頭に入れてないと」

 何故か、頭に残っていた先ほどのニュースを口にして、大石は不安を混じらせて問いかけた。
 英二は、他のことは何も考えていないらしく、ただ、リョーマを助けることだけを考えて、原付を走らせている。


 少し手前で、原付を停めて、英二と大石は二人でリョーマの家に向かって歩き出した。

 既に、6時を過ぎているが、周りはまだ明るい。
 日が沈むまで後、一時間はある。

 英二は、そっとリョーマの家の門から中を伺った。
 リョーマの家は、どこか静まり返っているような気がする。
 人の気配はない。
 と言うより……気配を押し殺してるのか……。
 もともと、家族は少ないから、みんな出払ってるのだろうが……。


「どうする? 英二」
「庭に回ってみよう……」
 そう言って英二は、ゆっくりと庭の方へと足を向けた。
 すると。
 足元を何かがすり抜けて、英二は転びそうになった。

「……カルピン?」
 リョーマの愛猫であるヒマラヤンが、英二の足元をすり抜けた後。
 気が立ってるのか毛を逆立てて、フーッと唸り声を上げた。
 あののんびりした猫が、ここまで気を荒げて居るのは……。

 そっと、英二は庭の方へと足を踏み入れた。
 人が居れば、いつもは開け放されている縁側のある窓は……。
 今は閉じられ、カーテンが閉まっていた。
 だが、その隙間から見えたのは……。
 サングラスをかけた服の特徴はニュースで言っていたコンビニ強盗犯の姿で。



「大石……頼みがある」
「……判ってる。でも、無理はするなよ?」
「まっかせなさーい」
 その言葉に、大石は軽く笑うと、そのまま玄関に向かってインタホーンを押した。

「越前! いるか? 大石だけど」
 そう声をかけると。
 家の中で動きがあった。
 縁側の……踏み石の前に蹲っていた英二は、その動きを気配で察知する。
 自分のものではないが、大石に借りたラケットを……こんなことで使うのは気が引けるが……緊急事態なので許して貰おうと、思い切り振り上げた。


 盛大な音がして、ガラスが割れた。
 ガラスが飛散して、直ぐに窓の鍵を開けて、中へと飛び込むと。
 縛られているリョーマがそこにいた。

「おチビ!」
「……!」
 駆け寄って猿轡を外すと、リョーマが焦ったように声を上げた。
「菜々子さんが!」
「え?」

 ガラスの割れる音に玄関に向かっていた強盗犯が、一人で戻って来た。
「リョーマ! 逃げて!」
 リョーマを背後へと押し出し、英二もその後に続く。
 相手は拳銃などの飛び道具は持っていない。
 なら、十分逃げられるはずだ。


「でも、菜々子さん、縛られたままかも……」
 だが、犯人が離れた隙に、菜々子は台所の方に逃げ出していた。
「菜々子さん!」
「リョーマさん! 菊丸さん!」
 台所で、包丁を取り上げて、菜々子の拘束を解くと、英二はにんまり笑った。

「エージ?」
「こうなったら、逃げるしかないじゃん。相手も……」
「じゃあ、外にいる大石先輩が……!」
「リョーマの出番! ほい。大石のラケットだけど!」
 英二の言わんとすることに気付き、リョーマはやっと不敵な笑みを浮かべてそれを受け取った。



 実際。
 外では、大石は強盗犯と対峙しないように、英二がガラスを割った後、リョーマの家を出ていた。
 ふと、自転車のブレーキの音に、視線を向けた。
「大石先輩!」
「桃……!」
 とりあえず、仲間に連絡をつけて、家が近いらしい桃城が一番に駆けつけた。



 ――人質にも逃げられたと悟った強盗犯は、逃げるしかないとリョーマの家を飛び出した。
 だが、リョーマの家を離れて、角を曲がろうとしたところで、道を塞ぐように中学生らしき少年たちが並んでいた。

 そのなんとも言えない、迫力に、焦って後戻ろうとすると。
 テニスボールが、強盗犯の脇を掠めて飛んだのである。


「オレを人質するなんて、もしかしたら、凄いことしたかもしれないっすよ? コンビニ強盗さん?」

 ラケットとボールを手にしたリョーマがそう言う。
「……っ!?」
 そうして、逃げ出そうとした強盗犯に向かって、リョーマは小さく呟くように言った。
「甘いよ。逃がす訳ないじゃん」
 ボールを高々と放り投げて、打ち下ろす。
 それは、強盗犯の足元から、相手目掛けて跳ね上げり、顔面に直撃した。




「やっりー☆ さすが、おチビのツイストサーブ!」
「……エージ」
 倒れた強盗犯は、桃城たちに取り押さえられて、その頃には、パトカーのサイレンの音が聞こえて来た。




   ☆   ☆   ☆

 強盗犯は無事に捕まり、召集をかけられたレギュラーたちも交えて、菜々子が夕飯を振る舞い、賑やかな時間を過ごして――

 9時にはそれぞれが引き上げて行き、その帰り際に。
 リョーマは英二を引きとめた。
「泊まって行きませんか?」
「……いいの?」
「もちろんス」
「んじゃ、お言葉に甘えて」



 リョーマの部屋で、ゆっくりと何がどうなったのか、説明を始めた。







 大石と別れて家に帰り着くと、何だか家の様子が可笑しいと感じた。
 母は仕事で、父はどこだかに用事があるから帰りは遅くなると言っていた。
 玄関に、菜々子の靴があったから、彼女は居る筈なのに。

 帰って来たのに、出迎えてくれないのは……変だ――




 用心しながら、茶の間の方に足を踏み入れようとして、リョーマは動きを止めた。
 縛られて部屋の隅に座らされている菜々子と、その手前で、テレビのニュースを見ている見知らぬ男に。
 リョーマは、ポケットの中の携帯電話を握り締めて後退った。

 一人で強盗犯に立ち向かうのは不可能だ。
 ましてや人質がいる。
 武器は、どうやらナイフだけで、飛び道具らしいものは持っていない。
 外であれば、ツイストサーブの一つでもお見舞いしてやれるのにと、歯軋りをするが、出来ないことはこの際、考えない。

 リョーマはそこから、踵を返して二階に向かい携帯で英二に電話をかけたのである。











「何で、オレにかけたの? 電話をかける余裕があれば、警察にかければよかったのに……?」
「……? そう言えば……そうっすね。でも……その時は……エージのことしか考えてなかったすよ」
「へ?」
「この瞬間しかきっと電話をするチャンスなんてないと思ったから、だからエージの声が聞きたかった……」

 案の定、菜々子を盾に取られて、出てこなければ彼女を傷付けるという言葉に、リョーマは携帯を部屋に残して、階下へと向かったのである。



「でも、エージが直ぐに助けに来てくれるとは思ってなかった」
「何で?」
「だって……オレ、エージを傷付けてたし、エージ、オレに怒ってたし……」
「ば、馬鹿……あんな切羽詰った声で、【助けて】なんて言われたら、誰だって助けに行くに決まってるでしょ!」
「そう?」
「そうだよ!」

 そう言って、英二はリョーマを抱き締めた。

「リョーマはオレを頼りにしてないと思ってた……。頼りないから……大石に頼ってるんだって……」
「別に……頼りないなんて思ってないよ」
「リョーマ?」
「頼りたくなかっただけッス」
「? それどこが違うの?」
「頼らないのと頼りたくないのは違うでしょ? 頼れるけど、頼りたくないから頼らないんだから……」
「??? 何で?」
「……応えようとしてエージ無理するに決まってるし、出来なかったら落ち込むから……」




 さっき、不二が帰り支度しているときに、自分を呼んで小さく言ったことを思い出した。
【ホント、英二はいざって時は、越前くんに頼りにされてるよね?】







「でも、状況を見て判断したら、直ぐに警察呼ぶと思ってた。だから、エージが直接行動に出たのは意外だったっスよ?」
「だってー警察来たら、あのお決まりのシーンがある訳じゃん? 相手が拳銃とか持ってたらやばかったけど……。でも、ナイフだけなら、何とかなるかなって。今なら、相手も油断してるしさ……。――それで、大石に引き付けて貰いつつ、こっちでもガラス割ってかく乱しようと思ったんだ。――あそこまで図に嵌るとは思ってなかったけどね」

 でも強盗犯が複数いたら出来なかったね、と英二は苦笑を浮かべた。

 その頬に。
 リョーマがそっと口付ける。


「リョーマ?」
「ありがと。あの時……テニスの試合してる時みたいにカッコ良かった。――この人が、オレの好きな人なんだって、誇りに思ったよ?」



 リョーマの言葉に英二は大きく目を見開き、優しく微笑んだ。
「あ、でも……今回は無事だったけど……。ああ言うんで、エージが怪我したりするのは嫌だから……もう、ああ言うときにエージに電話したりしない」
「……ダメ。電話出来るなら、ちゃんと電話してね。本当にやばそうだと思えば、ちゃんと警察に連絡するから……」
「本当?」
「約束する。無茶はしないよ?」


 そうして、二人見つめあい、どちらからともなく頬を寄せ合った。

「リョーマが無事で良かった……」
「エージも怪我しなくて良かった」
「あーでも、大石のラケットがダメになったんだよね〜弁償しなきゃ……」
「オレも半分持つよ?」
「そーんなことリョーマは気にしなくて良いの……!」

 ぎゅっとリョーマを抱き締めて、英二は笑った。


「いざと言う時に、オレのこと思い出してくれてありがと。リョーマ」
「そんなの、当たり前じゃん」
「……そうだね」


 リョーマの言葉に英二は笑い、リョーマも英二の腕の中で、嬉しそうに微笑んで……。
 もう一度、唇を重ねた。

☆コメント☆

あまりに現実味のない話で申し訳ないです;;
でも、まあ、強盗犯がヘタレだったと言うことでどうぞ、よろしく(^^;)
銀行強盗じゃなく、コンビニ強盗ってのもそう言う理由で(笑)


とりあえず、英二は喧嘩は強いと言う設定です。
決して不良とかではないですが。
喧嘩が強いと言うか、動体視力の良さをフルに生かして、攻撃を避けることが旨く、身も軽く小回りも利くので、相手を翻弄させることが出来る感じですかね。殴るよりは蹴りとか足を引っかけたりとか同士討ちに誘うとか。そんな感じ。

きっと1年の時はその可愛さのあまり、色々付けねらわれ、それを撃退する内に喧嘩が強くなった感じでしょう(某漫画の主人公か!・笑)

今回無茶苦茶難産で、どうしても……先に展開することが出来ず、リョーマさんが英二を頼る緊急事態〜と考えて、こんな話になりました(^^;)
本当に現実味ないな〜(これが遊戯王ならある程度現実味出るのに……(笑))

ゴールデンの意思疎通も書きたかったしね!
リョーマさん挟んで不穏な感じだったのに、リョーマさんのピンチに、一気に気を合わせて、詳しい段取りもなしに、やり遂げると言うか……。でも普通、大石ならきっと警察に電話しようって言うような〜(遠い目)

とにかく、英二がカッコ良くを目指してしまったんで、ご了承を!
ウチのはこんな感じにカッコ良くなりますね。
普段はヘタレなんだけど、いざって時には底力の強さを見せて、カッコ良くなるのが英二なので。(こう言う点城之内と共通するな〜)

下手にミステリ好きだと……ろくでもない話になるな〜(笑)
さすがに殺人事件は書けないけど……(滝汗)

ではでは、ここまで読んで下さってありがとうございました!