君への誓い
wright by Hinato Hoshi

「ところで、英二」


 授業が終わったばかりの短い休み時間に。
 取り立ててすることもなく、不二は英二の隣の自分の席で、次の授業の教科書を出していた。
 そうしながら、本当に。
 何でもないことのように、隣で誰かが持って来た漫画雑誌を借りて読んでる英二に向かって問い掛けたのである。
「……越前くんと、もう、した?」
「……………は? 何を?」

 暫しの沈黙の後。
 不二の問いかけの意味が判らず、英二は漫画から、視線を外して不二に向けて、問い返す。

「だから……」
 そこで一旦言葉を切り、不二は立ち上がって英二の耳元に囁くように言った。
「キスとか、した?」
「……え…………えええええーーーーー?」
「ちょっと反応が過敏過ぎない? したの?」
「し、してないってば! してないよ!! そんなの……まだ、一ヶ月ちょっとしか経ってないし。練習ばっかで、デートもしてないのに!」
「この前の土曜は雨で練習中止だったじゃない? デートしたんじゃなかったの?」
「……あの日は、おチビ、家族の用事に付き合うことにしたからって……」
「へえ……振られたんだ?」
 意地悪く笑いながら言う、不二に。
 英二は心底嫌な表情になって、そっぽを向いた。




「あれ? 桃と越前くんだ」
「え?」
 何気なく窓から見下ろした先の渡り廊下で、二年の桃城武と一年の越前リョーマが楽しそうに話をしているのが見えた。
「あ。ホントだ」
 二人ともジャージを着て同じ方向に歩いているのを見るに、次は桃城のクラスも、リョーマのクラスも体育館で体育の授業らしい。
「良いなあ〜。体育してるおチビ見れるんだ。桃の奴……」
「他人、羨んでも仕方ないよ。第一、英二は……」
 そこで不二は言葉を止めた。
 不二を見て、その先を促す英二に、不二は少し困ったように苦笑を浮かべ、それから何気なく外に向けた目を、大きく瞠った。
「不二?」
 その不二の様子に、英二も再び視線を外に向ける。




「!!!」






 ペタンと英二はそのまま、床に座り込んだ。

「……英二?」
「今の……何?」
「……」

 震える声で問い掛けて来る英二に、不二はなんと答えるべきか考えて……。
 結局――見たままを言うしかなかった。

「……キス……してたね」
「……違う!!」
「英二?」
「何で、おチビが桃とキスすんの? 付き合ってるのは、オレだよ? そんなのする訳ないじゃん!」

 強い口調で否定する英二の腕も、声も……震えていた。

「おチビに会って来る」
「……もう、授業始まるよ。昼休みにしたら?」
 もう、体育館に行っちゃったみたいだし……と不二は付け足した。


 英二は、不二の言葉に不承不承ながらも、頷いて自分の席に座ろうとした。
 だが、腰掛ける寸前に震える足の所為でか、うまく座れずに床にずり落ちた。
「英二!?」
「……イテテ……うん。大丈夫……何かの間違いだもん」
 何とか椅子に腰掛けて。
 英二は机に突っ伏したまま、心の中でずっとそう呟いていた。
























   ☆  ☆  ☆

「桃先輩」
「……!」

 体育の授業が終わって。
 教室に戻ろうとしていると、背後からリョーマに声をかけられた。
「……越前」
「……喉渇いた。……ファンタ奢ってくれますか?」
「……え?」
「そしたら、さっきのこと、忘れてやっても良いですよ?」
 にんまりと笑ってリョーマは、桃城より一足先に、体育館を出た。
「忘れる……のか? だったら、奢んねえ」
「ふーん……。じゃあ、これから、二人きりの時は話し掛けないで下さい。話し掛けて来ても無視しますから」
「……越前……?」
「どっちかしかないっすよ? 忘れて今まで通りの付き合いをするか……。憶えて、オレに避けられるか……ま。桃先輩の好きな方を選んで下さい。オレはどっちでも良いんで」
 まるで凶悪な笑みを浮かべているように見えた。
 それは、リョーマが自分のことをなんとも思ってない証拠。

「――そんなに……好きなのかよ?」
「……好きっすよ……桃先輩」

 リョーマの言葉とほぼ同時に、背後でガタンと言う音が聞こえた。
 振り返ると、渡り廊下のドアに凭れるようにして、茫然と立っている英二がいて、リョーマは目を見開いた。
「――エージ先輩?」
「……っ!」
 じっと。
 リョーマを見詰め、だけど、どこか絶望したような色を映し出した瞳を、数瞬伏せると英二は、踵を返して駆け出していた。

「え、エージ先輩?」

 訳が判らず、声をかけるものの、リョーマはその後を追いかける気はないらしく、首を傾げて桃城を見返った。

「何か、あったの?」
「……さあ?」
 桃城も判らないと言った様子で、首を傾げて、軽く息をついたのだった。



   ☆  ☆  ☆

「早かったね、英二……ってどうしたの?」
 まるで無表情で何も見ていないような、虚ろな目を向けて、英二は自分のカバンを手にした。
「オレ……帰る。部活も休むから……」
「英二? 越前くんは?」
 だが、その問にも答えずに、英二はそのまま教室を出て行った。

 不二は少し考えて、席を立ち、1年2組の教室に向かった。


「越前くん」
「不二先輩?」
「……ねえ、英二、君に会いに来なかった?」
 教室の手前で、弁当箱を片手にどこかに行こうとしていたリョーマに会い、不二は開口一番にそう問いかけていた。
「来てましたよ。 それで、オレに用があったんじゃないのか、確認したくて――エージ先輩のところに行くとこでしたけど?」
「……英二に何か言ったんじゃないの?」
「……だって、オレ全然エージ先輩と話してないっすよ?」
「……? あ、でも……英二は帰るって言ってたから、もう教室には居ないと思うけど?」
「……帰る?」
 本気で驚くリョーマに、リョーマが原因ではないのか? と不二は首を傾げた。
 不二の言葉に、驚きを隠せずにいたリョーマは、ハッとして踵を返した。
 早く、追いかけないと帰ってしまう。

 不二は、そんなリョーマを見詰めて、「やれやれ」と呟きつつ肩を竦めたのだった。











    ☆ ☆ ☆ 

「エージ先輩!!」

 正門を出ようとしていた英二の姿を見つけて、リョーマは珍しく声を張り上げて呼び止めていた。
 その声に、一度は立ち止まり振り向いた英二が、駆け出したから、リョーマはむっとしたように、上履きを履き替えるのももどかしく、そのまま、外に走り出た。

「待ってよ! エージ!」
「……今は、リョーマと話したくないし! 冷静に話を聞く気分じゃないの! だから嫌だね!」
「何言ってんですか? オレが何かしたってんですか?」
 リョーマの言葉に、英二は信じられないと言う表情を、自分に向けて、リョーマの方が面食らってしまった。
「エージ?」
「……何でオレと付き合ったの? オレのことなんか好きじゃないくせに! 桃とはキスした癖に!」
「……!」
「おチビの好きな奴って本当は、桃なんじゃないの?」
「……本気で言ってんですか?」
「……だって、オレ見たもん。おチビと桃がキスしてるとこ! それに……」
 桃が好きだって……言ってたじゃないか!


 声にならなかった。
 どうしても……言葉に出すことが出来なかった。
 言葉にしたら、自分で認めてしまったら、何もかもが壊れてしまいそうで。
 もう、壊れかかってるのに。
 大事に組み上げて来た、大切なものが、ほんの少しの組み違いで、崩れそうになって居るのに。
 それでも、まだしがみつこうとして居る。

 浅はかで、愚かで……無駄な抵抗。

(オレはまだ、一度もリョーマの口から、好きだなんて、聞いてない!!)
(本当はオレのことなんか見て居なかった。ただの当て馬だったんだ!!)

「エージ……」
「もういい! 何も聞きたくない!! おチビなんかキライだ! 大っキライだ!」
 投げ付けるように言葉をつなぎ、英二は駆け出して居た。

(もう嫌だ……! 本当は聞きたいのに。おチビがオレのためにする言い訳なら……! 好きだよ。大好き……! でも……)




 おチビの心は……オレにはないんだ!!



 そのことが……果てしなく悲しくて。
 そのことだけが……どこまでも寂しさを募らせて……。

 英二は、自分が投げ付けた言葉のせいで、色を無くした表情のリョーマに、気づくことは出来なかった。






















    ☆ ☆ ☆ 

「うわっ!」

 いきなり自分の目の前に、テニスボールが迫って居て、リョーマは慌ててのけ反ってそれを避けた。
「30−0」
 ポイントコールが聞こえて、リョーマははっとする。
 そうだ。
 今はテニスをして居る最中だった。
 相手の大石が、サーブを繰り出して来て、リョーマは気持ちを切り替えるように、深呼吸をした後、軽いフットワークで、ボールに追いつきリターンを返す。
 今は、テニスのことだけに集中したかった。
 しなきゃならなかった。


 なのに……

『おチビなんかキライだ! 大ッキライだ!!』

 英二の言葉が、頭をグルグルと駆け巡る。






 クロスに返って来たボールを、打ち返そうとラケットを構えた。

『大ッキライだ!!』

 見えていた筈のボールに、ラケットは当たらなかった。
 空を切ったラケットに、リョーマは茫然として、弾んで転がるボールを見送る。
 捕らえられるボールだった。
 十分、追いつける打球だったし、コースだって、それほどに鋭くはなく。
「越前、大丈夫か?」
 打ち合いをしていた大石が、心配そうに声をかけて来た。
「……大石先輩……」
「少し休憩するか?」
 苦笑を浮かべて言う大石に、リョーマは頷いて、コートを出た。
 大石が、部長の手塚に、何かを言って要るのを、目の端に見ながら、リョーマはコート内を見渡した。


『おっちびー! ねね、今の見ててくれた?』

 別のコートで練習中の英二が、ダイビングボレーを決めると、必ずと言って良いほど、そう声をかけて来た。
 最も、それは、自分が休憩中で、英二の練習を見ている時に限られたが。

 今、このコートに英二の姿がない。


「エージ先輩……」
 小さく呟いたところで、目の前に、スポーツドリンクの缶が差し出された。
「英二とケンカでもしたのか?」
 大石の言葉に、リョーマは少しだけ赤面しつつ、首を横に振った。
「ケンカって言うのかよく判らない。でも……オレ、エージ先輩に嫌われたみたいっす」
「……? まさか。英二は本気で、越前のこと好きみたいだぞ?」
「でも、直接……そう言った。……大っき……って……」

 昨日まで『好きだ』って言ってくれてたのに。
 いや、今朝まで『好きだ』と、煩いぐらい言ってくれてたのに……。

「越前……何か、誤解があるんじゃないか? 英二は結構早とちりなところあるし、自己完結することもあるから……」
「……誤解……」

『おチビの好きな奴って本当は、桃なんじゃないの?』
『……だって、オレ見たもん。おチビと桃がキスしてるとこ!』


「誤解なら……あるかも……」
「なら、先ず、その誤解を解かないとな」
「……でも、エージ先輩話聞いてくれないし……」
「少し、冷静になってからでも良いかもな。明日にでもちゃんと話してごらん?」
 大丈夫だよと。
 大石が、リョーマの頭を軽く叩いて、優しく微笑んだ。
「……ども……ありがと……っす」
 それに、答えて、リョーマは珍しく素直に礼を言った。















  ☆  ☆  ☆

 部活を終えて、リョーマの足は、自然に英二の家の方に向かってしまった。
 
 ――まだ、早いかも知れない。
 明日の方が、良いかも知れない。



 でも、こんな気分で家に帰ることなど、リョーマには出来なかった。














    ☆  ☆  ☆


「……う……おチビに、大キライって言っちゃったよ……」

 英二は自室の、二段ベッドの上段にある自分のベッドに寝転がり、うめくように呟いた。


(……でもでも、おチビはオレのこと、別に好きじゃないんだし……)
 そう、考えてから、ふとリョーマの言動を思い出して、困惑する。
(でも、桃と帰らないで、オレのこと待っててくれたことある)
  少し、気持ちを落ち着けて、冷静にと思うのだが、思うだけで、ちっとも冷静になんかなれない。

『……好きっすよ……桃先輩』

 渡り廊下に、リョーマの姿を見つけ、それでも、嬉しくなって声を、かけようとした、その瞬間。
 飛び込んで来た言葉。
 自分の……耳を疑った。

 ――だけど、二人は互いを見詰め合っていて。
 ――近寄りがたい空気を醸し出していた。




















 夢なんだ。
 これは、きっと夢で。
 目が覚めたら、リョーマは隣で笑ってて、この夢の内容に、クレームをつけて来て――


 それとも……
 今までが夢で、さっき目が覚めたのかな?


(だったら、ずっと夢を見させてよ)




 桃とリョーマが付き合う現実なんか、要らない。
 オレとリョーマが、恋人同士の夢が良い。
























 
ねえ、もう一度……オレに夢をみせてよ!


















 英二の頬を、幾筋ものの、涙が流れた。

 こんなに強く、一人の人を好きになったことなど、今までなかった。
 それなりに、何人かの女子と付き合ったことあるけど。

 これほどに。
 自分が相手を求めたことなどない。

「りょー……まぁ……」

 この前の竜崎先生の孫娘の時は、ちゃんと話を聞こうと思うぐらいに余裕はあった。
 だから、風邪を引いても、何が何でもリョーマに会おうとしたのだ。
 (結果、一緒にいるとこみて、切れたけど;;)

 それでも、まだ余裕はあった。
 ゆとりがあった。
 リョーマに会って、ちゃんと話を聞きたいと思う程度には……。


 でも、今回は……。
 リョーマに会うのが、怖い。

 怖くて怖くて堪らない……。


 ハッキリと、リョーマの声で聞いてしまった。
 
――リョーマの告白を

 ただ、一緒に歩いていただけではなく。
 
――キスをしている場面まで、見てしまったのだ。



 身体を反転させて、うつ伏せになり、英二は漏れそうになる嗚咽を堪えるように、枕に突っ伏して、シーツを握り締めた。



















   ☆  ☆  ☆

 リョーマは、菊丸家の玄関前で、インタホーンを押そうかどうしようか、暫く迷っていた。

「越前?」
 呼ばれて、振り向くと桃城が自転車を停めながら、自分を見つめている。
「桃先輩?」
 ビックリしたような、桃城に、やはり驚いたリョーマは、暫く互いを見合っていたが。
 桃城が、肩を竦めて呟くように言った。
「やっぱ、英二先輩のことが、気になってよ」
「……ふーん。桃先輩もっすか?」
 そう言って、リョーマはふっと英二の言葉を思い出した。
 そうして、桃城を軽く睨みつける。
「――半分は、桃先輩のせいっすよ?」
「はあ?」
「見られたんスよ。――エージ先輩に、キスしてんとこ」
「……げ☆」
「そのせいで、エージ先輩に誤解されてんス。責任、取って下さいね」
「……あーまー……悪かったよ。ちぇ……結局、英二先輩には勝てえねーのか」
「何、当たり前なこと言ってんすか?」
 リョーマの言葉に、ガックリしつつ、桃城は躊躇いなくインターホンを押していた。





   ☆  ☆  ☆


 どこか、遠くで鳴り響くインターホンの音に。
 家族は、みんな出払ってることを、思い出し、英二は仕方なく起き上がった。

 ベッドを下りたものの、なんだか、面倒くさく感じて、無視しようかと考える。
 だが、立て続けになるインターホンの煩さに、結局、根負けしたのは英二だった。

 無言のままドアを開けて、目の前に桃城の姿を確認した英二は、露骨に嫌な表情をしてしまった。
 桃城のことは、嫌いじゃないし、むしろ気の合う友人のような感覚が強く、後輩と言うことを意識したことはあまりない。

「桃……」
 何か言おうとして、だが、その背後にリョーマの姿を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。

「……二人揃って、交際宣言?」
「え?」
「好きにすれば良いよ! オレにはもう、関係ないし!!」

 本当は思ってもいない言葉が、自分の口を付いて出る。

 いつだかも、同じことを言ってリョーマを困らせた。
 自分を信じてくれないのか?
 言い訳もさせてくれないのか? とリョーマに訴えられたのに。


 また、同じことを繰り返してる。
 進歩がない。
 情けない。


 桃城よりも、リョーマよりも。
 そんな自分が、一番、嫌いだった。



「――英二先輩」
「……何だよ?」
「……――それ、本気っすか?」
 桃城の、いつになく真剣な声に、英二はハッとしたように、伏せていた目を上げた。
 でも、桃城と並んでいるリョーマを見ていると、自分でも思ってもいない言葉が口をついて出て来る。
「本気だよ! もう、帰れよ!!」
 英二はそう言って玄関のドアに手をかけて、強引に閉めようとした。

がつ

 異様な音がして、ドアに何かが挟まったことに気付いた英二は、それが、どちらかの指であることに気が付いて、慌てて再びドアを開けた。

「……越前!」
 焦ったように、桃城が怒鳴り声を上げる。
……どうして……? どうして、エージ先輩は、自分の中で勝手に物事決め付けて、人の話を聞いてくれないんスか!?」
 ドアに挟まれた手を、逆の手で抑えながら、リョーマが言った。
「越前! んなことより、指、大丈夫か!?」
「平気っす……。エージ先輩……」
 桃城の心配する声に、あっさりと答えを返し、英二に向かって視線を向けて来る。
「……あ……おチビ……」
 愕然と、リョーマを見詰めて、微動だに出来ずにいると、桃城の言葉が耳朶を打った。
「うわ、切れてんじゃん! 越前!!」
「大丈夫だってば!」
「うぅ……」

 英二の頭の中を、全ての言葉が素通りして行く。

 リョーマを心配する桃城の声も。

 自分に訴えかけて来るリョーマの声も。



 
自分に圧し掛かる重圧は……リョーマの手を、ドアに挟んでしまった現実だけで!!




「とにかく、病院に行こうぜ! 越前!!」
「そんな……大袈裟っすよ? 桃先輩」
 リョーマと桃城のやり取りが、頭を掠めていく。
 混乱した頭のまま、自分のしたことを顧みた。


「リョーマ!」
 そう、怒鳴るように、リョーマを呼んで、英二は踵を返して、家の中へと戻った。
 情けない表情の自分を、洗面所の鏡で見て、英二は水道の蛇口を思い切り捻って、水を出し、頭から被った。
 そうして、顔を上げ頬を両手で叩いて、頭からタオルを被りつつ、棚から救急箱を引っ張り出して、玄関に戻った。

 ――リョーマの手を掴んで、その傷に眉を顰めて、
「……ごめん。リョーマ」
 小さく呟くように言った。
「だから、たいしたことないって。切ったって言っても、血も出てないし……」
 確かに、ぱっくりと肉を、切っているにも拘わらず、出血は殆どない。
 でも、だからと言って放っとけるものではないのだ。

 消毒をした後、大きめのばんそうこうを貼って、英二はリョーマの腕を引いたまま、靴を履いた。

「病院、行くよ!」
「……はい」
 英二の気迫に珍しく圧されて、リョーマは頷いていた。



     ☆   ☆   ☆

「英二!」
 病院に入る前に、大石から携帯に電話がかかって来て、英二はリョーマを桃城に任せて、今の状況を、大石に伝えた。
 そうして、電話を切った後。
 数十分後に、大石と不二が一緒に、病院に駆けつけたのである。

「……大石、不二」
「越前は?」
「うん。今、治療中……」
「どう言うことなの? 英二」
「……オレが……おチビの……リョーマの手をドアに挟んだんだ。思い切り力任せに閉めようとしたから……それを、遮ろうとして……」
「何で、そんなこと……」

「オレが……バカだから……!
 ガキみたいに、喚き散らすだけで!! リョーマのことちっとも考えてやれなくて!!」

 今もそうだ。
 こんなことをここで言ってもしょうがないのに……。

「煩いっすよ、エージ先輩。病院なんだから、静かにした方が良いんじゃないっすか?」

 冷静な声が聞こえて来て、英二、大石、不二は声の方を見返った。
「直ぐに治るそうっすよ? 骨も異常ないって。だから、大したことないって言ったのに。大袈裟なんすよ……」
 リョーマは、そう言って、つっと英二の傍に駆け寄った。
「エージ先輩。ちゃんと、話聞いてくれますか?」
「……」
 リョーマは英二の申し出に、こくんと頷いて、後に続こうとした。
「あ、そだ。桃……」
「何っすか?」
「……さっき言ったこと、忘れて。本気じゃないから」

 たとえ、今のリョーマが桃城のことを好きでも……。
 自分に心が向いてなくても。
 それでも、自分の心は、気持ちはリョーマに向かっている。
 
「判ってますよ。あ、オレも……悪かったス。越前には、キッパリ、振られたんで」
「……」
 英二は、目を大きく見開いて、桃城を見、そして、リョーマに視線を向けた。
 憮然とした表情のまま、リョーマはそっぽを向いている。

「あははは……オレってホントバカみてえ……」
 小さく、自嘲気味に呟くと周りに居た、4人が同意するように頷いた。

「今頃気づいた訳?」
「もう少し……考えて行動してくれると助かるな」
「……人の話をちゃんと聞くとかっすね〜」
「……ホント、バカだよ。エージ」

 4人に散々なことを口走られて、英二は更に落ち込みを露にする。

 診察室から、リョーマの母親が出て来て、部屋の中に向かって一礼した。
「あら?」
「……テニス部の先輩」
 端的なリョーマの紹介に、リョーマの母親はニッコリ笑って、頭を下げた。
 少しだけやり取りをした後。
 リョーマは、先に帰ると言って、踵を返した。
 それに続いて、不二と桃城も、軽く会釈をした後、歩き出す。
「あの……本当にごめんなさい! オレのせいで……越前くん怪我させて……」
「……大丈夫ですよ。本当に大したことないですから、どうせ、また無茶したんでしょう?」
 苦笑を浮かべて言う母親に、英二は、複雑な表情を浮かべて、もう一度頭を下げてから、踵を返した。








「英二」
 大石に呼ばれて、視線だけを向ける。
「……もう少し、越前のこと、信用してやれ」
「……」
「……今日の、練習中……失敗ばかりしてたぞ? お前に嫌われたって、落ち込んでたしな」
「……大石……」
「ん?」
「オレ……もっと、
強くなる。もう、絶対に、おチビに怪我させたり、泣かせたりしないくらいに!」
 英二の言葉に、大石は軽く笑った。
「良かったよ」
「何が?」
「これで、ますます自信をなくして、越前の傍に居られないとか言い出すかとヒヤヒヤしてた」
「……?」
「きっと、お前が越前の傍を離れるって言ったら、越前……泣くぞ?」
「……大石?」
「泣かせるなよ? 英二」

 そう言って、大石は歩調を早めて、エレベーターに向う。
 中で桃城が『開』のボタンを押したまま、待っている。

「……まさか……ね」

 英二は、一人呟いて、最後にエレベーターに足を踏み入れた。




     ☆  ☆  ☆


「ねえ、エージ」

 他の面々と別れて、二人きりになったとき。
 リョーマは隣を歩いている英二を見上げて問い掛けた。
「何?」
「……桃先輩とキスしたこと、怒ってたんだよね?」
「……もう、良いから」
「? ホントにもう良いの?」
「キスしたこともそうだけど。……おチビが桃に好きって言ったことの方がショックだったから……」
「……は?」
「……あれ? でも、桃のこと振ったんだっけ? 大石もオレに嫌われたってショック、受けてたって言ってたし……あれ?」
「バカエージ」
「なああ? どうせ、オレはバカだよ? でも……じゃあ、あれは……」
「主語が抜けてただけっすよ」
「へ?」

 リョーマは短く嘆息して、英二を見上げて。
 ハッキリと明瞭な声で告げた。
「……エージ先輩が好きっすよ……桃先輩。って言ったんですよ」
「え、えええええ?!」
 驚き慌てふためく英二に、リョーマは首を振って呟くように言った。
「まだまだだね」

 そう呟きながら、何だかオロオロしている英二を見上げる。
 悪戯っぽく笑みを浮かべて、英二の服の胸を引いた。

「……え?」

 大きく目を見開く恋人の姿に、リョーマは満足そうに笑って、直ぐに離れる。
「オレからのキスなんて、激レアですよ? エージ先輩」




 リョーマの言葉に、英二は唇を抑えたまま、ただ茫然と見つめ。
 それから、泣きたいくらいに幸せな気持ちを感じて、リョーマを呼んだ。


「リョーマ!」

 先を行っていたリョーマが、振り向くと同時に、その腕を掴んで、引き寄せて――唇を合わせる。
 先ほどの、リョーマのキスよりも、少しだけ長く…………。

「ありがと。リョーマ」
「……ばーか」
 叩かれる憎まれ口も照れ隠しだと判るから。
 英二は、リョーマの身体を抱き締めて、幸せを噛み締めていた。


<Fin>




書き直しました……ラスト……;;;;
やはりキスしてないと変だろう? ってことで……(滝汗)

菊リョって書いても書いても、中々、終わらない、終わらせられないって現象が起こるんですよ。
んなもんで、蛇足的に長くなっていくのがなんとも……(汗)

ともあれ、これは、やはり必要でしょうねってことでキスシーン。



しかし、やはりリョ菊の間違いのような気がします;;
どうにもリョ菊から菊リョへの下克上って感じでしょうか? (精神的にですが……・滝汗)


ああ、ドアに指詰めて、切ったけど血が出なかったってのは、私の体験です;;
随分、昔のことなので、記憶も曖昧なんですが;;
出血した記憶がないんですよ。

だって、結構深く切ってたのに、ばんそこしただけで、遊びに行ったんですよ?
病院に寄ったの帰りだったし;;
だって、その時に大量出血してたら、先ず病院行くでしょ?(^^;)

早く治るからって言う理由で3針縫いました。
関節のところだったんで、結構、心配されましたが、骨にも関節も異常なしで。


どちらの手を怪我したのかは、秘密Vvv(笑)<リョーマさん

英二がうざいですね(−−;)
基本的に、こうメタメタに弱音吐き捲くる英二も、好きなんですが(汗)
でも、前向きな性格なので、一度、ポディティブになると、明るく能天気、なんでしょうけどね。
ネガティブに走ると、とことんまで、落ち込みそうですよね?(笑)
うーん。まだ、カッコ良くないです。
英二はこれから、カッコ良くなって行きます。
なんせ、まだ14歳。まだまだ、子供なんですよ、英二もリョーマもVvv(笑)
悩んで傷つけあって、それでも好きあってて。
そんな、感じになるかもです。
後……桃→リョーマが入りました(^^;)桃先輩振られてます;;
んで、微妙に大石→リョーマ入ってます。
これの次に当たる、ERSSに入ってる話(タイトル忘れた;;)で、
英二は【大石はリョーマを好きとかじゃないし】と言ってますが、気付いてないだけです;;;

この話で何か勘付いたようですが、否定したことで、忘れちゃうんですね;;

とことんまでマイナー路線を突っ走りそうです。
でも、三角関係とか難しいんで、どうなるかは謎(^^;)

ここまで読んで下さってありがとうございました!(^^)