笑顔のパワー
明るく笑うあなたの笑顔に

どれだけ救われてるかなんて

きっとあなたは知らないだろう


いつでも
どんな時でもあなたには
輝くような笑顔で居て欲しい


「エージ先輩」

 リョーマは部活が始まってから、ずっと気になっていた恋人の菊丸英二の傍に行って、声をかけた。
「んー?」
「どうかしたんスか?」
「……別に〜」

 自分が声をかけているのに、生返事ばかり返す英二に、リョーマも段々苛々してくる。





「エージ先輩」
「……何ぃ?」
「オレのこと……好きですか?」
「……んー……別に……」




ズキっ



 リョーマの胸に痛みが走る。






「――っ!!? へ? あれ? 今、なんて言った? ねえ、あれ、おチビ?」

 初めて気付いたとでも言うように、英二がハッとして、わたわたと周りを見回しているのが判る。
 だが、リョーマはそれを見返ることはなく、そのままコートを出て部室に向かっていた。



 ――今のは、全然話を聞いてなかった英二の心の篭ってない言葉で。
 本気でそう思ってる訳じゃないと思っても、胸が苦しくて、気持ちが悲しくて、泣きたくなる。
 手に持ったラケットと、ジャージのポケットに入れたボールを取り出し、壁に向かって打ち始める。


 何度も何度も。



 気持ちを落ち着けるために。



 精神を癒すために。




 ずっとこれで、色んなことを乗り越えて来た。
 昂ぶる気持ちを沈めるときも。





 精神統一の方法はこれしか知らないから。











「おチビ!」

 部室に駆け込む英二の姿が見えた。
 だけど、リョーマは声を上げないで、壁から跳ね返って来た球を軽くいなして、足元に落とした。






「英二、何遣ってるの?」
「ねえ、不二! おチビ見なかった?」
「越前くん? さあ? 見てないけど」

 英二と同じくコートの方から来た不二が、リョーマのことを見ている筈もなく、英二は途方にくれたように、項垂れた。

「何? どうかしたの?」
「……いや、オレさあ、ちょっとボーッとしてて。それで、おチビが話し掛けて来てくれたのに、ずっと上の空でさ」
「それで?」
「ん。それで、最後におチビが言った言葉に、『別に〜』って答えちゃったんだよ〜! まさか、学校で、部活中にそんなこと、聞いて来るなんて思わないじゃん!」
「何て言ったの? 越前くん」
「……」
「英二?」
「……それは、教えない」
「――あっそ。それはそうと……英二。どうするつもりなのさ?」
「へ?」
「ボーッとしてた原因は……」
「うわあああ! 不二、言うな〜〜〜(><) 折角忘れてたのに〜〜〜」
「……忘れてどうするの?」
 呆れたような不二の言葉に、英二は不二の口許を押さえながら、

「どうもこうも……やるしかないじゃん」
「へえ……出来るの?」
「出来なくてもやるの! ねえ、不二〜付き合ってくれるっしょ?」
「……さあ? どうしようかな。――君の今までの行動……結構、目に余るものがあるよね?」
「……うぅぅぅ……ダメ?」

 さすがに、末っ子なだけあってか、英二は人にものを頼んだり、甘えて来るのは無茶苦茶、旨い。
 不二は苦笑を浮かべて、英二の頭を撫でると、
「良いよ、付き合って上げても……」

 その不二の言葉に、英二の表情がぱあっと明るくなり、思い切り不二の両手を取って上下にぶんぶんと振った。
「サンキューVvv不二♪ オレ、やっぱ不二って好きだにゃVv」







 ぶちっ


 リョーマの中で。
 何かが音を立てて切れた。

 足元に転がるボールをゆっくりと拾い、少しだけ場所を移動して、速やかに、高々とボールを放り上げる。




「あ……」

 こちらを向いていた不二は先に気付き、英二はキョトンとして振り返って、その足元に、サーブされたボールが落ちて、自分目掛けて跳ね上がって来た。

(つ、ツイストサーブ?!)

 手元に、ボールが一個しかなかったことを悔しく思いながら、リョーマは渾身のツイストサーブを避けた恋人に、怒りの目を向けた。

「エージなんか、嫌い」
「うぇ……? おチビ……?」
「もう知らない……
別れてやる……! 不二先輩と勝手に付き合えば良いんだ!!」





 叫ぶだけ叫んで、リョーマは、踵を返して駆け出していた。



「それは……謹んで辞退したいな、越前くん……」
「え……えええええ? 何でぇぇぇ? リョーマぁぁぁぁ!!」


 小さく、否定を口にする不二の隣で、慌てて、その後を追いかけようとした、英二はリョーマが打って来たボールに足を取られた。

「うわっ……!」
 その場で転び、強かに腰を打ちつけ、さらに足を捻り……。
 それでも、立ち上がって、リョーマの後を追おうとして、不二が止めた。

「英二。先に足、手当てした方が良いよ。捻ったでしょ?」
「でもでも、おチビが〜〜」
「英二!」
「あぅ……リョーマぁ……」
「本当に好きなんだね。越前くんのこと……」

 3年一緒にいた親友の、今まで見たことない姿に、不二は苦笑を浮かべながら、部室のドアを開けた。

「とにかく、冷やして。冷却スプレー持って来るから。それから、保健室に行こう」
「……うん」


 素直に頷き、不二が部室に入ったのを見た瞬間。
 英二は駆け出していた。








 足は痛かったけど、それ以上に、胸が痛かったから。





(リョーマ……お願いだから、誤解しないで。オレの気持ちを疑わないで……ねえ、リョーマ!!)







 
明るく笑うあなたの笑顔が
 ただ、眩しくて
 それを、齎しているのが自分じゃないと判ったとき
 それは、目の前を闇が覆うが如くに
 気持ちを沈ませる


 オレのためだけに笑って欲しい



 それは、ささやかな
 でも、叶えられない願い







 ろくに前を見ずに走っていたために、不意に腕を掴まれて、リョーマは困惑した。

(エージ?)

 彼が追って来てくれたのかと、期待に視線を向けると、そこに居たのは、彼ではなく。
「どうした、越前? そのままじゃ、壁に激突するぞ?」

 彼のもう一人の親友。

 ダブルスのペアである大石副部長がそこにいた。

「……副部長……」
「何があった? 今、練習中じゃないのか?」

 確か、部長と副部長は委員会で遅れるとか何とか言って居なかった。
 取り敢えず、一通りの練習は済ませて、後は各自、打ち合いをしていた所だった。
 その中で英二はずっとボーッとし続け、桃城との打ち合いに、一区切りをつけたリョーマは、彼に声をかけたのだ。

「……何でもないっす……」
「何でもないって表情じゃないけど? 越前……」





 大石の優しい声に、心が揺れる。
 涙が出そうになる。

 でも……慰めて欲しい手はこの手じゃない。
 かけて欲しい声は――



 この声じゃない……。


「……リョーマ!!!」






 背後から、強く自分を呼ぶ声が聞こえた。

 振り向くと、英二がそこに立っていて――
 どこか辛そうに、眉を顰めて。
 足を引き摺るようにして、こちらに近付いて来る。

「あ、え……エージ……足……!!」
「英二? 足どうしたんだ? 怪我してるのか?」
 リョーマも、それに気付いた大石も、声を上げて、英二に向かって問い掛けた。





 だが、英二はその問いかけには答えず。
 ただ真っ直ぐに、リョーマを見つめて口を開いた。


「リョーマ……何でそこにいるの?」
「え?」
「リョーマの居場所は……ここだろう!!」

 自分の前を指差して、英二が言う。
 ――いつになく、強い口調で。

 力強い視線で。
 まるで――試合をしているときのような。
 強い瞳で……――








「エージ……」
「……リョーマ……こっちに来いよ」
 まるで吸い寄せられるように、リョーマは英二の前に立っていた。

「――エージ……」
「ごめんね、リョーマ……。傷付けてごめん。本気じゃないから……ただ、リョーマの話、聞いてなくて……それもごめん」
 リョーマの肩に手を触れながら、英二が優しく囁くように言った。
 胸の中に染み入る……その暖かな言葉に、リョーマは泣きたい気持ちになって俯く。
「オレも……ごめん……嫌いって言って……。エージに怪我させたの……もしかして、オレ?」
「……これは……違う。オレが自分で怪我したの。オレ、ドジだから……」

 静かに呟くように言うリョーマの身体を優しく抱き締めて、英二も静かに言った。

「全く! 痴話喧嘩に付き合わされる身にもなって欲しいよね」
 こつんと背後から、頭に何かを当てられて、英二が慌てたように振り向く。
「不二……?」
「はい。冷却スプレー。越前くん、英二のこと、頼めるかな?」
「……もちろんっす」
 少しだけ睨むようにして、不二を見上げて来るリョーマに、不二は軽く笑った。
「嫌だな〜越前くん。そんなに僕を敵対視しないでよ。僕が好きなのは君なんだからVvv」
「不二!!」
「……」
「ずっと、僕と英二の話を聞いてたの?」
「聞こえて来たんです。聞きたくて聞いた訳じゃない。先にあの場所にいたのはオレだし」
「あ、そうなんだ。じゃあ、全部聞いてるんだね?」
「……でも、エージ先輩は渡さないっスよ?」
「大丈夫。のしつけて返すから」


 さりげなく互いに凄いことを言ってると、英二と大石は聞きながら思ってしまった。
 不二にしてみれば、自分の想い人に、恋のライバル視されて、なんとも憐れな状態であることは間違いない。

「英二がボーッとしてた原因はね」
「ああああ、不二! 言っちゃダメだってば〜」
「そう言えば……今度の追試、取れなかったら、英語ヒヤリング、補習なんだよな? 英二」
「あああ、何で大石が知ってるの? って言うか、おチビの前で言うな〜〜〜〜っ!!!!」
「英二ってば、目は良いくせに、耳が悪くてね。ヒヤリングテスト、やり直しなんだよ。それがボーッとしてた原因なんだよ……」
「……不二のバカ〜〜〜〜〜!!!」

 真っ赤になったまま言う英二に、リョーマは少しだけ笑ってしまった。

「ひぃ〜……おチビに笑われた!
 不二と大石のせいだからな〜〜!!」
 喚く英二に、リョーマはさらに笑みを浮かべて、笑い出す。




 そうして。

 英二の足の手当てをするために、保健室に向ったのだった。










 翌々日。

「エージ先輩」
「おっちび〜Vvv 何々? おチビから、ウチのクラスに来るなんて珍しいじゃん♪♪」
 二時間の授業を終了した休み時間に。
 3年6組の教室にやって来たリョーマに、英二は嬉しそうに言った。


「……これ。上げます」
 手渡されたのは、カセットテープ。
「へ?」
「じゃあ、また昼休みに」
 そう言って、ろくに英二の顔も見ないまま、リョーマは踵を返していた。

「何、これ?」
「へえ、リョーマくんからプレゼント?」
「うわ……っ不二! 何だよ?」
 
 言いながら、手元にあるテープに目を向け、不二に問い掛ける。
「ウォークマン持ってる?」
「今時持ってる人いないんじゃない?」
「……今すぐ聞いてみたいのになあ」
「じゃあ、視聴覚教室行ってみれば?」
「ああ、そっか!」

 頷いて、次の休み時間に職員室で鍵を借りて、視聴覚教室に向った。
 そこにある備え付けられてるカセットデッキに、テープを入れて、ヘッドホンをつけて、スイッチを押すと――


「うわあああ!!!」
「どうしたの? 英二」
 一緒に着いて来ていた不二が、驚いたように問い掛けて来て、英二は慌ててカセットを止めた。
「ダメ! 不二は聞いちゃダメ!!!」
 英二はそう言って、カセットを取り出し、さっさと教室を出て行く。
「誰が、鍵を借りてやったと思ってるんだか……」


 でも、何となく。
 英二の表情を見て判ってしまった。

 リョーマから渡されたあれは……。












 
明るく笑うあなたの笑顔を
 オレがこの手で上げることが出来たら

 きっとオレの心も幸せを感じる

 笑顔の示す通り
 きっとあなたも幸せを感じている


 あなたにいつでも
 笑顔を上げられたら

 オレもきっと笑顔になれる








 昼休みに、思わずリョーマに抱き付いてお礼を言ったことも。
 部活中、浮かれ捲くっていたことも。
 そうして、家に帰るなり、既に使わなくなっていたウォークマンを取り出して、机に座って聞きながら幸せを噛み締めたりとか。

 それは、また別の話……。




 もちろん、追試は無事クリアして、英二は――
 リョーマに最高の笑顔を、贈ったらしい……。

<ちゃんちゃん>



☆あとがき☆
結局、英二贔屓だよね、私……;;

さて、リョーマさんの渡したもの、何だか判りますか?(^^ゞ
英語と言えば、帰国子女のリョーマさん。
発音だけはきっとバッチリでしょう♪
そう、リョーマさん特製のヒヤリングテープ♪

今、頭の中で「リョーマがんなもん作るかーーー!」って声も聞こえるんですけど;;;
そこはそれ……笑って誤魔化せ(苦笑)

英二って何となく英語弱そう……に見えません?
憶えも悪そうだしなあ……(オーストラリアン・フォーメーションが言えなかったことが引っ掛かってたり)
あ、でも、この前のアニメの改良型ゴールデン……乾汁は、未だに覚えてません;;管理人。

長いカタカナ言葉を覚えるのが苦手と見た(←それは、あんた自身でしょう;;;;そう、私はだから世界史ヨーロッパとか苦手です;;)
それに数学や国語や化学じゃ、どうしてもリョーマさん手助け出来ないじゃないっすか〜〜(^^;)
(いくら化学得意でも、3年のは無理っしょ?)
英語も文法的なのもダメと思ったので。ヒヤリングにして見ました。(^^)
きっと範囲とか大石に聞いたんだね(汗)


でも、ヒヤリングテストとかって期末試験に入ってたりするんだろうか?(滝汗)
細かいとこに突っ込んじゃ、イ・ヤVvv

では、ここまで読んで下さってありがとうございました(^^;
ではでは〜((((脱兎))