First Call


 28日の予定が、父親の突発的行動によって潰れてしまったために、すこぶる機嫌の悪い英二に、呆れたように下の姉が、声をかけて来た。

「なんで、そんなに機嫌が悪いのよ? いつもは、こう言うことに真っ先に喜ぶくせに……」
「……そりゃ、予定が何もなきゃ喜びもするよ」
「予定……? あんた、もしかして、彼女でもいる訳?」
 図星を付いて来た次姉の言葉に、英二は、少しだけ頬を赤くした。
「うるさいなー」
「へえ、成長したじゃん」
 からかうような声が聞こえて来て、英二はそっちに視線を向けてげんなりしたように、肩を落とした。
 次兄が、面白そうに笑みを浮かべながら、自分の側に座り込む。
「去年の誕生日、確か、俺らと出かけて、彼女に振られたんだよな?」
「……え?」
「えー? あんた、去年も彼女いたの?」
 姉の問いを殊更無視して、英二は手に持つ携帯電話に視線を向けた。
「で? 何待ってんだよ?」
 英二の持つ携帯電話を指差して、問い掛ける。
「何でも良いじゃん」
「……そうだけどよー;; 彼女から電話にしちゃ、ちょっと遅すぎるんじゃねえ?」
「あーもう! 煩いな!! 玲兄も、夏姉も出てけ!!」
「あのなあ、ここは、オレの部屋でもあるぞ?」
「あら、あんたのために、姉さんの作った夜食持って来てやった姉に向かって言う科白?」
「……うぅ〜」
 携帯を握り締めたまま、英二は唸りながら、座っていた机の椅子から立ち上がった。
「英二?」
「煩い!!」
 まるで切り捨てるように言って、英二は部屋を出て、キョロキョロと周りを見回した。
 どこに行っても、誰かがいるし、完全一人になれる空間ってトイレか風呂しか……いや、風呂も言い切れない。
 たまに人が入ってる時に、兄が入って来ることもあるし、それだけデカイ風呂だし、家族が多いと、二人一緒に入るなど子供の頃から多かった。
 男兄弟3人で入ってたこともあるし。
(下手すりゃ、親父も入って来たりするしなー)
 完璧一人になれる場所が、トイレだけってどうなのさ? と、嘆きつつ、階下に向かった。

「あれ? 誰もいないじゃん」
 明日のための荷造りで、ワタワタしているらしく、リビングには誰もいなくて、英二はラッキーとばかりに、ソファに寝転がった。

「でもなー……おチビ、ちゃんと憶えてるかなー? 寝てる可能性も高いよなー」


 先日、プチ家出した時に、グチグチと言っていた英二に、リョーマが言ったのである。

『28日は、学校休んで行くことになるんスか?』
『そうだよ! せめて、学校に行ければ、会えるのにさー』
『……じゃあ、28日になったと同時に携帯に電話してあげましょうか?』
『……へ?』
『取り敢えず、一番最初に、あんたにHappy Birthdayをあげますよ』
『おチビ……大丈夫? 熱ない?』
『……………………どう言う意味か聞いても良いッスか? 要らないなら良いッスよ。しませんから』
『ああああああっ!! いる! 要るに決まってんじゃん!!』
『……最初から、素直にそう言えば良いんだよ、バカエージ』


 憮然とした表情で、でも少しだけ、照れた様子で、リョーマは言ってくれたのである。


「うー……後、15分もある〜何で、時間が経つのって遅いんだよー」
 一律、時間の経ち方は同じである。
 ただ、待っているときと気にしていないときは、物凄い差が、そこには存在するものだ。

 携帯の待ち受けは、本当はリョーマだったのだが、不二に呆れられて、リョーマに嫌がられて、今はリョーマに貰ったカルピンになっている。
 それを見つめながら、ジーッと日付が変わるのを待っている自分に、たった3日――とはリョーマの言――でも、耐えられるのだろうか? と疑問が浮かぶ。
 実際に――

 全く会えない状態などと言うのは、夏にリョーマがアメリカに行った時以来なのである。

「あー行く前に一目会いたかったなー」


 ――家の時計の鳩が鳴いた。


 ハッとして、手の中の携帯電話に目を向ける。
 だが、一向に着信のメロディが聞こえて来ない。

「……ま、まあ、まだ日付変わったばっかだし……」
 まるで言い聞かせるように呟き、更に待っていると、
「英二、何やってんの? 明日は早いんだから、もう寝なさいよ。あ、あんた、ちゃんと旅行の準備してるんでしょうね?」
 長姉の声が聞こえて来て、英二は思わずムッとしたような目を姉に向けていた。
「オレ、別に行きたくないし。殆ど命令されて無理矢理行かされるんだし……」
「……何で、そんなに嫌なのよ?」
 英二の言葉に、姉は軽く溜息をつきながら問い掛けて来た。
「……だって……」
 言いかけた時に、待ちかねた着信メロディが鳴り響き、英二はハッとしたように携帯に目を向けた。

「め、メール?」
 思わず声を上げて、英二はハッとしたように姉に視線を向けた。
「?」
「な、何でもない。もう、寝るね」
 そう言って立ち上がり、リビングを出て、再度携帯に目を向ける。

(何で、メール? 電話するって言ってたじゃん? 何で……)
 時間が遅いことを考慮して、メールに切り替えたのかも知れない。
 そう思いながらメールを開いて、英二は目を瞠った。
 思わず携帯電話を放り出して、玄関に足を向ける。









「おチビ!!」
 玄関のドアを開けて、外に飛び出した。
「Happy Birthday……。エージ」
 そう言って、門の外に、リョーマは立っていたのである。











 英二が放り出した携帯メールの内容は……。

『どうしても会いたくなった。だから、今、外にいるッス。電話じゃないけど、約束……守ったことになるッスよね?』



<了>