理解出来ずとも望むもの


 越前リョーマは、自分の今の状態が、イマイチ解せずに、首を傾げた。


「どったの? おチビ」
 隣に座るのは、自分の二つ年上で、誰よりも大事だと思える存在の人。
 それは別に良いのだ。
 だが……。

「あぁ? 何だ? ちびちゃん、車にでも酔ったのか?」
「えー? 大丈夫? 少し休もうか?」
「窓開けた方が良くない? 寒いかも知れないけど、空気が悪いのかも」
「ねえ、父さん。次のパーキングエリアまでどれくらい?」
「そうだな。30分てとこかな?」
「車酔いする方なのか? ホントに大丈夫か?」
「あ、いや……その……」

 まるで捲くし立てるように言われて、さすがのリョーマも言葉に詰まった。
 隣の英二に視線を向けて、無言で助けを求めてみる。
「もう! 兄ちゃんも、姉ちゃんも、おチビが迷惑してるだろ! おチビは車酔いなんかしないよ。兄ちゃんたちに構われてビックリしてるだけだろ!!」

「そうなのか? 越前くん」
「英二のことなんか気にしなくて良いのよ。気分が良くないんだったら、直ぐに言ってね」


 そうじゃない。
 そうじゃないのだ。


「あ、あの……何で、オレここに居るんスか?」

 そう、リョーマが聞きたかったのは、これなのである。


 顔を見合わせる菊丸兄弟(英二除く)に、英二が、キョトンとしたように、首を傾げた。
「あれ? おチビ、忘れちゃったの?」
「え? あ、いや……」


 忘れたとか、そう言う問題ではないと思う。
 そう、昨日と言うより、明けて今日。
 28日になったと同時に、英二に『Happy Birthday』を伝えるために電話をすると約束していた。
 だが、直前になって、会いたくなり、明日から三日会えないことを思い出して、気がつくと家を出ていた。


 英二の家の前で、英二の携帯にメールを送って、間髪入れずに英二が飛び出して来て。

『Happy Birthday』を告げて、プレゼントを手渡して、帰ろうとしたら、英二に止められた。
 こんな真夜中に帰す訳には行かないから泊まって行けと言って来たのである。
 さすがに翌日、旅行に出かける家に泊まるのもどうかと思い、やんわり固辞して帰ろうとしたのである。
 だが、真夜中に外に飛び出した弟に気付いた英二の姉が、やっぱりこのまま、帰すのは危なすぎると泊まって行くように勧めて来たのである。
 そう。
 旅行に出る時に、車でリョーマの家まで送るからと言って。

 だから、リョーマも初めての泊まりと言う訳でもなかったために、その言葉に甘えて、菊丸家に泊まったのであるが……。


 朝になって、他所の家では割と早くに目が覚めるリョーマは、早朝から騒々しい足音や声に起き上がった。
 英二の姿も既になく、同室の玲二の姿もなく、リョーマは自分の使った布団を、畳んで、着替えを済ませて部屋を出た。


「あ、おっはよん。おチビちゃん!」
「はよッス。エージ先輩」
「朝食もう出来てるから、食べて良いよ」
 英二がバッグを片手にそう言って、玄関の方に駆け出して行く。
 行くことを渋っていた筈なのに、いやに楽しそうにはしゃいでいる。

 まあ、そんなもんかと結論付けて、リョーマは洗面所に行って用を足し、キッチンの方に足を向けた。

「あ、おはよう、越前くん」
「おはよう、ございます」
「簡単なものしか出来なくて。しかもお昼用のお弁当のあまりなのよ。だから、遠慮しないで食べてね」
 そう言いながら、お茶を注いでくれる長姉の春海も、忙しそうにしていた。

「?」
 不意に、見慣れたテニスバッグを見つけて、リョーマは首を傾げた。
 確かに、同じものを英二も持っている筈である。
 だって、青学テニス部の揃いのテニスバッグなのだから……。
 『SEIGAKU』の文字の入った青いテニスバッグ……何も変ではないはずだ。

 だが、英二は既にバッグを持っていなかったか?


「おチビ〜ご飯済んだら、出るからね」
「もしかして、オレ待ちッスか?」
「そんなことないない。まだ、祖父ちゃんたちの荷物積まなきゃ。人数多いと、短い旅行でも大変なんだよねえ」
 言いながら、キッチンを通り過ぎて、反対の廊下に出て和室の祖父母の部屋に向かって行ってしまった。

「……何か、やけに張り切ってないッスか? エージ先輩」
「誕生日の日は、いつもあんなものよ。何だか妙にはしゃいじゃって。形だけは大きくなっても、まだまだ子供なのよね」
「ふーん」
「越前くんは誕生日にはしゃいだりしないの?」
 その問いかけに、リョーマは首を傾げて、暫し考え込んだ。
「別に……あそこまではしゃいだりしないッス」
「そうなの? 少しは越前くん、見習って落ち着けば良いのにねえ?」
 ニコニコと言う春海の言葉に、リョーマはどう返せば良いのか困ってしまった。


 そうして、朝食を食べると、菊丸一家は家族旅行へ。
 リョーマは家に帰宅し、今日も学校に行く……筈だったのである。






 だが、未だ、車上の人で、しかも、自宅も青春学園も、青春台さえ、遠く離れてしまっている。

「だから、早朝におチビのお父さんが、家に来てさ、おチビの2泊3日分の荷物持って。迷惑じゃなかったら、リョーマも連れてってくれって言うんだよ?」
「あの馬鹿親父……。家族水入らずの旅行になんで、オレが……」
「でもでも。オレはおチビと旅行、行けて嬉しいんだけど……。もしかして、おチビは嫌だった?」
「嫌だったら、青春台出る前に停めてもらって、さっさと家に帰って学校に行ってるッスよ」
「じゃあ、何で機嫌悪いの?」
「……こうなるまで誰も何も言ってくれなかったじゃないッスか」
 こっちは、何がどうなってるのか、さっぱり判らず、家にも寄らずに、青春台を出てしまい、あまつさえ、東京まで出てしまったのだ。
 ふて腐れたくなるのも道理と言うものだ。

「でもさ! おチビと一緒にどっか行くのって、テニス部の合宿と全国大会以来じゃん? だからもう、嬉しくって! ずっとドキドキしっぱなしなんだよねー」
 嬉しそうに告げて来る英二の、朝のはしゃぎっ振りを思い出して、リョーマは短く嘆息した。
「そッスね。そう言えば、合宿の時、エージ先輩無駄に菓子類もって来てたッスけど。今回はないッスか?」
「だって、本当は行きたくなかったし。あ、でも、次にどっかのサービスエリアに寄ったら、一杯買おうね!」
「ファンタもね」
「もち!!」
 全開の笑みを見せて来る英二に、リョーマも軽く笑みを返していた。
 不意に、英二がビックリしたように目を見開いて、更に嬉しそうに微笑んで見せて、リョーマは返って、面食らってしまった。

「エージ先輩?」
「あっち着いたら、デートしようね!」
 リョーマの肩を抱き寄せて、小さく告げて来る言葉に、リョーマは肩を竦めて呟くように返した。
「そッスね」
 だが、その後。
 ゆったりと英二に自身の体重をかけて、凭れるようにして目を閉じたのである。

 耳元に小さく聞こえた英二の言葉に、リョーマは知らずに笑みを浮かべていた。

「お休み、おチビちゃん」



<えんど>


どこがデートだ?(滝汗)