犬気質 |
「……寒い」 思わず呟いていた。 しっかり毛布も布団も被ってるのに、どこか深々と寒さが身に染みてくる。 何があってもこの布団の中から出たくないと思う瞬間である。 「おっチビーーーーーっ!!」 聞こえて来た声に、聞き違い……幻聴だと、リョーマは更に寝返りを打って、布団に包まった。 「おチビってばーーーーーーっ!!」 今日は、学校は休みだ。 部活は午後からだ。 はっきり言えば、それにかの人は関係がない。 今はもう、引退して、部活に出ると言う、必然性がない。 もちろん、本人たちが鈍らないように、自主的に参加して打って行くのは自由だが……。 「おチビーーーーーーーー!! 起ーきーろーーーーーーっ!!」 (煩い……大体、近所迷惑だろ? あれじゃ……) そう思うなら、布団から出て、更に外に出て、彼を諌めなければならない。 (親父や菜々子さん……なにやってんのかな? 止めれば良いのに。あー不二先輩か大石先輩に来て貰って、引き取って貰おうかな?) 眠気はないが、とにかく寒いのでこの『布団』と言う名の楽園(?)から、出たくないのである。 いつぞや、初雪が降った日は、もう少しすんなり出られたのに、何で今日は……と思いつつ、頭から布団を被ることにした。 ――眠気はなくとも、暖かい布団の中で、目を閉じて横になっていれば、眠くなると言うものだ。 ましてや、暇さえあれば、大抵眠っているリョーマにしてみれば、当然のことだった。 結局、近所迷惑だからと、菜々子に注意されて、仕方なく、スゴスゴと帰ろうとした英二を、菜々子が呼び止めた。 「あ、菊丸さん」 「……え?」 「リョーマさんにご用なんでしょう? 表で騒がれるのは困るんですけど。でも、上がって、直接リョーマさんを起こされるのであれば、一向に構わないですよ」 ニッコリ笑って告げて来る菜々子の言葉に、英二は一瞬呆けた後、嬉しそうに笑って、 「まっかせて下さい!!」 とリョーマを起こすことを請け負ったのである。 どっちにしても、あれだけ、騒ぎ立てたにも拘わらず、一向に出て来ない恋人の冷たさに、内心拗ね捲くりの英二だった。 「寝起きそのものは、悪くないんですけどね。どうしても、寒いのが苦手らしくて。昼過ぎには、起きて来るんですけど」 そう言いながら、苦笑を浮かべて、部屋まで案内してきた菜々子は、取り敢えず、温かいものでも持って来ますね、と行ってしまった。 「ったく〜折角、遊びに来たのに、寝てるなんて勿体無いことしてんなよーおチビ!」 「……………………」 独りごちる英二の目の前で、布団が微かに動いた。 「おチビ?」 「……遊びに来たのは、あんたの勝手っしょ? オレにあんたの勝手を押し付けないでくれませんか?」 「……ってか、おチビ……起きてんなら出て来いよなー」 「何で?」 「……何でって……」 ベッドに寝転がったままの状態で、でも、しっかり布団と毛布を被った状態のままで、リョーマは英二を見つめながら問い掛けて来た。 返答に困った……と言うより、そんなことを聞かれると思っていなかった英二は、一瞬固まってしまった。 「……別に、オレが来て下さいって誘った訳でも、約束してた訳でもないじゃん。勝手に来た癖に、何でそうやって、あんたの事情をオレに押し付ける訳?」 辛辣に事実を告げて来るリョーマに対して、英二は困ったように俯いた。 ――そんな英二に、リョーマは思わず深々と溜息をついて、一気に反動をつけて起き上がった。 「……うぅ〜寒い……」 一度、ブルッと身震いして、布団の上にかかっていた半纏を羽織った。 「……エージ先輩」 ガックリ落ち込んだ様子に英二に向かって声をかけると、英二はゆっくりと頭を上げて、それから、パジャマの上に半纏を着込んでいるリョーマに、思わず目を見開いて、吹き出した。 「……笑いましたね」 「いやだって……だってさ! なんか……可愛いっていうか……。――似合ってる似合ってる!!」 「……何か、似合ってないって言ってるみたいっスよ?」 「……似合ってるんだけど、でも……おチビには似合わないかなって」 「やっぱりね。……でも、まあ、似合うとかそんなことより、寒くないかどうかが重要なんで」 キッパリ言って、やっと布団から足を出して、立ち上がった。 「エージ先輩って、普段、猫みたいなくせに……初雪の時も思ったッスけど、こう言う時は犬みたいっスね」 「は?」 「……猫って、元来寒いの苦手っショ?」 リョーマの言葉に、英二は目を丸くして、首を傾げた。 そう言って、足元の布団をまくって愛猫のヒマラヤンを抱き上げた。 「カルピン、こんなに毛が長いのに、それでも寒いみたいだし」 「……………」 「でも、寒くても元気に走り回ってる。もっと、寒がりかと思ってたから意外だったッス」 「……あーうー……それは、そのー……犬気質は嫌ってこと?」 恐る恐ると言う感じで、英二が問い掛けると、リョーマは腕の中に抱いたカルピンを床に下ろして、一歩、英二に歩み寄った。 「あんたが、そう言うとこだけ犬気質で良かったかも」 「は?」 「だって、エージ先輩が寒がりで猫気質だったら……」 「だったら?」 「冬の休みの間、全然会えなくなるじゃないッスか?」 「!!」 ハッとしたように、英二は目を見開き、すぐ傍で、見上げているリョーマの身体を抱き締めた。 「それって、会いに来て欲しいってこと?」 「さあ?」 「さあって……」 「まあ、勝手に会いに来て、勝手に上がって来て、部屋にいるのは別に良いけど……。あんたの勝手だし」 「……おチビ?」 「だから! 表で、オレが出て来るのを待ってないで、あんたらしく、いつでも会いに来れば良いじゃないかって言ってるんスよ」 その言葉に、英二の自分を抱き締める腕に、更に力がこもった。 「ちょっと、苦しいんだけど?」 「あああああっ! ごめん! でも……その……邪魔じゃない?」 「……別に。あんたが来て、邪魔だと思ったこと一度もないけど?」 「ホント?」 ぱあっと喜色満面になる英二に、リョーマの口許から笑いが零れる。 「……ホント、まだまだだね」 この言葉に、打ちのめされるが如く、凹む英二を尻目に、リョーマはベッドの直ぐ近くにあったヒーターをつけると、ベッドに腰掛けた。 ほぼ同時にドアがノックされて、菜々子が、ココアを持って入って来る。 「リョーマさん、やっと起きたんですね」 「……まあね」 「じゃ。ごゆっくり」 余計なことは、一切聞かない菜々子は、そのまま、部屋を出て行く。 「あ、朝ごはん。昼食と一緒にしますか?」 「……後で、軽くなんか食べる。エージ先輩が作ってくれるから、心配しないで良いよ」 「え?」 驚く英二を他所に、話が展開して、菜々子は納得したように頷き、ドアが閉められた。 「あの〜おチビちゃん?」 「……作ってくれないんスか?」 菜々子の持って来たココアを差し出しながら問い掛けると、英二はそれを受け取りながら、慌てたように頷いた。 「もちろん、作ったげるよ! 当然じゃん!!」 「じゃあ、問題ないッスね」 ほかほかとココアを飲んで暖まりながら、リョーマはゆったりと笑みを浮かべる。 そうすると、英二は決まって『参った』と言うように、苦笑を浮かべるのである。 そんな英二を見ることも、リョーマはかなり好きだったりした。 <Fin> |