風邪

 目が覚める時は酷く緩慢でゆっくりとしている。
 寝起きはそう、悪くはないが、目が覚めるまでに時間がかかるのだ。
 だから、リョーマは目を開けて何度か瞬いたあと、枕元の時計を見て暫くボーッとしていた。

「ああああああーーーーっ!!」
 声と共に起き上がった瞬間に、完全に目が覚めた。
 そうすると、既に眠気は払拭されて、取り敢えず、横になるなどリラックスできる状態にならない限り、眠気は来ない。
 いつになく慌てて、ベッドを飛び下りたリョーマは、ふっと机の上に置きっ放しになっていた携帯電話に目を向けた。


 着信が数限りなく入っていそうで確認するのが少々辛い。
 心配かけたことは悪いと思うが、でも、きっとこっちが寝坊したことは考慮してくれている筈だ。
 信じて携帯を開けば、着信は暇そうな一年上の先輩からだけで、予想したメールは一件もなかった。電話が鳴った形跡もなくリョーマは怪訝に眉を顰めて携帯電話を見つめる。

「何やってんだよ」
 小さく呟いて携帯電話をベッドに放り投げ、取り敢えず服を着替えることにしたのである。



     ☆        ☆

「リョーマさん、菊丸さんのお姉さんからお電話がありましたよ」
「……え?」
 階下に下りて行けば、従姉の菜々子がそう言って、リョーマの前に暖めたミルクを差し出した。
「電話、なんて?」
「菊丸さん、風邪を引かれたそうで。熱があるので、今日の約束はキャンセルさせてくださいってことでした」
 遅い朝食になったと思いながら、パンを手に取り口に運んでいる途中で、リョーマは動きを止めた。
「……ふーん」
 道理でメールが一件もない訳だ。
 待ち合わせ場所に行かなかった訳でも、待ち惚けを食らわせた訳でもないらしい。
 それはそれで良かったのだが、何となく心の中がスッキリしない。

 朝食を食べて終えて自分の部屋に戻り、ベッドの上に放りっ放しの携帯を睨みながら、考え込む。

「何で、風邪なんか引くんだよ……エージ先輩の馬鹿」
 呟いておもむろに携帯電話を取り上げて開くと、そのまま、何度も同じ文字を打ち込んで送信を押す。
 それから、一度携帯を閉じて、もう一度ベッドに放り投げようとして、リョーマは気が変わったようにもう一度携帯を開いた。

 同時に鳴り響く着信メロディに、一瞬ビックリしてそのまま携帯を落としそうになり、慌てた自分に焦りながら、自室なのに周りを見回し慌てて画面を見れば。
 案の定、菊丸英二の文字が見えた。

 風邪、引いてんじゃないんですか?
 寝てなくて良いんスか?
 メールなんて打ってる場合じゃないっしょ?


 思いながら、メールを開いてリョーマは思わず吹き出した。

【どうせばかだよー、おちびのばかー】

 平仮名ばかりなのは、変換する気力もないのだろう。
 下向きの矢印に首を傾げながら、何気なく画面をスクロールしてみる。

【でもすき。かぜすぐなおすから、まってて】

 目を丸くして、口許に苦笑を浮かべて小さく呟く。

「オレもッスよ、エージ先輩」
 数文字打って送信を押し、それから、アドレスから桃城の名前を出してプッシュする。

「ああ、桃先輩。どうせ、暇でしょ?」
 決め付けた物言いに怒鳴り返して来る相手を軽くやり過ごして、
「見舞いには何を持って行ったら良いと思います?」
 らしくないリョーマの問いかけに、一瞬呆けたような桃城の反応を少し可笑しく思いつつ、リョーマは窓から見える青空を見つめて、微かに目を細めた。

<Fin>