幻想Magic


「あれ? 英二先輩じゃねえ?」
 部活のあと、日曜日にある練習試合のことでミーティングがあったために、いつもより、随分遅くなってした。
 英二は、補習もないので、先に帰ると言っていたのに、どうしたのかと、リョーマは首を傾げた。
「桃先輩。止まってください」
「あ、ああ」
 桃城の自転車がその場で止まり、リョーマはいつものステップから飛び下りた。
「じゃあな、越前」
「どもっす」
 リョーマが頭を下げるとほぼ同時に、桃城は自転車を漕ぎ出し、正門に向かい、
「英二先輩、お休みッス!」
「おう! 桃! お疲れ! あ、おチビは?」
「直ぐに、来ますよ」
 走り去りながら、英二の問いに答えた桃城の言葉に、振り返ってみた。
「何、やってんスか? エージ先輩」
「もち! おチビ、待ってたに決まってんじゃん?」
「ああ、私服……。やっぱり、家には帰ってたんだ」
「まあね」
 英二は、手に持っていた単語帳をポケットに仕舞いながら、手を差し伸べた。
「? 何?」
「良いから。おチビと行きたいとこがあんだよ」
「……? 行きたいとこ?」
 リョーマの手を掴んで、英二はニコニコ笑いながら、歩き出した。



 駅へと続く道を歩いていることに気付いたリョーマは、前を行く英二に問い掛けて見た。
「どこ行くんスか?」
「……駅前」
 それ以上何も答えない英二に、リョーマも諦めたように溜息をついて、ただ、引かれるままに、ついて行く、

 既に日が沈んで暗くなった住宅街を抜けて、人波と光の溢れる駅前に出る。
 だが、英二が向かったのは、駅前からも少し外れた場所だった。

「あーっと間に合ったー♪」
「間に合う?」
 歩道橋のほぼ真ん中で立ち止まった英二に対して、リョーマは疑問の表情を浮かべて問い掛けた。
「まあまあ、見てれば判るって」
 腕の時計に目を向けて、オフィス街とでも呼ぶのか、既にどのビルも明かりが消えていて、その歩道橋から見える空間は真っ暗だった。
「3……2……1……0!!」
 小さく呟きながら、数を遡っていた英二が、ラストの「0」を言った瞬間。
 真っ暗だったその場に、無数の光が一斉に灯されて、リョーマは一瞬目を閉じていた。
 暗がりの中にずっと居たために、この光の渦に、目がついて行けなかったのだ。

「……な、何、イルミネーション?」
 さすがにリョーマも驚いたように、ゆっくりと目を開いた。
 それから、はるか向こうまで続く光の街路樹に目を見開く。
 木々に巻きつけられた無数の電球が、暗がりの中で、木の形を作って輝いていた。
「そう! クリスマスのせいかなー? こう言うイルミネーションとか……良くやってんだよね。で、今日からここで午後6時から点灯するってテレビで見てさ。で、時間的に間に合うかもと思って、おチビ誘いに学校に行ったって訳」
「だったら、そう言えばいいのに……」
「だって、おチビ知らないはずだから、ビックリさせたかったんだよ」
「……」
「おチビ? ビックリしなかった?」
 どこか、反応の鈍いリョーマに対して、英二が問い掛ける。
「……………したッス」
「ホント? 良かったー」
「良かった?」
「だって、おチビが全然ビックリもしてくんなかったら、何か寂しいじゃん?」
「……………そう言うもんスか?」
「そうだって! だって、オレの目的、おチビのことビックリさせることなんだから」
「……暇人」
「……せめて、息抜きって言ってくれ」
 何だか泣きそうな英二の物言いに、リョーマは思わず笑ってしまった。
「おチビ?」
「で? その息抜きは、まだ出来るッスか?」
「……うーん。そうだなー、あと、一時間くらい」
「それじゃ、軽くなんか食って行きません? オレは部活のあとで、腹減ってんスよね」
「じゃあ、どっかで何か食ってこ」
「良いんスか?」
「何が?」
「家帰って、夕飯食えなかったら、鉄拳制裁じゃ?」
「あ……えーっと……」
 慌てたように、英二はコートのポケットから携帯電話を取り出して、家に電話をかけ始めた。

「これで、OK! ってあれ? おチビ?」
 いつの間にか増えている人の波に、英二は慌てたように、キョロキョロと自分を探している。
「って、あ、ごめんなさい。おチビ?」
 移動しようとして人にぶつかり、謝りながら、それでも小走りに駆け出していた。
「あー! もう! 何で、ちゃんと手、握ってなかったんだ、オレ!!」
 人込みの中を、うまい具合にすり抜けて、すんなりと抜け出した英二は、歩道橋の欄干に駆け寄って下を覗き込んで、あっちこっちに視線を巡らせる。

「あ、おチビ!!」
「遅いッス」
「って、何で、黙って行くかなー?」
「早く来ないと、オレ帰るッスよ?」
「ああ! もう、待ってよ、今行くから!!」
 だけど、イルミネーションに目を奪われた通行人が足を止めて、歩道橋の上は、結構な人込みになっている。
 そこから、ここに来るにはまた、少し時間がかかると思う。
 イルミネーションの施された木の下で、リョーマは肩を竦めて溜息をついた。

 不意に聞こえたざわめきと、悲鳴に、ハッとしてリョーマは視線を歩道橋に戻して唖然となってしまった。

 歩道橋の欄干の上から、手すりを伝って、こちらに向かって来るのは、他でもない、ここに自分を連れて来た人で……。
「ダイジョーぶい!」
 騒がれる中で、英二は平然と言ってのけて、素早い動作で、駆け下りている。

 いや、それは、確かに英二のボディバランスの良さや、身の軽さ、反射神経の良さ、他にも諸々の運動神経の良さを鑑みれば、この程度のことは、何でもないかも知れない。
 リョーマはバッと、周りを見回し、ここがテレビで放映されていたと言っていた英二の言葉を思い出した。
 そうして、地面に下り立った英二の腕を掴んで、その場から慌てて駆け出したのである。

「おチビ?」
「あんたは、本当の馬鹿ですか?」
「……だって、しょうがないじゃん。人が一杯で、中々退いてくんないしさあ」
「だからって、非常識過ぎるっすよ!」

 英二が無事に地上に降り立つと、観衆は無責任なもので、悲鳴やざわめきは、拍手と歓声に変わっていた。
 だが、こんな危ないことをすれば、当然警官だって放っとく訳がない。

「おチビが黙っていなくなるのが悪いんじゃん」
「人の所為にしないで下さい」
「……むぅ」
「このこと、明日、大石先輩と不二先輩に言いますからね」
 明らかに、ギクっとしたように、英二の身体が強張った。
「保護者二人から、叱られたら、少しは目が覚めますか。あ、ついでに部長じゃなくて、手塚先輩にも言っとこう。もう、テニス部員じゃなくても、手塚先輩なら、校庭100周くらい言いそうだし」
「判った! ごめん! オレが全部悪かったってば! それだけは、勘弁して!!」

 だが、時既に遅しとはこのことで。
 それは、反対側の歩道にいたテレビ局のカメラに収められ、7時台のニュースで流されたらしい。
 もっとも、遠目だったので、顔まではハッキリと映ってないものの、それを見ていた大石と不二には、丸判りだったとか。


 翌日、二人からこっぴどい叱責をくらったのは、最早、自業自得と言うものかもしれない。












「ホント……馬鹿なんだから」
 だから、目が離せないし、傍にいたいと思うんだけどね。
 校庭を走っている恋人に。
 スポーツドリンクでも差し入れてやるかと、ファンタ用の小銭を握り締めて、リョーマは自販機に向かって歩き出した。


<えんど?>



※何で、こんな変な話ばっか? 幾らなんでもしないでしょ? 歩道橋の欄干から手すり伝って駆け下りるなんてさ?
……でも、英二なら出来なくないって思うのも……うーーーーー;;
真似しないで下さいね?(出来ません! ってか警察掴まるよ? 多分;;)
ちなみにタイトルには意味がありません(滝汗)