寒い日万歳 うわ、凄い土砂降り。 朝は晴れてたのになー。 こんなに雨降ったら、今日、部活休みだよねー。 ちぇーおチビも、さっさと帰っちゃうんだろうな。 途中で桃に会ったりしてさ、そんで、二人で一緒に帰ったり? そんでもって、「腹減った」とかって、マックに寄って一緒に食べたりするんだ。 チクショー! オレだって、補習がなきゃ、おチビと一緒に帰れるのに! ああ、補習って言っても別に、居残りとかそう言うんじゃないよ? 各教科で希望者が、自主的に受けるものなんだけど……。 でも、オレの場合、英語は半ば、強制。 他のは結構、満遍なく出来てると思うんだけど、英語はとかく苦手。 特に塾とか行ってないし、エスカレーターとは言え、それなりにやってなきゃ進学も出来ないし。 だから、まあ、真面目にやってるんだけど、やる気が出ない。 で、教師に怒られて割に合わない。 やっとこ、補習が終了して、大きく伸びをして、外に目を向けたら、雨は止んでいた。 「ひゃー、外出ると寒ぃなぁ!」 クラスメートの声に頷きながら、何となく昇降口まで一緒に行く。 薄暗くなった校舎の中には、もうオレ達くらいしか、居なかった。 「あれ? 英二。今帰りなのか?」 「大石? 大石も補習だったん?」 他には誰も居ないと思ってたのに、不意に声をかけられてビックリした。 でも、かって知ったるダブルスのパートナーだったから、幾分、ホッと息をつきながら問い掛けた。 「え? ああ、いや……委員会。その後の纏めとかね。色々やってたら、遅くなったんだ。英二は?」 「はあ、そうなんだ。あ、オレは英語の補習。もう、要らないくらいの課題が出た」 「あはは。ま、しょうがないさ。苦手なのは、さっさと克服しといた方が後々のためだしな」 「まあ、そうなんだけどね」 一階の昇降口に到着して、靴を履き替えようとして、下駄箱を開けると、見覚えのない袋が入っていた。 「? 何、これ……?」 「もしかして、告白……とかじゃない?」 「……は? まさか……って、不二? 何だよ、不二も残ってたの?」 「図書館でちょっと調べものがあってね。気が付いたら、この時間だったんだ」 隣で靴を履き替えながら言う不二に、前におチビから聞いたことが頭を掠めた。 だって、こんな偶然ってあるのか? 何だか、オレの方がドギマギしつつ、袋を取り出して、靴を手にした。 「あ、そう言えば……さっき、大石にも会ったんだよね。……委員会だったって」 「へえ。そうなんだ」 素っ気ない返事。 やっぱり、気のせい……なのかな? おチビが言ってた通り、何かの間違い……とか? 考えながら、上履きを下駄箱に放り込んで、袋の中身を確認した。 「……マフラー?」 濃い緑色の普通のマフラーが入っていた。 手編みって感じじゃなくて、普通に売ってるもののような気がするんだけど。 ……どっかで見たような……? 「他には何も入ってないの?」 「えーっと……あ。メモ帳」 「って、電話番号……携帯だね」 「電話して来いって? 何か……誰だよ、こんな……」 言いかけて、口を噤んだ。 見覚えのある字……。 見覚えのあるマフラー……。 「英二?」 「……えーっと、オレ、先に行くね!」 そのマフラーを首に引っ掛けて、オレはそそくさとその場を離れた。 そうして、カバンのポケットに入っている携帯電話を取り出して、メモ帳に書かれているナンバーを押してって。 その時には、もう正門近くで、自分の耳に携帯を当てると、電話越しに聞こえる呼び出し音と、同時に着メロが聞こえて来たから目を瞠った。 「『はい』」 電話越しに聞こえる声と。 自分の耳に直接聞こえる声。 「『補習、終ったんスか?』」 「あ、うん。終った。で、今正門……近く」 「『知ってますよ』 エージ先輩」 携帯越しじゃなくて、直接聞こえた声。 正門の前から立ち上がって、おチビがオレを見つめていた。 「おチビ!!」 「……遅いから、学校に着いちゃったじゃないッスか」 「……何それ? ってか、おチビ、携帯買ったんだ?」 「ああ、今朝、貰った……。誕生日のプレゼントとかって。だったら、当日にくれって感じだけど。それより……。オレ、腹減ってんスよね。何か奢ってくれます?」 「え? 何も食ってないの? 桃とか一緒に帰ってさ」 「……? 桃先輩とは、今日は部室で会ったきりっスよ。部長だし、何か色々雑務があるらしくて。海堂先輩と喧嘩しながら、仕事してたッス」 「あ……ああ、そうなんだ」 「? エージ先輩」 何だ、オレの取り越し苦労か。 そうだよね。 桃も、いまや青学テニス部の部長だし。 大石や手塚がやってたことと同じことやってる訳だ。 何か、不思議な気持ちになりながら、ふっと視界に入ったマフラーに。 オレはニッコリ笑って言った。 「これ、サンキュ、おチビ」 「……別に。朝、マフラーとかしてなかったから……帰り、寒いかもって思っただけだし」 「おチビのだよね? これ。朝、巻いてた奴……」 「……あ、大石先輩と不二先輩」 「え?」 不意のおチビの声に、オレはハッとした。 話を逸らすような言い方が気になったけど、まあ、照れてるんだと思うことにして、オレは振り返ったんだ。 ――二人並んで、何かを話しながらこっちに歩いて来る。 「……やっぱり、付き合ってんスかね?」 「……さり気なく恐ろしいこと言うなよ、おチビ」 オレは引きつった笑みを浮かべつつ、見なかったことにしようと、おチビの手を引いて駆け出した。 「ホントに、あの二人が付き合ってたら、どうすんですか?」 「……べ、別にどうもしないし。二人の自由だろ?」 「じゃあ、何で逃げんスか?」 「……何か、恥ずかしいじゃん?」 「恥ずかしい?」 「3年一緒に、テニスして、勉強して、一緒に過ごして来た二人が、知らない間に付き合ってましたって、すっごく恥ずかしくない?」 「そう言うもんスか?」 「もっと早くから、そうだったら、そうでもなかったかもしんないけど。こう、改まると何か恥ずかしいって言うか」 「あんたが、恥ずかしがってどうすんですか?」 「……でも、別に良いと思うよ。二人が良いんならね」 でも、信じられない気持ちが強い訳なんだけど。 最初からそう言う気配があれば、別なんだけどさ。 それに、大石も不二もおチビのこと、好きだったはずだし。 なので、オレ自身の気持ちとしては、かなり複雑なんだけど。 でもまあ、今は、そんなことより、おチビのマフラーと、繋いだ手が暖かいんで他のことはどうでも良いや。 「何食べてく?」 「マックで良いッスよ」 「OKOK! じゃあ、駅前だね!」 そんでもって。 『寒い日万歳』って、ちょっと、思った瞬間だった。 <Fin> |