二人だけに、意味のある日
『今日は補習がないけど、図書館で暇潰して待ってるから、一緒に帰ろうね』 朝、正門でオレの到着を待っていたらしいエージ先輩がそう言った。 何で、寒いのにこんな所で待ってたんだろう? って疑問に思ったけど。 でも、それで正解だったかもと思ったのは、昼休みだった。 「え? エージ先輩……帰ったッスか?」 「……忘れ物に気付いて、今のウチに取りに帰るって……。先生にも許可貰ったしね。昼食はどっかで取って来るか、抜きになるか。まあ、それは英二の自業自得だけど」 それを告げに来たエージ先輩の親友は、苦笑を浮かべた。 「昼、一人で食べるのかい?」 「まあ、そう……なるっすね」 「良かったら、僕たちと一緒に食べない?」 「……僕……たち?」 「ああ、三年の教室の階にね。使ってない部屋があるんだよ。そこで、よくお昼食べてるんだ」 その言葉に、リョーマは少しだけ首を傾げつつ、頷いた。 「良いッスよ。どうせ、どこで食べても一緒だし」 「……英二がいなかったら?」 「………………」 無言で一瞬だけ、不二を睨みつけて、踵を返し、自分の席に戻って弁当を手にした。 「……エージ先輩のばーか」 小さく呟いて、肩を竦め、入り口で待っている不二の所へとゆっくり、歩き出した。 ☆ ☆ ☆ 結局、エージ先輩は昼休みの間には戻って来ず、オレは少し機嫌が下降したまま、教室に戻ったんだけど。 5時間目は予想通りと言うか、いつも通りに寝倒して。 6時間目移動授業だから、教科書やノートを片手に、メンドクサイと思いながら教室を出る。 移動とかするの、はっきり言っていやだ。 折角教室が、暖かくなってるのに、外に出ると寒いし、戻って来たらまた寒いし。 まあ、これで今日の授業は終わりだし、それほど気にもならないけど。 ――渡り廊下を目的の教室に向かって、歩いていると、のんびり校舎に向かって歩いて来るエージ先輩の姿を見かけた。 「エージ先輩……?」 もう、チャイムも鳴って、授業も始まるのに、能天気に歩いていることが、何となく……引っ掛かった。 だって、今は5時間目の休み時間で、今、外から入って来たって感じだし……。 ってことは、5時間目はサボったってことだし。 エージ先輩は、ちゃらんぽらんに見えて、あれで結構、生真面目なんだよね。 服装一つ取っても、あまり着崩さないし、遅れそうであれば、精一杯走る。 ましてや、大幅遅刻して、教室に戻れば、不二先輩の厭味が待ってる可能性が高いんだから、それはもう必死の筈なのに……。 口は回るけどやっぱり、ボキャブラリーの豊富さは不二先輩の方が上だからね。 だけど、エージ先輩は、走ることはせずに、ゆっくりと歩いている。 気になった。 どうしても気になって―― 結局、オレは方向を変えて、エージ先輩の居る方に向かって駆け出していた。 「……あれ? おチビ、何やってんの? もう、授業始まってっしょ?」 「そう言うあんたこそ……」 「ああ、忘れ物……取りに家に帰ってたからね」 「忘れ物……取りに帰るだけで、昼休みと5時間目の授業潰すんですか?」 ちょっとだけ疑わしげに、問い掛けると、英二は想像とは違って困ったような表情で視線を逸らした。 もっと、慌てるかと思ったのに予想が外れた。 それがちょっと、むかついてしまう。 「それが、中々見つかんなくて……。時間食っちゃったんだよね」 誤魔化すように言って、エージ先輩は足を踏み出した。 オレの頭を軽く小突いて、小さく笑い、 「授業、サボんなよー」 やっぱり、走り出すことはせずに、歩いて行く。 不意に、不安になった。 「エージ先輩」 「……何?」 「……エージ先輩こそ、何でのんびり歩いてんスか? まさか、怪我とかしてないッスよね?」 「……っ!? してないしてない! ほら、この通り!!」 ピョンピョン跳びはねて見せて、笑うエージ先輩に少しホッとしつつ、オレは踵を返した。 こっちこそ走らないとヤバイんだけど、それでも、気になって振り返った。 立ち止まって、肩にかけていたバッグの中をしきりに見ているエージ先輩に、オレは更に首を傾げてしまった。 だけど、次には歩き出してしまったから。 三度声をかけることは出来なかった……。 ☆ ☆ いつもよりも、ミーティングが、長引いて図書館に行くのが遅くなった。 案の定、施錠された図書館のドアに、エージ先輩の姿を捜して、周りを見回す。 ここで待ってるって言ったくせに、居ないってのはどう言うことなのか、きちんと説明して貰いたい。 昼からずっと下降気味だった、機嫌が更に下降する。 何だかむかついて、オレは踵を返して、正門に向かって歩き出した。 「あああああーっ! 鍵、かかってんじゃん!!」 不意に背後から聞こえて来た声に、オレは慌てたように振り返った。 「ちょーっと、買い物に行ってただけなのに! ってか、オレの荷物ーーーーーーっ!」 喚いているエージ先輩の姿に、下降気味だった機嫌が停止した。 ってか、ムカついてることが、馬鹿らしくなったと言った方が良いかもしれない。 「エージ先輩」 声をかけると、エージ先輩は驚いたように大袈裟に振り返った。 「おチビ? え? あれ? 部活は……?」 「……何時だと思ってんの、エージ先輩?」 「……へ? ああーっ! もう、6時……? いつの間にー!」 バタバタと忙しない。 本当に、この人、オレより年上なんだろうか? いつになっても落ち着きがないと言うか、なんと言うか。 「あ! だから、オレの荷物!! 図書館の中なんだよーっ!」 「じゃあ、鍵、借りてきたら? 荷物閉じ込められたって」 「……もう、先生いないんじゃない?」 「……オバサンなら、いると思うけど……」 「ホント? じゃあ、鍵借りてくるから、ここで待ってて……っと、風邪引くとヤバイからこれも、着ててね」 そう言って、割と大き目のGジャンを羽織らされた。 部活で火照ってた身体も、冷め始めてる。 だから、エージ先輩の着ていたGジャンは、確かに暖かかった。 鍵を借りて来たエージ先輩は、自分の荷物を両手に持って外に出て来た。 「へへ、竜崎先生が、鍵は明日返せばいいって。だから、そうだな。部室行こう。桃に開けといてくれるように頼んどいたから」 「……だったら、何で図書館で待ってるなんて言ったんスか? あのまま、部室で待ってれば良かった……」 「あはは。図書館は飲食禁止だって、コロッと忘れててさー。だから、どうしようかと思ってたんだけど、桃が部室使えば良いって言ってくれたんだよ」 「……飲食?」 ますます訳が判らない状態で、オレはエージ先輩の後について歩き出した。 部室のドアは本当に開いていて、中で桃先輩が暇そうにしていた。 「遅いッスよ、英二先輩。ったく、越前がさっさと出て行っちまったから、英二先輩来るまで帰れないなーって待ってたんスよ?」 「悪いー桃。もう大丈夫。鍵は受け取った。明日の朝練はなしってことで。放課後、ちゃんと開けに来るからさ」 「……あのですね、英二先輩……」 言っても無駄だと悟ったのか、桃先輩は、大きくわざとらしく溜息をついて、肩を竦めた。 「そんじゃ、オレは帰りますね。英二先輩。じゃな、越前、お疲れ」 「お疲れッス」 桃先輩が出て行ったあと、オレは部室の中にあるベンチに腰掛けた。 エージ先輩は、隅にあった机を引っ張り出して来て、椅子を2つ並べた。 そのテーブルの上に、自分のバッグから取り出した、小振りの箱を載せて、オレを手招きして呼んだ。 「おチビ、こっちこっち。ここ座って」 「はあ……」 何だか、訳が判らないまま、オレは先輩が用意したスチールの椅子に腰掛けて、目の前の箱を見つめた。 「じゃーん……! ど? 旨そうっしょ?」 その箱の中に入ってたのは、小さなホールのケーキで、オレは目を何度か、瞬かせた。 「何、これ?」 「ケーキだよ」 「そんなのは、見れば判るッス。何の意味かって……」 言いかけて、そのケーキの真ん中に書かれている言葉に気が付いた。 「Happy Happy Birthday」 ……。 エージ先輩の誕生日は、先月の28日で、奇しくも一緒に旅行する……なんてことになったはず。 ちなみにオレの誕生日は今月だけど、まだ、10日以上も先のことだ。 「何の真似?」 「今日は、オレとおチビの真ん中Birthdayなんだよ」 「は?」 「ちょうど、オレの誕生日から数えて13日。おチビの誕生日から遡って数えて13日。ちょうど、真ん中の日な訳」 「……それで?」 「ほら、オレの誕生日は、オレん家の旅行でバタバタしちゃっただろ? まあ、あれはアレで楽しかったし、何より、おチビと旅行できて嬉しかったし。でも、やっぱりね、なんてーか……まあ、あれだ」 「……先輩……はっきり言って、何が言いたいんだか、全然判んないッス」 「だから、おチビの誕生日もクリスマスイブで、誕生日とクリスマスとごっちゃになっちゃって、みんなでドンチャン騒ぎなんて、なるかも知れないじゃん?」 「………………」 「だから、今日の真ん中Birthdayで二人でゆっくりしたいなーっと思ったんだよ。だって、オレ達以外に、何の意味もない日だかんね」 何となく、エージ先輩の言葉にむっと仕掛けたんだけど。 でも、後の言葉に、気を変えた。 『オレ達以外に、何の意味もない日』 それって、裏を返せば……『オレ達には、とっても意味のある日』ってことで。 エージ先輩と、オレだけの『特別な日』って言うのが気に入った。 「で? 一緒にケーキ食べて、祝いましょうって?」 「そう言うこと! でも、もちろん、24日にもするけどね。だって、おチビは28日、オレと一緒にいてくれたから」 「半強制的ッスけどね」 オレの言葉に、エージ先輩は苦笑を浮かべた。 「そんじゃ、ロウソクつけよっか?」 「ロウソク……年の数でしょ? 何本にする気ッスか?」 「そりゃ、もちろん」 そう言って、取り出したロウソクは大きなのが二本。 小さいのが、8本。 「オレとおチビの年を足した分!」 そう言って、嬉しそうに笑った。 だから、もう何でも良いかと、半ば諦め、半ば……嬉しさを確かに感じつつ。 エージ先輩が、注いでくれたファンタの入った紙コップを掲げて見せた。 「……Happy Birthday Eiji」 「……誕生日、おめでとう。リョーマ」 グラスでもカップでもないから、打ち合わせても音はないけど。 それでも、確かに……。 心の音は、鳴り響いた。 <Fin> |