たった一つの確かなもの


 補習が終って、外に出ると、スッカリ日が暮れていた。
 冬は、5時半には部活が終了する。
 本当なら、補習も5時には終るはずだったのに、気心知れたクラスメートたちと馬鹿やってたら、補習自体が長引いてしまい、結局終ったのが、6時前だった。

「……おチビには先に帰って良いよって、メールしたしなー」
 小さく呟き、昇降口から外に出ると、寒さが一層身に染みた。
「うぁっちゃ……寒ぃ〜」
「英二、みんなでマック、寄って行こうって言ってるけど、どうする?」
 クラスメートの一人の言葉に、英二は少し迷ったように考えた。
 だが、首を横に振って、それを断って、先に立って駆け出した。
「んじゃね、おやすみ〜」
 クラスメートたちは残念そうにしていたが、英二は、さっさと家に帰って、リョーマに電話をかけたいと言う気持ちの方が強かったのである。

「あれ?」
 正門に続く道の隅の方に、見慣れたものを見つけて、英二は足を止めた。
「……なんで、こんなとこに?」
 拾い上げて、手の中で遊ばせた後、英二は踵を返して、テニスコートに向かった。
「テニス部のかどうかは、判んないけどね」
 誰か個人のボールかも知れないが、ともあれ、テニス部の部室に、持って行ってた方が良いだろう。

 部室のドアは、既に鍵がかかってるよな、などと思いながら、テニスコートを横手に見ながら、英二は不意に立ち止まった。
 風が吹き抜けて行く中、ぼんやり、そのコートと手の中のテニスボールを交互に見比べた。

 ふっと英二は、駆け出して、部室のドアを通り過ぎ、横の窓をガタガタと揺らし始めた。
 ここの鍵が壊れていることは、英二と不二……後、乾が知ってるくらいだろうか?
 大石や手塚に言えば、直されるからと、秘密にしていたのだが。
 暫く揺らしていると、不意に窓が開いて、テニスラケットが降って来て、英二は目を見開いた。
「うわああああっ!!」
「……その声、エージ先輩ッスか?」
「……へ? って、おチビ?」
「ったく、何、泥棒みたいな真似してるんスか? ドア、鍵掛かってないッスよ?」
「えーでもでも。おチビいるなんて、思ってなかったし!」
 言いながら、窓枠に取り付いて、自分の身体を持ち上げて、乗り越える。
「何で、あんたが補習の時、一緒に帰ろうって約束させたのあんたでしょ?」
「そうだけど。今日は一時間伸びたんだよ。だから、待たせちゃうから、先に帰って良いよって……メール見てない?」
「ああ、電源切ってたし」
 あっさりと答えるリョーマに、英二は思わず心の涙を流してた。
「オレが、来なかったらどうするつもりだったの?」
「……オレを見捨てて帰ったと思って、明日から取り敢えず、エージに何らかの報復を企ててたと思うッス」
「……来て良かった……」
 言いながら、部室の明かりをつけて、ベンチに腰掛ける。
「もしかして、寝てた?」
「みたいっす。これ、桃先輩のジャージだし」
 学ランを着てはいても、寝るとなれば体温も下がることだから、寒くなるのは必至である。
 だから、多分、英二を待っていると知っていた桃城が、直ぐに英二が来ると見越して、敢えてリョーマを起こさず、自分とリョーマのジャージの上着をかけて行ったのだろうと推察できた。
「あ、床に落ちてんの、海堂のじゃん。色々、気を使わせたみたいだね」
「……道理であんまり寒くなかった……。で、オレが居ると思ってた訳じゃないのに、ここに来たのは?」
「ああ、そうそう。ボールをね……届けに」
 そう言って、ポケットから拾ったテニスボールを取り出した。
「でさ、ラケット……置いてあったっしょ? それで、少し打とうかなっと思ってね」
「真っ暗なのに?」
「……サーブくらいなら、出来るじゃん?」
 あっけらかんと答える英二に、リョーマは首を傾げた。
「なんか、感傷的になってないッスか?」
「……は? え? そう見える?」
「バレバレ」
 リョーマの言葉に、苦笑を浮かべ、英二は頭を掻きながら、部室を見回した。
「なんかさー……誰も居ないテニスコート見てたら、何となく……思っちゃったんだよねー。オレ、もうここに戻って来ないんだなーって」
「……」
「そう思ったら……ちょっとね。オレがちゃんとここにいた証みたいなの。残しときたいなーっとか思って」
「……心配しなくても、あんたのことは、取り敢えず、オレ達が3年になるまでは残ってんじゃないッスか?」
「は?」
「……気まぐれ猫のアクロバティックプレイヤーって」
「何、その気まぐれ猫って……」
「そのまんまじゃん……自分の調子が乗らなきゃ本気にならない……気まぐれ猫」
「……」
「あんた、自分が全然その気なかったら、負けるのも平気でしょ? あっけらかんと「あー負けちった」とかって笑ってるんだ。違うッスか?」
「……なーんか、おチビには、敵わないね」
「今更?」
「あははは」
 英二は、笑いながらそっとリョーマの腕を引き、その身体を抱き締めた。
「この場所はね。……オレに取っては、とっても大事な場所なんだ……」
「……そッスね」
「ちゃんと、判ってる? おチビに会えた場所だから、大事なんだよ?」
「………………知ってるッスよ」
 そっと、頬を寄せて口付けて、そのキスが深くなっても、いつもリョーマの鉄拳は降って来なくて。
「おチビ?」
「……何?」
「……何でもない……」
 そのまま、もう一度、キスをして――
 深く深く口付けて……。

 何も考えられないまま……。
 自分たちの中の、思考が溶け出してしまうような……。
 そんな感覚に囚われながら……。













「ねえ、おチビ」
「何……?」
「オレに取って、たった一つの確かなものって……、きっとおチビなんだと思う……」
「……」
「いつか、おチビが先に行っても……オレ、必ずおチビのこと追いかけて行くよ? それで……必ず越えて見せるから……」
「……そッスね……。まあ、50年くらいなら、待ってやっても良いッスよ」
「ちぇー……」

 ちょっと拗ねて見せると、リョーマがいつもの苦笑を浮かべて、手を差し伸べて来るから、英二もその手を掴んで、手の甲に口付けて、掌にも口付けた。

「ねえ、おチビ……」
「……何スか? エージ先輩」





 だが、英二は、それ以上、何も言うことはなかった。
 敢えて、リョーマも聞くことはなかった――















  ☆    ☆

「おはよ、おチビ」
「……もしかして、オレ達……プチ行方不明じゃないッスか?」
「……大丈夫大丈夫。昨夜、ちょっと不二にアリバイ頼んだから。でも、見返りが怖いんだけどね」
「……先輩一人で頑張って下さい」
「なーんで!? おチビにとっても、アリバイ工作じゃん!」
「……ヤ……でも……」
「おチビがビビってるなんて、新鮮だなー……不二に言いつけてやろ」
「エージ先輩……」
「ふふん♪ 不二がどんな難題押し付けて来ても、二人で乗り切ろうねー!」
「……何か、ムカツク」

 身だしなみを整えながら、軽く溜息をつくリョーマを見て、英二が途端に気遣わしげに、問い掛けた。
「あーやっぱ、しんどい? 歩ける? 負んぶしようか?」
「……………………殺されたいッスか? エージ先輩」
「ひっ! だってーしんどそうだからさー」
「ご心配なく! ちゃんと歩けま……」
 立ち上がって、歩こうとしたリョーマがそのまま、蹲るのを見て、英二は慌てたように、リョーマを支えて、苦笑を浮かべた。
「ごめん」
「謝んないでくれません?」
「……じゃあ、ありがと」
「はあ?」
「……うん。辛いの……おチビばっかで。でも……答えてくれて、ありがと」
「……………………バカエージ」
 座り込んだまま、両手を差し出すリョーマに、英二は苦笑を浮かべた。
 そのリョーマを背負い、背中のリョーマが自分の荷物と英二のカバンを持つ。
「……全部、エージ先輩に負担かかるけど。これっくらい当然っすよね?」
「当然当然♪ 平気だよん」
「あーあ……。今日、学校も、部活も休みで良かったッス」
「あーそうだったんだ! 良かったー。んじゃ、オレの家に行こうか? それともおチビの家に帰る?」
「……あんたの家が良い」
「了解了解」



 部室を出ると、もろに朝の冷えた空気が身を裂くようで、英二は一度立ち止まった。
「エージ先輩?」
「……寒いけど、背中は暖かいなーっと思ってね」
「……オレは寒いッス。でもまあ……暖かいのも事実だけど……」
「そんじゃ、さっさと帰んないとね!」


 少し歩いて、英二はテニスコートを見つめながら、小さく呟いた。
「ホントに証を、刻み付けたかったのは……おチビにかな?」
「……何言ってんだか……」
 ほんの少し、呆れたような声が聞こえて来て、英二は笑みを浮かべた。
「にゃはは。でも、本当のことだよん」
「はいはい。それより、ちゃんと寝たいんで、さっさと帰りませんか?」
「ほいほい〜んじゃ、菊丸特急便でれっつらごー!」


 冷たい空気の中で、確かな暖かさを感じながら、英二は自宅に向かって歩き出していた。




<さっさと終れ(滝汗)>




※……何でこんな話になったんだ?(滝汗&照/////)
うああああん(><) 何で……部室で初なんだ!?←言うなよ……;;
でも、全くその手の表現はないので、裏行きではありません(爆)
やることはやってんのになー(……)
って言うか……ウソツキで申し訳ありません;;
これから書く予定の狂想曲がウソツキになる;;
繋がってないことにしようかなー;;