幸せに…… | ||
軽快なクラクションの音に、城之内克也は振り向いた。 青いスポーツカーが、自分の横に乗りつけられて、克也は思わず相好を崩す。 「よう。久しぶりじゃねえか」 「……ホントね。城之内」 あれから、2年が過ぎていた。 童実野町全域で、行われた海馬コーポレーション主催の『M&W』の大会『バトル・シティ』。 ただの、ゲーム大会のはずが、千年アイテムと裏遊戯の過去絡みで、命の危険にさえ晒されるとんでもない大会になっていた。 蘇った巨悪を、三幻神の力で持って再度封じ……。 7つの千年アイテムは、古代神殿の地下に、これも封印されることになって……。 そうすることで、裏遊戯は記憶を取り戻し、魂は還るべき場所に還ることになると、イシズに告げられた。 だが……。 その儀式の前に。 何故か千年アイテムの一つ。全てのアイテムの中心である千年パズルが、消えてしまって。 代わりのように。 その中に封じられていた古代エジプト、ファラオの魂である裏遊戯が、その身を持ってそこに存在するようになった。 遊戯と分かれて、存在したのである。 一年と半年。 体の分かれた裏遊戯は『武藤遊裏』と名乗って、傍に居た。 一緒に学校に通い、笑って、遊んで、勉強なんかもしたりして。 それから間もなく、バイトも始めて、普通の高校生として、克也たちと過ごした。 そうして。 高校三年の晩秋。 遊裏は姿を消した。 絶望に打ちひしがれる克也に、遊戯が告げたのは驚異の真実だった。 「何で、もっと早く教えてくれなかった!!!」 怒鳴った克也に、遊戯は悲しそうな目を向けて、小さく呟くように謝った。 謝る親友の姿に、克也は絶望を抱えたまま、こちらも小さく謝り、その場を去ろうとして。 その時。 場違いのように、付けられていたテレビが、『今世紀最初の皆既日食』についてのニュースを流していた。 「皆既……日食?」 何故か心に引っ掛かった。 不意に、最後に会った時に、遊裏が呟いていた言葉が、頭の片隅を掠める。 小さく呟かれた、まるで呪文のような言葉。 それを憶えていることが、まるで奇跡のようだった。 それを訊いたマリクが驚いたように目を見開き、隣のイシズと顔を見合わせる。 「城之内……君に、もう一つ話すことがあるんだ」 マリクの言葉に、克也は訝しげな視線を向けた。 そうして……。 克也は知った。 遊裏を追う方法。 遊戯と海馬が一緒に行くと言って、付いて来てくれて。 手助けは要らないと思いつつ、嬉しくもあった。 「みんな元気なの?」 「……え? あ、ああ! もちろん!」 「そう? 杏子は本当にアメリカに行ったの?」 「ああ。卒業して3ヶ月ぐれえしてからかな。それまでも、英会話とか習ってたらしいけど。今頃、英語ペラペラになってんだろうなー」 笑いながら、克也は言い、舞に視線を向けて、問い掛けた。 「お前はどうしてたんだよ? まあ、あれからデカイ決闘大会もなかったしな」 「……あたしは、あっちこっちで「M&W」大会に出てたわよ。これでも賞金稼ぎだからね」 「へえ……」 「あんたたちも出るかと思ってたけど。全然出て来ないから……」 ちょっとガッカリだったわと、小さく呟いたのは、克也には聞こえなかった。 「ちなみに、どこで開かれた大会だよ?」 「え? ああ、アメリカとかイギリスとか……」 「行けるかーーーーーっ!!!」 思わず怒鳴った克也に、舞がキョトンとした後に、声を上げて笑った。 「それもそうね。あの頃のあんたたちは、高校生だったもんね」 「ったく……。海馬ならともかく、オレたちが早々、外国なんか行ける訳ねえだろう?」 「でも、遊戯は別なんじゃないの? デュエリストキングダム、バトルシティの優勝者だもの。招待ぐらいされたんじゃないの?」 「……そう、なのか? 遊戯からは訊いたことねえけど」 不意に、後ろからクラクションが鳴り、舞は面倒そうに眉を顰めた。 「ねえ、どこかに行くの?」 「え? ああ、ちょっと駅まで」 「乗ってきなよ。送ってやるよ」 「……いや、良いや。すぐそこだし……」 「……もしかして、デート……とか?」 少しだけ舞の表情が陰ったことに、克也は気付かないで、頬を赤らめてそっぽを向いた。 「ま、まあな。やっぱ、他の女に送って貰ったりしたら、気分良くねえと思うし」 「……そう。そうね……あんたも、大人になったのねえ」 「はあ? 何だよそれ……。まあ、オレも今年で二十歳だしな」 「そうね……そうだったわね」 「……? ああ、でも……舞なら良いか。アイツなら案外、喜ぶかも」 「え?」 「ってことで乗せてってくれ」 克也はそう言って、助手席にドア越しに乗り込むと、悪戯っぽく笑みを浮かべた。 「遊裏ーーーー!」 助手席から駅の構内に向けて大声で呼び、手を振る克也に、舞は些か苛々していた。 (ゆうり? どんな女と付き合ってるってのよ? 大したことない女だったら、認めてやらないから……!) 「遊裏!! こっちこっち!」 だが、手招きをしている克也の表情が、とても嬉しそうで幸せそうで、舞は思わず苦笑を浮かべてしまう。 「克也!! 大声で呼んだりするなって何度言えば判るんだ!!」 そこへ聞こえて来たのは、焦ったような慌てたような、でも、聞き覚えのある声で。 「悪い悪い! 待ったか?」 「そうでもない。案外早かったな……って車で来れば早いか。いいご身分だな、克也」 「……まあまあ。よっと」 克也は、車から下りて、遊裏の肩を抱くと、運転席に座る舞を指差して、 「懐かしいだろう? 遊裏」 「……? あ、舞……?」 「…………遊戯?」 二人してキョトンとする姿に、克也が声を上げて笑い出した。 「違う違う。舞……コイツは『武藤遊裏』二十歳。戸籍上遊戯の兄貴。実質遊戯の弟(笑)」 「克也! どう言う意味だ?!」 「だって、物知らずで、遊戯にフォローされまくってるだろう? どっちが兄貴なんだか……」 「……そ、そんなことない! オレだって相棒をフォローしてるし!」 「ふーん。でも、この前遊戯に会った時、またMDデッキと電子レンジをお前が壊したって泣いてたぞ?」 「……ぐ……そ、それは……た、確かに……壊したかも知れないけど」 いつも見ていた決闘者の『武藤遊戯』……もう一人の遊戯とのあまりのギャップに、舞はさらに目を瞠ってしまう。 「……遊戯……あんたって……」 「舞……言うな」 「決闘以外何も出来ないの?」 「言うなって言っただろうっ!!!」 真赤になって、抗議する遊裏に、舞も吹き出して笑い出す。 「んで、オレの婚約者」 「……え?」 「……か、克也!?」 あっさりと告げられた内容に、舞はきょとんとして、克也を見つめた。 「婚約……?」 「そ。将来を誓い合った仲って言うのか?」 「克也!!」 真っ赤になったまま、怒鳴る遊裏を放って、克也はニコニコと舞を見つめた。 『ダカラ、オレヲスキニナッテモムダダ』 視線がそう言っていた。 (こいつ……気付いてた?) 「男同士じゃんってツッコミは勘弁な。んなことは百も承知。でも……オレにはコイツしかいねえんだよ」 遊裏の肩を抱いたまま、克也は告げる。 唖然としたまま、克也を見つめ遊裏に視線を流す。 肩を抱かれ、赤面しながらも、幸せそうな嬉しそうな遊裏の表情。 さっきの 克也と同じ。 「あ、そう。それはご馳走様。ったく、いちゃついてんじゃないっての」 半ば呆れたように嘆息を漏らし、舞は車のキーを回した。 「ねえ、城之内」 「何だよ?」 「……あんたってやっぱ、サイテーな男ね」 「……」 「告白もさせてくれないなんてさ」 「告白?」 遊裏がキョトンと舞の言葉を復唱する。 「そ。 あたし、あんたの婚約者のこと好きだったんだけど……」 「え? ええええ?」 ジタバタと慌てる遊裏に、舞は苦笑を浮かべた。 「ま、別に付き合いたいとか思ってた訳じゃないからね」 「え? そうなのか?」 「……気持ち的には、友情以上愛情未満? かしら?」 「……オレもそんな感じ」 克也はそう言って、鮮やかな笑みを浮かべた。 「オレの愛情、コイツに行っちまってるから、悪いな」 「全く、悪びれもせずに!!」 ギアを入れかけて、舞はふと何かを思いついたように、遊裏に向かって手招きをした。 「何だ?」 「……城之内のこと、幸せにしてやんな。まあ、あんたと居るだけで、相当幸せそうだけどね」 「……舞」 「あんたも。城之内に幸せにして貰いな。じゃあね」 そう言って、舞は遊裏の頬にキスをして―― 「ああああ、こらああ!! 舞!! オレの遊裏に何すんだ!?」 「はいはい。これ以上、何もしないって……。じゃあね、城之内、遊裏」 「ああ。また、会えるか?」 遊裏の言葉に、舞はゆったりと笑みを浮かべて。 「また、気が向いたらね」 「……ああ。それで良いぜ。今度は、決闘をしよう」 「ええ。今度の決闘では負けないから」 「……オレも手を抜くつもりはないぜ」 互いに決闘者の笑みを交し合い、舞は車を発進させた。 二回クラクションを鳴らして、あっと言う間に去って行く。 「畜生。オレのことはまるっきり無視かよ」 「当然だろう?」 「な? オレは決闘者じゃねえってのか?」 「……君って結構鈍感だよな?」 「はあ?」 遊裏は苦笑を浮かべて、ブツブツと文句を口にする克也の服の裾を引っ張った。 「……何…」 引っ張られるままに、少しだけ屈むと。 遊裏の唇が、自分の頬に触れた。 「映画……遅れるな」 「……」 「行かないのか? 克也」 「……いや、行く。行くに決まってるじゃん……」 言いながら、遊裏の肩を抱いて、克也は嬉しそうに笑った。 心の底から―― ただ喜びを、全面に出した。 泣きたくなるような……幸せそうな笑みを……。 「もちろん、幸せにするさ。……誰よりも……必ず……」 「あ? 何か言ったか?」 「いや……別に。ほら、行こうぜ!」 「ああ!」 手を繋いで。 一緒に歩き出す。 きっと、これからも。 ずっと一緒に歩き出す。 君と一緒に……。 <Fin> |
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