その時――。 自分がどんな気持ちだったのか、裏遊戯は良く覚えていない。 ただ、城之内が、自分を庇ったことが判った。 城之内の腕の中に、裏遊戯は覆われて、守られた。 ずっと、遊戯を守りたいと、思ってる裏遊戯には、城之内の気持ちが、良く判った。 だが、同時に守られることは、あまり嬉しいことじゃないと言う、遊戯の気持ちも判ってしまった。 手を伝う紅い液体……。 生暖かく、良い感触のしないそれに、裏遊戯の全身が総毛立つ。 「城之内くん?!」 裏遊戯たちを襲って来た連中は既に逃げ出していた。 高校の正門前。 人通りの多い、この時間、この場所での凶行。 裏遊戯は、らしくない程、焦っていた。 何度も何度も、自分に覆い被さっている城之内に声をかける。 力が抜けて全体重がかかって来た城之内の身体を、裏遊戯は全身で受け止めて、もう一度声をかけた。 「城之内くん!!」 裏遊戯の声に、城之内は、反応を返さない。 顔は青ざめ、どんどん血の気が引いている。 それと、同じように裏遊戯の顔も青ざめていた。 誰かが呼んだ、救急車のサイレンの音が、遠くに聞こえていた。 ☆ ☆ ☆ 「遊戯!!」 「あ、杏子、本田くんも……」 「何があったんだ? 城之内は?」 「――まだ、手術中……」 遊戯はそれだけを言って、自分の胸に下がっている千年パズルに手をかけた。 「城之内なら、大丈夫だって! アイツが、そう簡単にくたばる訳ねえだろう!?」 力づけるように、本田が言う。 「うん。ボクもそう言ってるんだけど……」 「は?」 「『もうひとりの遊戯』のこと?」 杏子の言葉に、遊戯は頷いた。 「城之内くんは、彼を庇ったんだ。――だから……」 「落ち込んでるの?」 「そんなんじゃないよ。落ち込んでるなんてモンじゃない。ボク、あんな『もうひとりのボク』を見たことない……」 そう、呟くように言って、遊戯は杏子を見上げて言った。 「ボク、ちょっともうひとりのボクに会って来る」 「そう? 城之内は大丈夫だから、元気出すように伝えてね」 「うん」 遊戯は頷いて、千年パズルに触れたまま、目を閉じた。 裏遊戯の部屋の扉は、きっちり閉まっていた。 「ねえ、もうひとりのボク! いるんでしょ?」 扉をノックしながら、声をかけて見るが、応答はない。 「もうひとりのボク! ここを開けて! 顔を見せてよ」 何度も何度もノックを繰り返し、呼びかけ続けると、ドアが少しだけ開いた。 「何か用か?」 もうひとりの遊戯の、いつになく低い声に、遊戯は唖然とした。 いつも、厳しい表情をしていた。 その身に纏う空気は、気品があって気高くて、誇り高い高潔なものだった。 目付きは鋭く、隙がないのも彼の特徴で。 だが――今の彼は、何かが違う。 「どうしたの? もうひとりのボク!」 遊戯は焦ったように声をかけて、裏遊戯の側に駆け寄ろうとした。 「何か、用かと聞いている」 だが、遊戯が自分の部屋に入る手前で、裏遊戯はもう一度同じことを問い掛けて来た。 「君が、心配だったから……」 「――心配? オレはこの通り無事だ。傷一つついてない」 皮肉げに言い放ち、唇を噛み締め、拳を握り締めている。 「そうじゃなくて……君の心が……」 「――」 「君の心が……心配だったんだ」 「相棒……悪い――。今は、何も考えられない……1人にしてくれないか?」 裏遊戯は顔を伏せて、そう言った。 「もうひとりのボク……」 「――守られるってことは、少しも嬉しいことじゃないんだな。相棒……」 「――!」 「誰かに守られるってことは、自分の無力さ加減を思い知ることだ」 吐き捨てるように言って、裏遊戯は遊戯に背を向けた。 「もうひとりのボク! 城之内くんは、大丈夫だからっ!! 絶対に、助かるからっ!! 自分を責めちゃ駄目だよっ!!」 「――関係ないな」 「――え?」 「助かろうと、死のうと関係ない。城之内くんは、オレを庇って怪我をした。奴等は……城之内くんを刺した。それが――事実だ――」 「もうひとりのボク! 何、言ってるの?」 遊戯の声に、裏遊戯は一度も振り返らなかった。 そのまま、扉は自然に閉められる。 「もうひとりのボク!!」 漠然とした不安を感じて、遊戯は裏遊戯を呼んだ。 だが、扉は二度と開かれなかったのである。 ☆ ☆ ☆ 「遊戯?」 「あ、杏子……」 「どうしたの? もうひとりの遊戯がどうかした?」 「――何でもない……」 遊戯は、何かを告げようとして、だが、止めた。 今まで、裏遊戯は間違ったことはしていない。 遣りすぎかもと、感じることはあっても、心情的には、間違ってはいないのだ。 だが……。 手術中のランプが消えて、ストレッチャーに乗った城之内が手術室から出て来た。 「あの、城之内は?」 後から出て来た医者に、杏子が問い掛けた。 「大丈夫だよ。急所は外れてるし、内臓も傷付いてないからね。自分でちゃんと外したんじゃないかな? 彼、結構、喧嘩慣れしてるようだし。ただ……大人の人はいないのかな? ナイフで刺されている以上、刑事事件だからね。警察にも連絡しないと行けないし……」 「あ、でも……城之内のお父さんは……」 「ボク、じいちゃんに電話して来る」 遊戯が、駆け出して、医者は後で病室の方に行くと告げて歩いて行った。 「でも、やっぱ城之内だよな」 「そうよね。――でも、遊戯の方は、大丈夫かしら?」 「――もうひとりの方か?」 「ええ。いつもの遊戯も、何か様子が変だったし……」 杏子は、心配そうに遊戯が駆けて行った方を見ながら、城之内が運ばれた病室に向かうべく、歩き出した。 ☆ ☆ ☆ 「一緒にいたのは、君なんだね?」 中年の刑事の言葉に、遊戯は戸惑ったように頷いた。 あれから、遊戯の祖父が色々な手続きをして、通報された警察から、刑事がやって来た訳である。 事情聴取として、遊戯が呼ばれた訳だが、実際の所、遊戯は何も知らない状態である。 裏遊戯は、相変わらず応答がなく、遊戯は途方に暮れていた。 「とんだ災難だったね。――城之内克也ね。しばらく、大人しくしてると思ったら、次は被害者か……。まぁ、あれだけ暴れてれば、多かれ少なかれ、他人に恨みを買ってるだろうし、自業自得と言う奴だな」 この刑事の言葉に、遊戯はカチンと来た。 反論しようとすると、パズルが微妙に光った。 「もう一度、言ってみろ」 裏遊戯は、相手が誰であろうと、敵と見なした相手には、容赦がない。相手の立場も仕事も、何も関係ない。 「遊戯!」 側にいた杏子が、慌てて遊戯に声をかけた。 だが、裏遊戯は、相手を威圧する視線を向けて、もう一度口を開いた。 「もう一度、言ってみろと言っている。それとも、自分の言った言葉を、もう忘れたのか?」 「な、なんだと?」 それまでの、大人しそうな様子は、微塵もなくなり、鋭い視線と威圧的な態度を取る裏遊戯に、刑事の方が面食らっていた。 「城之内くんは、オレを庇った。だから、刺された。奴等が狙ってたのは、オレだ。理由は知らないがな」 「――……」 「城之内くんは、昔の城之内くんじゃない。いつまでも色眼鏡で見るくらいなら、さっさと奴等を見つけて、捕まえたらどうだ? それとも、城之内くんの昔の素行の悪さをあげつらって、喧嘩で済ませる気か?」 裏遊戯は更に視線をキツクして、続けた。 「城之内くんは、一度も手を出してない。それに、相手は5人以上いた。それでも喧嘩が成立するのか?」 裏遊戯の言葉に、刑事は答えようとしなかった。 ただ、呆然とその気迫に圧倒されていた。 裏遊戯は、舌打ちを漏らして、踵を返した。 「遊戯、どこ行くの?」 「――警察は当てにならない。……オレが――自分で奴等を捜す」 「遊戯!?」 「捜すって……当てはあるのか?」 刑事の言葉に、裏遊戯は視線だけを向けて、笑みを浮かべた。 「答える気はないがな」 「君……っ!!」 「これ以上の問答は、無用だ。オレはそんなに暇じゃない」 そう言って、裏遊戯は部屋を出た。 「待って、遊戯!」 杏子の声に、裏遊戯は足を止めた。 「どうする気なの? あなた1人で……」 「聞いてどうする? オレを止める気なら、無駄だぜ」 「あなたは、遊戯の身体を使って、また、罰ゲームを下す気なの?」 「――」 「王国では、あなたはペガサスに罰を下さなかった。それは、ペガサスが言った、千年アイテムに宿る邪悪な意志だってことを認めたくなかったからでしょ? なのに、今、そんなことしたら……」 「杏子。言った筈だ」 「――っ!」 「止めても、無駄だ」 裏遊戯は、その顔に笑みを浮かべていた。 だが、それは見る相手を底冷えさせるような笑みで、杏子は思わず後ずさってしまった。 「遊……戯?」 それ以上、杏子に何かを言うことは出来なかった。 触れれば斬られる。 そんな錯覚さえ覚えたのである。 裏遊戯は、そのまま杏子に背を向けて、歩き出した。 2. 「う……」 手術から、数時間後。 城之内が小さくうめいて、杏子はハッと顔を上げた。 「城之内!」 「――杏子? ……っ痛ぇ……何が、あったんだっけ?」 「馬鹿! あんたが、ドジって刺されたりするから、遊戯がおかしくなっちゃったじゃないのっ!!」 「はぁ?」 目が覚めるなりの杏子の言葉に、城之内はいささかポカンとしてしまった。 「遊戯って……そうだ! 遊戯は? アイツは無事なのか?」 一気に記憶が戻って、城之内は目の前で俯いている杏子に問い掛けた。 「無事よ。少なくても身体はね」 「どういう意味だよ? おかしくなったって?」 「――あんなに、もうひとりの遊戯を怖く感じたのは、初めてよ……」 「う、遊戯が、どうしたってんだ? はっきり言えよ! 杏子!!」 「多分、リベンジしに行ったんだと思う。でも、もしかしたら、遊戯……相手を殺しちゃうかもしれない……」 杏子の目から涙が零れた。 城之内は、ただ、呆然と目を見開いて、その言葉の意味を噛み締めた。 「――んだと?」 絞り出すような声で呟き、城之内はベッドから起き上がる。 「城之内!?」 「杏子、オレの服を取ってくれ」 「どうする気よ? あんた、手術したばっかなのよっ!!」 「カンケーねえだろう!! 取り返しがつかないことになる前に、止めねえとなんねーんだろうがっ!!」 「でも、あんたの服、ないけど? 血まみれだったし、手当ての時に、切り刻んだらしいし……」 「ちっ!」 舌打ちをした後、側のソファで呑気に眠りこけている、本田に気がついた。 「本田!」 「んぁ? 城之内、気がついたのか?」 「能天気に寝てやがってっ!! とにかく、てめえの服を貸しやがれっ!!」 「あぁ!?」 ほとんど問答無用で、本田のコートを分捕って、患者用の服の上に羽織る。 「城之内!? どうする気だよ? お前、手術……」 「だぁら! カンケーねえって言ってんだろうがっ!!」 怒鳴った後で、顔を顰める。 「痛いくせに! そんな無理して、また傷が開いたら、どうする気なのよ?」 「あのなぁ、オレはこんなケガなんざ、日常茶飯事だったんだぜ。今更、入院って柄でもねえだろうっ!」 病室を出て行こうとする城之内に、本田が現実的な問いかけをする。 「当てはあんのかよ?」 「奴等は……遊戯を狙っていた。だが、遊戯自身に狙われる理由なんかある訳ねえ。奴等の本当の狙いはオレだった筈だ」 「ってことは、また蛭谷辺りか……」 「そんな所だろうぜ。先に遊戯を狙ったのも、遊戯にしてやられたことのある奴等なら、考えそうなことだしな……」 「なら、オレも行くぜ。お前1人じゃ行き着いても、奴等にやられちまうぜ」 本田の言葉に、城之内は軽く笑った。 「杏子……お前、何とかフォローしといてくれ」 「そんな、私も!」 「ふざけんな! 遊戯がその気になってんのを止めるんだぞ?その上、蛭谷の舎弟どもと遣り合ってみろ。邪魔になるだけなんだよ」 確かに、足手まといにしかならないことは、杏子にも判っている。 だが、こんな時に、力を貸すことも出来ない自分が、やたらに悔しかったのである。 ☆ ☆ ☆ 「ちっ! 結局、あの遊戯ってガキは殺れなかったのか?」 蛭谷の声に、昼間、遊戯達を襲った少年の1人が、頷いた。 「城之内の奴が邪魔しやがって……」 「でも、逆に城之内はやりましたぜ。今頃、死んじまってるかも……」 「馬鹿野郎!」 蛭谷の蹴りが、そう言った少年の顔面に極まった。 「城之内は、こっちに入れなきゃなんねーんだよ。奴を、オレの下に位置づけて、やっとオレの野望は達成出来るんだ! 奴が死んだら、てめーも死にやがれっ!!」 「フフ……そうだな。もっと早くやっとけば良かった」 暗闇から聞こえて来た声に、その場の全員が硬直した。 「誰だ?!」 「貴様らが昼間、殺り損ねたのは、オレだろう?」 「遊戯っ!!」 蛭谷が、驚いたように声を上げた。 だが、のこのこ1人で来た遊戯に対して、冷笑を浮かべる。 「それで、何の用だ? 詫びを入れに来たようには見えねえんだが……?」 「ククク……詫びをいれる? それは、貴様らの方だぜ。もっとも、詫びられたからって、赦す気はないけどな」 闇に紛れて、裏遊戯の表情を見えない。 だが、人数では圧倒的に、こちらが有利なのだ。 蛭谷は、自信ありげに笑みを浮かべて、 「たった1人で、どうやって遣り合うつもりだ? この人数相手によ?」 「フフ……人数なんか、関係ないな」 裏遊戯の声は、どこまでも不敵で、不遜だった。 「何だと?」 裏遊戯の言葉に、問い返した瞬間、たった一つの明かりである電球が弾け飛んだ。 「なっ?!」 「てめえ、何しやがった?」 真の暗闇の中、裏遊戯は動じることなく、冷徹とも言える声で告げた。 「これから、ゲームをしようぜ。貴様らが30分以内に、オレを捕まえることが出来たら、貴様らの勝ち。好きにすればいいさ。だが、逃げ切ったら、オレの勝ちだ。貴様らには、罰ゲームを受けて貰うぜ」 「こんな暗闇でか?」 「これは、オレのハンデだ。お前らの方が人数が、多いんだろ? 遥かに有利だと自信があるんだろう? なら、視界が悪くなることぐらい、何でもないんじゃないか?」 挑発的な物言いと、喉の奥で笑う声。 闇の中で、それは不気味に響いた。 ただでさえ、何も見えない状態と言うのは、恐怖心が増す。 しかも、その中で1人平然としている裏遊戯の、怜悧な声は、恐怖の対象にしかならない。 「やっちまえ!」 蛭谷の声に、動こうとする舎弟たち。 だが、互いにぶつかり合ったり、物に躓いて転んだり、さらに、それにぶつかってと、裏遊戯を捕まえる所ではない。 裏遊戯は、最初にいた場所から、ほとんど動いていなかった。同時に、明かりがあった時から、目を閉じていたのである。 今、暗闇の中、右往左往している蛭谷の舎弟たちの動きは、しっかりと、裏遊戯の目に捉えられている。 「どうした? オレはさっきから動いてないぜ? それでも捕まえられないのか?」 嘲るような裏遊戯の声に、同時に反応して、押し寄せようとする。 だが、やはり裏遊戯には、届かなかった。 その手前で、自滅していく。 殴られたら殴り返す。 その法則が、この場合、仇になった。 30分もかからない内に、その場は、静まり返っていたのである。 「どうやら、残ったのは貴様だけのようだな?」 蛭谷に向かって、裏遊戯は言った。 「もう、二度と…城之内くんに手を出そうなんて気は、起こらないようにしてやる。覚悟しろ」 「けっ! こっちも目が慣れて、てめえの姿は丸見えよ! 返り討ちにしてやらぁ!!」 拳を握り締め、裏遊戯目掛けて、振り上げる。 だが、その拳は裏遊戯の姿を掠めただけだった。 「まだ、判ってないようだな。この闇は、ただの闇じゃない。オレの心の闇だ。オレの姿はあちこちに見えるだろうが、すべてが幻影。本当のオレには届かない」 「――っ!!」 蛭谷の叫び声が聞こえた。 だが、裏遊戯は眉一つ動かさず、その光景を見詰めていた。 ☆ ☆ ☆ 「本当にここか、城之内?」 タクシー代は杏子に出させて、取り敢えず、その場所で城之内は下り立った。 前に、ここで、裏遊戯と一緒に蛭谷の一味を倒したことのある、廃虚になった倉庫。 城之内は、荒い息をつきながら、その入り口に手をかけた。 「う、裏遊戯!!」 真っ暗な闇の中に、一人佇む、裏遊戯の姿が見えた。 「遊戯!?」 本田が、駆け寄ろうとするのを、城之内が止めた。 「……オレが行く。お前は、そこで待ってろ」 裏遊戯の周りには、何人もの人間が倒れている。 「裏遊戯……!!」 城之内の声にも裏遊戯は、振り向きもしなかった。 ゆっくり右手を上げて、自分の前だけを見つめている。 「これで、最後だ。もう、二度と、城之内くんには、手が出せない」 「裏遊戯!!」 脇腹の痛みに、顔を顰めながら、城之内は手を伸ばして、裏遊戯の右手を掴んだ。 「――っ!!」 ハッとする裏遊戯を更に、強く引き寄せて、その腕の中に抱き締めた。 「もう、やめろっ!」 「――駄目だ……ここで、やめたら……アイツらは……っ!!」 「悪かった! もう、こんなヘマはしねえから! これ以上やったら駄目だ! お前が、手を汚すことはねえんだよっ!」 「――じょ……城之内……くん?」 「ああ、そうだ!」 「ケガ……あ、あんなケガしてたのに……」 裏遊戯の額に光っていた眼の紋章が消えて行く。 「でーじょーぶだ! オレは頑丈に出来てんからな。あんなことぐれえじゃ、どうってことねえんだよっ」 裏遊戯は、ただ呆然と、目を見開いていた。 ゆっくりと、顔を上げて、城之内の顔を見詰めて来る。 「オレ……は?」 改めて、ハッとしたように、裏遊戯は自分の周りを見回した。 「あ……相棒!」 不意に、裏遊戯は自分の相棒を呼び、城之内は何となく、肩透かしを食らったような気がした。 『良かった! もうひとりのボク!! 君、全然答えてくれないんだもん。どうしようかと思ったよ』 「済まない……オレは、とんでもないことを……」 『もう、いいよ。誰も死んだりしてないんでしょう?』 「――た、多分……。蛭谷だけは、殺すつもりだったが、他はそんな気はなかったから……」 物騒なことを、さらりと言う裏遊戯に、城之内は少々呆れていた。 『君にとって、城之内くんがどういう存在か良く判ったよ。でも、せっかく君を止めに来てくれたのに、このまま無視するのは、悪いんじゃないかな』 遊戯の言葉に、裏遊戯は、静かに顔を上げた。 「城之内……くん」 「遊戯は、大丈夫なのか?」 「――ああ。平気みたいだ」 「遊戯の声も聞こえてなかったのか? 止めてただろう、アイツも……」 「意識を…閉ざしてた。他のことは何も考えてなかった。ただ、奴等を追いつめることしか……」 「はぁ……オレはそこで、喜んで良いのか、それとも馬鹿なこと考えんなって怒るべきなのか? つくづく、らしくねえぜ。裏遊戯」 「――そう、だな……」 「大体、リベンジかますなら、オレを誘わないでどうするよ?」 冗談めかした城之内の言葉に、裏遊戯は笑みを浮かべた。 さっきまでの、酷薄な笑みではなく、最近、たまに見せるようになった、普通の笑顔だった。 「さっきまで……手術中だった奴の言う台詞か?」 「だったら、オレが目を覚ます時に、お前がいてくれてもいいんじゃねえか?」 城之内の言葉に、裏遊戯は苦笑を浮かべた。 「そうだな。そんなことは、思い付きもしなかった」 「冷たいな……オレの心配はなしか?」 城之内の手が、裏遊戯の頬に触れた。 くすぐったそうに、裏遊戯は少し目を細めた。 「心配なんかは、通り越してたな。ただ――オレは自分にも腹が立ってたから……」 「多分、オレもお前の立場に立ったら、そう思うんだろうな」 呟きながら、城之内は裏遊戯の顎に手をかけ、少し上向けさせる。 「城之内……」 「黙れよ」 ゆっくり城之内は、頬を寄せて裏遊戯の唇に自分のそれを、重ねた。 重ねた唇から、舌を差し入れ、裏遊戯の舌を搦め取る。 「んん……」 息遣いが荒くなり、裏遊戯の身体から力が抜ける。 何度も深い口付けを繰り返して、城之内が唇を離しすと、裏遊戯はそのまま、城之内に向かって倒れ込んでしまった。 「裏遊戯? 大丈夫かよ?」 「あ……済まない……」 少し火照った顔を俯けたまま、裏遊戯は何とか体勢を立て直した。 その光景をつぶさに見てしまった本田は、1人唖然としていたのだった。 ☆ ☆ ☆ 「全く! 術後すぐに病院を抜け出すなんて、信じられないな!! 当分、絶対安静! また、抜け出すようなことしたら、拘束するぞっ!!」 担当医の半ば脅迫のような言葉に、城之内は首を竦めていた。 「別に良いじゃん。もう、平気だし。明日にも退院してえぐれーだ」 「傷口が開いて、もう一度縫うはめになっても良いなら、好きしろ」 「う……」 「観念した方がいいよ。城之内くん。ボク、毎日、お見舞いに来るからさ」 「……」 遊戯の言葉に、城之内は不本意そうにだが、黙り込んだ。 医者が出て行き、本田が深々と息をつきながら、何だか感慨深い口調で言い出した。 「それにしても知らなかったぜ。城之内ともうひとりの遊戯がああ言う関係だったとは……」 「ああああああああっ!!!!!」 突然、城之内が喚き出し、杏子がキョトンと問い返した。 「何、それ?」 「杏子には関係ねえだろうっ!!!!」 更に、噛み付くように言う城之内に、さすがに杏子もカチンと来る。 「そんなに言うなら、あんた今すぐ、タクシー代返してくれる?」 「汚ねえ!! 今、用意出来るわけねえだろう!!」 「あ、そうだ。これ、タクシー代」 「え?」 いきなり、遊戯に封筒を手渡されて、杏子はキョトンとした。 「もうひとりのボクに頼まれたんだ。杏子に返しといてくれって」 「え、でも、それは城之内が……」 「うん。城之内くんからは、もうひとりのボクが貰うんだって」 何だか良く判らない遊戯の言葉に、本田はヤレヤレと肩を竦めた。 「ふーん……。ま、貰っとくわ。じゃあ、私、これから、バイトだから」 「――オレも帰る」 杏子と本田が出て行って、城之内はベッドの上で、少しジタバタしていた。 「――杏子にバレるのが、そんなに嫌なのか?」 不意に語調の変わった遊戯に、城之内は目を丸くした。 「そんなんじゃねえよ! ただ、こっ恥ずかしいだけだ!」 「君から、告白したんだぜ? 覚えてるか?」 「判ってるって!! でも、本田に見られてたんだぞ? この上、杏子にバレたら、何、されっか判ったもんじゃねえ」 「じゃあ、別れるか?」 腕を組んだまま、裏遊戯は何でもないことのように言った。 「裏遊戯……。遊戯が言ってたけどよ。お前って、本当に意地悪なんだな?」 「相棒が?」 「そうだ」 城之内はベッドの上に起き上がって、裏遊戯の手首を掴んだ。 「仕掛けて来るのも、いつも君だよな?」 「うるせえ!!」 少し赤面しながら、城之内はこめかみ辺りを掻いた。 「嫌なら、逃げろよ」 「オレは、嫌なことは、最初からしない。何の枷もないならな……」 「そうだったな」 城之内は、目を閉じた裏遊戯に頬を寄せて、静かに口付けた。 |
☆あとがき☆ ふっ……『カッコイイ裏遊戯』をコンセプトに、書き始めたこの話。どういうんだろ? 元々は、裏表で書こうと思った話でした。でも、物理的にも精神的にも成り立たないと気づきあえなく断念。 相手を城之内にすると、何となくするっと出来たのでした。 このところ、気弱な裏遊戯ばかりで、本当に闇様と呼びたくなるような、裏くんが書きたいと書いた結果が、コレです。 そして、この話は、『東海堂』のみっちい様に捧げた物でもございます。 バナーのない当サイトの紹介覧に、バナーをつけて下さったそのお礼に、こっちから、ほとんど強引に、送り付けてしまったのでした(汗) みっちい様。本当にありがとうございました!! ここまで、読んで下さった皆様も。 そして、新たに表紙として、みっちい様がイラストつけてくれました!! もう、初めて見た時は、嬉しくて嬉しくてたまらなかったのです!! 本当に、ありがとうございました!! |