Happy×2☆New Year!

 まだ、陽も昇っていない明け方、午前6時。
 克也はそっと、ベッドを抜け出して、キッチンに向かった。


「うーわー」
 所構わず、雑魚寝している青春学園中等部、名門との誉れも高いテニス部の面々が所狭しと寝ているのは、有る意味壮観かも知れない。
「これじゃ、目、覚ましちまうかもしんねえな」
 克也は、一度寝室に戻り、サイドテーブルの引き出しを開けて、一本の鍵を取り出した。

「今日は、使ってねえよな」
 遊戯は、この部屋の普段は使っていない部屋のベッドで眠っている筈だ。本田や獏良、バクラと御伽も同じ部屋で眠っている。
 一応、布団はかかっているが、こちらも床で雑魚寝だ。

 その隣、克也がカメラ置き場にしている部屋で、杏子と静香が寝ている。
 男ばっかりで不安なら鍵しとけと強引に言っといたが、どうだろうか。

 克也はキッチンにあった食材を片手に、自分の部屋を出て隣の遊戯と海馬の部屋に向かった。


 昨夜。
 何故だか知らないが、英二を筆頭に青学テニス部の元現レギュラー総勢9名と、遊戯たちいつものメンバー7人が、大挙して押し寄せ、「みんなで年越しパーティだ!」の英二の一言に、まさに宴会騒ぎとなった。
 途中、初詣に出かけ、年越しと新年を満喫し、ここに戻って来たのは、午前2時半。
 それから、寝る部屋も布団もないぞと言うと、このままここで寝るから大丈夫と言う英二の言葉に、本当に全員がリビングで雑魚寝状態になったのである。

 とりあえず、暖房はつけてあったので、部屋の中は寒くはなかったのだが。





 午前7時。

 克也は、フライパンとフライ返しを持って、部屋に帰り、がんがんと打ち鳴らして、その場で寝ていた全員を文字通り叩き起こした。
「何?」
「なんだ〜?」
「………」
 一人だけ、既に起きていたらしく、洗面所から仏頂面で出てきて、訝しげに克也を見つめている。
「ほら、遊戯! 本田、獏良! 起きろよ!!」
「…………なんなのさ? 城之内くん……ふあ〜」
「うるせえぞ、城之内! 朝っぱらから何騒いでやがる!?」
「……何だよ、もう忘れてんのか? 寝る前に、日の出がみてえから、朝は起こしてくれって言ったのは、お前らだぞ?」
 克也は腰に手をあて、不満げに言った。
 それに思い当たって、叩き起こされた面々も仕方ないかとばかりに、欠伸をかみ殺す。
「あれ?」
 でも、その中で率先していた一人の反応が、いまだ皆無で、克也は首を傾げた。
「……英二?」
「……越前もいないな」
 不二がキョロキョロと周りを見回し、乾が付け足すように言った。
「……ソファの後ろ。足が見える……」
 海堂の声に、全員がソファを見返って、ソファの陰を覗き込む。

 ソファの後ろで、リョーマの身体を抱き締めて、リョーマはそんな英二に抱きついて、二人で仲良く一枚の毛布に包まって眠り込んでいる。

 見ている分には微笑ましいと言えるのだろうが……。
 ――何故に、ソファの後ろなんかで寝ているのだ?


 その場の全員、同じ疑問を感じていた。

「英二、越前くん」
 不二が、代表して声をかけてみるが、二人は微動だにしない。
 克也が何気なく不二にフライパンとフライ返しを、手渡した。
 不二はニッコリ笑って、それを受け取り、その場の全員が、ざっとそこを離れる。
 そうして、盛大に――まさに、二人の耳元で――フライパンを鳴らすと、二人はさすがに飛び起きた。








「耳が痛い」
「……なんか、まだ、がんがんいってる気がする〜」
「暫く、耳聞こえなかったし」
「もうちっと起こし方ってあると思うんだよね……」
「同感ッス」

 二人がグチグチと文句を言っているのを、誰もが無視していた。

 克也は遊裏と並んで、2年前の初日の出の話をしていたし、青学テニス部のメンバーはそれぞれ、フェンスの前で、思い思いに話をしている。
 御伽と静香は、二人で寄り添っているし、バクラが不満そうにしているのに、獏良が何か言って逆に相手を慌てさせるのを、本田と杏子、遊戯が笑っていた。

 結局、誰も聞いていないのである。

「……ああもう! 聞けよ、少しは!!!」
「……さっさと起きない英二が悪いんだよ。君がちゃんと起きてれば、越前もそんな思いしなくてすんだのにね」
 結局、答えるのは、親友と自他ともに認める不二だったのだが。
 言ってる内容にリョーマがピクッと反応した。
「じゃあ、エージが悪いんだ?」
「何でそうなるんだよ? おチビちゃん〜!?」
「だって、エージが先にちゃんと起きて、オレを起こしてくれてたら、オレはフライパンで起こされることなかったし」
「そうそう」
「煽るな、不二ーーー!!」

 ふと、離れた場所でクスクスと笑っている克也に気付いた英二は、矛先を克也に向けた。
「克ッちゃん! 何で、不二に渡すんだよ、あれをーー!?」
「何で、オレが渡したと思うんだよ?」
「だって、克っちゃん家のものじゃん! 他の人が、勝手に使う訳ないし、どっちにしたって、克っちゃんの許可取ってる訳じゃんか!」
 確かにその通りである。
 打ち鳴らすのに使ったフライパンは、随分古いもので、捨てる予定のものだった。
 現在進行形で使ってるフライパンをそんなことに使う訳がない。

「でもまあ、最初に鳴らしたときに起きなかったお前らも相当だよ」
「だって聞こえなかったよ?」
「んじゃ、やっぱ、あれだけ近づけてないと、気付かなかった可能性大だな」
「……うぅ〜鼓膜破れたらどうしてくれんだよ〜」
「その辺は不二の責任だな〜」
「あれ? この場で一番の年長者じゃなかったっけ? 城之内さん」
「……年長者ってったら、本田だぜ? オレはまだ17だし。本田、遊戯、杏子が、18になってんだよな」
「そう言うの50歩100歩って言うのよ、城之内」
 杏子が呆れたように返して来た。
「あ」
 不意にリョーマが呟くように言って、目を見開いた。
 それに、全員がリョーマの視線に合わせて背後を振り返る。
 赤い太陽が、雲の間から現れて、徐々に薄暗い町並みに光が差し始めた。

「遊裏」
「……変わらないな」
「ん?」
「太陽は……昔も今も変わらない……。必ず陽は昇るんだな」
「……ああ、そうだな」

 遊裏の言葉の、「昔」が2年前のことなのか、それとももっと昔のことなのか……それは、判らないが、克也は敢えて聞かなかった。

「また、来年も見られたら良いな、克也」
「そうだな。みんなでってのは無理かもしんねーけど。でも……見られたら良いな」
「……ああ」


「すっごいねー日の出ってさ、こう言うときでもないと見る機会ないもんね、特におチビは……」
「どう言う意味ッスか?」
「いや、眠りこけてるだろうなって」
「……それは、エージも一緒じゃん」
「それは、まあそうだけど」
「手塚は毎朝見てそうだよね?」
 不二の言葉に、手塚が仏頂面のまま、ポツリと言った。
「…………冬は……日の出が遅いからな。見ることもある」
「って何時に起きてるんだよ?」
「5時半だ」
 英二の問いかけた答えに、リョーマが思わず呟いていた。
「年寄りくさ……」
「うわうわ。そんなホントのこと言ったら……!」
「……手塚先輩、もうグラウンド走らせる権限はないっすもんね」
「だからってさー」
「……桃城。越前にグラウンド5周加算しとけ」
「あ、ズルイっすよ、手塚先輩」
「ウィーッス」
 桃城は苦笑を浮かべながら手塚に答え、リョーマは憮然と桃城を睨み付けた。


「……相棒?」
 一人で日の出を見ていた遊戯がハッとして振り返った。
「遊裏くん……」
「今日は、海馬と出かけるんだろう?」
「うん。……でも……やっぱり一緒に見たかったなーって。勿論、みんなと一緒で楽しいんだけどね!」
 少し寂しそうにしていた遊戯が、それでも笑みを浮かべて言うのに、遊裏は思わずその肩を抱き締めようとしてハッとした。

「……聞こえないか?」
「……聞こえるな」
「こんな朝っぱらから……(滝汗)」
「時間なんか、奴には関係ねえだろう?」
「自分が思い立った時間に、思い立ったところで、思い立った方法で現れる……。それが奴だからな」


 段々と近付いて来るヘリの音に、青学テニス部の面々は新年早々驚愕した。(笑)




「わーははははははっ! 迎えに来たぞ! 遊戯」
「うわああ!! 止めてよ、海馬くん、それでなくてもまだ、
夜が明けたばかりなのに!!!!
 空中に停止して、縄梯子が下ろされ、そのヘリコプターの持ち主が何食わぬ顔で降りて来る。
「何か言ったか、遊戯?」
「…………ううん。何にも」

 泣きたいのを堪えつつ、遊戯が言ったのとほぼ同時に、海馬のロングコートを引っ張る手があった。

「何だ?!」
「ねえ、セト。乗ってい? ヘリコプター」
「あーリョーマ!! こっち来いよ!!」
 ヘリの中にいたモクバが、リョーマを見て嬉しそうに手を振り、手招きをする。

 基本的に小さいものに、上目遣いで見られることに弱いらしい海馬は、モクバの言葉もあって、そっぽを向きながら、
「好きにしろ」
 とだけ言った。

「やったー! オレもオレも! 良い? モクバ!?」
 英二の言葉に、モクバは肩を竦めて、
「しょうがないな。良いよ、来いよ菊丸」
「……ほら、おチビ、先に上って!」
「うん!」
「後、一人乗れるぜ? どうする?」
「オレ! オレ乗りたいッス!」
 桃城が手を上げて、縄梯子のところへかけて行く。






「良いよな〜こう言うの」
「克也?」
 遊裏と並んで、克也はその光景を見ながら呟くように言った。
「なんかさ……楽しいじゃん?」
「…………そうだな」

 初日の出が上る中……。
 海馬コーポレーションのヘリコプターが旋回する。


 結局、全員がヘリに乗り込み、最上級の場所で日の出を見た後、遊戯は海馬と一緒に行ってしまい、面々は部屋に戻った。
 そうして、何だかんだで冷え切っていたみんなに、克也手製の雑煮と、おせち料理を出すと、全員が歓声を上げて喜んだ。



「今年も程ほどに、よろしくな、英二、リョーマ」
「こっちこそ、よろしくねん。克っちゃん、遊裏ちゃん」
「ああ、よろしくな。英二、リョーマ」
「よろしく。カツヤ、ユーリ。エージもね」
「もっちろん、一番よろしくしちゃうんよん☆ おチビ!」
「今年もよろしくな、遊裏」
「ああ、こちらこそ、よろしく。克也」


 場所柄も弁えず、キスする二人に、本田たちは肩を竦めて溜息を漏らし、青学テニス部メンバーは、見ない振りに徹した。
 英二は、そんな克也を真似て、キスしようとして、思い切りリョーマに突き飛ばされていた。




<Fin>