It becoms wings
「おチビ発見ーーー!!」

 休み時間の教室移動の最中に、見慣れた1年の姿を見かけて、英二はそう言って駆け出した。
 だが、声が届いている筈なのに、1年のその子は振り返りもせずにどんどん歩いて行く。

「ちょっと、おチビ! 何で無視すんの?」
 言いながら、腕を掴んで引き止めると、物凄い力で振り払われて、英二は唖然とする。

「って、あれ? エージ先輩?」
「……あ、あ……ごめん;;」
「いきなり腕掴むから、誰かと思ったッスよ」
 そう言いながら、リョーマは耳からイヤホンを外した。
「へ?」
「エージのことだから、先に声をかけたんスよね? でも、全然聞こえなかったんスよね」
「め、珍しいね。MD聞いてるなんて」
「ああ、まあね」
 リョーマは滅多に音楽を聴かないらしく、MD自体を持ち歩くことはしない。
「桃先輩に、録音して貰ったんスよ」
「……」
 英二は複雑な表情で、リョーマを見下ろし、リョーマは苦笑を浮かべて、英二を見返した。
「何の曲? 桃とオレって結構、好きな曲被るから、オレに言ってくれれば良かったのに」
「……妬いてンすか?」
「……ちっがーう!!」
「……無理しなくても良いッスよ……。でも、これはエージ、頼んでも録音してくれなかったんじゃないっすか?」
「何で?」
「エージの性格なら、自分からCD持って来ることぐらいしそうなのに……全然、持って来てくれないから……」
「…………………って?」
「♪両手広げて、翼になって、その気になって飛んじゃおーかな?♪」
 聞き覚えのあるフレーズをリョーマが口ずさみ、英二は思わず目を見開いて、そのままリョーマに抱きついた。

「可愛い可愛い♪ おチビ可愛い〜Vvv」
「ってエージ……重い……」
「ねえねえ、最初から歌って歌って♪」
「ヤダ」
「何で〜?」
「恥ずかしいし……。これ、エージだから歌える歌っしょ?」

 リョーマの言葉に、英二は笑いながら、さらにぎゅっとリョーマを抱き締めた。

「そんなことないと思うけどな〜」
「それよりこれ……ラブソングっすよね?」
「……そ、みたいだね〜;;」
「……誰のこと?」
「は?」
「この……【君】って誰のことッスか?」
「……そ、そりゃ……おチビに決まってんじゃん☆」
「……でも、オレ微笑んだりしないし」

 リョーマの言葉に、英二は一瞬呆気に取られて、次には盛大に吹き出して笑い出した。

「な?!」
「だって……リョーマ……可愛いこと……言うから……」
「……エージのバカ」
「でも、オレ、この歌歌いながら、考えてたのは、おチビのことだよ?」
「……」
「ホントだってば! おチビと空飛べたら、きっと気持ち良いよね?」
「……」
「今度、シャチョさんに戦闘機に乗せて貰おうか?」
「はあ?」
「ああ、でもあれ、二人乗りだよね〜おチビと一緒に乗るのは無理だよね。操縦できないもん」
「……何言ってんだか……」
 苦笑を浮かべたリョーマに、英二がさらに笑う。
「でも、自家用ジェットくらいありそうだよね? 今度、聞いてみようか?」
「……スカイダイビングでもしますか?」
「あ! それ良いかも!!」
「……ま、マジっすか?」
「マジマジ! 今度の休みに、遊裏ちゃんたちも誘って、スカイダイビングにレッツゴー! 決定ねん☆」
「ちょっと、勝手に決定しても!」
「決定は決定☆ 予定入れちゃだめだかんね!」
 言いながら、英二は自分の携帯を取り出し、早速メールを打っている。

「……エージが翼になってくれるんなら、まあ、別に良いけど」
「……へ? 何か言った?」
「別に……。あ、そろそろ行かないと。んじゃ、また後で」

 リョーマは、そう言って廊下を駆け出した。
 そこでチャイムが鳴り響き、英二も慌てて教室へと駆け出す。

「――送信♪っと」

 遅れて教室に入っても、悪びれた様子も見せずに、いきなり問題を当てられた英二は、不二に泣きつく前に、玉砕してしまった。

 結果、課題を他のクラスメートの倍、与えられたことは、余談である。