Happy Life
#1  全ての始まりは出逢いにあり!

 桜が咲き誇り始めた、暖かく朗らかな昼下がり。

 大石英二は、弟とのジャンケンで負けたために、コンビニへと買い出しに出掛けていた。

「ったく、何で俺っていっつもジャンケン弱いんだろ……武に勝てた試しないや……」
 自転車の籠に、自分の分と弟に頼まれたものを無造作に、突っ込んで、自転車に跨る。

 そうして走り出した瞬間。
 角から出て来た誰かと接触しそうになった。

「うわっ!」
「……っ!」
 直ぐに気付いた英二がハンドルを強引に曲げて、そのせいで自転車はバランスを崩し、横倒しに倒れてしまった。

 激しい衝撃に、眉を顰めそれから、ハッとして飛び起きる。

「大丈夫だった?!」
 自転車が自分の足の上に乗っかってる状態で、英二はぶつかりそうになった相手に問い掛けて居た。
「……あんたの方が、被害酷いんじゃない?」
 静かな……少しだけ高い声が返って来る。



 瞬間。
 目が合った。



 大きなアーモンド型の目。
 サラサラの黒髪。
 小さな身体と、白い柔らかそうな肌。


(うわ……可愛い♪)

 少し生意気そうな表情で自分を見ているけど、それさえも可愛いと思ってしまう。


「何?」
「……ああ、何でもない……ってー!」
 動こうとしたら、右足に痛みを感じて、思わず声があがっていた。
 倒れた時に、自転車と地面に挟まれ捻ってしまったようで、激痛が走る。

 と。
 目の前の少女が小さく息をつくと、散乱してた買い物品を集めて、自転車を起こしてくれた。

 自転車のスタンドを立ててから、英二に向かって手を伸ばす。
「……立てる?」
「あ、えと。うん……」
 その手を取って、何とか立ち上がりつつ、フラフラしてしまうと。
 ふらついたままの状態で、不意に身体を押された。


 すとんと。
 自転車の荷台に、座る形になって、英二は困惑したまま少女に問い掛けた。

「あの……」
「送ってく。さすがに、あんた乗せて運転は出来ないけど。足も届かないし……。でも、ついて行くことは出来るよ」

 そう言って、自転車のスタンドを蹴った。
 一瞬、自転車はぐらつくが、フラフラしながらでも前へと動き出す。

「でも! 俺、重いでしょ? 君には無理だよ?」
「……一度、動き出せばそうでもないよ」
 確かに。
 もう、ふらつくこともなく、自転車はスムーズに動いている。
 でも、60キロ近くある自分を乗せて、ただ押すだけとは言え、相当力がいる筈だ。



「ごめんね、おチビちゃん」
「……はあ?」
「あああ、えと、俺、大石英二って言うんだけど。君の名前は?」
「……ナイショ」
「は?」
「おチビちゃんで良いよ」


 そう呼ばれたことが嫌だったのかと思ったのに……。
 少女はあっさりとそれを受け入れた。



「どっち? 真っ直ぐで良いの?」
「……ああ、うん。んで次の角を右ね」
「判った」


 勿論、物凄くゆっくりのペースで、前に向かう。
 本来なら、歩いても20分程で着くはずの家が、まだ見えて来ない。

「大丈夫?」
「平気……」
 こめかみから伝う汗と、上気した頬。
 それと、荒い息遣いに……英二は居た堪れない気持ちになった。

 
初対面の女の子に、何させてんだよ!? 俺は!!

 自責の念が心を打つ。


「……リョーマ!」
 不意に聞こえた声に、少女が足を止めた。
 そうして、振り返り、これでもかと言うぐらいの笑顔を浮かべる。
「カツヤ!」
「どうしたんだよ? 何やってんだ、お前……?」
 訝しげな声で現れたのは、二十歳前後の青年で、すらっとした痩躯に鋭い目付きと、金色の髪が何だか印象深い。
「……この人とぶつかりそうになったの。でも、ぶつかってないんだけど。で、この人自転車ごと倒れて、足怪我したんだ」
「……また、前見ないで飛び出したんだろう?」
「ごめんなさい」
「まあ、お前は怪我してないんだな?」
「うん!」
 元気に頷く少女――リョーマと呼ばれた――に、青年もニッコリ笑って見せ、英二を見返った。
「コイツにぶつからないようにしてくれたんだな? ありがとう」
「……や……そんなことは……」
(何だか凄く親しそう……誰だろう? まさか恋人とか……;;;)
 しどろもどろに言いながら、英二は全然、関係ないことを考えていた。



「あ、俺の家、ここです」
 英二はそう言って、自分の家を指差した。
 その時に、自転車を押していたのは、青年の方で、英二は何となく残念な気持ちを持っていた。
「ふーん。ここなんだ……」
 リョーマの言葉に、英二はキョトンと振り返った。
 そのリョーマは、青年が買って来たらしいソーダアイスを舐めて家を見上げている。
「……何?」
「あ、ううん。何でもない……」
 問い掛けられて英二は慌てて首を横に振った。
 自転車のスタンドが立てられて、英二は青年の肩を借りて、家の中へ入って行く。
「……あ……」
 振り返って、何かを言いたいと思うのに、何だか言葉にならず、結局そのまま、ドアを開けた。


(また、会う約束とかしたかったのに……)
 でも、この青年がいると、何だか言い出せない。

「うわ、兄貴? どうしたんだよ?」
 弟の声に、英二はハッとしたように、意識を戻した。
「自転車でコケた……」
「悪いな。ウチの奴を避けようとして、転んだみたいなんだ。手当てとか出来なかったんだけど……。酷いようなら、病院に行ってみて貰ってくれ。治療費はここに請求してくれれば良いから」
 そう言って青年は名刺を弟に渡した。

(ウチの奴? それって……結婚してるとか?)

「城之内克也。……え? レストラン『DUSK』のオーナーシェフ?」
「……まあな。歩けるようになったらいつでも来な。歓迎するぜ!」
 そう言って、克也は英二に向かってニッコリ笑った。

「あ……あの……」
 踵を返して、出て行こうとする克也に向かって声をかける。
「……ん?」
「……あの子は……」
「あの子? ああ、リョーマか? リョーマがどうかしたか?」
「……えと……その……」
「リョーマ!」
 言い淀む英二に、何を思ったのか、克也は外に向かって声をかけた。
「何?」
「ちょっと来い」
 ドアの中と外で何かを話し、克也はもう一枚取り出した自分の名刺の裏に何かを書き付けた。
「リョーマの携帯ナンバー。話がしたけりゃ電話してやって」
「――え?」
 それを受け取りつつ、英二はキョトンとして声を上げていた。
「んじゃ、またな!」
「またね〜エージ!」

 入り口からそっと顔を覗かせ、軽く手を振り、リョーマが笑って言った。
 そうして、克也と並んで門を出て行く。

「……おチビちゃん!」
「……またね、エージ」
 そう言って、リョーマはニッコリ笑い、楽しげに克也と話しながら行ってしまう。


「何だよ、兄貴……! あの子すっげー可愛いじゃん! どうしたんだよ?」
「……武には関係ない!」
「何だよ? それ……?」
「……ほら、お前に頼まれたもの!」
 買い物したものを押し付け、足を引き摺りながら洗面所に向かう。
「あ、待てよ! 兄貴!! 足、手当てしねえと!!」
「自分で出来るよ。大丈夫」
「ダメだって! 歩くなよ。湿布取って来るから。後で病院に行こうぜ!」
「えー病院面倒……」
「酷くなったらどうすんだよ?」
「……うぅ……判ったよ」


 そう言って、英二はその場に腰を下ろした。
 武はさっさと洗面所に向かって走って行った。


「……城之内リョーマか。リョーマ? あれ? 何か男みたい……だよね?」
 今更のように呟きつつ、まあ良いかと結論付ける。
 万が一あの子が男でも関係ないやとさえ思えてしまう。

(でも……何で、連絡先教えてくれたんだろ?)
 疑問に首を傾げつつ、同姓ということを、兄弟ということに結論付けた。

「何、ニヤニヤしてんだよ?」
「……煩いなー早く手当てしてよ!」
「自分でするんじゃなかったのか?」
「……むぅ」
「はいはい。足出して」

 湿布の冷たさに少しだけ身を竦め。
 これからのことを考えるだけで、幸せを感じられる自分に、少しだけ呆れて。
 英二は歩けるようになったら、電話をしようと考えていた。





 それから、三日後
 英二の足は、多少よくなり、歩けば少々痛みはあるものの、腫れも引いた頃――



 朝から、隣が何だか騒がしかった。

 春休み中で惰眠を貪っていた英二は、その騒がしさに不承不承起き上がる。
「何だよ〜もう!」
 カーテンを開けて、隣を見下ろして――
「あ、正面の部屋だったんだ」
「へ?」
「隣に越してきた、城之内リョーマっす。よろしく! エージ☆」
「はああ?」


 隣の。
 ほんの30センチばかりしか離れていない窓の向こうに。


 にこやかに笑う、大きなアーモンド型の目をした、可愛いあの子がいた。

「え、ええええー?」


 この日から……英二のHappy Lifeが始まる――




 かな?(笑)