邂逅 |
少年は、ドアを見上げて深々と溜息をついた。 ドアの上の方に、この部屋の名称が掲げられている。『生徒会室』と書かれたそれに、少年はさらに溜息をついた。 この学校、『王立アカデミー』では、生徒会は選挙ではなく前任者の指名によって、会長が決まり、そして、会長となった者が、その他の役員を選出する。 要するに、会長の息のかかった、独善的な生徒会が出来上がってしまうのだ。 その生徒会からの呼び出しでは、多少なりとも緊張するものだが、少年がついた溜息は、緊張からのものではなかった。第一、少年はまだ、この学校の正式な生徒ではない。入学式は明日なのだ。 (そう言えば、随分久しぶりだよね。瀬人くん……じゃなくて、殿下の誕生日以来だから、半年振りくらいだっけ?) 再度、深々と溜息をつき、ノックをしようと右手を上げた。 と、部屋の中で、何かが倒れる音がして、少年は慌ててドアのノブを掴んで手前に引いた。 「瀬人くん!?」 声を上げて部屋に飛び込むと同時に、その場に漲る緊張感に、遊戯は二の句を告げずにその場に立ち竦んでしまった。 少年が割り込んで来たことに、気付きながらも部屋の中にいた二人は、微動だにせずに睨み合っている。 「……」 何かを言おうとして、生徒会長であり、ドミノ王国の王子でもある瀬人=海馬と睨み合っている相手とに視線をめぐらせ、少年は硬直したように動きを止めた。 目の前の、来客用のソファーとテーブルの間に立って、真っ直ぐ正面から瀬人を睨みつけている相手に、大きく目を丸くしてしまったのだ。 「君、誰?」 少年の声に、互いに睨み合っていた二人が、同時に視線を外して、こちらを見た。 瀬人の方は、既に判っていたらしく、肩を竦めて見せて、逆に相手の少年は、驚いたように目を瞠った。 「……誰だ、お前……?」 互いにそう言い合う二人は、まるで合わせ鏡のように、そっくりな容姿だったのである。 ☆ ☆ 「ボクは、遊戯=武藤。今年、この学校に入学したんだ」 「……」 一時の衝撃が去って、瀬人は生徒会長の机の椅子にそのまま座り、相手の少年と遊戯は、ソファーに腰掛けていた。 ゆっくりと自己紹介する遊戯に、少年は胡散臭げな視線を向けたまま、口を開いた。 「オレは遊裏=武藤。オレも、今年入学したばかりだ」 「……名前はおろか苗字まで同じとはな。貴様、何者だと、さっきから……」 言いながら、瀬人は手にしていた書類に目を通し、意味ありげに呟いた。 「ほう……貴様、双六=武藤の息子か?」 「え?」 驚きの声を上げたのは、遊戯の方で、瀬人と遊裏を交互に見つめる。 「祖父ちゃんの息子って何? じゃあ、ボクの母さんの弟なの?」 「そうだな。少なくとも書類上では……だが」 瀬人は同意しながらも、意味深な言い方をして、遊戯を見た。 「え?」 「さて、血のつながりがあるかどうか、オレには判らん。それこそ、戸籍でも調べない限りはな。いや、戸籍を調べたくらいでは何も判らんのと同じかもしれんがな」 ますます意味深な言い方をする瀬人に、遊戯は呆れたような溜息をついた。 「ホント、瀬人くんってもったいぶるの好きだよね?」 「別にもったいぶってなどはいない。オレにも判らないことはあるさ。当然な」 「君は何でも、見透かしてると思ってたよ」 相手の瀬人は、一つ年上で王子と言う身分であるのに、遊戯は明け透けでざっくばらんな喋り方をしていた。 瀬人の方もそれを咎めることはせずに、同じように言い返す。 そうして、二人で示し合わせたように、視線を遊裏の方に向けたのである。 視線を受けた遊裏は肩を竦めて淡々と口を開いた。 「……別に隠すことでもない。オレは、双六の親父に拾われたらしい。まぁ、要するに養子って奴だ。親父も最初の内は隠してたけど、町の連中はオレのことを知ってたからな。隠しきれるものじゃなくて、物心ついた頃には、知っていたことだ」 それでも不思議そうに、遊戯は問い掛けた。 「でも、母さんにも祖父ちゃんにも君のことは聞いたことないよ? そりゃ、もう何年も祖父ちゃんには会ってないけど……」 会いに行けない事情もある。 遊戯は、武藤公爵家の総領である。たった一人で、家を出ることは、学校に通うときくらいしか出来ない。これも朝は、馬車で送られて来るのだ。 まして、シティを出るともなれば、それこそ、一個小隊……とまでは行かなくても、数人の共はつけられてしまう。 「その辺のことは、オレには判らないな。親父は、町から外れた森の中で暮らしてたし、オレも余り外に出して貰えなかった。たまに買い物に行った時なんかに、町の子供にからかわれて、大人には憐れまれた。それが、捨て子で養子だってことを知るきっかけになったからな」 遊裏の言葉に、遊戯は少し考えるように口許に手を当てて俯いた。 祖父とは、もう何年も会っていない。 遊戯が、10歳か……もう少し下だったか。その頃に、一度祖父が訪ねて来たことがあった。 それ以来会っていないのだ。 祖父は、母方の父だが確か貴族の身分は持っていたはずである。 母の兄が祖父の家は継いだはずだった。 (そう言えば、祖父ちゃんは変わり者だから、屋敷も領地も出て、どっかで一人で暮らしてるって母さん言ってたっけ?) あまりにも大雑把だが、母は祖父の居場所を知らなかった。 (それにしたって、ボクにそっくりの子供を育ててるなんて、一言も教えてくれなかった……) 最後に会った時には、遊裏は祖父の元に居た筈だ。 目の前に座る遊裏自身は、居心地悪そうに、膝を組んで黙り込んでいる。 静まり返った部屋の中で、遊戯はふと瀬人に視線を向けて見た。 「ねえ、どうして、彼とボクを呼び出したの? ってか、まだ入学式も済んでないのに、何で、彼のことを知ってたのさ?」 問い掛けると、瀬人はあっけらかんと答えた。 瀬人が、遊裏に興味を持ったのは、始業式で首席で入学した者が一市民だと聞いたからである。ちなみに、始業式は入学式の三日ほど前に行われる。 全くの無名で、受験した者が最高点を挙げたと聞き、興味を持った。 書類に目を通して、写真を見た時に、驚いたのだ。 幼馴染みであり、伯爵家の嫡男である遊戯=武藤にそっくりな容姿と、遊戯の母方の祖父が親だと言うことに……。 「じゃあ、瀬人くんは、祖父ちゃんの息子って知ってたの? 知っててわざと問い質してたの?」 瀬人は肩を竦めて、 「当然だ。双六=武藤は、この国でも有数の召喚士だ。とは言え、その召喚士殿も齢70を過ぎている。なのに、15、6の『息子』がいるのはあまりにも不自然だ」 もっとも、不可能ではないがな……と揶揄するように言い、怒り出す遊戯を抑えて、瀬人はさらに言った。 「だから、取り敢えず本人に会ってみたかった……。後、お前と面通しさせたかったんだが……」 「は?」 面通しと言う言葉に、遊戯はキョトンと問い返した。 そんな遊戯の態度に、瀬人は呆れたような口調で言い返した。 「入学式でいきなり顔を合わせれば、騒動になりそうだからな。苗字も一緒では、兄弟か従兄弟だと思われる可能性もある。そこまで似ていれば尚更だ」 瀬人は、組んだ両手に顎を載せて、遊戯と遊裏それぞれに視線を向けた。 「そうか。ボクが、遊裏くんのことを知らなかったら、武藤家の醜聞として広まる可能性があるってことだね?」 「そういうことだ。噂を撒くだけなら、人間はどこまでも無責任になれるものだからな」 瀬人の言葉に、遊戯は大きく頷いた。 だが、目の前の自分にそっくりな彼は、承服出来ないように、舌打ちを漏らした。 「じゃあ、何か? オレは、そいつのお家事情の所為で、わざわざ呼び出されたのか?」 言いながら立ち上がって、遊戯と瀬人を睨みつけるように見た。 「親父の身分がどうだろうと、オレは一市民として生きて来たからな。お貴族様のやることにはついていけないな。……だから、アカデミーなんざ、受けたくなかったんだ」 言うだけ言って踵を返して歩き出す。 「遊裏=武藤」 「何だ?」 「……貴様がどうでも、ここは『王立アカデミー』だ。それ相応の身分の者がここに集まっている。ここに来るだけの資格があった者だけが、来ることが出来る場所だ。そこに来た以上は、それ相応の態度で振る舞って貰わねば困る」 ドアの前に立ってノブに手を伸ばしながら、遊裏は首だけで振り返って、鋭い視線を瀬人に投げつけた。 「王立アカデミーの品位を損なうと言うなら、いつでも退学にしてくれてオレは構わないぜ?」 「……」 口許に不敵な笑みを浮かべて、遊裏はそのままドアを開けて、出て行った。 「何だか、スッゴイ手強そうだよ?」 「ふん」 遊戯の言葉を一笑しつつ、それでも、どこか嬉しそうにする瀬人に、複雑な気持ちを感じて溜息をついた。 「じゃあ、ボクも帰るね」 立ち上がって、ドアに向かおうとすると、瀬人も立ち上がって、荷物を手にしていた。 「オレも帰る。この後、特に予定もないからな」 「そうなの?」 キョトンと問い掛けて来る遊戯に、何故か深々と溜息をついて、瀬人は深々と溜息をついて、先に歩き出した。 「あ、待ってよ、瀬人くん!」 「このオレが一緒に帰ると言ってるんだ。他に言うことはないのか?」 「は?」 どこまでも鈍い遊戯の反応に、瀬人は心底から呆れ返って、二度目の溜息をついた。 「帰りはどうする?」 「え?」 「誰か待たせてるのか?」 「ううん。先に帰ってもらってる。帰る時に連絡する予定だったから」 待たせても構わないものなのだが(そのために控え室がちゃんと用意されている)何故か、遊戯は学校まで送ってくれた者を帰してしまっていた。 「なら、送ってやる」 瀬人の申し出に、遊戯は目を丸くして、何かを言い出そうとして、だが何も言葉にならないまま、強引に腕を引っ張られた。 「……王子殿下に送って貰うなんて、恐れ多いよ?」 「王子に対してその言葉遣いが既に不敬だぞ? 遊戯」 「……じゃあ、言葉遣い改めなきゃね」 「……下らんことを気にするなと言っている!」 キツイ口調で吐き捨てるように言って、玄関近くにある控え室にいた御者を呼び、遊戯を自分の馬車に放り込んだのである。 王子である瀬人に会う機会など、殆どなくなっていた。 もっと子供の頃は、王子の遊び相手として、王宮に行くことも多かったが、年を重ねるごとに、その機会も減っていった。 (本当はもう少し一緒にいられれば良いと思って、馬車を帰したなんて……瀬人くんは知らないよね?) 馬車の向かいの座席に腰掛ける瀬人を見ながら、遊戯はそっと、口に出して言えない想いを噛み締めて……。いつもと同じように、幼馴染みとして振る舞いながら笑みを浮かべていた。 目の前で座る瀬人自身が、自分と同じ気持ちを抱えていることに、まるで気付かないまま……。 馬車は、アカデミーの敷地から市街に向かって走り出していた。 <Fin> |
本当なら遊戯くんと遊裏の立場は逆ですよね?(笑)
でも敢えて、本来の逆を狙ってみました。
社長偽物、遊戯くん似非貴族で申し訳なく……;;
しかし、生徒会って何だよ?(他になにか良い名称ないですかね?)
後……初めてW遊戯が、初対面です。
遊裏が遊戯を特別だと感じていない話を書くのは
4年近く書いてて実は初めてです(笑)
まあ、遊戯くんの方も、全くの他人を見てる感じですがね(笑)
第一、遊裏よりも瀬人の方が気になってるし(苦笑)