Prince of DARK
魂の契約-こころのちぎり-〜Epilogue〜

「……よく降るね」
「……そうだな」
 かけられた兄の声に、出来るだけ惰性にならないように気をつけながら答え、見るとはなしに窓の向こうに目を向ける。
 毎日降り続ける雨に、些か鬱陶しさを感じながら、それでも、規則正しく地面に打ち付ける雨音は、嫌いじゃないなと、遊裏は全く関係ないことを頭に巡らせていた。

 ――あれから、三週間が過ぎていた。

 ただ、目の前で消えてしまった城之内の、面影を追うように手を伸ばして握り締める。
 何も掴まない。
 何も掴めない。
 そこには……もう、何もないのだから――


「城之内くんっ!」
 自分が消えた方が良かった、とも思った。
 後に残されたことが、こんなに辛いなど――
 知らず、涙が頬を伝って、床へ滑り落ちた。
 だけど、こんな思いを遊戯や友人たちに、させることになっていたと思えば、複雑な心境になる。
 自分が助かったのに、何故喜べない?
 彼は死んだ訳ではないのに、何故、こんなに落ち込む?

 
ツレテイッテホシカッタ……ノカモシレナイ。
 アトノコト、ナニモカンガエズニ……。


「遊裏? どうしたの? 一体……何があったの?」
 今までの騒ぎにも起きて来なかった兄の声が聞こえて来たが、遊裏は振り返りもせずにただ、呟くように言った。
「城之内くんが……消えてしまった」
「……え? どうして? まさか、憶えてなかったから? 彼を拒絶したの?」
「……遊兄貴……? ああ、そうか……。遊戯は知ってたんだよな。城之内くんの正体……」
 暗く響く声に、遊戯は眉を顰めた。
 やはり、遊裏は城之内を拒絶してしまったのだろうか?
 6年前のあの日以降、遊裏が【彼】のことを口にしたことはなかった。
 遊戯も触れないようにしていた。
 忘れたかった訳ではない。ただ、誰にも言いたくなかった。それだけのことだった。
「遊裏は……彼を……」
「関係ない。彼が何者だろうと。城之内くんが彼でも……そんなことはどうでも良い。ただ……オレは城之内くんの願いなら……彼の願いなら……叶えたかった。それが、遊戯を裏切ることになっても!」
 初めて、意志をもって遊戯に視線を向けて、遊裏はキッパリと言い切った。
 唖然と息を飲む遊戯に、遊裏は苦笑を浮かべて、視線を外す。
「立場が逆なら……そうだろう? オレに黙って、オレの身代わりになろうとしたんだから……」
「……!」
 ハッとして、目を瞠り、遊戯は溜息と一緒に肩を竦めて、遊裏の隣に座り込んだ。
「ボクは……君を守りたかった。君は……城之内くんとの約束を果したかった。そう言うことだね?」
 頷く遊裏に、遊戯は笑みを浮かべた。
「じゃあ、彼は消えた訳じゃない。……きっと、城之内くんは生きてる。また、会う機会はあるかもしれない。そうだ! あの本、まだ持ってたよね? もう一度召喚してみるってどう?」
「……!」
 遊戯の言葉に、遊裏はハッとして、目を見開き兄を見つめた。
「そうか! その手があったか!」
 慌てて立ち上がり、本棚の書籍に目を走らせる。
 少しして、目当ての本を見つけて取り出し、そのページを開いた。
「ああ、魔法陣がここでは描けないな」
「そうだね。あ、あの公園に行こうか?」
 その意見に頷いて、遊裏は本を片手に立ち上がった。
「あれ?」
「どうした? 遊兄貴?」
 遊裏の持つ本を見つめながら、不思議そうに首を傾げている兄に問い掛けると、兄は暫くそうした後、何でもないよと先に立って歩き出した。


     ☆      ☆

「結局……一度だけしか、使えないのかもしれない」
 ポツリと、降り続ける雨に視線を向けたまま遊裏が言った。
「……そうかな? だったら、あれだけ不思議な本だもん。読めなくなってたりするんじゃないの?」
 その指摘に、遊裏はハッとしたように、机の上にそのままにしていた本を取り上げた。
「遊裏?」
「前は、他のページも読めたんだ。何を書いてあるのか……それは理解出来た。でも、今は……あのページだけしか読めない」
 愕然としたように呟きもう一度外に視線を向けた。

 三週間前の一度だけで諦めた訳ではなかった。
 その時は、魔法陣が発動しなかったために、時間を変えて再度挑戦してみた。
 それを、ずっと続けていたが、、この雨の所為でか、魔法陣を描くことが出来なくなったのである。
 描いた端から消えていく魔法陣に、遊裏は焦燥よりも諦めの色を濃くした。
 魔法陣を描けない状態が続き、召喚も試すことが出来ないためか、日々経つごとに、遊裏は元気をなくして行く。

 遊裏が机の上に放り出した本を手に取って、遊戯は何気なく呟くように言った。
「ボクがやってみようか?」
「……は?」
「うん。前の時……ボクは全然ここに書いてあることが読めなかったんだ」
 ハッとして、遊裏は椅子から立ち上がり、遊戯に詰め寄って問い掛けた。
「何を書いてるのか、判るのか?」
「うん……。そうだ、家の中でやって見ようか?」
「……え?」
「まだ、あったかな?」
 呟きながら、部屋を出て行く遊戯の背中を見送りつつ、遊裏は茫然と立ち尽くしていた。

「あ、あったあった!」
 声が聞こえて来て、遊戯が顔を覗かせ手招きする。
「折角だから、城之内くんの部屋でやろう」
「……あ、ああ」
 なんだか釈然としないまま、遊裏も部屋を出て、今はもう使われていない城之内の部屋のドアを開けて中に入った。
 絨毯を敷いていないこの部屋は、魔法陣を描くのに丁度良いかも知れない。
 遊戯は、本を片手にそこに描かれている魔法陣を良く見ながら、クレヨンを取り出し、描き写し始めた。


「……出来た!」
 喜ぶ遊戯に、遊裏は曖昧な笑みを浮かべてみせる。
「結構、良い出来だよね? 消えなかったし。それで……確か……血液だよね?」
 そう言って、ポケットから取り出したカッターで、軽く指に傷を入れる。
「……痛っ」
 思わず口走りながらも、傷を入れた左腕を真っ直ぐに伸ばした。
 血液が……滴となって、床に落ちた瞬間、眩い光が溢れ出した。

「遊戯!?」
「……大丈夫。君の時もそうだっただろ?」
 自分が光の中で巻き込まれるのと、それを傍から見るのでは、随分違う。
 だが、それを指摘する間もなく、遊戯は光の中へと消えて行った。



 待つこと数分だったと思う。
 ……かなり長い時間に思えた。

 光が収束して、遊戯がその場に唖然とした様子で立っていた。
「……遊戯?」
「あは……契約しちゃった……」
 苦笑を浮かべながら言う遊戯に、遊裏は何故か強烈な胸の痛みを感じて、それ以上動けなくなってしまった。
「……遊裏? うん。でも、願いごとはきっと叶うよ。そう、契約したから……」
 遊戯の言葉にハッとして、別のことに思い至り、焦ったようにその肩を両手で掴んだ。
「何言ってるんだ? 契約したら、それが叶ったら……遊兄貴は!」
 焦る遊裏に、更に苦笑を濃くして、遊戯はやんわりと遊裏の手を外させた。
 そうして、逆にその手を握り込み、優しく微笑む。
「大丈夫。きっと……全てがうまくいく……」
「遊……戯?」
 そう言って、遊戯は「魔法陣消さなきゃ」と部屋を出て行った。

 大丈夫だと、何を根拠に遊戯が言うのか、遊裏には判らない。
 それでも、遊戯が『大丈夫』だと言うのなら、遊裏には、それを信じることしか、出来ないのだ。
 だから――そのことについての思考はそこで止まった。

(……そう、だよな。誰の願いでも……叶えるんだ。それに見合う……代償を支払うのなら……)

 胸の中で、燻る感情の理由がどうしても思い浮かばず、混乱する思考の中で、遊裏はその部屋を後にした。
 少し、頭を冷やした方が良いかも知れない。

「遊裏?」
 自分の部屋に入るときに、呼ばれたような気がしたが、それに答える気にもなれずに、遊裏はそのまま自分のベッドに倒れ込んで、毛布に包まったのである。



       ☆    ☆

 まだ、降り続ける雨の中、遊裏は遊戯とともに学校に向かった。
 この空のように晴れない心に、自分でも説明し辛い鬱屈を抱えて、兄と分かれて自分のクラスに向かう。
 席にカバンを載せて、何気なく自分の後ろの席に目を向けて、遊裏は目を見開いた。
 机の横に引っ掛けられたカバンが見える。
 この机は、城之内が使っていたもので、城之内がいなくなってからは、そのまま、空席だった筈である。
 物事に大雑把と言うか、ものぐさな性分なのか、担任の教師は一度も席替えをしていないのだ。あれから、三週間。ここに荷物は置かれなかった。
 城之内は家の都合で暫く欠席する、場合によってはそのまま退学もありえると聞かされた。
 教師の報告に一時は騒然となったクラスメートも、今では滅多に城之内のことを口に出すことはなくなった。
 遊裏は慌てたように教室を見回した。
 城之内が戻って来たのなら、クラス中で騒ぎになっていても可笑しくない。
 だが、クラスの雰囲気はいつもと同じである。

「おはよう、遊裏。どうしたのよ、ボーッとしちゃって」
「……あ、おはよう。杏子」
 答えはしたものの、遊裏はどこか上の空のままだった。
「あら?」
 不意に杏子が初めて気付いたと言うように、城之内の席を見て、声を上げた。
「これ……城之内、来てるの?」
 その言葉に、クラスの男子も女子も反応して、教室中はにわかに大騒ぎになった。
 いきなり学校に来なくなったクラスメートに対して、それなりに不満があったらしく、来たら『熱烈歓迎してやろう』とまで言い出す者もいた。
 そんな様子を、見るともなく見ていた遊裏はハッとしたように、顔を上げて、踵を返した。
 クラスメートが城之内に対してどんな歓迎をしようとするのか、気にはなったがそれ以上に、どうしてもそこに行きたくて仕方なかった。

 一気に一階まで駆け下りて、更に廊下を走り角を曲がって渡り廊下に出る。
 そこから、上履きのまま、地面に下り立ち、目的の場所に向かって一目散に駆け出した。
 あれだけ降り続けていた雨が、いつの間にか止んでいた。

 地面のぬかるみに、足を踏み込んで、初めて靴を履き替えてくれば良かったことに気がついた。
 だが、そこまで気を使うことも出来ず、遊裏は更にその場所に向かって走ったのである。
 大きく息をつきながら、その場所に立ち、今は緑の葉に覆われているその樹を見上げた。
 雨に濡れた葉は、雲間から差した陽の光に、普段以上に生き生きと輝いているように見える。
 ゆっくりと樹に近付いて、その幹に手を触れた。
 樹の上を見上げようと顔を上げたとき、目の前に浮かぶそれに気がついて、反射的に身体を動かしていた。
 地面に音を立てて落ちたそれは、見覚えのあるスニーカーで、遊裏は暫く茫然とその靴を見つめていた。
 次第に猛烈な怒りが湧き起こって、思い切り桜の樹の幹を蹴りつけていた。
 桜の方は良い迷惑だが。
「な、何だ?」
 慌てたような声が聞こえて、葉を擦る音とともに、逆さ状態の城之内が現れて、遊裏は思わず悲鳴を上げそうになった。
 それを思い切り飲み込んで、逆さのまま、何故か箸を咥えている城之内の頬に右手を振り下ろした。
「うあ……!? ちょっと、タンマ!! 遊裏!」
 城之内の声が聞こえるよりも前に、遊裏の手は城之内の頬の寸前で止まっていた。
 そのまま、ゆっくりと動かして軽く頬を掠めて行く。それでも十分に痛かったらしく、城之内は少し眉を顰めた。
「……あーもう、カッコ悪ぃ」
 呟く城之内は、一気に身を起こして、体勢を立て直して地面に飛び下りた。
「本当はさ、もっとカッコ良く遊裏の前に出て行こうと思ってたのに、何でそれの邪魔ッスかな?」
「バカか、君は!!」
 怒鳴り声を上げる遊裏に、城之内は肩を竦めて、手に持っていた弁当箱を片付けてバッグに戻した。
「……悪かったよ」
「何が悪かったのか、本当に判っているのか?」
「えーっとまあ、一応……」
 頭を掻きながら、何をどう言おうか考え、結果諦めたように大きく息をついて、言葉を続けた。
「あーでも、オレもどうなるのか知らなかったんだよ。だから、その……心配かけたんだったら、悪かった」
 金茶の頭が自分の目の前に下げられて、遊裏は言葉に窮して口許に手を当てた。
 何を言えば良いのか、判らないのは遊裏も同じだ。
「……契約……なんだろ?」
 やっと絞り出して出た言葉は、自分が想像していたものとは違っていた。
「あ? ああ、まあ……そうだけど。契約じゃないと邪魔が入るからな……。いや、契約でも邪魔してきた奴らは居たけど……」
 ブツブツと言う城之内に、遊裏は俯いたまま小さく呟くように問い掛けた。
「そうじゃない。……これは、遊兄貴との契約なんだろう?」
「でも、今回は……は?」
 言いかけて、遊裏の発した言葉に気がついて、逆に問い掛ける形になる。
 だが、遊裏は城之内が問い掛けて来たことに気付かないまま、踵を返して歩き出した。
「……って、遊裏! ちょっと待てよ!」
「何だ!?」
「何、怒ってんだよ? あの時、消えちまったのは、不可抗力でオレにもどうしようもなかったんだ。その後も、色々ゴタゴタしてて、中々こっちに来れなくて……」
「でも、君は、オレの……召喚に答えてくれなかったじゃないか!」
 声を張り上げて、茫然と自分を見つめる城之内の視線に、遊裏はハッとして、再び目を伏せた。
「……召喚? また、あの魔法陣……使ったのか?」
「ああ。君が本当に、魔界に帰っただけなのか……。とにかく、もう一度、話がしたくて……」
 投げつけるように言って、一瞬だけ視線を城之内に向けると、信じられないと言う様子で目を大きく見開き――その後、本当に嬉しそうに、笑みを浮かべて見せた。
 だから、遊裏はそれに呆気を取られてしまい、次の言葉が、数瞬遅れた。
 気がついた時には、城之内の腕に抱きすくめられていて、遊裏は軽い混乱を起こして、慌てたように、口を開いた。
「城之内くん?!」
「……何か……すっげ、嬉しい……ような気がする。だって、それって、お前がオレに会いたいって思ってくれたってことだろう?」
 城之内の言葉に、遊裏は音を立てるかのように一気に赤面して、両肩に手をかけて突っ撥ねようとした。
「君は! 遊兄貴と、契約したくせに!! 今更、何で……そんなことを言うんだ?」
 自分の激しく脈打つ動悸と、焦りを誤魔化すために、口からついて出た言葉に、遊裏自身ハッとした。
「はぁ? 何言ってんだ?」
「何って……昨日、兄貴はあの召喚魔法陣を描いて、召喚に成功して、契約したって言ってた。相手は君なんだろう?」
 どうしても、責めるような口調になってしまって、遊裏はプイッと視線を逸らして、目を伏せた。
「……いや。別に……あの本……オレだけしか召喚出来ない訳じゃねえし……」
 ポツリと城之内が呟いた言葉に、遊裏は大きく目を見開いた。
「……え?」
「だから、あれは、特殊な本と言うか……。魔界側が、その辺の古本屋辺りに忍ばせといたりするんだけど。真摯な願いごとを秘めている者にしか、読むことは出来ないようになってる。で、その時々で一人が対象だ。だから、多分……遊裏が召喚に失敗したのは……遊戯が対象者になってたからじゃねえのかな?」
「遊兄貴が?」
「……最初に、召喚を言い出したのは……遊戯だったんじゃねえのか?」
「! そう言えば……」
「前の時は、お前だった……だろ?」
 確かに、あの本を見つけたのは自分だった。
 タイトルを読んだ瞬間に、自分の手元に来たから、買おうと決心した。
 でも、今回は、遊戯が言ったのだ。

『もう一度召喚してみたらどうかな?』

「だから、その時点で、あの本に選ばれたのは、遊戯だったって訳だ。だから、一度使ったことのある、お前には読むことは出来ても使えなかった。で、その場合、召喚されるのは、オレじゃねえ」
「え?」
「だって、オレは遊裏との契約が続行してるから、他のヤツと契約することはもちろん、召喚の声も聞こえねえ」
「契約……続行? どう言う意味だ?」
 契約の証である六芒星は消えたはずだった。
 それと同時に、城之内の姿も消えてしまったのだから……。
「6年前にした契約はあの時履行された。だから、証の六芒星も消えた。……で、同時に新たな契約が発動したんだ。オレが仕掛けた契約の……続きと言うか、新しい契約って言うか……」
 言葉に詰まる城之内に、遊裏は身体の力が抜けるのを感じた。
「遊裏?」
 体重をかけられて、城之内は戸惑ったように声をかけた。
「何か……ホッとしたら、気が抜けた」
「遊裏? もしかして……」
 言いかけて、だが、それ以上は口にすることはためらって、城之内はただ、遊裏の身体を抱き締めた。
「遊戯が契約したのは……ま、直ぐに判るか」
「城之内くん?」
 左手首を掲げて、時間を確認し、城之内は遊裏の身体を離して、歩き出しながら言った。
「そろそろ教室、行かねえと」
「そうだが……契約の話をちゃんと聞いてないぞ? 大体、君はここで何やってたんだ?」
「ああ、まあ……。それは、また今度。何って、弁当食ってたんだよ。朝食えなかったら腹減ってて……」
「城之内くん!」

 二人して校舎に入り、ふと、城之内の制服は、全然濡れていないことに気がついて、首を傾げた。
「城之内くん? 桜の樹の上のにいつからいたんだ?」
「雨が降ってる時から」
「濡れるだろう?」
「いーや。濡れないようにくらいは出来るって」
「……そう言うこと」
「そう言うこと」
 彼に願いをかなえてもらった身でありながら、魔力と呼ばれるものを有していることに、気が回っていなかった。
 具体的な理屈は何一つ判らないままでも、さして気にもせずに教室に向かっていると、途中二階の職員室から出て来た青年とぶつかりそうになった。
「何やってるんだ、貴様らは……」
「あーもう、うるせー……。遊裏。コイツが、遊戯の契約者……セト・カイバだ」
 遊裏の耳元で城之内にそう囁かれて、遊裏は目を丸くしてセトを見上げた。
「オレには先生に見えるんだが……気のせいか?」
「いーや、気のせいじゃねえよ。オレは、遊裏と一緒に居たかったから生徒にしたんだけど。あいつは何でか教師として入り込んで来やがった……。あ、ちなみに……多分、武藤家で世話になるはずだから……学校側にはナイショな?」
 更に目を丸くする遊裏の腕を引いて、城之内は自分たちの教室に向かう。
「遊戯は、きっと何も知らないから、驚くだろうなー」
「楽しそうだな、城之内くん」
「そりゃ、これからずっと……お前と一緒に居られるんだから、楽しいに決まってんじゃねえ?」

 あっけらかんとした口調と表情で言う城之内に、遊裏はまたしても赤面しそうになって、慌てて首を振った。

「そう言えば……君が登校してること知って、クラスのみんなが歓迎するって言ってたけど」
 遊裏の言い方に、何か不穏なものを感じたのか、城之内はげっそりと嫌そうな表情を浮かべた。
「歓迎って……そのまんまじゃねえよなー……多分」
「多分な」

 そんな城之内を見つめて、自然に笑みが浮かんで来る自分を自覚し、遊裏は先に立って駆け出した。
「とばっちりは食いたくないから先に行くぜ」
「あ、ちょっと待てよ! 遊裏!! 薄情もん!!」
 廊下に、声が響き渡ると同時に、予鈴のチャイムが鳴り響き始めた。

 どこからともなく現れた、雪のように真っ白い猫が、長いシッポを一振り、盛大な溜息をついて、更にいずこかに消え去った。
 そして――もう一つの出会いが始まる。







 ――契約の履行は6年後。結果は、対象者が、憶えているか。
 果ては、自身を受け入れるのか。

 それが為されない場合、対象者の魂をその手にすべし。
 でなければ、自身は風に溶けて消え去るのみ。

 もし、受け入れられれば、対象者、自身の願いが一つ叶えられる。

 其は奇跡。
 前提に魂と願いの交換がある故に。

 奇跡が成れば、契約は成立する。
 其は、『魂の契約
―こころのちぎり―』なり――


<Fin>