陽気がいいと言ってもまだ肌寒い日が時々ある3月も終わり。

 やがて新学期を迎えようという春休みの真っ只中、外は気持ちいいくらいの青空が広がっていた。

 しかしカーテンを引いたまま、薄暗い部屋の中で電気を点ける事もせずただじっと膝を抱えて床に座り込んでいるリョーマ。

 足元には携帯電話が置いてある。

 着信履歴に残っている名前はたった1人だけれど、日付は2週間前のもの。
 もちろんメールの履歴も同じで。
 2週間、一度も鳴る事のなかったそれをじっと見つめている。

『・・・ねぇ、会いたいよ先輩・・・』

ぎゅっと膝を抱えてただ携帯だけを見つめて。

『今ごろ何してるの・・・?』

 目の前にはいない、自分にとって一番大事な人への問いかけは。

『誰と・・・いるの・・・?』

 伝える事も出来ずに心の中でつぶやく。
 それでも想いはもう閉じ込める事なんて出来はしなくてとうとう涙が溢れてきて。

「さみしい、よ・・・ぉっ」

 苦しげに吐き出された言葉はどこにも行き場はなくて。
 小刻みに震える体を、ただ一人心から会いたいと願う人に抱きしめられる事もなく自分で自分を抱きしめる。
 そうしないとこのまま壊れてしまいそうだったから。

 いっそのこと、壊れてしまえればいいのに。
 そうすれば楽になれるのかな?

「会いたい・・・今すぐ会いたい」

 あの時のこと、後悔してる。

 どうしてあんなこと言っちゃったんだろうって。

 ちゃんと謝るから。

 ・・・・・会いたいよ・・・エージ・・・





     * * *





 薄手のパーカーにジーンズという、春らしい色の服装に身を包みながら、本屋にて立ち読みをしていた菊丸。

 ここ何日かずっと気になっている事があり、パラパラと捲る雑誌の内容も頭の中には入ってこない。

 自分の心を占めるのはたった1人だけ。

『おチビ、何してんのかな・・・』

 ジーンズの後ろのポケットに入っている携帯を取り出し画面をじっと見つめる。

 着信履歴に残るリョーマの名は2週間前のもの。
 そして発信履歴も同じ日付を表示していた。

『・・・会いたい・・・・』

 ギュッと携帯を握り締め本屋を出ると、向かうあてもなく歩き出した。

 春休みのせいか、また天気が良かったせいなのか街中は人で溢れ返っていた。
 目につくのは何故か恋人同士ばかりで。
 腕を組んで歩いている、そんな幸せそうに見える人達とすれ違いながら
 心は自分が大切に想う一人だけを考えていた。

『今、おチビはどこにいるの?』

 世間で言うこの春休み。
 中学を卒業し4月からは高校生となる自分。
 仲の良い友人との付き合いにこの2週間忙しかったけれど。
 でもどんなに忙しくても常にリョーマの事だけを考えていた。

『やっぱり会いたいよ・・・』

 あの時のこと、後悔してるんだ。
 本当はあんな事言うつもりなんかなかったのに。
 ちゃんと謝らせてよ。

 ・・・・会いたくてたまらない・・・・リョーマ・・・











      ************************





 菊丸とリョーマはいつものようにおやすみコールの電話をしていた。
 もう卒業してしまった菊丸と学校で会えることもなくなってしまい、平日はこうして夜に電話で会えるだけ。
 
 メールも電話も便利だけれど顔を見る事は出来ない。
 抱きしめる事も、抱きしめてもらう事も、何よりお互い大好きな笑顔が見れないから、携帯はあまり好きではなかったけれど。

 それでも二人を繋いでくれる大切なそれを手放せないね、と苦笑してみたりして。
 無口なリョーマから話すよりも菊丸がリョーマに聞き、それに対して返事をする、というのがいつもの会話だった。
 学校で何があってクラブはどうだったのか、
 自分は何をしていたのかお互い報告しあうのが日課となっていて。

「そだ!言うの遅くなっちゃったけど今度の日曜会えないんだ」
「え、・・・・そうなんスか・・・」
「ごめんにゃ〜!でもすぐ春休みだからさ、時間作ってたくさん会おうね!」
「ん。わかった」

 ただでさえ会える日が少なくて、声だけしか聞けないのはとても淋しかったけど。
 春休みが近く、そうなれば今よりは会えるようになるはずだからと我慢した。
 いつまでも話していることも出来ずに「おやすみ」の言葉を耳元へと残しながら、携帯を枕もとに置いて目を閉じる。
 何だかさっきまで喋っていた楽しい気持ちが急にしぼんでいくようで、再度手に取り携帯の中に残っている留守電を呼び出した。


『・・・あ、おチビ?もう夜中だから寝てるよな、留守電になってて良かった・・・何かすっげ言いたくなったから残してく・・・・リョーマ、好きだよ!また明日ね』

 大好きな声。どんな表情なのか目に浮かんでくるようだった。

 これは随分前に菊丸から入っていたメッセージ。
 その数時間前まで一緒に喋っていて切ったあと眠ってしまった自分は、その着信に気付かずすっかり夢の中にいて、点滅している留守電のマークに気付いたのは学校に向かって歩いている最中だった。

 慌てて聞いた内容に自然と笑みがこぼれて。
 思わず携帯を胸の前でギュっと握りしめてみたりして。

 それ以降このメッセージは消せずに大切にとってある。
 どうしようもなく会いたくなった時にはこれをこっそり聞いていること、恥ずかしくて菊丸には言ってない。
 だいたいそんな事言ったら

「そんなの聞かずにちゃんと生の声聞けよ〜!」
 って言うに決まってるから。

 まさか「ずっと喋ってたい」なんて言えないでしょ。
 自分でもバカみたいって思うけど、なんでこんなに好きなのかな。

「春休みになったら、ちゃんと側にいてよね・・・」

 おもわず声に出して呟き、今度こそ寝るために目を閉じた。
 携帯は握りしめたままで・・・。





      ************************











 泣きはらした目は真っ赤で瞼は腫れあがって瞳を圧迫しているように重かった。

 膝を抱えたままの体勢で洩れる嗚咽をこらえながらずっと泣いていたため、服の袖はぐっしょりと濡れていて。
 ふと顔を上げて壁にかかっている時計を見た。

 気を紛らわすために色んな事をした。
 ゲームをしたりテニスの雑誌をみたり、父親と自宅のコートで打ちあってみたりと。
 でもどれも菊丸を忘れさせてはくれなくて。
 むしろ思い出させる事ばかりで胸をしめつけられるような気持ちになった。

『ねぇ・・・何にも手につかないよ・・・』

 気を紛らわせようとすればするほど何故か思い出すことばかりで。

『エージと一緒じゃなきゃ楽しくないんだ・・・』

 いつでも自分の傍にいて笑ってくれていた菊丸。
 夏を連想させるあの笑顔が大好きだった。

『どこにいるの?オレはここにいるのに・・・・会いたいよ・・・会いたい・・・』

 強く強く。
 今何よりも思うのは。

“会いたい”

 ただそれだけ。

『何もしなくていいから・・・ただ傍にいるだけでいいから・・・会いたい』
 ちっとも過ぎていかない時間が自分は独りだという事を思い知らせているようで。
 それでも時計ばかり気になってしまっている。
 涙は止まらなくて、頬を伝って流れていき膝へポトンと落ちる。
 その為袖だけではなくズボンまで涙の沁みが点々と増えていった。

『星空だって景色だって、エージと一緒じゃなきゃキレイに見えないよ・・・・・・・色なんて見えないんだもん・・・』

 実際には見えないわけではない。
 ちゃんと目に映るそれらには見ているままの景色でそのままの色を認識している。

 でも無意味なのだ、今の自分には。

 どんな色をしてどんなにキレイなものであっても、自分にとっては意味がない。
 菊丸と一緒に見るからこそそう思えるのだから。

『傍にいてよ・・・謝るから・・・』

 意地っ張りな自分が言った言葉が取り消せるなら迷わずそうするのに。
 その願いが叶うなら何だってするのに。

『・・・・・会いたい・・・』

 壊れそうなほど強くそれだけを願っていた。





   * * *





『ここ、リョーマとよく来たっけ』

 ファーストフード店の前を差しかかり窓ガラスに映る自分の姿を見てため息をつく。
 隣にいて欲しい人はここにはいないのだとキッパリ言われているようで。
 ふと腕時計に目をやれば時間は全然経っていなかった。

 この2週間何をしていても時間が過ぎていくのが妙に遅く感じられた。

 一人の時も、友達と遊んでいる時も、家族で過ごしている時も。
 何もかも時間の進みがまるで何倍にもなったかのように感じていたりした。

『ちゃんとご飯食べてんのかな』

 自分の腕にすっぽりと納まってしまうリョーマの小さな体を思い出して。
 抱きしめると一瞬強張る体や。
 ほっぺたに音をたててするキスに赤らめる顔が。
 何よりも代え難く自分にとっては必要なもの。
 リョーマを忘れることなんて出来やしない。

『会いたい』

 思うのはそれだけ。
 キツイ眼差しや、でも優しく自分だけに見せる微笑みや、
 何よりもあの声を聞きたいと願う。

『友達と遊んでても、家でビデオ見たりしててもさ、つまんないんだよ』

 会えなくても毎日電話で声を聞いて。
 リョーマの授業中にこっそりとメールのやり取りをしたりとか。
 そんな日が何年も前のことのように感じられて深いため息をついた。

『リョーマと一緒じゃなくちゃ“楽しい”なんて、もう思えないんだ』

 たった1人の人間をここまで強く想えるなんて想像もしなかったけど。
 それはとても自分の心を満たしてくれるものだった。
 いつだって会いたくて、傍にいたくて、抱きしめたくて。

『・・・俺はリョーマがやだって言っても・・・やっぱり会いたいよ・・・』
 携帯は相変わらず無音のまま静かに存在している。

 あの時の言葉は本心ではなかったんだと伝えたいと思う。
 そしてリョーマの言葉も本心からではなかったんだと信じたい。

『・・・会いたいんだ・・・』

 空を見上げて眩しそうに目を細めてしばらく立ち尽くしていた。











     ************************





 菊丸と会えるはずだった日曜日。

 天気はよく外に出て買い物にでも行こうと思ったリョーマは良く行くスポーツ店へと、足を向けていた。
 その時ふと反対側の歩道を歩く菊丸が目に入った。

 その姿を見てハッと息を飲み目を見開く。
 視線に入ったのは菊丸だけではなくて、隣を歩く一人の女性。
 腕を組んで歩いているその姿がリョーマにはとても幸せそうに見えた。

 菊丸はリョーマに気付くことなくその女性と一緒に歩いていき。
 女性が菊丸のほっぺたにキスをして、それに対し照れるように顔を赤くしながら、身をよじる菊丸の姿に耐えられなくて走り出した。



『何?なんなわけ?』



 頭が混乱してとりあえずその場から離れたくて。



『オレとの約束がダメって、あの女の人と会うから?』



 振り切るようにその場を離れたけど向かうあてもなく。



『コイビトはオレじゃないの!?』



 仲良さそうに歩く二人の姿が目に焼き付いて離れない。



『どーしてキスなんて・・・っ!』



 キレイな女の人。
 菊丸の隣に立つのは相応しいと思えて悔しかった。
 悔しくて涙が出て止まらなくて。



『こんなのってひどいよ、エージ』



 あれほど自分を好きだって言ってくれたのは嘘だったのだろうか。
 他に好きな人が出来てそれを誤魔化すために言っていたの?




 ・・・・それとも騙してたの・・・・?




 もう何が何だかわからなくなってしまった。
 自分が菊丸を好きなことも。
 菊丸が自分を好きだと言ってくれていたことも。
 何もかも全てが嘘に思えてきて。






 そして翌日の月曜日、部活をさぼって菊丸へと会いにいった。

 本当は確かめたかっただけなのに、会った瞬間頭に血が昇ったようになって、全然考えてもいない事を言ってしまった。

「おチビ!どーしたん」
「先輩、オレを騙してて楽しかった?」
「!?」
「もうさ、やめにしません?」

 思う事とは逆のことがスラスラと口から出てきて止めたくても止められなくて。

「おチビ、いきなりどうしたんだよ」
「もうやめたいの。先輩とはこれっきりにしたいんだよね」
「ちょ、何言って・・・と、とにかくちゃんと話して・・」
「先輩のそーゆーとこイヤなんです。オレに言いたい事あったら言えばいいじゃん。優しい振りなんてもうしなくていいっすから」

リョーマのその最後の言葉にカチンときた菊丸は声を低くして聞き返す。
「!それどーいう意味なんだよ」
「そのままですよ、わかんないですか?それに、オレ他に好きな人出来たんで、こうして菊丸先輩と会うの最後にしたいんです」
「なにそれ・・・好きな人って・・・」
「同じクラスの子に告白されて、付き合う事にしたんです。だから・・・」
「ああ、そうかよ。じゃ今日で終わりにしよっか。今まで悪かったな」

 ハッと息を飲むリョーマ。
 自分の本心ではないことばかりが言葉となって菊丸を傷つけ、そして自分も。

「今まで楽しかったよ。もう会う事もないと思うけど元気で・・・じゃあな・・・・・越前」

 自分を呼ぶその声が。
 苦しげに歪められた表情で、それでも笑おうとしている表情が。
 菊丸を傷つけてしまったと思ったけれどもう遅くて。

 返事も出来ずにその場から逃げるように走って自宅へと向かう。
 最後に呟いた菊丸の言葉が何よりも痛かった。

 “越前”

 その呼び名が今まで二人が過ごしてきた日々を拒絶していた。
 涙が出て、それでも走る足は止められず。
 今すぐ菊丸の元へ戻って違うんだと、そう言いたかった。
 そう言えば元通りになれるのだろうか。
 だけど時間は戻らないし、あんなに傷つけて会えるわけない。
 菊丸のあの表情が辛そうで、何より最後まで自分を思ってくれてたのが悲しくて。



『元気で』



 どんな気持ちでその言葉を自分に向けて言ったのだろうか。
 菊丸の優しさがどんなに自分を支えてくれていたのか今になってわかるなんて。

 自室に戻ったリョーマは思い切り泣いた。





      ************************











 鳴らない携帯を握りしめて何度もボタンを押そうとしてやめる。

 表示は菊丸の携帯番号。
 時間が経てば経つほど苦しくて何も考えられなくて。
 あの時の言葉は菊丸を傷つけてしまったけれど、どうしてもそれを謝りたくて。

『・・・謝らせて・・・』

 素直にゴメンナサイと謝れば何もかも戻るわけではないのを知っているけど。

『やっぱりエージと一緒じゃなきゃダメなの』

 自分の隣に立っていて欲しいのは菊丸一人だけ。
 他の誰でもなく彼だけに傍にいて欲しいから。

『エージがいなくちゃオレ、だめになっちゃう・・・』

 あんなにも菊丸のことを傷つけた自分にそんなことを思う資格なんてないけれど。
 それでも謝りたい。

『・・・会いたい』

 もう何度思ったかわからない。
 何を考えていても、最後にたどり着くのはその思いだけ。
 このままじゃ前に進めない。いつまでも立ち止まったまま。
 だから進まなくちゃ。

 震える手で携帯のボタンを押そうとするが心臓が大きく跳ねて上手く出来なくて。
 いつも菊丸に言われていたことをふと思い出す。


『リョーマはそんな事ないだろうけど、もし緊張した時は深く深呼吸して、それから一度頭を振ってごらん?少しは落ち着くから』


 言われた通りに深呼吸をして、そしてボタンを押した。





   * * *





 立ち止まっていた菊丸は握りしめていた携帯をじっと見つめた。

 あの時リョーマに言われた事に、売り言葉に買い言葉で冷たく突き放してしまった
 けれど、冷静になって考えればリョーマのいきなりのあの態度は変だったし、一度も自分と目を合わせようともしなかった。

『やっぱり嫌だよ』

 もし、もしもあの言葉が本当なら。
 リョーマに好きな人が出来たのが本当だと言うなら。
 それはものすごく嫌だけど仕方ない。

 途中 「菊丸先輩」 と言ったその呼び名が、自分を拒絶しているんだと
 苦しくて息が出来ないかと思ったくらい痛かったけど。

『もう間に合わないのかな・・・・』

 今でも自分はリョーマの事が好きで、リョーマに好きでいて欲しいと思っているし、別れるなんてしたくなかった。

 けれどそうしたのは。


 リョーマの幸せを願ったから。
 ただ、リョーマに幸せになって欲しいと思ったから。

『謝りたいんだ。ちゃんと』

 自分が叶えることが出来なかったそれを、他の誰かがするなんて考えるだけで、嫌だったけどそれがリョーマにとって幸せになれる方法ならば、仕方ないと思った。

 そう思っていたはずなのに、未練、というのだろうか。

『・・・リョーマがいなくちゃダメなんだよ・・・俺・・』

 思い出すのは楽しかった思い出ばかり。
 そんな時に戻りたくて、リョーマと一緒にいたいと願って。
 そうして少し震える指で携帯のボタンを押そうとするが上手く出来ず、一度深く、深呼吸して軽く頭を振ってから再び押そうとした瞬間鳴り出した携帯の音。

 地面から飛び上がるくらい驚いて、慌てて見ればメールの着信表示が出ていた。
 一瞬「リョーマからかも!?」なんて驚いてしまった自分がバカみたいに思えて。
 軽く嘆息して届いたメッセージに目を通そうと操作をすればそれはリョーマからで。


“今日4時にあの公園で待ってます。会ってもらえませんか?”


 慌てて時計を見れば2時10分。
 ここから歩いても公園まで30分もかからない。
 どうしようか少しだけ迷って公園へと向かう事にした。リョーマと良く行った公園へ。
 今から行くには早すぎるけど、何も手につかないから。
 リョーマと会える、それだけが心を占めていて鼓動が早くなる。

 メールの返事はしなかった。

 というより出来なかった、そんな事思いつかなくて。
 あと2時間弱で久しぶりにリョーマに会える。
 そう思いながら公園へと急ぎ足で歩いていった。











      ************************





 約束の4時。

 いつも二人が公園で会う時に座るベンチにリョーマは座っていた。

 何だか息苦しくて、自分が緊張しているのがすごくわかって深く深呼吸する。
 それでおさまるわけではないが少なくとも気分的に楽になったような気がして。
 うつむいて地面を見つめながら呼吸を整えていると、砂を踏む特有の音と誰かの足が視界に入る。

「・・・久しぶり・・・・元気だった・・?」

 その聞きなれたはずの声にビクンと反応したリョーマは、ベンチからがばっと立ち上がった。
 言いたい事はたくさんあったはずなのに、口を開けたまま何も話せなくて。

「ちょっと痩せたね・・・ダメだろ・・・」

 菊丸から伸ばされた腕はリョーマのほっぺたに当てられ。
 リョーマはその温もりに泣きそうになって笑顔を作って言葉を無理矢理紡ぐ。

「・・・先輩こそ、痩せたんじゃないの?」

 声が震える。

「ずっと謝りたいと思ってました。あんな事言って・・・傷つけてごめんなさい・・!」
「オレもずっと謝ろうって何度も、何度も思ってたよ。ゴメンな、リョーマの事、わかってやれなくてゴメン」

 ふわりと抱きしめる菊丸の腕が温かくて。
 体よりも心が温かくなる。
 もっとちゃんと言いたい事あるのに、顔を見た瞬間そんな事全部わからなくなって、ただお互いに謝っていた。
 それしか言葉を知らないように。

 上手く言葉にならなくて、でも繰り返し相手へと伝えようと。
 リョーマより少しだけ落ち着いた菊丸は、ベンチへと先に自分が座ると、その隣にリョーマを座らせた。

 たった2週間だけれど、永遠にも感じられたその時間はようやく動き出した。

「俺、やっぱりリョーマと一緒にいたい。別れたくない・・・・・・例えリョーマが・・・・・・・・・そうしたくても・・・」
「好きな人なんていないの!あの時何故かそう言っちゃったけど、ホントはいないよ!・・・・・・オレもエージが好きで別れたくない・・っ」

 うつむいたまま、菊丸の手のひらを握る指に力を込めて言う。

「あの時言ったこと全部ウソだから!言うつもりなんてなかったのに考えてる事と、反対の事ばっかり言ってた。エージが女の人と歩いているの見て悲しくなって、苦しくて、もうオレは“コイビト”じゃないのかなって思ったらあんな事言ってた・・・」
「女の人・・・?俺が歩いてた?」
「会えないって言った日曜日、腕を組んで歩いてたの見た。キレイな女の人と・・・・キス、してた・・」
「うあ!見られてたんだ・・・・」

 顔を顰め、マズイというような表情を作った菊丸にリョーマはやはり、と思った。

「やっぱりそうなんだ・・・・オレ以外のコイビト?」
「リョーマ以外に恋人なんているわけないっしょ!欲しいとも思わない。俺が欲しいのはリョーマだけだから」

 じっと目を見つめられて視線を逸らさず菊丸の目を見つめ返すリョーマ。
 自分が欲しかった言葉が菊丸の口から伝えられ嬉しくて。

「あれはね、俺の姉ちゃんだよ。あの日は家族で出かけてて、姉ちゃんに色々とからかわれてたんだよね・・・好きな子はいないの?って聞かれてさ。もちろんいるって言ったら詰め寄られて・・・で後はリョーマが見たままってわけ」

 菊丸の言葉にとんでもない誤解をしていた自分に恥ずかしくなる。
 理由も聞かず、一方的に勘違いして酷い言葉を投げつけてしまった。
 勝手に腹を立てて、勝手に別れを告げて。
 言わなきゃ良かったとどんなに後悔しただろうか。

「俺が好きなのはリョーマだけなんだけど信じてくれる?」
「うん・・・疑ったりしてごめんね。あんな事言ってごめん」

 謝るリョーマの手を取って自分の膝の上へと置き両手で挟むように握りしめ空を見上げると、あれほど天気のよかった青空がいつのまにか薄雲に覆われていて。

 それでも太陽が地上を照らさんと薄雲の隙間から光が地上へと降り注いでいた。
 その光は眩しいものではなく、儚い光の帯のようで。
 まるでそれは光のカーテンのようにみえた。

「あ・・・天使の・・・カーテン・・・・」
 リョーマも菊丸の視線の先を追うように見上げた。
「てんしのかーてん?」
「ホラ、あの雲の隙間からの光ってまるでカーテンのように見えない?」
 薄くもやがかかったように見える柔らかな光。
「曇りの日で、でもその雲の上には太陽があってさ。そんな日にこうして隙間から、洩れる光ってたまに見かけるだろ。あの光の事をね、そう呼ぶんだって」

天上と地上を繋ぐ光る道。

「天使はいつもは天上にいて、地上に降りてくる術をもたない。でもあの光のカーテンが地上へと降り注ぐときだけ降りれるんだ。そしてあの天使のカーテンを見た人は降りてきた天使から祝福を受ける・・・・」

 まるでおとぎ話のような。
 静かに話して聞かせてくれる横顔は自分が誰よりも大切な人。

「俺たち、絶対大丈夫だよ。こうして天使に祝福されたんだからさ、幸せになるっきゃないでしょ!」

 自信たっぷりに笑うその顔。
 会いたくて仕方なかったその人の笑顔をなくさなくて良かったと。
 この温もりを失わずに良かったと本当にそう思う。
 それはきっと菊丸が言うように、天使のおかげなのかも。

「じゃあその天使に感謝しなきゃ」
 目には見えないけれど、自分達が幸せになるように勇気をくれたのかもしれない。
「そだね・・・・でも俺はやっぱりリョーマに感謝、かな?」
「どーして?」
「だって、リョーマが勇気を出してメールくれたからこうして仲直り出来たもん」
 菊丸は包み込んでいたリョーマの手のひらにチュッとキスをした。

「仲直りにどっか行こう?いっぱいいっぱい遊びに行こう。二人でいろんなとこ!」
「二人で?」
「そう二人で!」

 力いっぱい答える菊丸にリョーマはにこりと微笑んでとても嬉しそうに頷いた。


「じゃあまずは今からっ!」
 立ち上がった菊丸はリョーマの手を勢いよく自分へと引き寄せる。
 反動で菊丸の胸へと飛び込んだリョーマをギュッと抱きしめて

 そして額へとキスを落とし手を握りしめたまま歩き出す。




 好きだから“会いたい”って思う。

 その気持ちをずっと持っていたい。

 自分を元気づけてくれる人といつまでも一緒にいれたらいいな。




 明日からはまた普通の一日が始まる。


☆謝辞☆

茉莉さーーーーーん!! 本当に本当にありがとうございます!!!
茉莉さんのサイトにて、カウンタ1800を踏み踏みして頂きました!
リク小説です!!

もう、二人が誤解からすれ違い、そのことを後悔しつつも、身動き取れずに、ただ切実に会いたい
と願う……切なくてもどかしくてでも、愛しくて……そんな感じで、凄く泣きそうになってしまいました!
何でそんなことになったんだろう? って凄くドキドキして……ああ、もうこう言う話は大好きです!
本当に本当にありがとうございました!!

何か頭から、拙いイラストがのさばってたりしますが(−−;)……何か、お目汚しで申し訳ないです;;

えと、この後、また二度ほど、リク番を踏み、さらに小説をリクエストさせて頂いてしまった、極悪人、陽斗……;;;;;;
でもでも、すっごく嬉しかったんですよーーーVvv
次も楽しみにしてますので(←この野郎;;)よろしくお願い致します〜VVv