happy tear drops
作:茉莉さま

 おチビに告白、した。





「あのっ!俺と付き合ってくれないかなっ!?」

「どこへ?」





 心臓ばくばくして、頭に血が昇ったみたいに顔が熱くて、上手く呼吸すらも出来ない状態の中。
 めっちゃめちゃ気合入れて告白したっていうのに、おチビから返ってきたのはこの言葉。

 一瞬頭の中が真っ白になって、小さい体の割に大きな目をして俺の顔を見上げてくるその顔も可愛いなぁ、なんてしばらく見つめてしまってた。

 見つめてた、っていうよりは呆然としてた、って感じだったけど。
 おチビは本当に俺が言っている意味がわからなかったみたいで、きょとんとした表情をしてる。

「そうじゃなくって!」
「?」
「俺はおチビちゃんが好きなのっ。だから恋人になってくれないかなってお願いしてるんだけど!」

 半ばヤケになった俺は最後叫ぶように再度告白をした。
 さすがにその意味をやっとわかってくれたのか、初め呆然としていたおチビも驚いた顔になって、ぱぁっとほっぺたを紅くした。










 あ〜もう!こんなに緊張したのってないよ!
 今まで付き合ったことがない訳じゃないけど、全部向こうからの告白だったし。
 ホント言えば、暇だったから付き合ってたって感じだったしね。
 こんな事言えば「菊丸くんって冷たい〜」って言われそうだけど、だって本当だもん。

 別に誰だってよかったんだしさ。

 テニスの方が全然楽しかったし、休みの日も部活やってたからそのうち向こうから「バイバイ」ってお決まりの言葉を投げかけられてそれでお終い。

 そんな俺が告白、だよ?

 この2つも年下の、生意気でやたらとテニスが上手くて、強い意志を持った瞳がキレイな越前リョーマという存在に惹かれてしまったから。
 最初は気にいってるだけだと自分に言い聞かせていたのに、どんどんその存在が自分の心を占めていって、気付いたら『好き』という恋愛感情を持ってしまってた。

 信じられないよねぇ?この俺が、だもん。
 で、告白した結果は。










「…菊丸先輩はオレが好きなんですか…?」
「うん!大好きっ」
「……………………いいっすよ」
「ホントにっ?恋人としてだよ?その意味わかってるよね?」

 まさかOKをもらえるなんて思ってもみなくて、しつこく疑問符をつけながらおチビに聞いていたらさすがにムッとしたらしく。

「バカにしてるの?じゃ、もういいっす」
 被っていたキャップのつばを下げ、紅くなった顔を隠してしまった。
 でも耳が真っ赤だよ、おチビちゃん?
「う、わぁっ!何すんの、菊丸先輩!」
「やった〜!」
 俺はおチビの軽い体を両腕で抱きしめてそのまま持ち上げくるくると回った。
 腕の中でちょっと暴れていたけど、すぐに諦めたのかおとなしくなって。
 嬉しすぎて浮かれてた俺に言ってくれたんだよね。



「オレも…好き、っすよ」



 その声は本当に小さなもので、聞き取りにくかったけれど。
 でも俺の耳に寄せたおチビの唇から零れた吐息と一緒にちゃんと届いたんだ。
 俺って幸せ者だよ〜!

 今日からおチビと恋人同士、なんだもんね。






















 おチビにやっとの思いで告白してから2週間が経った頃。
 掃除当番で遅くなってしまった俺は走って部室へと向かっていた。
 罰走はゴメンだもんにゃ〜。
 走るのは嫌いじゃないけど、やっぱりボールを打ってる方が楽しいもんね。
 そんな俺の視線の先に、おチビと桃が歩いている姿が目に入った。
 帽子を目深に被っているから表情はわかんなくってちょっとがっかり。
 おチビのあの目が見れないのって何か寂しくにゃい?
 腕時計をチラリと見て、時間がまだあったから二人を驚かせようと思ってこっそり近づいていった。
 まだ夏にもなっていない季節だというのに太陽の照り付けにうんざりした様子で二人は水のみ場へと向かうみたい。

 大きな木の陰で(良くおチビと一緒に休憩する場所なんだ)体を隠して…。




「おい、越前。お前のタイプって本当はどんなヤツなわけ?」
「いきなり何すか?」
「お前が誰かと付き合うのってあんま想像出来ないしよ。で、本当はどうなんだよ?」




 ……心臓がドキン、とした。
 俺も気になっていたことだったから。
 思わず息をひそめてゴクンと喉を鳴らしておチビの答えを待った。
 告白した時と同じくらいの緊張で。




「まぁ、静かな方がいいっすね。うるさく喋るヤツって鬱陶しいし」
「その考え越前らしいよなぁ。でもよ?お前が喋らない分、相手が喋ってるほうがいいんじゃねぇのか?」
「疲れるじゃないっすか。べらべら喋られても困るんだよね」




 思わずその場にしゃがみこんでしまった。
 俺はおチビの好みとは正反対、だってことがわかってしまって。





 どうして?

 俺が告白して、ちゃんとおチビも応えてくれたよね?

 好きだよ、そう言ってくれたのは俺の勘違いだったの?





 ぐるぐると疑問が頭の中を回って、苦しいくらい心臓が痛くなって胸を押さえてもちっとも楽になんてならなくて、考えれば考えるほどわからなくなってくる。

 その時ポトンと何かが地面に落ちた。
 いくつも、いくつもそれは地面へと吸い込まれてゆく。


「へ、へへっ……何で俺泣いてんだろ…?」


 透明な雫は俺の涙だった。

 視界が歪んで何も見えなくなる。

 こんなにも好きな人からの拒絶の言葉が痛いなんて今まで知らなかったんだ。


「バカだよ、俺」


 今まで付き合ってきた顔も覚えてない子たちも、俺にこんな気持ちを抱いていたんだろうか?
 適当に上辺だけの付き合いをしてきた結果、俺も同じような想いをしてるんだから。
 これは当たり前の罰なんだろう。
 人を傷つけても気付いてこなかった俺が、やっと自分の番になって気付くなんてさ。



「はは……まいったなぁ…」

 ごしごしと涙を拭っても後から後からあふれてきて全然止まらなかった。
 無理矢理笑みの形を作って笑おうとしても強張ってしまった顔はいう事を聞いてくれなくて。
 ふらふらと木へ体をもたれさせながら立ち上がると、いつのまにか二人はいなくなっていた。
 もう練習時間は始まってる。
 でも、俺は……部活をそのままさぼった。






















 思ったよりおチビの言葉に傷ついてたみたいで、その晩俺は熱を出した。
 高熱、というほどではなかったけどそれでも学校を休むには充分の高さで翌日の学校も休むことになった。
 俺が休むなんて滅多にないから、途中不二や大石が心配して電話をかけてきてくれたみたい。
 昨日の無断で休んだ部活も、体調が悪かったんだろうと判断して大目にみてくれてるらしいとも。

 でもそんな事どうでもよかった。

 もうこのまま学校なんて行きたくないって思ってた。

 部活なんてもっと行きたくなかった。

 行けばおチビと顔を合わせなきゃなんない。
 本心を知って、さすがの俺でも笑えないよ。
 知らないフリなんて出来ない。
 おチビと付き合い出してからのこの2週間。

 俺が鬱陶しかったのかな、ってそう思うとどんな顔をしたらいいかわかんないんだよ。

 いっそのこと明るく笑って
 『別れよっか?』
 そう言えれば楽になれるかな。
『おチビちゃんのタイプじゃないもんね、俺ってさ。今度は間違えちゃダメだよ』
 それがあの子にしてあげられる俺の精一杯なんだろう。

 でも嫌だ。

 冗談でもそんな事言いたくない。

 ましてやそれが現実になってしまうのなら絶対言いたくないよ。
 どうしたらいい?

 俺はどうしたらいいんだろう。

 熱に浮かされた頭でそればっかり考えてた俺は、テニスをしているおチビに話し掛けることも、手を伸ばすこともできずにただ遠くから眺めている、そんな夢を見ていた…。






















 ふと人の気配で目が覚めた。
 ぼーっとした頭で無理矢理重い瞼をこじ開けるとまだ明るかった。
 目に入る壁掛け時計は夕方の3時を指している。
 喉が渇いたから何か飲もうと思って体を起こし二段ベッドの上から降りようと下をみてびっくりした。

「おチビちゃんっ!?」
「…っす」

 何でここにおチビがいるわけ?
 学校は…っと、もう終わったのか。
 いや、でも部活だってあるし何でここにいるんだろう。
 ハシゴを使って下に降りて、背中を机にもたれさせて膝を抱えて座っていたおチビの真正面へ膝をついた。

「どーしておチビちゃんがいるの?」
「来たらいけなかったっすか?」
「そんな事にゃい!でもびっくりしたから…部活あるでしょ」

 心の準備もなく、目の前に現われたおチビと視線をあわせられなくてスッと逸らしてしまった。
 ここにいるのが信じられない。

 もしかして心配して来てくれたのかな。
 でも、俺っておチビの嫌いなタイプじゃなかったっけ?
 ああもう!全然わかんにゃいよ〜!

「熱、下がったんすね」

 おチビは俺の額に手を当ててそう言った。
 そしてまるで安心した、とでも言うような表情で微笑んで。
 その顔にドキっとした。滅多に見られない、おチビの笑った顔…。





 気がつけば幼さの残ったほっぺたへとキスをしてしまってた。
 それは一瞬の出来事だったけど、目をまぁるくしてビックリしているおチビの顔を見た瞬間に、ヤバイって思った。
 あんまりにも笑った顔が可愛くて、抱きしめたくなってキスしちゃったけど!
 でも嫌いなヤツからこんなことされたら誰だって嫌に決まってる。





「ご、ごめんっ!つい…あ、その…」

 しどろもどろで言葉が続かなくて、泣きたい気持ちになってどうしようかと俯いた。
 大きな瞳が真っ直ぐ俺を見つめていて、それに耐えられなかったんだ。
 拒絶の言葉を投げつけられたら、そう思ったらここから逃げ出したくなってしまった。

「どこ行くんすか?」

 何も言わず立ち上がっておチビに背を向けて、部屋を出ようとして訊かれたけど答えられない。
 だって、おチビがいないところならどこでもよかったんだから。

「今日、不二先輩から菊丸先輩が熱で学校休んでるって聞きました。大した事ないみたいだから大丈夫だよ、そう言われたけど来ちゃったんです。部活もサボって。先輩のこと、心配だったから来たんすよ?………これがさっき先輩が言った 「どーして?」 の答えなんだけど」

 俺はおチビの方へゆっくりと振り向いた。
 立ち尽くした俺の傍へあの子が来て、下から見上げてくる。

「心配されるの、迷惑だったっすか?」
「そんなことない!すごく嬉しい!!…けど、おチビちゃん俺のこと……キライ…でしょ?」



 “キライ”という単語を言うだけでもかなり躊躇った。
 だって、訊いて肯定の返事が返ってきたら?
 俺を心配してたと言うおチビの本当の気持ちはどこにあるの?



「何でそー思うんすか?オレのタイプは無口な子で、先輩みたいなヒトじゃないから?」
「!!?な、なんで…っ」
「先輩があの時近くにいるなんて気付きませんでした。コートに集合した時、不二先輩が菊丸先輩を見かけたって言ってきたんです。水のみ場の方から歩いて行くのを見たよ、って。その時に桃先輩との会話を聞かれたのかなって思って」
「…………うん。盗み聞きとかするつもりじゃなかったんだけど…」

 昨日俺が帰る時、不二に見られてたんだ。
 そしておチビもそれを知ってた…俺が聞いてしまってたことを。
 またここで同じこと言うのかな、昨日の言葉。

「あ、はは〜。ごめんにゃ!俺おチビちゃんのタイプと正反対だったんだね。全然そんなこと知らなくてごめんな。もっと早く言ってくれたら良かったのにさぁ。気遣わなくてもいいのに」



 ぽりぽりと頭をかいて無理矢理笑ってみた。
 ……うん、大丈夫。この笑顔なら全然いつも通りだよね?
 言われるのは辛くて、それならいっそ自分から告げようって思った。



「俺たち、別れ……」
「先輩、オレのこと好きだって言ってくれましたよね。あれは嘘だったの?」

 俺の言葉はおチビのセリフによって遮られてしまった。
 おチビを好きなこと、嘘じゃないよ。
 だって、今でも。

「好きだよ、すごく好き。例え嘘でも “キライ” だなんて言えないくらい好きだよ」
「オレ、ちゃんと言ったよ?先輩のことが好きだって。先輩が告白してくれたの嬉しかった。びっくりしたけど、でも嬉しかったからちゃんと返事したんです」
「でも!桃と喋ってた。おチビちゃんが言ってたのってオレみたいなヤツだよね」
「確かに言いましたよ。でもあの時、最後まで聞いてないんでしょ、先輩」

 最後まで?あの後そういや聞いてなかったような…。
 おチビが軽くため息をついて説明してくれた。



「オレ、あんまり喋るの得意じゃないから、一緒にいるなら相手も無口な方が楽じゃないっすか。喋らなくて済むし……だからベラベラ喋ったり、うるさいヒトが苦手だって思ってたんです。今までは」

 そこで一旦言葉を区切り、手を額のほうへと上げかけてまた下ろした。
 それは帽子のツバを下げる時の仕種だった。

 おチビが照れた時にする仕種。
 顔を見られたくない時によくこうしてツバを下げて表情を隠してた。
 でも帽子を被っていないことに気付いて代わりに俯いてしまって俺からは見えなくなってしまう。

「でもそんなことないかも、って先輩に会ってから思ったんです。確かによく喋るし、オレのこと振り回してるけど。でもそんな先輩のこと、キライじゃない。オレに笑いかけてくれるその顔とか、抱きしめてくる腕とか、その瞳とか、全部イヤじゃないんです………今でもよく喋るヤツとか鬱陶しいって思うのに、先輩にはそんなこと思わないんすよ……何でかわかんないけど」



 これがオレの気持ちっすよ?
 そうおチビは俯いたまま小声で言ってくれた。

「そ、れって……俺はおチビちゃんを好きでいてもいい、そういうこと…?」
「先輩がそー思うんならイイんじゃないっすか?」

 ぶっきらぼうに言ったおチビの耳はあの告白した時と同じ、真っ赤だった。

「おチビちゃんも俺を好きでいてくれてる、そう思っててもいいの?」
 ドキドキしながら、返事を確かめたくなって聞いてみる。
「…………………さぁ」
 そっけない返事は照れ隠しだってこと。






 俺、疑ってたね。

 ちゃんと返事をもらったのに、好きだってその言葉をもらったのに信じてなかった。

 キミの答えを受け止めてなかった。

 ごめんね?

 疑っててごめん。

 信じてなくて。






「何、泣いてるんすか?」
「えっ?」

 顔を上げたおチビが不思議そうな顔で訊いてきて自分が泣いてることを知った。

「へへっ、何でだろ…嬉しいからかなぁ」

 あの木の下で流したそれとは違う種類の涙を流してた。
 ツラクて流す涙じゃなく、嬉しくて泣けるんだって初めてわかった。
 こんな暖かい気持ちで泣けるなんて知らなかったよ。
 そして泣き笑いの表情のまま俺はおチビの小さな体を抱きしめていた。

「あったかい」
 こんなにも温かい存在が傍にあったことに嬉しくなる。






 ごめんね?

 ちゃんとキミを信じるから。

 俺がキミを想うようにキミも俺を想ってくれてること、もう疑わないよ。






「おチビちゃん、大好き」
「知ってますよ」
「うん。大好きだよ」



 くすっと腕の中で笑う温かい存在。

 ずっと、好きだよ。

 この気持ちをくれたキミのこと、ずっと好きでいるよ。

 初めて好きになったヒト。

 初めて好きになることを教えてくれたヒト。

 キミだけが初めての存在。

 ずっと、ずっと好きです。


















 暖かい涙を教えてくれたキミが、ずっと………。






☆ 謝辞 ☆

茉莉さま! ありがとうございました!
またしても、茉莉さまのサイト【ORENGE】にてキリ番を踏むと言う
幸運にあやかりまして、書いて頂きました!(歓喜)
【英二先輩の一喜一憂】と【幸せで泣いちゃう英二】……と言う、
よく判らないリクに見事答えて下さってありがとうございます!!


初めて読んだ時には、英二先輩が悲しくて泣いちゃうとこでは、
喉が痛くなるくらい泣きたい気持ちになってしまって(それが良いんですけど;;)
でも、リョーマさんの気持ちに優しい嬉しい涙があることを知った英二先輩が
凄く幸せそうで、こっちまで嬉しくなりました!

英二先輩って、悲しみで泣かせても、幸せで泣かせても楽しいんで(←……)
至福でした〜VVv

茉莉さん、本当にありがとうございました!!