見つけるから
作: 茉莉さま




「・・・・・・」

リョーマは無言で辺りを見回してみたが、ついさっきまで隣を歩いていたはずの人物−菊丸−を見つけることは出来ず軽くため息をついた。

どこから来たのだろうか、と思うほどすごい人ごみの中にいるにも関わらず、菊丸がいないだけで何だか静かに感じられた。

リョーマに向ける菊丸の笑顔はいつでも全開で、時々『何であんな嬉しそうに笑えるんだろう?』と呆れつつも、その満面の笑顔に見とれたりする。

だから、こうして菊丸が不意にいなくなると胸の奥が変な感じがして、リョーマは困ったような表情をのせた。

「・・・帰ろうかな」

小さい声で呟かれたその言葉は辺りの喧騒にかき消される。

もう一度軽く息を吐くと先程は二人で来た道へと一人で歩を進めた。







    * * * * *







「おチビ、どこにいるんだよ〜」

辺りを見回してもリョーマはどこにも見当たらなくて。

この人ごみの中、ただでさえ見つからないと言うのに、あの小柄な体なら尚更見つけにくいだろう。

リョーマの瞳はあんなにも強い意思と存在感を周りの人間へと示すけれど、はぐれてしまったこんな時は役に立たないんだと思ってしまったりして。

「ほんのちょっと目を離しただけだったのに・・・」

立ち並ぶ屋台。

リンゴ飴や綿菓子、水ヨーヨーなどたくさんの出店の中で目に止まったもの。

コバルトブルー色の小さなイルカがキラキラ光っていた。

それはガラス細工で出来ていて、上部にヒモが取付けられている。

リョーマに似合うかなぁ・・・カバンとかに付けられないかな・・・?

そんな事を考えていた一瞬の間にはぐれてしまったというわけだった。

「手繋いでおけば良かった」

菊丸が一度はリョーマへと提案したのだが、強く却下されてしまったのだ。

だが、有無を言わせずそうしておけば良かった、と思っても今更遅すぎる。

しかし探すにもかなりの無理があるし不安もある。

リョーマはこういった場所に出かけるのは初めてだと言っていたから。

とにかく探さなくちゃ。

菊丸はゆったりとした人の流れに逆らうように踵を返した。
















電車で5駅のところにあるこの場所で行われている夏祭りに行こうとリョーマを誘ったのは菊丸。

アッサリ「いいよ」なんて返事がもらえるなんて思ってもみなくて驚いた表情をしたら、「じゃやめる」と言われ慌てて取り繕ったりして。

以前一緒に見た、夜の桜があまりにも綺麗で。

でもそれは一人ではつまらなかっただろうと思う。

リョーマと二人で一緒だったからきっと綺麗に見えたし、来年も一緒に見ようと約束を誓った。

だからこの祭りも一緒に来たいとリョーマを誘ってみたのだ。

季節を感じられる何かを二人で一緒に過ごすために。
















溢れかえる人ごみの中、身動きもままならない状態でリョーマは空を見上げると、そこには薄いピンク色をした雲が広がり始めていた。

菊丸と二人でここに来た時には、青空の中ぷかりと浮かんだ白い雲が大きく存在を示していていた。

それは特徴的な夏の空。

でも夜の帳が近づくにつれて段々と白い雲は姿を消し、夕焼けに照らされた雲が徐々に増えていく。

「あつ……エージ、早く見つけてくんなきゃオレ、帰るからね?」

ここにはいない人物への呟きに、横を通り過ぎる人がチラリと視線を向ける。

帰ろうかと駅へ歩き出し一度は電車に乗ったものの、やはり戻ってきたリョーマ。

ため息とともに歩みを止め、屋台と屋台の間の狭い空間へと体を滑り込ませた。

「……ホントに帰る、からね…」

流れる汗をグイ、とぬぐうともう一度空を見上げる。

この夏祭りにくる前に菊丸が言っていたことを思い出して、リョーマは口の端を上げてクスッと笑った。



『ねー、おチビ。夏祭りと言ったら絶対カキ氷っしょ!これは絶対食べなきゃダメなんだよ〜!ぜーーーったい、おチビに食べさせるんだから』



やっぱり菊丸が言うとおり、手を繋いでおけば良かったのだろうか。

こんなすごい人ごみの中でそんな事をするのは絶対イヤ、そう思った自分が悪いのだろうか。

気が付いた時には隣にはもう菊丸の姿はなくて、一瞬不安になった。

でもすぐに探せると思った。

気をそらしたのはホンの一瞬のことだったから、すぐにあたりを見回せば見つかると思ったのだ。

まさかはぐれてしまうなんて思ってもみなくて。

時計に目を落とせば、一人になってから既に2時間以上が経っていた。

(早く思い出してよ、エージ)



『もし、もしもだけどね。もしもはぐれたら、絶対オレが見つけるから!だからおチビは不安に思わなくていーからね!』



菊丸が何を根拠にそんな風に思えるのか不思議だけれど。

でも、待っていればきっと見つけてくれるんだと何故か確信できる自分の方がもっと不思議だ。

菊丸のその言葉で不安な気持ちがどこかにいってしまった。

冬ならば既に真っ暗なこの時間、まだあたりは薄明るい。

もう少しすれば完全に夜の帳が下りるだろう。

あちこちの外灯や、屋台につけられた電気が辺りを照らすだけになる。

それでも必ず見つけてくれるはずだと。

自分がどこにいても見つける、そう言った菊丸の言葉が心の中にあるから。

「早く見つけてよ。待ってるから…」

リョーマはその屋台の隙間から2、3歩後ろへ下がり、木の根元に腰を下ろした。

菊丸が早く自分を見つけてくれることを待ちながら。







    * * * * *







「そうですか、ハイ。大丈夫です。じゃ失礼します」

公衆電話の受話器を置いて、はぁとため息をついた菊丸は、ガラスの扉を押し開けると夕焼けに照らされて紅く染まった空を見上げた。

はぐれたリョーマをどうしても見つけることが出来ず。

初めは人ごみの中、名前を呼んで探し回っていたのだが、周りの喧騒にかき消されてしまって相手へと声を届けることはできなかった。

そしてふと彼の性格を考え「もしや帰っちゃってるかも?」と思い、電車で戻ってきた菊丸だった。

家へ行く前に、なぜ忘れていたんだろう、と電話で確認しようと掛けてみるとリョーマはまだ帰宅してないという。

「もう2時間も経ってるのにまだ帰ってないなんて」

まだあの場所にいるのだろうか?

あのすごい人ごみの中、一体どこにいるのだろう?

そして夏祭りに誘う前に自分がリョーマに言った言葉を思い出す。



『もし、もしもだけどね。もしもはぐれたら、絶対オレが見つけるから!だからおチビは不安に思わなくていーからね!』



絶対に見つけると。

不安に思わないで、と自分はリョーマにそう告げた。

リョーマとはぐれてしまったのは自分のせいで。

こうなることは予想していたことだったのに、大丈夫、だなんて安心してた。

手を繋ぐことを嫌がっていた彼に、無理やりにでも繋ぐべきだった、なんて今ここで後悔してる場合じゃない。

早く見つけなくちゃいけない。

けれど。

何の根拠もないけれど、リョーマを見つけることが出来るとそう確信する。

リョーマが自分の言葉を信じてくれてればいいと思う。

そんな事言ったらきっと「ふ〜ん、オレを疑うの?」とか言われそうだけど。

太陽が最後の光をまき散らしながら辺りを優しい色に変えて沈んでゆくのを見つめてリョーマを思った。

心の中にはいつもリョーマがいて自分を照らしてくれること。

早くリョーマに会いたい。

菊丸は駆け出すと、あの溢れかえる人ごみの中、自分を待っているだろうリョーマの事を考えながら改札へと向かった。















    * * * * *















「リョーマ……っ!」

「エージ、遅いよ」

息を切らしながらようやくリョーマを見つけることの出来た菊丸は、木の根元に座り込んでいる小さな体をギュ、と抱きしめた。

いくぶん、ムッとした表情のリョーマだったがそれはきっと。

「エージ、遅い」

もう一度同じ言葉を抱きしめてくる相手へと告げた。

菊丸は腕の力を緩めずに、じっと腕の中にいるリョーマへと謝りつづける。

「ごめん!待たせて…ずっと待っててくれて…本当にごめん!!」

「ずっと待ってたんだ」

「うん、ごめん、リョーマ。ごめん」

「ちゃんとエージの言葉、覚えてたから」

「リョーマ…」




帰りもせず、この場所で菊丸を待つことが出来たのはたった一つの言葉。

『見つけるから』

この言葉だけがリョーマをここから動かせずにいたのだ。




「でも見つけてくれたからいーよ。時間、かかったけどね」

珍しくリョーマは菊丸を責める口調のまま言葉をつむぐ。

時間にすればたった数時間だったけれど、その時間がどんなに長かったか。

「エージが言ったんだよ?カキ氷、食べようって。オレに食べさせたいって。だからここで待ってた」

「リョーマがどこにいるのか、考えてた。もしかして帰っちゃったのかもしれない、そう思ったよ」

菊丸はようやく抱きしめる腕を解いて、ひざ立ちのまま背中を少しかがめてリョーマの顔を正面から覗き込んだ。



そしてやっぱり、と思う。

キツイ眼差しはいつものリョーマだったけれど、それは不安を隠すためのもの。



それがわかって菊丸は顔をゆがめた。

「でもオレが言ったんだよね。絶対見つけるって。だから不安に思わなくてもいいんだって」

「エージが言ったから不安じゃなかった。何でかわからないけど見つけてくれるって思ったから」



リョーマは不安じゃなかったと菊丸に告げたが、でも心のどこかではきっと不安に思っていたはず。

今のリョーマが菊丸にそうだと確信させる。



「リョーマがどこにいるか考えて、やっとわかったんだ。きっとここだろうって。オレがリョーマに約束した、この場所で待ってくれてるんだろうって。思い出すのが遅くなってごめんな」

「オゴリね?オレをこんなに待たせたんだから、それくらいイイでしょ」

リョーマは菊丸と再会してから初めて笑みを浮かべた。

菊丸にそう言う事でこれ以上謝らなくてもいいんだと、リョーマの気遣いが菊丸を切なくさせた。

「ここに来てからまだ何にも食べてない。責任とってよね」

「もちろん!何でも好きなもの食べていいからね!」

リョーマなりの気遣いは菊丸の心を苦しくさせるが、これ以上リョーマに辛い思いをさせたくないから話題をそらしたリョーマの言葉に乗る。

よっと、立ち上がると手を伸ばし、それに重ねてきたリョーマの手のひらをぐいっと引き上げる。

勢いよく引き上げたためリョーマの体が菊丸へと倒れこみ。

つい背中へ腕を回して抱きしめてしまったが、リョーマは何も言わない。

10数秒おとなしく腕の中にいたが、放す気配の見せない菊丸の頭に手をやると。



「…!?」

「もうイイでしょ?ほら、行こ」



よしよし、と小さな子にするようにリョーマは菊丸の頭をなでたのだった。

驚いた菊丸はするりと抜け出していった温もりを惜しみつつ、ようやく笑顔を見せてリョーマの隣に立って歩き出した。



(ごめんね、リョーマ。そして…ありがとう。ずっとずっと好きだよ)



心の中で呟く。

暖かく照らしてくれる、そしてホッとさせてくれるその存在に感謝して。

隣を歩くリョーマの手をそっと繋いだ。

リョーマは前を見つめたまま、表情も変えることはなかったけれど、菊丸の手を握り返したその手のひらの強さが菊丸への想いを現していた。

「さっ、リョーマ。何から食べる?」















もうはぐれたりしないから


ずっとリョーマを離したりしないから














繋いだ手のひらからどうか想いが伝わりますように


☆謝辞☆

にゃははは;;
もう何度目なのか(滝汗)
またしても茉莉さまのサイトにて)キリバンを踏み踏みして、書いて頂いたリク小説です;; 
「はぐれても必ず見つけるから」と約束した
英二先輩とリョーマさん。
はぐれて不安になりつつも、
必ず見つけてくれると信じて何時間も
英二先輩を待つリョーマさんがいじらしく、
必死でリョーマさんを探し出した
英二はさすがです!
ああ、もうカッコ良いな〜Vvv
(ちなみにウチは逆・笑)

茉莉さま、本当にありがとうございました!
しかし、マジに貰いすぎってか……
キリバン踏みすぎ……;;;;
(私は嬉しいんですけどね;;)