PASS EACH OTHER

 それは、互いに待ち合わせ場所を間違えたことから始まった。



「う〜おっそいなーおチビの奴〜」
 英二は、自分の腕の時計に目をやって、何度めかの溜息をついた。
 待ち合わせしたのは、午後一時。
 今は、もう、あと五分で二時になる時間で。
 こんな午後の待ち合わせで、寝坊なんてある訳がない。
 何かあったのかもと、携帯からリョーマの家に電話して見ても誰も出ないので、何かを知りようもなく、英二はまたしても溜息をついた。

「あれ? 英二、何やってるの?」
 聞き覚えのある声に、英二は振り返って、首を傾げて見せた。
「不二! おチビ待ってるの。もう、一時間の遅刻なんだよ〜?」
「越前なら、東口の方で見たけど?」
「え?」
「車から見ただけだから、はっきり判らないけど、越前だったと思うよ?」
 暗に、東と西を間違えてないか? と言う不二の言葉に、英二はさらに首を傾げた。
「まあ、良いや。どっちかが勘違いしてたってことで。東口だね? ありがと、不二」
「相当、お冠かも知れないよ? 覚悟しといた方が良いね」
 まるで脅すようなこと言う親友に、一瞬だけむすっとした表情を見せつつ、直ぐに笑って、じゃあねと手を振って英二は駆け出した。

「おっかしいな……確か、西口って言ったと思ったんだけど……」
 まだ、首を傾げつつ、英二は東口に向かって、走っていたのである。



   ☆   ☆   ☆

「越前? 何やってんだ、お前?」
 駅の東口の改札に入る手前で、壁に凭れてファンタを飲んでいたリョーマは、その声に視線だけ向けて、眉を顰めた。
「……別に」
 素っ気無く答えて、飲み干した缶を、ゴミ箱に向かって放り投げる。
 綺麗に弧を描いて、缶はゴミ箱に入り、他の缶に当たって軽快な音を立てた。
「隠すことねえじゃん。英二先輩待ってんだろ?」
「……知ってるんなら、わざわざ聞かないで下さい」
 さらに不機嫌な口調で言うと、リョーマはその場に座り込んだ。
「でもよ、英二先輩。西口でお前待ってたぜ?」
「え?」
「1時半頃かな? ちょうど、西口で英二先輩見かけて、話し掛けたら、越前待ってるって言ってたし」
「……西? west?」
 英語で問い掛けられて、桃城は眉を潜めつつ、頷いた。
「そうだよ。西口の時計台の下。もう、一時間くれえ待ってんじゃねえのか?」
「………………」
 立ち上がって、そのまま、西口に向かおうとしたリョーマは、不意に振り返って、桃城に視線を向け、一言だけ、呟くように言った。
「どもっす」
「おう! 早く行った方が良いぞ! きっと待ちくたびれてるぜ!」
 桃城の言葉に、歩きだった足が早足になり駆け足になって、さらに走り出す。

「でも……なんで西? 東って言ってなかった?」
 独りごちながら、リョーマは首を傾げつつ、西口に向かっていた。




    ☆  ☆  ☆


 荒く息をつきながら、東口に辿り着いた英二は、辺りを見回して、首を傾げた。
「……おチビ?」
 どこに居ても、どんなに離れても、見失うことのない大好きなあのコの姿は見えず、英二はその場に座り込みそうになってしまった。
 一刻も早く辿り着こうと、全力で走って来たのだから、喉も痛いし脇腹も痛い。
 肺も心臓も激しく動いていて、息苦しい気がする。

「英二? 何をやってるんだ? そんなところで?」
 またしても聞こえた、耳慣れた声。
 英二は、しゃがみ込んだ状態で振り返り、その足からずいっと視線を上げて、溜息をついた。
「あにゃ? 乾。っと、海堂も……。もしかして、デート?」
 からかうような英二の言葉に、海堂が、反論しようと口を開くが一足早く乾が肯定しながら苦笑した。
「……まあな。で? そんなところでしゃがみこんで何やってるんだ?」
「……おチビと約束したんだけど。オレは西口って言ったはずなのに、東口にいるって不二に聞いてさ。んで、走って来たんだけど、おチビの姿が見えなくて……」
 英二の言葉に、乾と海堂が顔を見合わせる。
「越前なら、凄い勢いで、西口の方に走ってましたよ?」
「へっ?」
「オレ達の横を通り過ぎたんだけどな。向こうは全然気付いてなかった」
「んな?」
 それは、誰かに自分が西口にいるとでも聞いたと言う事か?
 こんなすれ違いは、ドラマの中だけにしてくれと思いつつ、英二は立ち上がった。
「……西口に……逆戻り……」
 呟きつつ頭を勢い良く振り、乾と海堂に礼を言って、英二は再び駆け出した。
「……今度は動かないでよね……。おチビちゃん……」

 祈りにも似た言葉を口にしつつ、英二は西口に戻るために、スピードを上げたのだった。



   ☆   ☆   ☆

「はあはあ……エージ先輩?」
 時計台の下まで来て周りを見回してみるが、英二の姿はどこにもない。
 何とか呼吸を整えつつ、もう一度周りを見回してみた。
 だが、見知った姿はどこにもなく、リョーマは不意に不安に囚われた。

(……帰っちゃったのかな?)

 何とか連絡をとポケットを探っても、いつものことで、携帯電話を忘れて来ていた。
 これでは、英二の携帯の番号も自宅の番号も判らない。
 英二の自宅の番号は、家の電話の子機に登録してあるし、携帯も同じだ。

 文明の利器に頼りすぎて、自分で覚えることを放棄しているなと、リョーマは自嘲を込めて、肩を竦めた。

「あ……」
 ふと、自分から見て右手にある駅の前……自分とは対角の位置にいる人物に、リョーマは目を見開いた。
 その先にあるのは、歩道橋。
 それを渡って、向こう側に行くつもりなのだと判る。
 リョーマは、駆け出して、彼が歩道橋に上がる前に、その腕を掴むことに成功した。

「……っ! 越前?」
 リョーマの行為に驚いたように振り返って、リョーマを呼び、直ぐにどうかしたのか? と目で問い掛けて来る。
「……大石先輩。エージ……先輩、見ませんでしたか?」
「英二? さあ? 見てないな。どうかしたのか?」
 大石の言葉に、リョーマはガックリと肩を落として、首を振る。
 そんなリョーマに何かを言おうとした大石だが、別の誰かの声に遮られた。

「何トロトロ歩いてんだよ、クソジジイ!」
 思わず振り返った大石とリョーマは、20歳前後の青年と、ぶつかって転んだ老人に気が付いた。
 風呂敷に包まれた荷物が、歩道の端に転がっている。
「そう言う言い方、ないんじゃないですか?」
 大石が、老人に駆け寄りながら、青年に言うと、青年は舌打ちを漏らして、そのまま歩いて行ってしまった。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……大丈夫じゃ……」
 老人の言葉に、少しホッとしつつ、大石は荷物を拾って、手渡そうとした。
 だが、立ち上がって直ぐに、うめきながらふらつく老人に、大石もリョーマでさえも、慌ててしまった。
「どうかしたんですか?」
「……足が……」
 その言葉に、足首を見ると、少し腫れているようだ。
 さっき、ぶつかって転んだ拍子に、足を挫いたらしい。

 大石は少し考えて、リョーマに視線を向けた。
 だが、直ぐに別のことに思い当たって、戸惑ったように眉を顰める。
「……そうか、越前は、英二と約束してたんだな」
「……大石先輩?」
「いや、越前に荷物を持って貰おうかと思ったんだが……」
 苦笑を浮かべつつ、老人の前にしゃがんで、背中に負うと、荷物は手に持ったままで、大石はリョーマに向かって言った。
「うん。大丈夫そうだ。越前は、早く英二の所に行ってやれ。どうせ、越前捜して青くなってるから」
「………………」
 幾ら、テニス部で鍛えていても、老人を背負って、その手に、風呂敷包みの荷物を持って歩くのは……一苦労だと思われる。
 リョーマは少し考えて、今日何度目になるのか、最早判らない溜息をついて、大石の隣に立って、その荷物に手をかけた。
「良いッスよ。オレが、持ちます」
「え? でも……」
「確かに……エージ先輩は気になるッスけど……。でも、大石先輩、腕治ったばかりじゃないっすか?」
「…………」
「折角、黄金ペア復活して、部長も帰って来るし、全国にはベストメンバーで行けるのに、また悪くなったら、戦力不足っしょ?」
 本気で言ってるのかどうか良く判らないが、とにかく手伝う理由付けに、そう言って、ムスっとしたまま、リョーマはその荷物を取り上げた。
 ――思ったよりも重い。
 これを持って、老人を背負って歩くとなれば……腕に相当負担がかかる。
「判ったよ。ありがとうな、越前」
「……別に……」
 素っ気無く言って、リョーマは老人が指し示した方角に向かって歩き出した。



     ☆   ☆   ☆

「なんで……どこにも居ないんだよ?」
 結局、西口に戻ってもリョーマの姿はなかった。
 もう一度、東口に戻って、その辺りを捜したものの、見つからず、時計台の下で、しゃがみこんでしまった英二は腕の時計に視線を向けた。
 約束の時間は1時。
 今は、もう4時を大幅に過ぎている。
 そこで、携帯が着信を伝えて来て、英二は慌ててポケットから取り出した。
 ディスプレイにあるのは【大石秀一郎】の文字。
 思い切り脱力しつつ、大きく溜息をついて、英二は通話ボタンを押した。
「もしもし、大石?」
【……………】
 受話器の向こうで息を飲んだような音が聞こえた。
 暫し続く沈黙に、英二はもう一度声をかけた。
「もしもし? どしたの? 大石?」
【……………ああ、ごめん。英二……今、どこに居る?】
「今? おチビ捜して奔走中。何か用?」
【……ああ、えーっと越前を……見かけたんだけど……】
 大石の言葉に、英二は思わず姿勢を正して、電話にかぶりつくようにして問い掛けた。
「どこで? どこで見たの?」
【……西口側の歩道橋の下辺りだ……】
 歩道橋を聞いて、パッと見返りその方向に駆け出す。
「それで? おチビどっちに行ったの?」
【……どっち……? ああ、すまない。そこまで見て……】
【越前くん!】
【………っ!】
「……………へ?」
 言いかけた大石の声の後ろで聞こえたのは……。
 知らない女性の声。
 その女性は誰を呼んだ?


「……大石……おチビ……そこに……いんの?」

 背筋が凍りつくほどに冷たくなった。
 激しく……心臓が脈打つ。

 
なんで?
 なんで二人が一緒にいるの?
 なんで大石はウソをついたの?
 なんでおチビが自分で電話をかけて来なかったの?




 返答に困ったらしい、大石が携帯をリョーマに渡したらしく、受話器の向こうから、大好きなあのコの声が聞こえて来て、英二はさらに泣きそうになった。

【エージ……】
「……………なんで? なんで大石と一緒にいんの?」
【……偶然……なんだけど……】
「じゃあ! なんでおチビが電話してくんなかったの? なんで大石が? しかもなんで……」
 そこで、エージは言葉を切り、まるで叫ぶように言った。
「なんでウソつくんだよっ!!!」


 そのまま勢いに任せて電話を切って。
 暫く硬直したまま、エージは車道を走る車のクラクションの音でハッとした。

「……あ、電話……切……」
 呟きながら手の中の携帯電話を見つめて、登録してある携帯ナンバーを表示させる。
 だが……。
「あああ!!! もう!!!!」

 英二は、大声でそう言って、反対側の歩道橋に向かって駆け出した。



    ☆   ☆   ☆

 リョーマは、大石の携帯電話の通話ボタンを切り、黙ったまま返した。
「越前……」
「別に……オレは、疚しいことしてないッスから……でも、大石先輩に携帯借りて、それでエージ先輩に、大石先輩からの電話だって……判るんだって気がついたら、喋れなくて……」
「ああ……」
「代わってくれたとき、ホッとしたのも事実ッス。大石先輩がウソつくのも止めなかった……」
「でも……それは英二に、余計な心配させたくなかったからだろ?」
「直ぐにバレるウソなら、つかない方がマシ」
「……そうだな。余計にこじらせて、ごめんな」
 大石の言葉に、リョーマは首を横に振った。
 結局、自分が大石に甘えた結果である。
 自分と英二のことで、誰かに甘える行為が、既に間違っていたのだ。

 ふと、手の中にある財布に視線を向ける。
 浅いズボンのポケットから、いつの間にか落ちていたらしい、この財布を。
 家まで送り届けた、あの老人の娘が、追いかけてきて届けてくれたのだ。
 その時に、呼ばれた声を、電話越しに英二に聞かれてしまったのである。


「ともかく……駅に戻ります」
「そうか……オレは一緒には行かない方が良いかな?」
「そうっすね。エージの神経、逆撫でするだけかも……」
「そうだな。じゃあ、オレはあっちだから。頑張れよ、越前」
 そう言って、大石は手を振りながら、横断歩道を渡り反対側の歩道に向かった。
 リョーマは、そのまま、角を曲がると、駅に向かって駆け出した。

    ☆   ☆   ☆


 信号を待つのももどかしく、リョーマは歩道橋を駆け上がっていた。
 半分まで上がった時、ふと、何かが自分の神経に触った。
 何がとは、言い切れないのに、リョーマは、視線を自分の反対側に向けていたのである。
 
 ハッとしたような、英二がこちらを見ていた。
 一瞬の交錯。
 英二が慌てて立ち止まり、そうして、踵を返した。
 リョーマもそのまま歩道橋の上まで駆け上がり、歩道橋の殆ど真ん中で、互いに距離を取って立ち止まった。

「はあはあ……エージ」
「……おチビちゃん……」
「……どこに、行くつもりだったの?」
「……二人の居場所聞きそびれたから、とりあえず、大石の家にでも行こうかと……」
「……エージが……電話切ったから……怖かった」
「おチビ?」
「……エージに嫌われたかも知れないって……怖かった」
「……」
「疚しいことなんか何もないんだから、電話、オレがちゃんと話せば良かったんだけど……。大石先輩に携帯借りてエージが出た瞬間、大石先輩のこと呼ぶから……」
「え?」
「……大石先輩からって携帯で判るんだって気付いて、このままオレが喋ったら、拗ねると思ったら……喋れなくなって」
「待って待って!」
「エージ?」
「おチビが最初かけて来たの?」
「……そっす」
「じゃあ、あの時、少し間が空いてたのは……オレが出た時、携帯、繋いでたのは……おチビなんだね?」
 頷くと、英二がそのまま駆け出して、リョーマを抱き締めて抱き上げた。
「エージ?」
「良かった! 大石がかけたんじゃなくて、おチビがオレに電話をかけてくれたんだ!」
「そうだけど……」
「オレ、おチビがオレに電話をするの、渋って仕方なしに大石がかけて来たのかと思ったんだ」
「え?」
「だから……もう、おチビはオレとの約束忘れてて、大石が電話した方が良いとかって、でもおチビは嫌がって、しょうがないって大石がかけてきたのかって」
「なんで、そこまで複雑に変なこと考えるんスか?」
 英二の言葉に、些か呆れたような表情を見せつつ、リョーマはホッとしたように、呟いた。
「だって、オレだって不安だったんだよ」
「……ん。ごめん」
「しかもウソつくし」
「……だって、大石先輩と一緒にいるって言ったら拗ねると思ったんだ……」
「怒るとか傷付くじゃなくて?」
「うん」
「……そうかも。でも、ウソつかれた方が悲しいから、もうつかないでね?」
「うん。直ぐにバレるウソはもうつかない」
 物凄く英二が複雑そうな表情になって、リョーマを見つめた。
「それ、バレないウソならつくってこと?」
「バレなきゃウソじゃないよ?」
「うーーーん」
 自分を抱き上げたまま悩む英二に、いい加減下ろしてよ? と告げると。
 英二は、そっと歩道橋の上に下ろして、周りを見回した。
 ちょうど、歩行者信号が青になったのか、上がって来る人の姿はない。

「エージ?」
「やっと会えたから……」
「……え?」

 夕闇に紛れての、英二のキスに、リョーマは少しビックリしながら、それでも。
 英二を傍に感じて、目を閉じた。




「結局、どこにも行けないね」
「何か食って帰りましょうか?」
「そだね。何食べたい?」
「……エージと一緒なら何でも」
「……にゃはは。オレもおチビと一緒なら何でも良いけどね〜」
 手を繋いで、ゆっくりと陽が暮れて行く街の中を、今度こそ一緒に歩き出した。

<Fin>



……なんで、互いに【西】と【東】を間違えたんでしょうね? 誰かの画策か?(笑)ってかあそこまで知り合いに会い捲くるのはどうなんですか?(笑)
ラストのこの歩道橋でのキスシーン、不二たち見られてるような気がするのは、私の気のせいでしょうか?(笑)

でも設定が夏!
全国大会前! になって、勝手に部長帰って来るとか黄金復活とか言ってるし(笑)



……復活しますよね?(ドキドキ;;)

何はともあれ、【DM】が、全然菊リョっぽくないので、その反動で、こんな話になりましたが(笑) 次にはラブラブ城闇かなー;;;