A Feeling Suits

「あれ? おチビは?」
 部室の中に居るのは、既に3年のレギュラー数名だけになっていることに気付いて、英二は思わず声を上げた。

「越前なら、さっき帰ってたぞ?」
 大石の言葉に、英二は目を見開いて、さらに声を上げた。
「えええー? なんでええ?」
「何でって……部活も終わって着替えも済んだら、後は帰るしかないだろう?」
 至極、最もな大石の言葉に、英二は少し黙り込んだ後、へなへなと机に突っ伏した。
「英二?」
「……普段だってそんなに会える訳じゃないし、教室違うし、ある階も違うし、会えるのって部活の時ぐらいで……。でも、おチビはそんなこと気にならないみたい……」
「え?」
「一緒にいたいとか思ってくれないのかな〜?」

 英二は呟くように言って、大きく溜息をついた。


 リョーマと付き合うようになって、二週間余り。

 最初の日は、帰りに誘うと頷いてくれて、一緒に帰れたのに。
 でも、翌日はいつものように、桃城と二人乗りで帰ってしまい、帰りの約束を改めて取らないと、リョーマは一緒に帰ろうしてくれないことに気付いたのが、つい先日。

 改めて誘わなくても、一緒に帰ってくれると思って、敢えて誘わずにいたのに、リョーマはいつも桃城と帰ってしまうのだ。
 だから、業を煮やして、帰る約束を取り付けると、桃城の誘いを断って一緒に帰ってくれる。


 でも。
 英二は何となくそれが気に入らなかった。

 改めて約束しないと桃城と帰る。まるで当たり前のように……。
 付き合ってるのは、オレなのに?

 だから、また、誘わずにいたら、やっぱり先に帰ってしまうのだ。

「――帰るときぐらいしか、二人きりになれないのに……」
 寂しげに呟く英二の頭を、大石が軽く弾くように叩くと、
「拗ねてないで、誘えば良いだろう?」
「でも! 付き合ってるのに……改めて誘わないとダメって、何か変じゃない?」
 英二の中では、付き合っていると、一緒に帰ることは当たり前のことらしい。
「そう言うこと、ちゃんと越前に言ったのか?」
「え?」
「言ってもないのに、判って貰おうなんて、かなり虫が良すぎると思うぞ?」
「……」

 それは、判っている。
 自分の想いが、単なる我が侭でしかないことは十分承知している。

 でも……。
 こっちから頼めば、きっとリョーマは答えてくれるだろう。
 だけど、それじゃ、リョーマの本当に気持ちは判らない。
 『頼まれたから答えた』だけでは、嫌なのだ。

 それでは、リョーマ自身の【本当の気持ち】が判らない。
 もちろん、リョーマは、本当に嫌なことなら、一刀両断に切り捨てて、取り合いもしないだろう。
 でも、頼めば言うことを聞いてくれる程度には、自分は特別だと感じている。
 それが……=リョーマの思いとは限らないことが不満なのだ。





「言えば、リョーマは言うこと聞いてくれるよ」
「英二?」
「でも、それじゃ嫌なの。ダメなんだよ!」
 英二はそう言って、立ち上がった。
 カバンを手に、部室を出る。





 強請ったから、頼んだから……だから、してくれるんじゃ意味がない。
 リョーマの本心が知りたいのに。
 リョーマが本心から自分を望んでくれてるのか、それが知りたいのに。




(どんどん、我が侭になってる……。これじゃおチビ、オレに愛想尽かすかも……)




 さらにマイナス思考に走ってしまい、落ち込み度合いが増した。
 ゆっくりと正門に向かって歩き、出たところで、







「遅いっす……」


 聞きなれた声が聞こえて、英二は足を止めて振り向いた。



 門柱に凭れて座り込んでるのは、先に帰ったはずのリョーマだった。
 その手にファンタを持ち、座ったまま自分を見上げて来る。
「いつも、出て来るの遅いっすね? 一体何やってんですか?」
「え? え?」
「……先に出ても30分だけここで、先輩のこと待ってるんすけど。それに間に合ったの今日が初めてっすよ?」
「え、ええええ?」
 本気で驚く英二に、リョーマは軽快に立ち上がって、ファンタを口許に運んで、飲み干した。

「……一々、帰る約束取り付けるのも変だし。先輩も誘ってくれないし。だから、ここで待ってたのに……エージ先輩いつも、タイムリミット過ぎて出て来るっしょ? 今日も後5分で帰るとこでした……」

 正門の前にあった自販機の、ゴミ箱に向かって缶を放り投げ、見事中に入ったのを確認して、リョーマは歩き出す。

「……帰らないんですか?」
 茫然と立ち尽くしている英二に向かって、リョーマは歩きながら、問い掛ける。
「え? あ、帰る!」
 ハッとして、慌ててリョーマの隣に並んで、英二はマジマジとリョーマを見下ろした。
「何スか?」
「……ううん。なんでもないよん」
 慌てて首を振り、何気なくリョーマの手を掴んだ。
「エージ先輩?」
「ダメ?」
「……別に良いっすけど。歩き難くないっすか?」
「全然!」


 ――我ながら自分を物凄く現金だと思う。
 リョーマも同じことを同じように感じていたのだと。
 それに気付いて唖然としたけど。




 でも嬉しくて。


 こうして、ずっと自分を待っててくれたことが本当に嬉しくて。
 でも、それに気付かなかった――気付けなかった自分が情けなくて……。




「ごめんね、おチビ」
「何がですか?」
「ずっと待ち惚け……させちゃって…さ」
「別に……。その間、エージ先輩はオレが桃先輩と帰ってたって思ってヤキモキしてたんでしょ?」
「……う゛っ……それは、まあ……」
「で? エージ先輩は、誰といつも帰ってたんですか?」
「……誰って……その時一緒に部室出た奴で……決まってないけど……?」
「ふーん。でも、大石先輩か、不二先輩ですよね? だって部長と二人で出たからって一緒に帰りますか?」
 何か、全て見抜かれてるような気がして、英二は言葉に詰まってしまった。


 そして、いつも自分を驚かせて、喜ばせてくれるリョーマに……。
 深い深い愛情を感じた。



(オレが思ってるより、リョーマに好かれてる?)
(もっと自信、持っても良いのかな?)

「まあ、良いか……」
 リョーマはそう言って、英二の手を握る自分の手に少しだけ力を込めた。
「おチビ?」
「……こうやって帰るのは、オレだけだからね?」

 ニッコリ笑って言うリョーマに、英二は一瞬、目の前が真っ白になった。
「エージ先輩?」
 呼ばれて我に返り、英二は繋いだ手にさらに力を込めて。
「当たり前っしょ? んなこと……!」
 小さく、でも力強く呟いて。




 ……英二はこみ上げて来る、幸せな気持ちに、自然、笑みを浮かべていた。
■何か……本当に世の英リョとは遠くかけ離れたところにいるような気がします。
ってかリョーマさん、絶対に攻めでしょ? 君は……(T-T)
英二を泣かせたいと思う辺りで既に、もう思考が違うでしょって気がしないでもないです。
幸せでも不幸でも泣かせたいのよ……(←済んでます;;)

もちろん、最後は確実に幸せですけどね!
そこに行き着くまでは……ねえ?(滝汗)

ともあれ、読んでくれた方、ありがとうございましたーVvv