子供だからね♪

「ねえ、おチビ……」
「何スか?」

 リョーマは、テレビ画面に目を向けたまま、コントローラーを操作しながら英二の声に、声だけで答えた。

「おチビはさぁ……この前、不二とオレのことで妬いてたよね?」
「……」

 テレビの中で、盛大な爆発音が響いて、最初からリプレイされる。
「はあ?」
 だが、リョーマは【一時停止】状態にして、英二を振り返り、間の抜けた声を上げた。
「だからさあ、この前、不二にヤキモチ妬いてたじゃん?」
「……――ああ、まあ、そんなこともありましたっけ?」
 赤面しながら、コントローラーを脇に放り、四つん這いの格好で、英二に近付いた。
「何が言いたいの? エージ先輩」
「ん……大石には妬かないの?」
「……」
 英二の言葉に、リョーマは思わず目を丸くして、ポカンと英二を見つめて。
 英二はそんなリョーマに、思わず「可愛いVvv」と口走り、リョーマに頭を殴られた。

「何言い出すかと思ったら……」
「ええー! 今日は、そりゃ、ありがたかったけどさあ。でも、平気なのかな〜と思って」
「……」
「ねえねえ、おチビ〜」
「不二先輩ほどには、妬かないけど。でも、妬くかな?」
「何それ? でも、不二はおチビのこと好きなんじゃん?」
「……あの人は……エージのことも好きっすよ? 別に付き合いたいとかそう言う意味じゃないと思うけど」
「んーまあ、友達としてってことだろ?」
「そうっす」
「それって、大石も一緒じゃないの?」
「…………これ言うと、エージ怒るから言いたくないんだけど……」
「へ?」
 リョーマは、少し困ったように視線をずらして、ベッドに凭れるように座って。
「……ねえ? 怒らない?」
「……聞いてみないと判んないけど……」
「じゃあ、やめた」
「ああああ、判った! 怒らない! 約束する!!」

 慌てる英二に、リョーマは小さく笑って、口を開いた。
「……副部長と……エージはね」
「……うん」
「……何か、保護者と被保護者って感じがする」
「…………………」






 暫くの沈黙の後。
 英二は、思い切り大声を張り上げた。

「何だよ、それーーーーー?!!!」
「……エージ、約束破るの?」
「あぅ……!」
「母親と子供とか、父親と子供とか、兄と弟とか……そんな感じ?」
「……ちなみに、子供は……」
「エージに決まってんじゃん」
「だああああああ……」
 勢いよく、リョーマの凭れているベッドに、倒れ込んで、英二はうめくように、声を上げていた。
「そう言う風に、オレを見てたの? おチビちゃん」
「そう言う風に見えたの。だから、あんまり妬かないんじゃない?」
「何か、すっげー複雑……」
「なら、あんまり大石先輩に甘えないことっすね」
「そんなに甘えてないんだけど〜」
「自覚なさ過ぎ……」

 そうして、ウダウダと思考をめぐらせて、不意に英二は思いついたことを口にした。
「あれ? でも、不二は何で妬く訳? 不二とは、保護者被保護者じゃないってことだよね?」
「…………………」


 その問いかけに、リョーマは黙り込み、ジーッと英二を見つめて、ふうっと溜息をついた。
「何か、わざとらしくない? その溜息……」
「わざとですから……」
 そう言って、立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
「どこ行くの?」
「喉、渇いたんで。ファンタ持って来ます」
「あああ、答えて行ってよ〜このまま、有耶無耶にする気なのか?」
「……少しは自分で考えたら? って前にも言ったよね?」
「……」
 リョーマは、そのまま、部屋を出てドアを閉めて、小さく呟いた。
「バカエージ」

 階下に下りて、冷蔵庫からファンタと、水屋からスナック菓子を取り出し、リビングの居た母親に声をかける。

「ねえ、エージ先輩、泊まるから、布団出して」
「そうなの? お家には連絡してあるの?」
「うん。今からする」

 リョーマはそう言って、電話の子機を取り上げ、二階へ戻る。

「エージ」
「……んぁ? ああ、やっぱし判んないや」
「……今日、泊まるでしょ?」
 そう言って、子機を差し出すと、英二は苦笑を浮かべて言った。
「決め付けてるし」
「泊まらないの?」
「泊まるけど」
「……じゃあ、連絡した方が良いんじゃない?」
「ん。あ、電話済んだら、教えてね」

 子機を手に取り、家の電話番号をプッシュしながら、英二が言う。
 リョーマは、ファンタの缶のプルトップを引き上げながら、仕方ナシに「ハイハイ」と答えた。


 英二が電話を終えると、リョーマが布団一式を、抱えて部屋に入って来る所だった。
「あれ? 言ってくれれば、手伝ったのに」
「……別に。手伝って貰うことじゃないですよ?」
 折りたたんだままの布団を、床に下ろし、その上にリョーマが座ると、英二はその前に座り込んで、再度質問を繰り返した。
「で?」
「……は?」
「誤魔化す気か〜〜〜〜!!」
「……冗談ですってば……でも……気付かないなんて、エージってやっぱ鈍感だね」
「はあ?」

 リョーマは、少し視線を彷徨わせて、さてどう言おうか考える。
 だけど、他に言いようがなく、結局、視線を逸らして、ふて腐れたような表情で口を開いた。

「それは、エージのせいだから」
「は?」
「エージが…………不二先輩に……って言うから」
「え?」
「もう! エージが不用意に、不二先輩に好きとか言うから!!」

 真っ赤になっているのが、自分でも判る。
 呆気に取られてるのか、何も言って来ない英二に、少しだけ視線を向けると、瞬間、抱き締められた。


「おチビ〜〜可愛い!!」
「うあ……っ」


「んじゃ、大石に、好きって言ったら妬くの?」
「妬いて欲しいんですか?」
「……んー……そう言う訳じゃないんだけど」
「……妬きませんよ。だから、保護者のこと好きって言う子供見て、妬く人いますか?」
「………………」
「不二先輩は、何を考えてるのかいまいち判らないとこあるから……保護者に近いけど、そうも言い切れない……エージ?」
「…………」
 むすっとした表情で、黙り込んでいる英二にリョーマは、深々と溜息をついて、頭を掻いた。
「妬いて欲しいの?」
「……そうじゃないけど」
「……? じゃあ、何?」
「釈然としない……」
「は?」
「だって、オレと大石同い年なのにさあ。何でオレが子供なの?」
 憮然とした表情の瞳の奥に、どこか不安の色を映し出し、目だけで聞いて来る。

イツカ、コドモノオレニアキテ、オトナナ、オオイシノホウニ、イクカモシレナイ――ネエ? ドウナノ? オチビチャン?

 そんな英二の気持ちに、リョーマは思わず小さく笑ってしまった。

「むぅ……何で笑うの?!」
「いいじゃないっすか? オレも子供だし、子供同士で、こうして付き合ってんだから」
「……」
「オレは、子供の方が好きだけど? エージ」
「……ちぇ……何か、リョーマの方が上手みたい」
「そうかもね」
「あ、このヤロ!」

 笑うリョーマに頬を寄せて、口付けると。
 吃驚したような表情を見せて、目を大きく見開いて。
 最初は力の入っていた体から、すっと力が抜けて行くのを感じると。
 英二はそっとリョーマから唇を離した。
「……ズルイっすよ。エージってば」
「ふふん♪ いっつも可愛いけど、こう言う時は格別だよね〜〜〜♪♪」
「……バカ」

 互いにどっかでバランスを取りながら。
 こんな風にじゃれあって、夜中まで一緒に傍に居て。
 いつの間にか、一緒に並んで眠りについて。
 今は子供同士でつるんでいよう。
 きっと、オレが先に大人になるから。
 君が頼って来るくらい、大人になるから。
 だから、オレだけ見ていてね。
 他の人のとこに行かないで。



 今は、子供同士でつるんでいよう。


 そうして。


 朝になって目が覚めたら。
 大好きな笑顔を見せて、一緒に言おう。



「おはよう、おチビちゃん」
「おはよう、エージ先輩」


 今日は、きっと最高の一日なるね。