君の存在〜ぬくもり〜 |
「うぅ〜退屈〜暇〜」 「煩いよ。英二」 「だって、退屈なんだもん」 「あのねえ。暇だから、宿題見せてくれって言ったの、誰だっけ?」 「……あぅ」 「真面目にやる気がないなら、僕はもう帰るけど?」 「良いよ。あ、宿題置いてってね」 オレの我が侭大爆発な言葉に、さすがに不二が切れて、頭を叩かれた。 「どうでも良いけど、僕に八つ当たりしないで欲しいな」 「八つ当たりって訳じゃないよ」 「どう見ても八つ当たりだよ。一週間だもんね。一人ずつにそうやって八つ当たりしてくつもりじゃないよね?」 「……(ギクっ)」 「そう言えば、昨日は手塚に、絡んだみたいだね? その前はタカさん? んで今日僕に八つ当たりして、明日は桃かな〜」 「……」 「最後には大石に当たって、そうしたら、越前くん帰って来るか……」 「……別に八つ当たりとかしてないし……」 小さく呟いたものの、不二は呆れたように肩を竦めた。 「……会いたい。声を聞きたい……」 もう一回、小さく呟いて、目を閉じる。 「ホント……どうしようもないね。越前くんが行ったの、三日前だろ? ってことは、後四日で帰って来る訳だから……もう少し元気出しなよね?」 呆れたような不二の声。 判ってるんだけど。 でも、何にもやる気がしないんだよ。 今度は前以て聞いてたから、前みたいに、無表情になったりなんてないけど。 でも、やる気が出ないのは大して変わりない。 「去年……」 「ん?」 「去年の夏は……何やってたっけ?」 「……ほぼ、今年と同じだと思うけどね」 「だよね」 部活のみんなで、祭りに行ったり海に行ったり、花火見に行ったり……。 そう、当時の先輩たちとキャンプにも行ったんだ。 思い出すだけで楽しかったと実感する。 でも、でも。 それだけじゃ足りない。 あの子がいないことが。 今年は、こんなに。 足りなくて悲しい。 お世辞にも愛想がいい訳じゃないし。 直ぐに甘やかしてくれる大石や不二と違って、キツイし。 普通なら言い難いことだって、ポンポン言ってくれるし。 でも。 それでも。 「花火大会……おチビと行きたかった……」 明後日の夜ある花火大会は、おチビが居ないせいで、一緒に行けない。 「おチビは平気なのかな〜何か、オレばっか好きみたい……」 「またそう言うこと言うと、越前くんに怒られるよ?」 「……だってー……」 会いたい会いたい。 声が聞きたい。 どんな憎まれ口でも、全然構わないから。 あの子の声が聞きたい。 あの子の姿を見たい。 あの子の存在を……この手に感じたい。 なんて思っても叶わないことは判ってたから、一週間、我慢すれば会えるんだから、だから……。 オレは不二に礼を言って、他の奴らにはこれ以上、当たらない約束をした。 不二は宿題をそのままに、夕方には家に帰ってしまい、オレはそれを見送って部屋に戻った後、そのまま、床に寝転んだ。 ☆ ☆ ☆ 花火大会当日。 本当は、行く気なかったけど、誘いに来てくれた桃や、大石。 それに、不二の無言の圧力に屈して、オレは家を出た。 「何か、元気ないっすね」 「……今日辺りは元気かと思ったんだがな」 「……へ?」 「あ、ほら、アイツ……向こうから絵葉書送って来たでしょ? 似合わないことするっすよね?」 「絵葉書?」 「一応、暑中見舞いだか残暑見舞いだかのつもりらしいっすけど」 「……もらったの?」 「……え? 英二先輩のとこにも来てたんじゃ……?」 「……」 困惑する桃と同じくらい、オレも困惑していた。 聞けば、皆のところに、おチビから葉書きが届いたって言う……。 でも、オレのところには来てなかった。 あれから、おチビから電話も、メールも、手紙も来ないから。 毎日毎日、郵便物のチェックしてたし。 でも、おチビからの手紙なんか、葉書きなんか来てなかった。 「……ふ、不二先輩」 「……拙かったか?」 桃と大石が困ったように、不二に声をかけていたけど、不二は大したことないような表情で、あっさりと言った。 「まあ、越前くんも人間だから……出し忘れるってこともあるんじゃない?」 「……不二……」 「確かに、それは言える……。まして、それほど、律儀な性格でもないしな」 呆れたような手塚と、引退したってのに、まだデータを集める癖が残ってるのか、ノートに何か書いてる乾。 「もしかしたら、郵便事故かも知れないし。越前はちゃんと出したのかも知れないよ?」 心配そうなタカさんの声に、オレは何とか苦笑を浮かべて見た。 花火大会が始まる前に。 夜店に寄って、焼きそばやたこ焼き、カキ氷や冷やし飴なんか買ったりして、射的や輪投げ、それに金魚掬いとか……誘ってくれる皆が、オレに気を遣ってくれてるのが判った。 素直に嬉しいと思うのに。 ありがとうって思うのに。 心の底から楽しめていない自分が、凄く嫌で情けなかった。 ☆ ☆ ☆ 「調子悪いっすね? 英二先輩」 「……むぅ〜でも、絶対取るもんね。あの黒猫のヌイグルミ」 そう言って、オレは銃を構える。 最初に行った所と違う射的の出店に、黒い猫のヌイグルミがあって、これが凄く生意気そうな感じだったから、何だか凄く欲しくなった。 ムキになって撃ち捲くる割りに、外したり別の景品に当たったりで、ちっとも肝心のそれに当たらない。 そろそろ、お金も尽きて来るし、何が何でも当てたくて、更にムキになる。 と、不意に隣にあった銃を誰かが手にした。 オレは、ヌイグルミに照準を合わせて集中しようとしてたから、相手を確認しようとしなかったけど。 すると。 ぱん 軽い音がして、黒猫のヌイグルミが倒れた。 「……あ」 オレは銃を手にしたまま、愕然と目を見開いて、そのヌイグルミが取り除かれるのを見ていた。 緩慢な動作で、銃を戻して、踵を返そうとしたら、そのヌイグルミを手に入れた誰かが、小さく笑ったのが判った。 「……こんなのが欲しかったんスか? つくづく子供っすよね? エージって」 「……へ?」 その生意気な口調と、聞き慣れた声に、慌てたように振り返ると、黒猫のヌイグルミが腕の中に押し付けられた。 「花火大会に行くって聞いてたから、先にそっちの会場に行ってみたんだけど、誰も居なくて。どうしようかと思ったら、大石先輩に会ったんで、こっちの夜店にいるって聞いたんスよ」 「……おチビ?」 「でも、夜店っても結構広いんすね。人も多いし……見つけられないかと思ったんすけどね」 そう言って、おチビはオレを見て笑った。 「エージ?」 おチビを呼んでから、何にも反応しないオレを訝しんで、おチビが改めてオレを呼ぶ。 「……何で、いるの?」 「……居ちゃ悪いっすか?」 「だって……帰って来るの……明日じゃ……」 「明日も今日も別に変わりないっしょ?」 「……でも……」 何だか頭が混乱してて、何を言えば良いのか判らなくて、腕に抱いた黒猫に頬を埋めた。 それを見て、軽くおチビが息をついた。 オレが、視線だけをおチビに向けたら、 「……捜してる間、ちょっと思い出したことがあって」 おチビが、小さく呟くように口を開いた。 「……何を?」 「……イタリアだか、どっかの祭りに……。その人込みの中ではぐれたカップルは別れるってジンクスがあるらしいんすよ」 「……」 「でも、もし、もう一度巡り会えたら、一生別れないって言う……。――こんなにたくさんの人がいて、その中でたった一人の人を見つけるなんて、無理かと思ったけど。それを思い出したら、何が何でも見つけてやるって……この町のこの祭りにそんなジンクスないのに……。オレも相当馬鹿っすね?」 言いながらおチビは鮮やかに笑った。 この、人込みの中で。 いつからか、知らないけど、ずっとオレを捜してくれてた。 【人込みの中で……会うことが出来たら、一生別れない……】 そんなジンクスを……思い出して、オレを捜して見つけてくれたの? 何かそれって……。 究極の愛の告白みたいだよ? おチビちゃん? 「……ずっと会いたかった……」 猫に顎を預けたまま、小さく呟いてみた。 「知ってます」 「……何で、電話くれなかったの?」 「……オレが会いたくなるから」 「……何でオレにだけ、葉書きくれなかったの?」 「……? ああ、あれはどうせ、オレが帰り着く頃に着くものだから……。エージには直接渡そうと思って」 聞けばなんてことない。 簡単な理由だったり……。 「そろそろじゃないっすか? 花火が始まるの」 おチビが言った瞬間。 頭上で盛大な花火の音が鳴り響いた。 「何か、オレ……カッコ悪い?」 「……そっすね。相変わらず……情けないっすね」 「……判ってんだけど」 「でも……オレも同じだから……」 「え?」 「……オレもエージに会えなくて、ずっとふて腐れてたから……。辛気臭いから先に帰れって、親父に言われるくらい……」 「……おチビ」 「……だから、きっと……カッコ良くてもカッコ悪くても、どうせ、オレもエージもまだ子供なんだから……良いんじゃないっすか?」 そう言って、ふてぶてしく笑うおチビに、オレも笑って見せた。 「やっと笑ってくれた」 「へ?」 「オレに会ったのに、全然笑ってくれないから……嫌われたかと思ったじゃないっすか」 帽子のツバを下げて、小さく言う。 その頬と耳が真っ赤になっていて、オレは軽く吹き出した。 「むっ……エージなんか泣きそうになってたくせに!」 「なってないよ! 泣きそうになんかなってない!!」 一頻り、言い合いをした後、互いに睨み合って、吹き出して笑い合う。 「会場に行かないと、仕掛花火は見られないからね!」 「仕掛花火?」 「……そう、空じゃなくて、水の上で作られる花火だよ」 オレはそう言って、ヌイグルミを左手に抱えて、おチビの左手を掴んだ。 おチビの……手の温もりに……本当に涙が出そうになったけど。 これ以上、情けないところは見せられないから、我慢した。 「ねえ、おチビ」 「何?」 オレはおチビの手を掴んだまま、立ち止まって、振り向いた。 「まだ、言ってなかったと思って」 「……?」 「お帰り。リョーマ」 「!」 そう言って、オレは少し身体を屈めて、リョーマの唇に口付けた。 軽く目を見開いたリョーマも、抵抗はしなくて。 そうして、オレはその小さな身体を。 6日振りに抱き締めた。 <Fin> |