君がオレを見てくれれば

 その日は、おチビが用事あるとかで、デートはなしになった。
 結局、昼過ぎまで寝倒して、起きたのは1時半過ぎ……。


 退屈だなーと思った時には家を出ていた。




 あっちこっち一人でブラブラしながら、ペットショップの前で足を止めて、そこにいる仔猫や仔犬に目を細める。
 そんなことをしていたら、不意に冷たいものを頬に感じて、オレは視線を空に向けた。

「雨?」
 思う間に、雨はどんどん降り出し、次第に激しさを増して行く。
 出て来る時は晴れてたから、当然傘なんて持ってないし、オレは慌てて駆け出してシャッターが閉まっている店の庇の下に飛び込んだ。
 と。
 その瞬間、薄暗くなった辺りに白い光が走った。
「へ?」
 それから 十数秒後。
 何とも言えない、音が響き渡る。
(うわあああ)
 声に出すことも出来ないで、オレは耳を塞いで座り込んだ。
(サイテー! 雷鳴るなんて言ってたか?)
 雨が降ることさえ知らなかったオレが、そんなことを知ってる訳がない。

(これじゃ、ますます身動き取れないじゃん;;)


 そんなこと、思う間に、雨脚は強くなるし、雷はどんどん近付いて来るのが判る。
 慌てたように走っていた通行人も、今はいなくなり。
 どこぞで傘を手に入れて、のんびりと歩いている感じだった。
 もっとも最初より、人は確実に減ってるけど。


 ――誰も、こっちを見ない。
 こんな所で座り込んで、動けなくなったオレのことなんか、本当に眼中になくて。

 人が(減ったとは言え)たくさん、通り過ぎるのを見つめながら、オレは自分がたった独りになったような錯覚を憶えていた。











「何やってんスか?」
 不意に掛かった声に、オレは弾かれたように顔を上げた。
「……おチビ?」
「……ああ、傘、ないんだ? んじゃ、家の車、乗りますか?」
「へ?」
 少し離れた場所。
 ここを通り過ぎた場所に、青い車が停まっている。

「通り過ぎたんスよ。んで、ここで蹲ってたのエージ先輩じゃなかったかなと思って。停まってもらって、オレだけ引き返して来たんス」
「……オレに、気付いたの?」
「気付くでしょ? 当然」

 決め付けるように言うおチビに、オレは唖然とした目を向けた。

「だって、車の中で見たんでしょ? だったら……」
「どんな状況でも状態でも、オレがエージ先輩を見逃すと思いますか?」
「……!」

 差し伸べられた手に、オレはどう言えば良いのか判らない気持ちになって、俯いた。

「エージ先輩?」
「……もう、おチビのバカ」
「はい?」

 おチビの語尾が少し上がった。
 何言ってんだ、コイツって思ってる。
 オレは心の中で笑いながら、俯いたままその手を掴んだ。

「おチビが好きって言ったの!」
「そうは聞こえなかったッスけど……?」
 不審な目を向けて来るおチビは、それでもオレがおチビの手を掴んだことに満足したのか、握り返して引っ張ってくれた。
 おチビが持つ傘を手にして、停まってる車の方に二人で歩き出す。


「でも、何で座り込んでたんスか?」
「へ?」
「具合でも悪いのかと思ったっスけど。そうでもない見たいっスね」
「ああ、それは……」

 言いかけた瞬間、周りが白く光った。
 その数秒後、鳴り響く雷の音に、オレはやっぱり座り込んでいた。


 はっとした時には遅かった。
 笑われるかも知れないと思いながら、恐る恐るおチビを見上げる。
 だけど、おチビは笑ってなかった。

「次が鳴るまで、まだ間があるッスよ。さっさと車に乗って下さい」

 そう言ってオレの手を強く引いて歩き出す。
 慌てて、持ってた傘をおチビの上に翳すけど、そんなの意味ないくらいのスピードで歩いて、車のドアを開けると、オレを先に押し込んだ。

 その後、おチビが乗り込んで来てドアが閉まる。

「取り敢えず、オレん家で良いっすよね? 先輩」
「………う、うん。勿論」
「だって、親父」
「ホント、態度悪ぃ一年だよな〜すまんねえ、兄ちゃん」
「いえ……別に……あ、は、初めまして。3年の菊丸英二です」
「知ってるよ。そこのバカ息子がよくあんたの名前出すから」
「へ?」
「煩い! 親父。さっさと車出せよ」

 親父さんの言葉に、慌てたようにおチビが言い、車は滑らかに走り出した。

「おチビ?」
「……何スか?」

 そっぽを向いて、こっちを見ない状態で、リョーマが問い返して来る。
 不機嫌そうな、無愛想な声だけど。

 それが、おチビの照れ隠しだと、直ぐに判った。

 だから、それ以上言及するのは止めて、オレはそっとシートの上の、おチビの手に自分の手を重ねるだけにして。
 そうして、こっちを見返ったおチビにニッコリ笑って見せた。


「ホント……まだまだだね」
「は? 何が?」
「別に」
「何が、誰が? ねえ、おチビーー?」
「煩いっすよ、エージ先輩」




 そんなことを言い合いながらも。
 オレは、オレを見つけてくれたのが、おチビですっごく嬉しくて。

 独りきりのような気がして、スッゴイ孤独感を感じてたのに、そんなの全部吹き飛ぶような……。
 おチビがオレを見てくれたら、オレを見つけてくれたら、他はどうでも良いんだと気がついた。



 もう、雷が光っても鳴っても、気にならない。
 おチビと一緒に話して笑って、それだけしかオレの耳にも目にも入らないから……。











 結局、そのまま、おチビの家に行って、夕飯ご馳走になって、泊まることになったのは、今更、言うまでもない……のかな〜?