あなたの笑顔を見たいから

 一緒に映画を見た帰り。
 ちょっと立ち寄った商店街で。
 不意に、彼がわき道に逸れた。

 ピッタリ窓に張り付いて、中を覗いている。
 多少呆れつつ、そこがどこであるか、直ぐに理解した俺は、
 ゆっくりした足取り彼の後を追った。


「うや〜可愛いな〜♪」
「そう言えば、先輩の家は犬飼ってましたっけ?」
「うん。姉ちゃんがね〜オレは猫飼ってみたいんだけどさー」
「犬は外で飼ってるんでしょ? なら、猫だって飼えるんじゃ……」
「ダメ。母ちゃんのオウムがいる」

 なるほどと、俺は頷いて、彼の半歩後ろで立ち止まった。

「カルピンはおチビが飼いたいって言ったの?」
「別に……。親父がいきなり、押し付けて来たんスよ」
「でも、可愛がってるよね? 前に、カルピン居なくなったとき、おチビ凄く慌ててたし」
「…………」

 何で、こうも古傷を抉るかなと、思いつついつまでも、こちらを見ないで、ペットショップの仔猫と仔犬に神経が行ってる彼に、少しムッとした。

「それじゃ、俺、先に帰りますね」
「え? 何で……? もう少し居ようよ」
「……俺が不機嫌になっても良いんなら、まだ居ますよ?」
「……何で、不機嫌になるの?」

 この人は、本当に何も判ってないんだろうか?
 最初から鈍感だと思ってたけど。
 ――追い詰められないと、判らないと言うなら、とことんまで追い詰めてやっても良いが……。



「俺の気に入りの猫が……俺を無視するんで、つまんないんですよ」

 そう言って、俺は歩き出した。
 一瞬呆けていた彼が、次の瞬間、慌てたように追いかけて来る。

「おチビ、他にも猫飼ってるの?」
 嬉しそうに、目を輝かせて問い掛けて来る、彼に些か呆れつつ、短く嘆息して、俺は彼の手を掴んだ。


「飼いたいと思うんスけどね。どうにも、俺の言う通りにはならないんで……」
「……あの、おチビ? ……手……」
「……別に良いでしょ? 放っとくとどこ行くか判らないんだから」
「……ねえ、もしかして、おチビの言う猫って俺のこと?」
「他に誰がいるんですか?」
「むぅ……! 何で俺が猫なの? 猫扱いは何かイヤだな〜」
「んじゃ、先輩も俺のこと、猫扱いしないでくれますか?」
「……う゛っ……」

 先日、寝転んでいる俺を、猫みたい〜と散々オモチャにしてくれたのは、他ならぬこの先輩だ。


「だって、おチビ猫みたいで可愛いんだもん」

 それはこっちの科白だと言う言葉は、飲み込んで。

「じゃあ、お互いさまということで」
「……な、何?」

 俺は、彼の手を強く引いて、自分に近づけると。
 掠めるようなキスをして、離れた。

「……っ!!!」
「腹減ったんで、とっとと帰りますよ、先輩」
「おチビーーー!! んなとこですんなよ!」
「油断した、あなたが悪いんですよ。それに……」
「……それに?」
「俺を無視したあなたもね」

 意地悪く笑って言うと、彼は真っ赤になりながら、それでも不満そうな表情でそっぽを向いた。

「別に無視してないし。油断もしてないし」
「……?」
「どうせなら……人通りがないとこで、もっとゆっくり、やってよね!」

 言いながら、俺を追い越して、歩き出した彼に。
 俺は一瞬呆気に取られつつ、次に吹き出して、その後を早足で追った。

 そっと、彼の手を掴んで、握り締めると。
 握り返してくれたから、少しホッとして。


「それじゃ、これから俺の家に行きますか?」
「………え?」
「何、ビビってんすか? 夕飯、食べてくでしょう?」
「あ、そう言う意味ね」
「……別にそれだけじゃなくても良いッスけど」
「それだけで結構です」

 彼の言いようが面白くて、軽く笑うと、何故か彼も笑っていた。
 それが嬉しくて、握る手に少しだけ力を込めて。



 もう一度、彼に少しだけ笑って見せた。
 エージの笑顔を。


 もう一度、見たいと思ったから……。