Reason <後編>
by Hinato Hoshi

 ――教えてくれないなら、何でまた聞くの?



 判らないよ?

 言ってくれないと、何も判らない。


 もし、オレの勘違いだったら?

 オレの気持ちも……勘違いかも知れない。

 だから、ちゃんと言ってくれないと……


 判らないよ……。
 エージ先輩……。




    ☆   ☆   ☆


「ふ〜じ〜!!」

 翌日。

 朝練のために部室に入ると、そこに居たのは、不二だけだったために、英二は思わず詰め寄っていた。
「おはよう、英二。どうしたの?」
 キョトンとして風に、問い掛けて来る不二に、英二はふて腐れたように言った。
「おチビに告白したって……? 不二はおチビが好きだった訳?」
 んなこと訊いてないよ? と英二は続けて言った。
「ああ。訊いたの? ……でも、まあ、振られたって言うか……少しも相手にして貰えなかったからね。これでも、プライド傷付いてるんだよね」
「……何で、告白したのさ?」
「何でって……その場の流れかな?」
「その場の流れ?」
「そう。クラスの女子から手紙預かってね。エージ、頼まれなかった?」
「……」
 不二の問いかけに、思わず顔を背けて、英二は頭を掻く。
「それを受け取ろうともしないから……何となく……告白したらどうするかなっと思ったんだけど……」
「……振られて、ショック?」
「当たり前じゃない。ショック受けない人は居ないと思うよ?」
 不二の言葉に、英二は自分がその『傷み』から逃げていることに気付いた。
「……ダメだな……オレってば……」
「英二?」
「……不二責める資格なんかオレにはないよね? オレは……振られんの怖くて告白も出来ないんだから……」


 昨日……リョーマはチャンスをくれたのかも知れないのに……。

「え? 昨日、告白したんじゃないの?」
「へ? 何でそう思うの?」
「……だって、嬉しそうだったし……。越前くんに残るように言って貰ったんだろ?」
「……そう…だけど。何で知ってんのさ?」

 どこから漏れた情報なのだか。

「……やっぱり。気持ちは口にしないと伝わらないよ? 英二」
「……」
 不二の言葉に、英二はかすかに頷いた。
 頭では判っているのだ。
 
 言葉にしなくても伝わる想いもきっとあるかも知れない。
 でも、まだ何も始まってないのだから、言葉にしなければ、相手には伝わらない。

 たとえ……結果が見えていても。
 答えは判って居ても……。


 それで、自分が傷付くことを避けているのでは、本気で好きと言えないかも知れない。


「おはようっす」
「おはようございます!」

 朝練のために、2年や1年も集まってきて、部室が賑やかになって行く。
 リョーマはきっと遅刻ギリギリで来るのだろう。
 英二は、踏ん切りを付けるように、少し大きめの声で言った。

「よし!!」

「どうしたんスか? 英二先輩?」
 桃城がビックリしたように、1、2年を代表するように、問い掛ける。

「ん? うんにゃ、何でもないよん。さああ、練習練習!」

 そう言って、英二も着替えを始めた。





     ☆   ☆   ☆


「え?」
 リョーマは目が覚めたと同時に、寝惚けた頭のまま、枕元の時計を手にして、時間を確認した。
「……7時50分?」
 朝練は、6時50分からで。
 
 当然……今から行っても、朝練は終了している時間になる。

「やば……」

 これで放課後、練習開始早々、20周は走らされるなと、深々と溜息をつき、リョーマはノロノロとベッドを下りた。


 それもこれも、昨夜なかなか寝付けなかったからだと、理不尽な方向に腹を立ててみる。


(エージ先輩……何で、あんなこと訊いてきたんだろう?)

 どうしても、それが気になって。
 そうして、その答えが、不二と同じものであれば良いなと。
 そう、思う自分に首を傾げて見たりして……。


 でも……英二は教えてくれない。
 何故なのか判らないままで。

 不二とは、全く違う理由だから言えなかったのかと考え始めていた。

「……何やってんだろ? オレ……」

 自嘲気味に呟いて、リョーマはバッグを手にして部屋を出た。



   ☆  ☆  ☆

「なーんか幸先悪い気がする」

 教室で自分の机に懐きながら、英二が呟いた。
「……朝練に、越前くんが来なかったから?」 苦笑を浮かべながら、不二が英二の隣に立った。
「ん。まあね。……でも、答えなんて最初から、判ってるんだから、気にすることないんだけどね……」
「――……答えが判ってる?」
 聞きとがめた不二が、問い返して来る。
「んん……まあね」
「それは……」
 
 重ねて問い返そうとした瞬間に、校内放送を案内するチャイムが鳴り響いた。

『3年6組の菊丸英二くん。至急、職員室まで来て下さい。繰り返します、3年6組の菊丸英二くん。至急、職員室まで来て下さい』

「ええ? オレ……?」

 いきなりの放送での呼び出しに、不二が何か問い掛けようとしていたことを、コロッと忘れて、英二は慌てて立ち上がった。

 クラスメートに何だかんだと、囃し立てられながら、英二は職員室に向かうべく、教室を駆け出した。



    ☆  ☆  ☆


「え? それじゃ、英二はもう帰ったのか?」
 部室のドアを開けようとして、リョーマはノブを掴んだまま、動きを止めた。
「うん。何だか、慌てて教室に戻って来て、そのまんまの勢いで帰ったからね。事情も聞けなかったよ」

 話をしているのは、大石副部長と不二の二人。
 そうして、もう英二が下校してしまっていることに、リョーマは少なからずショックを受けていた。

 朝練は、大遅刻確実で、どっちみち放課後の練習で罰走させられるだろうなとか、考えたために、部室にも顔を出さなかった。

 ――自分が会ってどうしたいのか。
 何をする気なのか、判ってはいなかったし。 会えば、気まずくて何も言えずに、避けることになるかも知れないのに……。

 それでも――

 会いたかったと思う、この気持ちは何だろう――?






「越前? 何やってんだ?」
 桃城の声に顔を上げて、振り返る。
「えち……」

 桃城は、唖然としたまま、リョーマを見つめて。
 リョーマは、自分の頬を伝った、冷たい感触に……愕然とした表情を浮かべていた。




     ☆  ☆  ☆


「……ガキの頃は、泣き虫だったらしいんすよ」

 何となく。
 部室を離れて、コートの脇にある、木に凭れかかって、自分について来ていた桃城に向かって言っていた。

「全然、覚えてないっすけどね……。でも、いつからか、オレは泣かなくなった……。もう、何年も……泣いたことなかったのに……」

 泣きたくなるような、そんな感情の揺れは感じたことがなかった。
 こんな風に……胸が締め付けられるような感触も。
 本当に、大切なものが、すり抜けていくような感覚も。


 会いたいのに、会えない。
 会いたいのに、会いたくない。


 こんな矛盾した気持ちだって……持ったことなかった。



「……自分が、自分じゃないみたい……」



「越前……」

 いつものリョーマらしくない、弱々しい声音に、桃城がそっと、その肩を抱くように腕を回した。

「桃先輩?」
「よく、判んねえけどよ。たまにはそう言うこともあらーな。だから、あんまりくよくよすんな」

 不器用なでも、桃城の優しさと暖かさを感じて、リョーマは俯いた。

「……同情されるのは、性に合わないんすけどね」
 呟くように言ったリョーマの言葉に、桃城はニッと笑みを見せる。
「可愛くねえな、可愛くねえよ。ま、それでこそ越前だな」
「可愛くてなくて結構っす」

 そうして、睨みあうような形で互いの顔を見合わせて、同時に吹き出した。

「……っ」


 小さく、足音らしき音が聞こえ……誰かの気配を感じた。
 ほぼ、同時に息を飲むのが、伝わって来て、リョーマはそちらに視線を向けた。

「英二先輩! ちわっス!」
 先に気付いた桃城が、いつもの調子に挨拶をする。


 今日はもう、会えないと思っていた英二の姿が……。

 そこにあった……。









   ☆  ☆  ☆


「あれ? 英二……今日部活休むんじゃなかったの?」

 部室にやって来た英二に向かって、不二が問い掛けた。
「……え? あ、うん。……なんか、兄ちゃんが事故ったって訊いて慌てて病院行ったけど……ぴんぴんしてて……んで、部活だけ出ようかなって戻って来たんだけど……」


 リョーマに会いたかったから。
 気まずいけど。

 朝、会えなかったから……。
 会いたいと……思ったから……。

 話せなくても、姿が見られたらそれで良いと……。

 だけど、戻って来なければ良かった。
 そう、思う自分の心がイヤだった。

 あの二人が仲良いことは、前から判っていたことだし。
 今更ショックを受けるようなことでもないのに……。

 朝の決意がグラグラ揺らぐ。
 傷付くのが怖くて。

 これ以上、辛い思いをしたくなくて。
 
 心が、臆病になって行くのが判る。

「ちぃーっす!」

 自分のロッカーの前に、ボーッと突っ立ていると元気な声が聞こえて、桃城とリョーマが入って来たのが判った。

「英二先輩? どうかしたんすか?」
 ボーッとしている英二に、桃城が着替えながら問い掛けて来た。
「別に……」
「でも……」
「関係ないだろう! 桃には!!」

 自分でも驚くほどの声が出た。
 腹立ち紛れに、ロッカーを叩き付けてもいた。

「……」

 驚きに目を見開く桃城と。
 静まり返った部室内の空気に、英二がハッとした時には、リョーマが口を開いた。

「何、八つ当たりしてんすか?」
「……!!」
「みっともないっすよ? 菊丸先輩」

 既に着替え終えたリョーマ、そう言って先に部室を出て行った。

「……ご、ごめん……」
「……いや、オレの方こそ……その……余計なこと言ったみたいで……すまないっす……」
「……桃は、悪くないよ。ただの八つ当たりだから……」

 小さな声で呟くように言って、英二は着替える手を止めて、踵を返した。

「英二?」
 誰かが自分を呼んだような気がしたけど、英二は振り返らずに、そのまま部室を出て行く。




    ☆  ☆  ☆


「おチビ!」

 少し先のコートの手前にいたリョーマに声をかけると、返事を待たずにその腕を掴んだ。
「何っすか? 先輩?」
「……」
 問い掛けるリョーマの声を無視して、英二は少しコートから離れた場所へと向かった。

 木の陰に回ってリョーマの腕を更に強く引っ張って、木の幹に押し付けて……。
 リョーマを自分の腕で挟み込むようにして、俯いた。
「……菊丸先輩?」
「……何で?」
「は?」
「……【エージ先輩】って……呼んでって言ったよね? 呼んでくれてたじゃん? 何で元に戻るの?」
「……」
「何か……何かさ……嫌なんだよね。こう言うの……!」
「……」
「自分の気持ち持て余して、誰かに八つ当たりして、情けないったら……!」
「……何が言いたいんすか?」
「ずっと……ずっと……越前を見てた」
「……!」
 滅多に呼ばない苗字を呼ばれて、リョーマは軽く目を瞠った。
「オレのこと、意識してくれたら良いなって……。オレのこと気にしてくれたら良いなって……」
「……」
「好かれてる自信はないけど、嫌われてはいないなって……勝手に喜んでたよ」
「……」
「でも、昨日から、越前は変だ……今までと態度が違うし……! 恋愛とか興味ないって言ってたのに、好きな人いるって言うし!!」
「……――先輩は……何で聞いて来たの?」
「……え?」

 リョーマの問いかけに、英二はハッとしたように目を瞠った。
 そう言えば……昨日の帰り際も聞かれた。
 リョーマが知りたがってたこと……。



【どうして、オレに好きな人がいるか?って訊いたんですか?】



「それは……」
「それは?」

 言い淀む英二に対して、リョーマは軽く息をついた。

「……聞いても、教えてくれなかったから……先輩は、不二先輩とは違う理由で聞いたのかと思った……。だから、言えないのかって……」
「……ぇ?」
「……ただの興味本意な……詮索だけで、ばつが悪くて言えないのかと……」
「ちょっと待ってよ! ……今までのオレの話聞いてた!?」
「……?」
「オレは、おチビにオレに気づいて欲しかったって言ったよね?」
「……」
「オレは……おチビに――
越前に、嫌われたくなかったの! 好かれたいと思ったんだよ!!」

「――」
 リョーマが、小さく息を飲んだのが判った。
「……どうしてっすか?」

 ここまで来てさらに問いかけて来るリョーマに、さすがに英二も我慢の限界を来した。
 心のどこか。

 頭のどこか――何かが音を立てて切れたような気がした。


「越前が好きだからに決まってるだろう!!」

 普段の彼からは想像も付かない、怒鳴り声に。
 リョーマは、目を見開いて、目の前の人物を見た。


 肩で荒く息をつきながら、英二は俯いたままでいた。




 ――不意に。
 笑い声が聞こえて、カチンとして顔を上げる。






 楽しそうに……嬉しそうに。
 リョーマが笑っていた。

「……越前?」
 その鮮やかなリョーマの笑顔に、英二は戸惑ったように声をかけていた。
「……リョーマ」
「え?」
「……おチビは別にして……リョーマって呼んで下さい。エージ先輩」
「……うぇ?」

 呆然となっている英二の腕を擦り抜けて、リョーマはコートに向かって歩きだした。

「オレ、今朝朝練サボったんで……。罰走、あるんすよね……。これで、遅刻したら、さらに増えるんで、もう行きます」
「……あ、あの……おチビちゃん?」

 不意に変わったリョーマの態度に、英二は腑に落ちないものを感じつつも、聞くべきことを聞いていないことに気づいた。






 ――聞くのは怖かった。
 昨日……その口で【好きな人がいる】と聞いたばかりである。

 もう一度……同じ言葉を聞くことになると判っていても……。

 聞かなければ……終わることは出来ない。





「……おチビに好きな人いるって……昨日、聞いたけど……でも、それでも……返事聞かないと……」
 終われないから……と小さく付け足して呟くように言った。






「勝手に、終わらせないでくれませんか?」
 こちらを見ずに、リョーマが言う。
「え?」
「……まだ、始まってもいないのに、終わらせないで下さいって言ってるんです」
 そこでリョーマは振り向いた。




「でも、でもおチビ……好きな人いるんでしょ?」





「居ますよ……。今、オレの目の前に……」

 ニッコリ笑って、リョーマは駆け出した。






「目の前って……え?」




 取り残された英二は、リョーマの言葉を反芻するように繰り返し、噛み締めた。

 今……リョーマの目の前にいたのは、自分だけで……。

「……それ……ねえ! えち……リョーマ!!」
「……先輩も早く着替えて来ないと、部長に走らされますよ!」

 少し離れた場所から、リョーマがそう言いながら、こちらを振り向いた。
 そうして、再びコートに向かって走って行く。

「あああ! そうだった、まだ着替えてないんだ、オレ……!!」
 その事実に気付いて、英二は部室の方に向かって踵を返し、それから、コートで他の一年と話をしているリョーマの背中を見つめて……。


 軽く笑みを浮かべた。


 ここ数日の……重たい気持ちが払拭されて行く気がする。
 心が……軽く晴れやかになる。


「帰り……誘ってみようか……ねえ。おチビちゃん」


 呟き、英二は部室に向かって駆け出した。
 既に着替えを済ませた、レギュラー陣がコートに向かっている。


 その中に、まだ部長の手塚の姿を見かけないことにホッとしつつ。
 英二は部室の中へと、足を踏み入れた。




<Fin>

<<Back


□あとがき□


……意味不明な話で申し訳ないです(−−;

文脈から読み取って貰えるのか、些か不安ですが……。
英二は、関係ない後輩にまで八つ当たりしてしまう自分に嫌気がさして、
こんな状態から、逃れたくて、自分が自分らしく居られるように、傷付くことより、
周りに当り散らすような自分を何とかしたくて、リョーマに向き合うことになるんですが;;

良いんでしょうか?;;;;;;

いや、こう言う英二って良いのかな〜。
何か、自分の英二の解釈が他とは大きく、ずれてるような気がしてしょうがないのです(汗)

リョーマさんも、ちょっと勘違いしてますか?(滝汗)

ダメだ……。
これから、ラブラブバカップルが書けるんだろうか……(汗)

まあ、こう言うのって書いて行くうちに、多少なりと変わるものなので、これからも、
どぞよろしくお願いします;;;;




ではでは、ここまで読んで下さってありがとうございました!