Reason<前編>
by Hinato Hoshi

「……ごめん」
 そんな声が聞こえて来て、リョーマはふと目を開けた。
 今の声が、夢だったのか……現実だったのか……判然としない中で、徐々に意識が覚醒して行く。

「他に……好きな人いるの?」
 別の声が聞こえて、「ああ、現実か」とどこか冷めたように思い至った。
 そうして、自分がいる木の上から、地面を見下ろすと、見慣れた赤茶けた髪の男子生徒と、見知らぬ女子生徒がそこにいた。

「……うん。まあ……そんな感じ……?」
「付き合ってる?」
「片想い……だけど……でも、あの子以外とそう言う関係に……なりたくないから……」
「そう……」

 他人の告白現場なんて覗くのは趣味じゃない。
 だから、リョーマはわざと物音を立てて、木の上から下に飛び降りた。

「きゃっ!」
「なっ?」

 二人が同時に声を上げる。

「おチビ?」
「……ちぃーっす」

 頭を軽く下げて、リョーマは二年先輩の、菊丸英二の後ろを通り過ぎて行く。

「ねえ、おチビちゃん!」
「なんすか? 先輩」
「……聞いてたの?」
「別に……聞く気はなかったっすよ?」

 素っ気無く言って、リョーマは中庭から、渡り廊下へと上がった。

「聞かれたくないなら、もうちょっと人が居ない時間にした方が、良くないっすか?」
 校舎に戻りながら言い残して、リョーマは校舎に足を踏み入れた。







 何となく……。
 胸の中がモヤモヤする気がする。


 だけど――


 リョーマはそんな気持ちを無視するように首を振って、教室に向かって歩き出した。





  ☆  ☆  ☆


「……はああ」

 盛大な溜息をつきながら、机に突っ伏している親友の姿に、不二周介は思わず丸めたノートでその頭を叩いていた。

「いったっ! 何すんだよ、不二〜!!」
「……鬱陶しいんだよ? 英二」

 ニッコリ笑ったまま告げられた言葉に、英二は強烈な悪寒を感じて、思わず身震いした。

「……で? 何があった訳?」
 一通りの悪態をついた後で、不二が問い掛けて来た。
 聞いてくれるのなら、最初から穏便に聞いてくれれば良いのにと、心の中で思いつつ、英二はもう一度溜息をついた。
「んんー……さっきの休み時間にさあ……見られちゃったんだよね〜」
「何を、誰に?」
 主語のない話運びに、不二は呆れたように、自分が溜息をつきながら問い返した。

「ん? だから、おチビちゃんに、告白されてるとこ……」
「……へえ……」

 興味深げに、不二が言い、英二はまたしても背筋に悪寒を感じた。

「何? 不二……何か、面白がってない?」
「別に……。それで、見られたからどうしたのさ?」
「……素っ気無いって言うか、あっさりしてるって言うか……。やっぱり、見てるだけじゃ、気付いてもらえないかな?」

 想いを込めて、いつも見ているのに。
 向こうはその視線を、意識している筈なのに……。

「まあ、見られてることに気付いても、その想いまでは気付かないんじゃない?」
「えええー? どうしてさ?」
「それは……」

 同性同士だから……とは答えず……不二はニッコリ笑って言った。




「越前くんは、そう言うことに関しては、鈍そうだからね」

「……だよねえ〜」


 英二は、どこか、納得したように、再び溜息混じりに、そう答えていたのだった。






   ☆  ☆  ☆


 放課後になって。
 少し遅れて部室に入ると……リョーマが一人で着替えていた。
 既に、練習は始まっているらしいのに……。

「あれ? おチビちゃん?」
「ちぃーっす」
 英二は少し驚いたように目を丸くした。
「随分、ゆっくりだね」
「菊丸先輩も人のこと言えないじゃないっすか?」

 ふと。
 リョーマの言葉に、英二は動きを止めた。

『菊丸先輩』?






「……おチビ……はさ。好きな人とかいるの?」
「……別に」
 という声に重なって、ロッカーを閉める音が、やけに耳障りに響いた。
「そう言うこと……興味ないっすから……」






 今朝の朝練の時は……あの時からずっと――『エージ先輩』って呼んでくれてたのに?

 何で今は、『菊丸先輩』なの?






「……んじゃさ。――誰かがさ、告白して来たら、どうする?」
「……どうも。断るだけっしょ? その気ないし……」
 「んじゃ、お先に」と言葉を残して、着替えを済ませたリョーマは、コートに向かうために、部室を出て行った。







「……あ、はは……。告白する前に、失恋決定?」
 力なく笑って、英二はロッカーに凭れかかった。



 ちょっとだけ、距離が近付いたと思ってた。
 少しは、意識してくれてると思ってた。






 でも……やっぱり見てるだけじゃ、気持ちまでは伝わらない。

「キッツイな〜……」
「何やってるんだ? 英二」
 聞き慣れた声に、英二はハッとして振り向いた。
「んにゃ……何でもないよん。ごめん、遅くなって。直ぐ着替えるから……」
 そう言って、ロッカーを開けてカバンを放り込み、ウェアに着替え始める。
「何があったのか、なんて聞かないけど……大丈夫か?」
 黄金ペアと呼ばれるパートナーの、大石の心遣いに。
 英二は何だか泣きたいような気持ちになっていた。







「あれ?」
 自分の目から、頬を伝って流れたそれに、英二はキョトンとした声を上げた。
「何で、泣いてんの? オレ……」
「さっきから……泣いてるぞ?」





 静かな声で、大石が呟くように言った。





「……情けないな〜」
 呟きながら、目元を、些か乱暴に擦って涙を拭くと。
 さっさと制服を脱いで、ウェアに着替えた。
 その上から、レギュラージャージを着て、ロッカーを閉める。

「悪い! 大石! テニス、しよう!!」
 気持ちを切り替えて、英二はそう言い、ラケット片手に、部室を出ようとした。
「ああ、そうだな」
 背後に、大石のいつもの語調の答えを聞いて、英二は何とか笑みを浮かべて見せたのだった。





    ☆  ☆  ☆


「……お疲れ様、越前くん」

 休憩に入ったリョーマの隣に、そう言って不二が立ったことに、リョーマは怪訝そうな視線を向けて口を開いた。
「何か用っすか?」
「……うん。これを君に渡すように頼まれたんだ。僕のクラスメートにね」
 手紙を見せられて、リョーマは目を丸くし、直ぐに帽子のつばを下げて、首を振った。
「要りません」
 素っ気無く言って、リョーマは受け取りを拒否した。
「そうなの?」
「……そう言うの、よく判らないし……」
「君は、好きな人いないの?」
「……それ、え……菊丸先輩にも聞かれたっすけど。何で、んなこと訊くんスか?」
 至極……当然の疑問を口にして、リョーマは不二を見上げた。

「……へえ。英二にも?」
 興味深そうに不二が言い、リョーマは何だか居心地が悪い感じを憶えた。
「……オレが誰好きでも、関係ないっしょ? エージ先輩にも、不二先輩にも……」
「……まあ、そうかもね。でも、僕には(多分、英二もね)結構、重要な問題だったりして?」
「どう言う意味っすか?」


 怪訝さをますます込めて、リョーマは問い返した。



 不意に――

 座ってる自分に、不二が覆い被さるようにして来たかと思うと、耳元で囁くように言った。




「……君が、好きだからね」




 愕然と目を見開くリョーマに、不二はニッコリ笑って、

「勿論、恋愛感情でだよ?」
 と付け足した。



(……好き? だから……オレの好きな人が気になったの?)

 今自分に、『好きだ』と言ったのは、不二なのに……。
 自分の目の前にいるのは、彼ではないのに……。



『おチビってさ、好きな人……いる?』


 さっきの部室での彼が浮かび上がる。
 表情は、よく見てなかった。

 でも……。

『じゃあ、もし……誰かが告白して来たら、どうする?』


 ……思わず、リョーマは立ち上がっていた。
 不二の存在をスッカリ忘れて……。

「あ、ども……ごめんなさいっす……。不二先輩」
 突き飛ばすような形になってしまって、リョーマは思わず謝った。
「ビックリした……どうしたの? 越前くん?」
「……いえ……。何でもないっす。それより、そろそろ行かないとヤバイっすね」

 リョーマはそう言って、地面にあったラケットを拾い上げて、肩に載せ歩き出す。

 ある程度の答えは予想しつつ、不二はそれでも問い掛けて見た。

「ねえ、返事はくれないの?」
「……何の返事っすか?」
「……一応、告白したんだけど?」
「……申し訳ないっすけど。オレ……そう言うの興味ないっすから……」

「それ……誰の告白も受け付けないってこと?」
「……さあ? どうっすかね?」

 意味深な笑みを浮かべて、リョーマそう言い、コートに戻って行く。

「……何やってんのかな……僕は……」
 些か、自嘲気味に呟いて、不二は苦笑を浮かべて、リョーマを見送った。



    ☆  ☆  ☆


「……英二? 聞いてるのか?」

 ダブルスのフォーメーションについて、乾を交えて話をしているのに、英二はあらぬ方を見つめて、溜息などをついている。

「英二?」

 あまりにも普段は見せない英二の態度に、乾も心配げに問い掛けた。

「あああーーーっ!!!」

 不意に声を上げて、駆け出そうとして、立ち止まり、ウロウロオロオロする英二に、乾と大石は顔を見合わせた。
 英二の視線の先には、リョーマと不二がいる。
 何だか、親密そうに(?)くっ付いているようだが……。



「大丈夫か? 英二」
「……少し休んだ方が良くないか?」
「……え?」
 そこで初めて、自分に声がかけられていたことに気付いたらしい、英二はキョトンと振り返った。

「ああ、ごめん! ……で。何だっけ?」

 英二の言葉に、二人は逆に溜息をつき、とにかく、話を再開し始める。

「……あれ?」
 だが、やはり英二の意識は、こちらにはなく、見ているのは、一年生ルーキーの動向だった。


「菊丸! 校庭20週して頭を冷やして来い!!」

 見かねたらしい手塚の激が飛ぶ中。
 英二は、不承不承ではあったが、自分の怠慢さを自覚していたために、校庭に向かって駆け出した。

 コートを出る寸前、リョーマとすれ違って。

「帰り、待ってて下さい」

 その言葉に、振り向いた。

 だけど。


 もう、リョーマはAコートの中で、桃城と何かを話している。
 空耳のような気がしたけど。
 だけど、英二はその言葉を確かに聞いたと……。
 確信して、校庭に向かって駆け出した。




    ☆  ☆  ☆


「え? 英二が鍵、返しといてくれるのか?」
「ああ。大丈夫! ちゃんとするから、帰って良いよん♪」

 ニコニコと言う英二の姿に、不二は苦笑浮かべて小さく呟いた。

「ホント、英二って判り易いよね?」

 じゃあ、お先にと言って、不二たちは出て行く。

「んじゃあ、お先っす。あ、越前、早くしろよ!」

 コート整備から戻って来た一年の中にいたリョーマに、桃城が声をかける。
 だが、リョーマは目線だけを向けて。
「今日は先に帰って良いっすよ。オレ、用事ありますから……」
「あ、そうなの? んじゃな!」

 リョーマの言葉に、やはりあれは、聞き間違いじゃなかったと、英二はベンチに腰掛けた。
 少しだけホッとしながら……。
 でも……かなり緊張したまま……。



「お先に失礼します〜」

 他の一年もみんな着替えて帰途につく。

 リョーマはやっと学ランを着込んで、ロッカーのドアを閉めた。


 部室に二人きりになって、英二の心臓は更に緊張から、激しく脈打ち始める。

「「……ねえ」」

 互いの声が重なって、何となく気まずく黙り込む。
 リョーマに、無言で促されて、英二は思わず唾を飲み込むようにして、口を開いた。

「……待っててくれって……オレに用だったの?」
「……そうっす」

 リョーマは少し俯き加減で、英二の前に立った。

「……何?」
「……練習始まる前……先輩、オレに聞いて来たっすよね?」
「ん?」
「……『好きな人居るのか?』って」
「……うん。訊いたよ」
「……練習中、不二先輩にも聞かれたっす……」
「え?」


 確かに、練習中に不二がリョーマに声をかけているのは見ていた。
 傍目にはまるで、抱きついてるようにも見えたことも知っている。


 ――何で、今……そんなことを言い出したんだろう?

 リョーマの真意が量れず、英二は少しだけ眉を顰めた。


「……何でそんなことを訊くのか訊いたら……オレのこと好きだからって」
「ええええーっ!!!?」
 思わず声を荒げて、英二は立ち上がった。
「それ……それで、おチビは……?」
「……断りましたよ? そう言うの興味ないから……」
「……ああ、そうだったっけ?」

 リョーマの言葉に、ホッとしつつも、それはやっぱり自分の想いさえも、受け付けて貰えないものなのだと思い知らされて……。


「先輩も聞きましたよね? オレに……」
「……え?」
「だから、『オレに好きな人が居るか』って……」

 少しだけ苛々したようにリョーマが言った。

「ああ、うん」
「それって……先輩はどうして、聞いて来たっすか?」



(その理由を今言えってか?)



 不二がそう聞いてその理由が『好きだから』で。
 それについてのリョーマの返事が『そう言うことに興味ない』だったら。



 自分に対する答えも同じではないか?




 それなのに……今、このタイミングでその理由を言えと言うのか?


「……教えない」
「? 何で?」
「……何でも……!!」
「そうっすか……」

 リョーマは呟くようにそう言って、踵を返した。

「……ねえ、おチビ」
「……何っすか?」

 部室のドアに手をかけたまま、英二には背中を向けたまま、返事をして来る。

「……好きな人、いる?」
「……今は、いるっす」
「……え?」
「……好きな人。いるっすよ?」

 一度も、振り返らずに……リョーマはそう言って、ドアを開けて部室を出て行った。

「……どう、なってんの?」


 残された英二は、ポツンと……ただ、呟くことしか出来なかった。






<続いてどうする!?(滝汗)>



 Next>>



■あとがき■
にゃあああああ;;;;;;
終わらない。
これが、『書いても書いても終わらない現象』なのね〜(←違う!)
変!
総じて全てが変!(笑)

いや、私自分が菊リョなのかリョ菊なのか、判らなくなったり(滝汗)
だっていっちゃん好みだと思ったエージが、リョ菊のエージな辺りが既に違わないか?
いやでも、これでも攻めだよ?(←どこが?とか突っ込まれそう;;;)
リョーマにしても。
なんか……もう少し照れたりこう……赤面もしないってどうよ?(滝汗)
ってか、リョ菊の場合、エッチはない方が良いかな?
でも、なんか受けくさい攻めと、攻めくさい受けになりそう……(←それは闇遊城の二の舞;;)

……んまあ、あれだね。
エージを可愛い、リョーマをカッコ良いとか思う時点で既に、受け攻め逆でしょ?ってな感じですが……。
私、ビジュアル的に小さい方が攻めなのは、読むのは平気だけど、自分では苦手なのですよ。
ってか、想像出来ないのです;;
読むのは、余りってか全然気にしないですけど;;

でも……告白話が当初の予定と180度変わったのは、その運命のリョ菊SSに出会ったからでしょう!
エージ先輩が、無茶苦茶リョーマを好きで、リョーマは勿論、エージ先輩のこと好きで。
でも余裕のない受けと余裕ありまくりな攻めでそのまま、受け攻め逆転したら、
まさに理想の受け攻め! とか思った私はバカです(滝汗)

ともあれ、続きます。
直ぐに、続きを書きます。
今、余裕ないからね;