5.決闘王
 英二達の試合が終了して、遊裏は迷わずに駆け寄って声をかけた。

「英二! 勝ったな! さすがだぜ!!」
 喜び嬉しげに言う遊裏に、英二は不思議そうな目を向けて、首を傾げた。
「遊裏ちゃんって、克っちゃんが決闘で勝ってもそういう風にするの?」
「……? そういう風?」
 意味が判らずにキョトンとする遊裏を見て、英二は苦笑を浮かべて軽く頭を叩いた。
「良いよ良いよ。判んないならそのままで」
「……あ、ああ」
 それでも首を傾げている遊裏に英二はクスクスと笑みを浮かべて、それから周りを見回した。
「おチビ来ないね」
「……そうだな。昨夜は行くようなことを言ってたよな?」
「そうだよね」
 朝は寝坊したにしても、そろそろ、姿を見せても良い頃である。
 これから少し休憩して、シングルス3の試合を始めると、大石が言っているのが聞こえた。
 足元に、一枚の見覚えのあるカードが舞い落ちて来て遊裏はしゃがんでそれを拾い上げた。
 ふっと口許に笑みが浮かぶ。
 その後、このカードの持ち主を探すために、周りを見回した。


「……なんだよ」
 背後から不意に聞こえた声に、英二は何気なく視線を向けた。
「決闘王とか言ってっけど、結局大したことねえんだよ、武藤遊戯なんざ」
 さらに聞こえて来た声に、英二は目を剥いて、恐る恐る自分の隣にいる遊裏に視線を向けた。
 一緒に来ていた遊戯は、喉が渇いたと自販機までコーラを買いに行って、ここに居ない。

「じゃあ、あれってもしかしてヤラセだったりするのか?」
「決まってんじゃん。あの遊戯がそんなに強い訳ねえっての。どうせ、海馬コーポレーションと裏取引でもして勝ってんじゃねえの?」
 どこまでも『遊戯』を虚仮にした物言いに、英二の方がハラハラと目の前の遊裏と、その向こうにいるルドルフのテニス部員を交互に見つめた。
「何やってるんだ? 英二」
「……あああああ! 大石! あいつら止めて! あのルドルフの部員たち、止めて!」
 必死に大石に向かって懇願するが、今来たばかりの大石には、全く意味が通らない。
「何言ってるんだ? 英二」
 大石が戸惑っている間に、遊裏が足を動かした。
「ああああああ! 遊裏ちゃん!!」

 真っ直ぐに、ルドルフ部員の方に向かって歩いて行き、声をかける。
「本当に『武藤遊戯』は大したことがないと言えるか?」
 外見は、青学の一年であるリョーマの姿である。
 リョーマ自身、傲岸不遜な所はあったが、ここまで大上段な喋り方をすることはなかった。
 何の前置きもなしにいきなり切りつけるような言葉を投げつけて来たのである。

「何だよ、お前……」
「答えろ。本当に貴様は、相棒を大したことがないと言える実力の持ち主なのか?」
「……何言ってんだよ? お前に関係ねえだろう?」
「関係なくはないさ。オレの大事な相棒を貶められたんだ……。答えて貰うぞ。お前の実力を……」
「……どうするってんだよ?」
「相棒の実力をそこまで貶められるんだ。当然、決闘は出来るんだろうな?」
「……ああ。アイツより強いぜ。オレは遊戯に勝ったことがあんだから」

 遊裏は眉を顰めて、目の前の少年を見つめた。
 どう見ても、見たことない少年である。ならば、自分と遊戯が出会う前に、決闘をしていたと言うことか?
 自分と出会う前の遊戯は、ゲームをすることは好きで負けたくないと思っても、どこか勝負をすること自体を避けているところがあった。
 本気で雌雄を決するのが怖くて、自分が勝ったら相手が気を悪くするかも知れないと、本気になれずにいたと自分でも言っていた。

「なら、今ここでオレと決闘しろ」
「はあ?」
「一人前の決闘者なら、いつだってデッキと決闘盤は持ってるもんだぜ?」
 肩にずっと下げていたナップザックを下ろすと、そこから可動式の決闘盤を取り出した。
「さあ、どうする?」
「って、デッキ持ってねえし、決闘盤だって持ってねえよ」
「じゃあ、これは何だ?」
 遊裏が手にしていたのは、一枚のカードだった。
「さっき、お前が下らない自慢話をしていた時に、こっちに飛んで来たものだ。お前のじゃないのか?」
 手にしているカードは、『サイコショッカー』で克也も持っているが、かなりレベルの高いモンスターカードである。
「……それは……」
「違うのか?」
 挑むような目線で見られて、少年はカッとしたようにそのカードを引っ手繰った。
「返せ!」
「なら、デッキを持ってるってことだな?」
「……ああ。持ってるよ。でも、決闘盤は持ってねえよ」
「……それなら、相棒のものがある。貸すのは不本意だがしょうがないな」
 何度も言うが、外見はリョーマのままである。
 相手にしてみれば、対戦校の一年が、三年である自分にこう挑戦的に物を言って来ることが気に入らない。
 周りにいる青学のメンバーは呆気に取られたまま、止めることも出来ずにいるのだ。
「……けっ! 一年に好き勝手させんなよ、バーカ」
 呟いたところで、鋭い声が挟まれた。

「何をやっている! 越前!」
 手塚の声に、さすがに英二と大石も慌てたように、遊裏の元に駆け寄って声をかけた。
「遊裏ちゃん、ダメだって」
「何が?」
「今、試合中だし。それに、今の遊裏ちゃんは、おチビなんだから……。他校の上級生に絡んじゃダメだよ」
「……関係ないな」
「……って、遊裏ちゃん!」
 キッと遊裏の視線が英二を射抜いた。
「なら、お前は自分の大切な誰かが貶められても、そのままにして何もせず放置するのか?」
「え?」
「オレには、そんなことは我慢出来ない。出来る訳がない!」
 声はリョーマの声だった。
 なのに、毅然とした声が辺りに響き渡ると、その場は静まり返った。

 元々、彼は王なのだ。
 もちろん、英二たちはそんなことは知らない。
 三つ年上の、友達で、親友で。

「オレはオレのために、貴様に決闘を申し込む!」
 デュエルディスクを左腕に取り付けて、シャッフルしたデッキを相手に向かって差し出した。
「さあ、シャッフルしろ」
「……って……どうしろってんだよ」
「面白いじゃないですか」
 楽しそうな声が聞こえて来て、反対側から観月が姿を見せた。
「是非、ここで決闘をしてもらおうじゃないですか。まさか、越前くんが『M&W』をやってるとは知りませんでしたがね」
 観月の声が何だか遠くで聞こえたような気がした。
 英二は思わず頭を抱えて呟くように、
「……もしかして克っちゃんが心配してたのってこのことだったんじゃ……」
「何? 何かあったの? 盛り上がってるみたいだけど」
 と、能天気な声が、自分の後ろから聞こえて来て英二は、弾かれたように振り返った。
「遊戯ちゃん! 遊裏ちゃんを止めてよ! 遊戯ちゃんのために決闘するって言ってるんだから」
「ボクのため?」
 キョトンとコーラの携帯ボトル缶を持ったまま、遊戯は首を傾げた。
「何か、遊戯ちゃんを貶めたって言ってるんだ。確かに、言ってることはどうなのよ? って感じだったけど……」
「ふーん」
 遊戯は呟き遊裏の方に向かって歩き出した。

「遊裏くん、何やってるのさ?」
 遊戯の声に、遊裏は視線だけを向けた。
「……止めるなよ、相棒」
「……でも、迷惑でしょ? 今は、青春学園とルドルフ学院のテニスの試合中だよ?」
「知っている。この後、シングルスが始まるまで、少し休憩するって言っていた。その間の休憩時間で十分だ」
「……やる気満々だね」
「当たり前だ! オレ達が、海馬と裏取引してるって言ってたんだぞ?」
「でも、あながち間違ってはないんじゃない?」
「相棒!?」
「だって、君とボクが二心同体だったなんて、ここにいる誰も知らないことだし。でも、決闘をしていたのは、君であってボクじゃない」
「違う! あれは、二人で組んだデッキだった! オレ達は二人で決闘していた。お前は、城之内くんとの決闘だって、最後まで遣り遂げてくれたじゃないか!!」
 自分が出来なかった決闘を……。
 最後まで遣り遂げたのは、他でもない『武藤遊戯』自身だ。
「それに、最後の闘いの儀に勝つのはお前だし」
「それ何の話……?」
「とにかく! オレは相棒を貶められて黙っていられる性分じゃない。それはお前だって良く判ってるはずだぜ?」
「……知ってるよ。君がボクの中にいた時から……君はそうやってボクを庇って『ゲーム』をして来たんでしょ?」
 それに答えることはせずに、遊裏は真っ直ぐに少年を見据えた。
「さあ、決闘(ゲーム)をしようぜ!」

 堂々と言い放つ遊裏に気圧されて、少年は渡されたデュエルディスクを腕につける。
 自分のデッキを取り出して、チェックした後、遊裏に手渡した。
 互いに互いのデッキをシャッフルして、再度交換する。
 遊裏は手馴れた様子で、デッキをデュエルディスクに装着して、手札を五枚引き抜いた。
「「デュエル!!」」

 二人の声が重なり、さらに遊裏が続ける。
「オレのターン! ドロー!!」

 カードを1枚引き抜き、視線を向けて手札から1枚、カードをデュエルディスクにセットした。

「オレは、『翻弄するエルフの剣士』を攻撃表示で召喚。カードを1枚伏せてターンエンドだ!」


 声高らかに宣言する遊裏を見つめ、英二は隣にいる遊戯にそっと耳打ちした。
「ね。何で遊裏ちゃんは攻撃とかしないの?」
「先行の最初のターンは攻撃出来ないルールなんだ。だって、相手はまだ壁に出来るモンスターも魔法、罠カードさえ出せてないでしょ?」
「……ああ、そっか」

 遊戯の説明に納得しながら、遊裏に目を向ける。
 遊裏のデュエルなら、何度か見たことがあった。
 だが、これだけの迫力を持ってデュエルする様は初めて見る。

 相手がモンスターカードを守備表示で召喚して、伏せカードを二枚伏せ、ターンエンドした。

「オレのターン! ドロー!」
 まるで、剣を引き抜くようにカードをドローする遊裏の迫力に、外見はリョーマであるのに、鋭さを感じて英二は知らず息を飲んでいたのだ。


    ☆    ☆


 その頃。
 社長室に戻って来た海馬は、少しだけネクタイを緩めながら椅子に腰掛けた。
 モクバが冷たいコーヒーを持ってくるのが見えて、知らずに口許が綻ぶ。
 そこに内線の電話がなって、モクバが受話器を取り上げた。
「兄様。受付からだぜぃ。何か、慌ててるみたいだけど」
「……」
 無言のまま受話器を受け取り、問い掛けると、確かにどこか焦りを含んだ声で言い始めた。

『あ、あの……可笑しな電話がかかって来たのですが……』
「可笑しな電話だと?」
『……はい。つい先ほど……社長を出せと何だか、機械じみた声で……。ただ、社長は外出中でしたので、お断りしましたら……直ぐに電話の方は切れたのですが……。ファックスが……』
「……ファックス?」
『はい。……何だか脅迫状のような感じの文面のファックスが届いたので……』
「……脅迫状? ふん、下らん」
『ですが……その文面が……』
 言いよどむ受付の女性に対し、海馬は眉を顰めた。
「読んでみろ」
『は、はい。『あなたの大切な人間を預かった。詳しいことは追って連絡する』以上です』
「……大切な人間?」
 思わず目の前のモクバに目を向ける。
 キョトンと見つめ返して来るモクバに、首を振りハッと目を見開いた。
「判った。電話がかかって来たら、オレの携帯に回せ」
 それだけを言って受話器を乱暴に置いた。
 そうして、もう一度取り上げて外線ボタンを押す。
「……今、遊戯はどこに居るか知ってるか?」
 モクバは海馬を見つめたまま、頷いて、
「うん。昨日、何か遊裏が大変な目に遭ったって言って、青春台に言ったみたいだぜぃ」
「……青春台? あの浮かれ猫のところか」
「どっちかって言えば、リョーマのとこだと思うけど」
 どっちでも同じことだと口走らせ、海馬はその番号をプッシュした。


 電話に出るまで、非情に時間がかかったような気がした。
 だが、実際には数回のコールで電話が通じたのである。