決戦は日曜日!<後編>

「っはよー! 克っちゃん先輩! 遊裏ちゃん☆」


 待ち合わせの童実野町駅で、英二は改札を抜けて、構内のベンチに腰掛けていた克也と遊裏に向かって声をかけた。
「よう」
「おはよう、英二」
「ごめんね、無理言って付き合って貰って」
「……オレは別に構わない。スポーツクラブって行ったことないから、興味あるし……」
「にゃはは;; ありがと、遊裏ちゃん」
 英二は、少し寂しげにではあるが、それも笑みを浮かべて、そんじゃ行こう! と歩き出した。
「……でも、マジにどこに行くのか判ったってのも凄いよな」
「そりゃ、乾の調べに抜かりはないもん。でも、いつどこでどうやって、情報収集してるかは知らないけどね」
 肩を竦めて英二は言った。



 そうして、3人はスポーツクラブに到着して、英二は意気揚揚と建物の中に入ろうとした。
 だが、克也と遊裏はどこか疲れたような表情で、建物の前庭に当たる部分にある彫像に肩を落としている。
「どしたの? 2人とも……」
「ここは、海馬Co.経営か?」
「よく判ったね! 海馬Co.の名前、入ってないのに」
 確かに、スポーツクラブの名前は、【ドミノスポーツクラブ】だけで、海馬Co.の名前は入っていない。
「判るに決まってんだろう!!」
 切なく怒鳴って、克也が指差した先にあるのは……。

 かの最強モンスターの誉れも高い、白き龍。
 青眼の白龍の彫像なのだから……。


「海馬ランドにも似た様なもんがあったと思うけど……。何でこう、アイツの趣味があっちこっちに出てんだよ!?」
「……でも、海馬ランドはまだ判るが……ここにはブルーアイズなんか、関係ないだろう? 本当に何を考えてるか理解に苦しむな」
 腕を組んで、どこかバカにしたように言う遊裏に、克也は全くだと頷いていた。
「今更帰るなんて言わないよね?」
「……まあ、ここまで来ちまったらしょうがねえから、付き合ってやるけど……。でも、実際……リョーマに会ったらどうする気だ?」
「そこは、鉢合わせしないようにするから」
「……それって」
「ストーカー?」
「ちっがう!! 監視するのは、おチビじゃなくて桃の方だもん!」
「…………似たようなもんだろうが?」
 少々、呆れたように克也が言い、しょうがないと建物の中へと入って行く。
「取り敢えず、リョーマたちが行きそうなのってどれだ?」
 案内板を見上げて、克也が問い掛ける。
「やっぱテニスかな〜でも、それだったら、わざわざこんなとこ来なくても、おチビの家で出来るしな〜」
「金払ってやるんだから、もっと別のするんじゃねえのか?」
「桃は、ボーリングとかバスケとか好きそうだけど……」
 ここは、8階建てで、8階にプールがあり、7階に柔道などの格闘場、6階はエアロビクス、5階に社交ダンスなどがあり、4階にバスケ、3階はボーリング、2階はトレーニングルーム、1階はレストランや土産物売り場、それに、簡易なゲームセンターがあった。
「テニスは外だよな?」
「屋外にコートとサッカー用のグラウンドがあるね」
「じゃあ、まあ……ボーリング場に行ってみるか?」
「うん。そだね」

 そう言って、受付で料金を払って、3階へと向かう。

「ねえ、克っちゃん先輩」
「なんだ?」
「ここの入場料、やっぱオレも払う……」
「別に良いって。気にすんなよ」
「でも……」
「そんなに高いもんじゃねえだろう?」
「でも……」
 言いよどむ英二に、克也は苦笑して、その頭を軽く撫でた。
「気にするなって言ってるだろ? いつか、お前が自分で稼ぐようになったら、堂々と奢って貰うから」
「……克っちゃん」
「兄貴振りたいんだ。好きにさせてやってくれ、英二」
 苦笑しながら遊裏が言う。
「――遊裏ちゃん」
 複雑な表情で、英二はその言葉に、頷いたのだった。


    ☆   ☆   ☆


「なんだよ? 越前……あんまりやったことないとか言って、結構やるじゃん」
「当然ッス。何でも負けるのは性に合わないッスからね」
 リョーマはそう言って、戻って来た玉を持ち上げた。
「オレが勝ったら、昼は桃先輩の奢りっすよ?」
「判ってるよ。でも、オレも負ける気はねえけどな」
 そう言って、桃城は立ち上がり、
「何か、飲みモン買って来るな」
「ファンタお願いシマス」
「へーへー」

 生返事で答えながら、桃城は自販機コーナーに向かった。
 幾つかの自動販売が並ぶ、その近くには喫煙コーナーと化粧室があり、桃城は何気なく、化粧室の方に視線を向けた。

「あれ? 英二先輩……?」
 自販機にコインを投入しながら、見慣れた赤茶けた髪の一つ上の先輩を見かけたような気がした。
 英二は誰かと話をしているようで、ひたすらに頭を下げている。
 訝しげに眉を顰めて、桃城はその向かいに居る相手に目を向けた。
 長身痩躯の、金茶の明らかに自分たちより年上の青年。
 鋭い目付きで、英二を見つめながら、腕を組んでいる。

「ま、まさかカツアゲとかされてんじゃねえよな?」

 落ちて来た缶ジュースを取り上げて、桃城はそっと英二達のいる方に忍び寄った。

「だから、ごめんなさい!」
「謝って貰っても、しょうがねえよ」
「でもでも、じゃあ、どうすればいいの?」
「そうだな〜身体で返して貰おうか?」
「え? マジっすか?」
「……どうする?」
 壁に、ピッタリと背中をくっ付け、英二は冷や汗を流しながら、引きつった表情を浮かべている。
 桃城は意を決して、そちらに足を踏み入れ、英二に向かって声をかけた。
「英二先輩!」
「……え? あ、桃……?」
「なんだ、英二先輩も来てたんスか? だったら、声かけてくれれば、良かったのに!」
「あ、いや……」
 英二の向かいに居た青年が桃城を振り返って、怪訝そうに眉根を寄せた。
「で? あんた何やってんスか?」
「はぁ?」
「英二先輩が何仕出かしたか知らねえけど……脅すってのは、良くねえと思うんだけどな」
「脅す?」
「英二先輩、もう行って良いッスよ! こっから直ぐのとこに越前が居ますから!」
「で、でも……桃……」
「コイツは、オレに任せて行って下さい」
「任せてって……何……」
「何言ってんだ? おめえは……」
 青年が右腕を伸ばして来たその瞬間に、桃城はいきなり青年を殴り飛ばした。
「ひぃ〜〜〜!!」
 なんとも言えない悲鳴を上げて、英二が真っ青になる。
「早く逃げて……!」
「か、克っちゃん!!」
「って……てめえ、よくもやってくれたな! 人の話もろくに聞けねえのか! 中ガキが!!」
「かっちゃん?」
「うわああ、ダメ! 克っちゃん!! 殴っちゃダメだって!!」

 一連の科白の応酬が、本当に一瞬の間に起こった。
 状況を把握できない桃城と、殴られてキレかけた克也と、それを止めたいと思う英二との間で、混乱が起こり、噛み合わない。


「城之内くん!!」

 鋭い声が走った。
 殴りかけた、克也の腕が寸前で止まり、ハっとしたように目を見開く。
 声のした方角には、リョーマともう1人見慣れない少年の姿があった。
「……落ち着け城之内くん。相手は喧嘩慣れしてる、不良じゃない。理不尽なことを仕出かした悪人でもない。――英二の後輩だ」
「……!」
 腕を下ろして、舌打ちを漏らし、大きく息を吸い込んだ。
「……カツヤ! 大丈夫? 桃先輩に殴られたの?」
 慌てた様子でリョーマが克也に駆け寄り、キッと桃城を見返った。
「カツヤ、殴るなんてヒドイ! カツヤが桃先輩に何かしたの?」
「え、越前……」
「あ、でも……桃はオレを庇って……誤解したんだよ、おチビちゃん」
 リョーマは自分のポケットからハンカチを取り出して、化粧室に駆け込み、濡らしてきたそれを克也の頬に当てた。
「……誤解って何? 先に暴力奮ったの、桃先輩じゃん」
「……そだけど。オレが脅されてるって……」
「そんなこと、エージが直ぐに違うって言えば、誤解されずに済んだじゃないの?」
 鋭い視線で、英二と桃城を見つめて、リョーマは憮然と言い放つ。
「リョーマ、もう良いから……」
 優しい声音でそう言って、克也はリョーマの頭を軽く撫でた。
「でも……」
「オレも殴られたからって、直ぐに切れるようじゃまだまだ、半人前だな」
 苦笑を浮かべて、リョーマが当ててくれたハンカチに手を添えて、少し離れた先にいる遊裏の方に向かう。
「止めてくれて、サンキュ。遊裏」
「君はオレを止めるだろう? オレが罰ゲームをしそうになったら?」
「……はは、違いねえ」
 笑いながら、遊裏の額にうっすらと浮かび上がっている金色の眼の紋様に克也はかなり焦ったように、言葉を続けた。
「落ち着け。お前が言った通り相手は、チンピラじゃなく、英二の後輩で、リョーマの先輩だ。だから、罰ゲームなんかするなよ?」
「判ってるんだけど……。克也を、殴ったことは事実だ」
 遊裏はそう言って、桃城の前に立つと、低い声で告げた。
「……無闇に暴力を奮うのは止めた方が、あんたの身のためだ。……もし、万が一、また克也に手を上げてみろ……。今度こそ、オレが貴様を奈落の底に突き落としてやる。相手が誰だろうと、本来なら譲歩する気はないんだがな……」
 そうして、不敵な笑みを浮かべて、額に眼の紋様を光らせたまま(笑)、
「今回は、克也やリョーマと英二に免じて、見逃してやるさ」

 小柄な身体に、なんとも言えない壮絶な迫力と威厳を携えて、遊裏はそう言い放ち、踵を返した。

「桃先輩。ユーリの替わりにオレが罰ゲームするッス」
「はあ?」
「一週間、オレに話し掛けないでクダサイ。挨拶もしないっす。良いッすね?」
 こちらも遊裏に負けない迫力で言い放ち、さっさと踵を返して行ってしまう。

「な、何だっての?」
「ごめん、桃。オレのせいだね? でも、克っちゃんは理由もなく人を殴ったりしないし。……桃も早とちりし過ぎだよ?」
「だ、だけど……何か脅されてたのは確かでしょ?」
「……ああ、身体で返せとかっての、聞いたの? もしかして……」
 英二の言葉にコクコクと頷くと、英二はあっけらかんと言ってのけた。
「あれ、冗談だし」
「はあ?」
「克っちゃん、遊裏ちゃん一筋だもん。あれは、ただのシャレで言ったんだよ?」
「何スか、それ? だ、大体、何で……何を謝ってたんですか?」
「ああ、オレ、克っちゃんが作ってきた弁当、落として踏ん付けちゃってさ。ダメにしちゃったんだよね。それを謝ってたの……。でも、謝っても元に戻んないだろ? で、冗談で、ああ言う話の展開になってたんだよ」
「……そりゃないっすよ。てっきり不良に、カツアゲされてんのかと……」
「あ、あのなあ、オレ……幾らなんでも相手が1人なら、逆にやっつけるぞ? そんなに弱くねえんだけど?」
 逆に呆れたように英二が言うと、桃城は申し訳なさそうに頭を掻きながら言った。
「でも、喧嘩とか得意じゃないっしょ? 英二先輩……」
「そりゃ、痛いのは得意じゃないけど……。でも、殴られるヘマはしないからねん☆」
 ウインクをしながら、英二は笑って、ちゃんと克っちゃんに謝るんだよ? と告げた。


 それから、結局5人でゲームすることになり、リョーマは克也と組むと言い、遊裏が初めてと言うことも踏まえて、遊裏はハンデが与えられた。
「遊裏にハンデはいらねえと思うけどな……」
「でも、初めてなんでしょ?」
「……いや、初めてでもな……まあ、オレ達に不利になる訳じゃねえから良いけど……」
「? 何だ、克也」
「……ゲームと言うゲームは負けたことねえ遊裏に、本当にハンデがいるんかなと思ってな」
「ああ、じゃあ、何度か練習させて貰えれば……。判るんじゃないか?」

 ニッコリ笑って遊裏が言う。
 克也は頷いて、英二に言うと英二も快く了承した。
 普通は、そうそう簡単にコツが飲み込めるものでもないし、何度かやる内に、徐々に旨くなって行くものである。
 だけど……。

「はああ? 5回連続ストライク?!!」
 英二と桃城が、驚愕の声を上げたのは、それから直ぐのことだった。



   ☆   ☆  ☆

「ああ、参った……遊裏ちゃん、ホントに初心者だったの?」
「ボールも見たことなければ、投げ方も知らなかったじゃねえか」
「でも……信じられない;;」
「……コツを掴めばそう、難しくはないぞ?」
 英二は、ほとほと疲れたように、溜息をつき、ふと、今日初めて、自分の隣に座ったリョーマに気が付いて、恐る恐る、リョーマに声をかけた。
「おチビちゃん?」
「………何スか?」
「まだ、怒ってる?」
「……別に。……大体、オレは最初から怒ってないし……」
「でも……じゃあ、何で桃とここに来ることにしたの?」
「――そう言えば、エージ来るかなと思って」
「は?」
「……オレの思った通り……エージ、やっぱり来たからね」
 そう言って、ニッコリ笑って英二を見上げ、ちょこんと首を傾げた。
「それに、カツヤとユーリ連れて来てくれたし。ありがと☆」
 リョーマの言葉に、何とも複雑な表情で溜息をつきながら、それでも、可愛く礼を言うリョーマに、笑みを返していた。
「ねえ、おチビちゃん」
「何?」
「……これから、2人で抜けない?」
「え?」
「桃とは一週間絶交でしょ?」
「でも、カツヤとユーリは?」
「あの2人は2人で、デートしたいだろうから、オレ達邪魔じゃん」
「……そう?」
「そうそう! ね、行こう?」
 少し迷った様子だったリョーマが、少しして頷くのを見て、英二は嬉しそうに笑った。

 そうして、克也と遊裏と桃城が話をしている隙に、英二とリョーマはそこから、こっそりと離れたのである。



「あれ? 英二とリョーマは?」
「便所じゃねえの?」
「越前、時々不意に居なくなったりするっすよ? ファンタでも飲みに行ったじゃないッスか?」
「……そうか?」
 遊裏が首を傾げていると、見知った少年がこちらに来るのが見えた。
「やあ、遊裏さん」
「よう」
「あれ? 不二……?」
「不二先輩? どうしたんスか?」
「英二たちがここに来るって聞いたから、ボク達も来てみたんだけど……」
 苦笑を浮かべながら、不二が言う。
 その後ろに、遊裏は一度だけ見かけたことのある少年が居て、もう1人見知らぬ少年に首を傾げた。
「……そっちの人は、前に一度会ったな?」
「どうも、大石と言います」
「武藤遊裏だ。そっちは?」
「あ、こっちはウチのテニス部の部長で手塚って言うんだ」
 不二が手塚が自己紹介をしようとした瞬間、まるで遮るように言う。
「へえ、部長……って、コイツ、中学生な訳?」
 克也が目を丸して、手塚を見つめつつ、自己紹介すると、そっと手塚が頭を下げた。
「ところで……英二と越前くんが居ないみたいだけど?」
 不二が話題を変えて、周りを見回しながら言った。
「そうなんスよ。さっきから、居ないんで……」
「じゃあ、やっぱり、さっきここから出て行ったのがそうなのかな?」
「は?」
 不二の言葉に克也がキョトンと問い掛ける。
 不二は大石に確認するように言っていたので、大石はそれを受けて頷きながら、
「実は、オレ達最初に、一階で昼食を摂ってたんですが……。その時、英二と越前の2人が出て行くのを見たような気がして……」
「そうそう。それで、でも、城之内さんたちや桃がいないから、違うんじゃない? って言ってたんですけど……」
「逃げ出したな。あの2人……」

メキッ☆

 何だか嫌な音がした。
 桃城の表情が引きつり、不二が少しだけ目を開けて、大石は青ざめている。
 なんせ、克也の持っていたボールペンが、片手で真っ二つに折れたのだから……。

「克也……それ、ここのだろ? 良いのか?」
「あ? ああああ、しまった! つい力が入っちまった」
「それで、どうする?」
「ふっ☆ このオレが、遊裏と2人っきりで過ごす時間を潰してまでアイツに付き合ってやったってのに、この仕打ち……今度会ったら覚えてろよ? 英二……」
 バキバキと関節を鳴らす克也に、さらに英二の友人たちは不安そうな色を強くした。
「克也は言うだけだ。実際には何もしやしない」
「でも、英二が城之内さんに対して失礼を働いたことは変わりないし、何だったら、こっちで処分下すけど? ねえ、手塚?」
「……そうだな。グラウンド30周くらいさせるか?」
「越前くんの分を加算して、50周かな?」
 何故に、リョーマの分が英二に加算されるんだ? と克也と遊裏が素朴な疑問を感じつつ、敢えて反論をしない桃城と大石に、これが青学テニス部の日常なのかと解釈する。

「もしかして、英二って結構、扱い哀れ?」
「かもしれないな……」


 克也の呟き遊裏が力なく答えた。
 それから、結局、不二達を交えて、二人一組の3チームに分かれてゲームをして、克也たちは、昼食を摂るためにその場から離れた。

「ったく、周りが見えてないのも問題ありだよな」
「でも、仲直りしたみたいで良かったじゃないか」
「……遊裏さんって、怒らせると怖いけど、普段はそうでもないんスね」
「遊裏より、怒らせると怖ぇのは、遊戯の方だぜ?」
「え? そうなんスか?」
「……まあな」
 信じられないと言う様子の桃城に、苦笑を浮かべながら、3人は一階のレストランに足を踏み入れた。



 翌日。
 部活に来た英二に、手塚がグラウンド50周を言い渡し、練習後に待ち伏せていた克也に目一杯怒鳴られ、英二は殆ど半泣きだったとか。

 元々、ポーズで怒った克也を、苦笑しながら遊裏が取り成し、リョーマと4人でハンバーガーを食べに行ったのは、また別の話である。



<了>