決戦は日曜日!<前編>

「ちょっと付き合って欲しいんだけど?」
「へ?」
 着替えを終えて、さあ、おチビと帰るぞ! と意気揚揚とテニスバックを手にした英二は、自分の思いを果すことなく、不二に引き摺られるようにして、部室を後にした。

「ちょっと、何? 何なのさ? 不二!」
「この前、君に貸した本。あれ、図書館で借りたものだから、直ぐに返してって言ったよね?」
「……へ?」
「古典の資料。返却、昨日までだったんだけど? 僕、一昨日……学校に持って来てって頼まなかったっけ?」
「えーっと……」
「越前くんと仲睦まじくて良いことだと思うけど。その他のことが疎かになるんじゃ考えた方が良いと思うよ?」
「……そ、そんなんじゃないし! ただ、ちょっと忘れただけで……」
「今日は?」
「……………」
「昨日、じゃあ、明日には持って来てよね? って言ったよね?」
「…………」
 要するに、英二の家にあるであろう、その本を取りに行くから一緒に帰ると言う意味のようで……。
 内心、冷や汗ダラダラで言い訳も出来ない英二は、仕方なく不二の強制連行に従ったのだった。



    ☆  ☆  ☆

「ありゃりゃ、英二先輩、不二先輩に拉致られちまったな。越前」
 面白そうに桃城が言うのを、リョーマは不満そうに聞きながら、少し乱暴にジャージーをバッグの中に押し込み、ファスナーを閉めた。

「桃先輩」
「何だよ?」
「勿論、送ってくれますよね?」
 決め付けたように言って来るリョーマに、桃城は一瞬目を丸くした後、苦笑を浮かべて、その頭を小突いた。

「調子いい奴だな」
「ダメっすか?」
 上目遣いに、強請るように見上げられたら、頷くしかないではないか。
 桃城は大いに溜息をついて、頷いた。


「腹減ったな〜何か食ってくか?」
「……良いっすね。でも、オレ金持ってないっすよ?」
「わーったよ。奢れば良いんだろ?」
「さすが、桃先輩、話が早いっすね!」

 入学したての頃のように、桃城の後ろのステップに立ち、リョーマは英二のことなど少しも気にしてないように、楽しげに言った。

 最寄のファーストフードの店に寄り、それぞれトレーに注文したものを載せて、テーブルにつき、食べ始めたところで、リョーマの携帯電話が鳴った。
 ポケットから取り出して、電話をかけて来た相手を確かめると、いきなりリョーマは電源を切って、ポケットに戻す。
「……もしかして、英二先輩じゃねえの?」
「……さあ?」
 首を傾げつつ、リョーマは言い、ハンバーガーに齧り付いた。

 そんなリョーマに、桃城は思わず溜息をついたのだった。



   ☆   ☆   ☆

「切られた……。電話……絶対オレだって確認してから切ったんだ!」
「……」
「うぅ〜不二のせいだかんね! 責任取ってよ!!」
「……何言ってるのかな? 忘れっぽい英二が悪いんだろう? 自業自得だよ」
「でもでも、今日おチビと一緒に帰る約束してたんだよ! なのに、約束反故にしちゃって、その上、断りも入れられなかったのは、不二のせいじゃんか!」
「その全ての元凶は英二でしょ?」
 全く悪びれもせずに、不二は言い、それでも、自販機で買ったコーヒーを奢りだよと言って英二に渡した。
「こんなんで誤魔化されないからな! 明日の約束もしたかったのに!」
 ブツブツと言いながら、メールを打っていた英二は、打ち終わって送信を押して、少しホッとしたように息をついて、缶コーヒーのプルタブを引いた。


「じゃあな! 城之内!」
「おう! またな、本田!」

 そんな声が聞こえて来て、英二はハッと振り返った。
 車道を挟んで向こうの歩道に、見慣れた金茶の頭が見えて、英二は腰掛けていたガードレールから立ち上がった。

「克っちゃん先輩!!」
 こちらに渡って来ようとしていた、彼がその声に気付いて、目を丸くした後。
 にこやかに笑みを浮かべて手を上げた。




「よう! 英二じゃねえか。どうしたんだ? んなとこで……」
 人懐こく近付いて来て、英二の隣にいる不二に気が付く。
「どうも、こんにちは、城之内さん」
 頭を下げる不二に、克也は苦笑を浮かべて、
「久しぶりだな〜不二……だっけ?」
「ええ、そうですよ」
「……で? こんなとこで何やってんだ?」
 克也が疑問に思うのも当然で、今まで克也はバーガーワールドで本田たちと一緒に腹ごしらえをしたところである。
 目の前に、ファーストフード店があるのに、入りもせずに、こんな道端でいるのは、何でだろう? と率直に疑問に思ったのである。


「英二がごねてるんですよ」
 不二の言葉に、克也はキョトンとして、またガードレールに座り込んだ英二を見下ろした。
「……ふーん。リョーマと喧嘩でもしたのか?」
「そう言う克っちゃん先輩は? 遊裏ちゃんの姿が見えないけど?」
「……行き違いっちゃ行き違いだな」
「え?」
「遊裏は遊戯と、爺さんの使いで青春台に行ってんだよ」
「そうなんだ」
 答えたところで、携帯の着信音が鳴った。
 取り出した携帯が、電話ではなくメールの着信を伝える。

「ま、オレはこれからバイトだからな。その前に腹ごしらえしてたんだけど……っと。遅刻しちまう。んじゃな!」
 メールを読みながら、克也の言うことを聞くとはなしに訊いていた英二は、読み終わった瞬間、バイト先に向かおうとした克也の腕を掴んでいた。

「……英二?」
 克也の問いかけに、英二は真剣な表情で、
「ねえ、明日一緒に、スポーツクラブ行かない?」
「……はあ?」
「ねえ! お願い!!」
「……何でオレが?」
 チラッと不二に目を向けて、
「ダチと行けダチと!」
 と続ける。
「克っちゃん先輩はオレの友達じゃないの?」
「……う……っ!」
 痛い所を突いて来て、英二は縋りつくようにして、克也を見上げた。
「何でオレなんだよ? そこに親友がいるじゃんか?」
「だって不二だと後が怖いし……」
「どう言う意味かな? 英二……」
「ほら〜直ぐ、そうやってオレを脅すじゃないか〜それじゃ、大石の方がずっと良いよ〜」
「じゃあ、そいつ誘えば良いじゃねえか」
「ダメ!」
「何で?」
「だって、大石……明日用事があるって言ってたもん」
 もしかして、バイト? と続けて問われ、思わず正直に首を横に振ってしまい、しまったと思いつつ、事情を訊いてみた。
「何でだ? 何でスポーツクラブなんだ? 第一、オレよりリョーマ誘えば良いじゃねえか?」
 何で、これを先に思いつかなかったんだとばかり、英二の恋人の名前をあげると、英二は泣きそうな表情のまま、携帯のディスプレイを克也の方に向けた。


【明日の休みは、桃先輩とスポーツクラブに行くことになったから。エージはオレとの約束破って不二先輩と帰ったし、別に良いよね?】

「これ、リョーマから?」
「そう……」
「で、リョーマが行くスポーツクラブに行くってか?」
「そう!」
「……でも、どこのスポーツクラブか判るのかよ?」

 このメールには、そのスポーツクラブの所在も、名称も書かれていない。
 これで特定するのは、さすがに無理ではないかと思ったのだ。

「それは、乾に訊けば何とかなるし! ね? ね?」
「……ひとつ、聞いて良いか?」
 あっさりと言ってのけた英二に、至極、最もな疑問を浮かべて、克也はそれを問い掛けた。
「何で、【乾に訊けば何とかなる】んだ?」
「? 乾のデータで桃の行きそうなスポーツクラブを割り出して貰うの! それくらい朝飯前だよ」
「……って、判るか? 普通?」

 そんな克也の声を無視して、英二は一緒に行こうと縋りつく。
「……明日はバイト休みだから、遊裏と会う約束してんだけど?」
「じゃあ、遊裏ちゃんも一緒に行けば良いじゃん!」
「だって、スポーツクラブだろう?」
 遊裏は決してスポーツは不得意ではない。
 むしろ、小さくて軽い身体を利用して、逆に相手を翻弄するところがある。
 バスケでもサッカーでも、軽快にプレーをしてみせる。
 だが、率先してやるほど、スポーツが好きな訳でもない。
 スポーツクラブに行くと言って、喜ぶだろうか?

 思案している克也に、英二が煩く纏いつく。

「あああもう! 判ったよ! 煩せえ!」
 そう言って英二の額を軽く小突き、発想を変えて了承した。
「どうせ、普段はそう言うとこには、行かねえからな。たまには良いかもな。――どうせ、珍しいもの好きだし……」
 どこまでも遊裏基準に考えている克也に、思わず不二が苦笑する。
「ん? 何だ?」
「いや、別に……それじゃ、僕は帰るね」
「……もう、不二には物借りない……」
「ふふ……そうしてくれると僕も助かるよ? でも……無理だと思うけどね」
 図星をさされて英二は、渋面になりつつ手を振った。
「ニッコリ笑って、グッサリ来ること言う辺り、獏良ソックリだな……」
 獏良の方が天然入ってるけどな……と付け足し、不二は確信犯っぽいよな〜と呟く。
「じゃあ、どこか判ったら電話するけど……克っちゃん先輩、携帯持ってたっけ?」
 確か、前に遊裏が持っていないと言ってたような気がする。
「ああ、持ち歩いてねえけどな!」
「それ、意味ないじゃん」
 克也の言葉に、思わず脱力仕掛けつつ、英二は気を取り直して、改めて電話番号を尋ねた。
「こっちが、自宅。こっちがマンション。今夜はマンションの方にいると思うけど……。どっちにしても帰るのは10時過ぎだな」
「マンション? あれ? あれってシャチョさんのじゃないの?」
 七夕の夜に泊まったことを思い出して問い掛けると、少しだけ眉を顰めて克也は、投げ遣りに言った。
「バイトの報酬でな。貰ったんだよ」
「マンションを?」
「の一室。他は全部、あの野郎のもんだ……」

 面白くなさそうに言って、克也は学生カバンを肩に引っかけた。
「んじゃ、オレもバイトだから行くな」
「うん。じゃあ、夜に電話するね」
「おう! じゃあな」

 何かマズイこと訊いたかな〜と思いつつ、とにかく乾に連絡と、英二は携帯電話を取り上げて、ナンバーをプッシュしていた。




     ☆   ☆   ☆

「あれ?」
 桃城が立ち止まったゲームセンターで、興味なさそうにしていたリョーマが、不意に店頭に並んでいるモニターのひとつの前に立った。
「越前?」
 あんまりゲームセンターでやるゲームには、興味がなさそうなリョーマにしては珍しいと思いつつ、そのモニターに目を向ける。



 モニターの中では、二人の少年がカードゲームに興じていた。

 似たような年恰好。
 まるで双子のような――だが、よく見ると片方は柔和な容貌に表情も豊かそうで、対する相手は鋭い眼差しと表情が面に出ない――まさに両極端な雰囲気を持っていた。

 やっているゲームは【マジック&ウィザーズ】。
 世界的に有名なカードゲームだが、桃城はやったことはない。
 ルールが判り辛く、他にやってる人も周りに居ないせいだった。
 だが、それでもこの二人は知っている。
「へえ、武藤兄弟がこんなとこで、デュエルしてるとはね」
「桃先輩、ユーリたちのこと知ってるんすか?」
「……ユーリ? 何? 越前こそ、知り合いなのかよ?」
「……ん。友達ッス」
 まさか、この後輩から『友達』という言葉が聞けたのも驚きだが、それ以上にゲーム界では世界的に有名なこの二人を、個人的に知ってるだけでも凄いのに【友達】とは……。
「知ってるって言うか……。向こうはオレのことなんか知らねえよ。こっちが勝手に見知ってるだけで……」
「……ふーん。そんなに有名なんだ」
「まあな。ゲームに興味ねえ奴は、あんまり知らねえと思うけど……。オレとしちゃ、そう言う相手と個人的に越前が知り合いだってのが驚きだぜ」
 しかも相手を呼び捨てにしてる辺り、かなり親しいと思わせる。
「別に……夏の初めに偶然、知り合ったんスよ」
「へえ……」
 決闘の攻防は白熱していて、やられると思った瞬間、すかさず罠カードで返り討ちにする。
 遊戯も遊裏も、堂々互角の勝負をしていて、目が離せなかった。

「傍で見るか?」
 桃城の問いにリョーマは首を横に振り、小さく言った。
「……別に。ここで見てれば結果は判るし……」
 そうして、かろうじて遊戯が勝ちを収めたのを見て、リョーマは軽く目を瞠った。
 だが、負けた遊裏は、返って清清しいとさえ思える笑みを浮かべて、遊戯に向かって何かを言っている。
 それを見て、リョーマは踵を返して歩き出した。
「越前?」
「明日は何時に待ち合わせっすか?」
「あ、ああ……そうだな。11時頃に迎えに行っても良いぜ?」
「……自転車で行けるとこ?」
「いや……場所は童実野町だ」
 その桃城の言葉に、リョーマは少しだけ目を丸くして見せたのだった。





……続く←続いてどうする?(滝汗)
ごめ……続けるつもりはなか……(殴)
これ以上連載増やしたくないし……直ぐに続きを書きたいと……;;
でも、中々展開してくんないんで、その間に別の話書きたくな(汗)

あう〜で、でも、直ぐに書きますので続き……。
でも、待ってる人いるんかな〜?(汗々)