DRAGON MASTER #1 迷いの森 青く拡がる空を見上げて、青年は眩しげに目を細めた。 金色に見える色素の薄い茶色の髪の、前髪を鬱陶しそうにかき上げて、見える瞳は紅茶色をしている。 背中に刃渡り1メートルはある剣を背負い、左肩にショルダーガード、それにプレストプレートをつけた軽装備の剣士の格好していた。 風が吹き抜け、髪をかき上げていた腕で目を庇う。 と、聞き慣れた羽音が聞こえて、カツヤは笑みを浮かべた。 グローブをした右腕を掲げると、そこに一羽の鷹が舞い降りた。 「ご苦労さん。レッドアイズ」 濃い焦げ茶の羽毛が、黒く見えるほどのその鷹は、瞳が真紅の輝きを持っていた。 「カツヤ! レッドアイズ帰って来たんだ!」 元気な声が聞こえて、カツヤは振り向いた。 「ああ」 自分の相棒である彼が、満面の笑みを浮かべて駆け寄って来る。 だが、よく見ると足は裸足のままでショートブーツを両手に下げて、ズボンは膝上まで捲り上げられていた。 「何やってんだよ? エージ」 「ああ、そこの川でさー魚の群れが見えたから、網で捕まえられるかなーっと思って」 「で? 捕まえたのか?」 「あははははは。ねえ、それより、次の仕事は?」 「ああ、そうだな」 笑って誤魔化すエージに、苦笑を浮かべて、カツヤはレッドアイズの首にぶら下がっている手紙を取り上げた。
「うわ、これじゃ、報酬かなり差っぴかれてるんじゃねー?」 「……お前が所構わず魔法ぶっ放すからだろうが」 「えーオレだけの所為? カツヤだってその、魔法剣の威力を街中で発揮してんじゃん」 手紙を懐に入れながら、相棒のエージ=クリザンテーモに向かって、軽く息をつきながら言った。 「で? 行くか……ドミノシティ」 「カツヤが行くなら行くよ」 「……そうか。でもまあ、その前に……」 「何?」 「魚でも捕って食うか……?」 「やっりー☆ 二人でなら何とかなるよな!!」 嬉しそうに笑うエージに、カツヤは苦笑を浮かべて、川に向かって先に駆け出すエージの後をゆっくりと歩き出した。 サランティス大陸にある【アスール・プリマベーラ王国】は、大陸の半分を領地とする大国であった。 この国には、【ハンター・ギルド】と言う施設が存在し、そこに登録された剣士や魔法士たちは、【ハンター】として、ギルドに依頼された仕事をこなす制度がある。 カツヤとエージは、そんなハンターを生業に、旅をしている流れの剣士と魔法士だった。 「……破格の仕事って何だろうね?」 取り敢えず、腹を満たしたエージが火の始末をしながら、問い掛けた。 「さあな?」 「また、モンスター退治かな? あれ、危険が伴うから結構高給だろ?」 「金額を見てないから何とも言えねえな……」 軽く息をついて、カツヤは立ち上がり、レッドアイズは空へと舞う。 「取り敢えず、行ってみねえと判んねえな」 「うん。そうだね☆」 そうして、二人と一羽は、【ドミノシティ】に向かって歩き出した。 ☆ ☆ ☆ 「ふや〜ねえねえ、カツヤ。あの街の真ん中にある塔は何?」 「……ああ、ありゃ……この街の名士らしい【カイバ・コーポレーション】のシンボルタワーだ」 「シンボルタワー?」 「ああ。色々手広く商売をしてるらしいぜ。この街が発展した立役者でもあるから、領主でさえも頭が上がらないんだと」 「ふーん」 生返事をしつつ、エージはそのタワーを遠目に見つめて歩いていたため、ろくに前を見ていなかった。 先を歩いていたカツヤが気付いた時には、エージとその子供がぶつかっていたのである。 「いててて……ごめん、前見てなくて」 「……あんた、相当の田舎もんだね?」 透き通るような声が響いた。 濃い緑にも見える漆黒の髪。 同じ色の視線の鋭い目を、エージに向けて、少年は軽く息をついて、立ち上がった。 「あんな塔が珍しいなんて、どんな田舎から出て来たのさ?」 からかうように言い、少年は身軽にエージの横を通り過ぎる。 「……わ、悪かったな田舎モンで!! 町の真ん中に塔があるなんて珍しいって思っただけじゃん!」 悪足掻きのように反論すると、少年が振り返って苦笑した。 「別にムキになんなくても良いんじゃない? お兄さん、まだまだだね」 「なっ!!」 さらに怒鳴ろうとしたものの、少年はもう振り向かずに走って行ってしまった。 「何だよ、アイツ! 折角可愛いと思ったのに! 性格悪ぃ〜!」 「ガキにムキになるお前もお前だけどな?」 カツヤが含み笑いを浮かべたまま、呟くように言うと、矛先がカツヤに向かって思い切り喚きたて始めた。 「はいはい……ほら、ギルドに向かうぞ?」 「もう!! 真面目に聞いてねええ!!!」 更なるエージの怒鳴り声を、カツヤは全く無視して、背後に聞きながら、ギルドに向かって歩き出していた。 街の一角にある【ハンター・ギルド】に入ると、カツヤは先ず受付に小切手を差し出し、現金に換えた。 「破格の依頼が来てるって?」 「さすが、耳が早いね」 受付の男がそう言って、カツヤに中に入るように促した。 「よう! カツヤ、久しぶりじゃねえか!」 親しげに笑みを浮かべて来るギルドマスターに、カツヤは曖昧に笑みを浮かべて、手を上げた。 ソファに腰掛け、早速依頼のことについて話を振る。 「ああ。それがよ、ここから西に5キロほど行った所に、迷いの森って呼ばれる場所があるんだが……」 「……ああ、知ってる。実際、迂闊に入ると2.3日迷うらしいな」 カツヤはそう言って、眉根を寄せた。 「今から一週間前だ。子供が3人ほど……その森に入り込んで帰って来ない」 「? 迷子なら、警兵隊の領分じゃねえの?」 「ああ、だから、街の警兵隊が捜索に行ったが、これまた帰って来ねえ」 物凄く嫌そうな表情をして、カツヤは飲んでいた香茶のカップをテーブルに戻して、問い掛けた。 「まさか、それを捜し出して連れ戻すってことか?」 「まさにその通りだ」 「……冗談じゃねえ! たかが迷子探しになんで、オレが出張らなきゃなんねえんだ?」 「でもでも、カツヤ。この報酬、高いんだろ?」 エージの言葉にハッとして、ギルドマスターに胡乱な視線を向けた。 「領主からの依頼って言ったな? 迷子になったのは……領主の息子か?」 「察しが良いな……。その通りだ。正確に言えば、領主の息子が帰って来なくなって、これを探しにさらに、子供が2人ほど森の中へ入って行った」 「んで、結局、3人とも帰って来ねえと?」 「そうだ……。まあ、子供と言っても、3人とも15歳前後なんだがな……」 「……その年齢なら、一概に子供とも言えねえだろう?」 実際、カツヤは11歳の時に、ハンターの資格を取得している。 13歳の時には、レッドアイズと出会い、駆け出しではあっても、一応一人前と認められていた。 「結局、最初の領主の息子が行方不明になってから、3日後……。警兵隊が捜索に出たんだが……」 「けっ! それも帰って来ねえってか?」 カツヤは、ソファに凭れ込んで、両腕を頭の後ろで交差した。 「子供3人が帰って来ないだけなら、何もお前に頼んだりしねえ。だが、警兵隊100余人も帰って来ねえんだ。何かあったと……思うべきだろう?」 天井を見つめながら、カツヤは暫し考え、小さく問い掛けた。 「んで? 報酬は幾らだ?」 「前金で、5000フィル(日本円にして(笑)約50万円)。成功報酬で+10000フィル(100万)だ」 「……迷子捜して15000……ねえ」 カツヤは呟き、背凭れから身を起こした。 「迷いの森……何かいんだろう? モンスターか?」 「……しょうがない。どうせ、お前に隠しごとなんざ通用しねえんだから……」 「判ってんじゃん。んで? 何が居るってんだ?」 「噂だがな……。白いドラゴンが舞い降りるのを見たと言う話だ。多分、子供らはそれを見に行ったんだろう。あるいは肝試しの類でな。領主の息子……キヨスミさまもドラゴンが好きだったらしいからな」 「はああ……白いドラゴン……? うわぁ、最悪……」 「もしかして……」 「可能性が高いよな。ただのホワイトドラゴンならともかく……」 暫し考えた後、カツヤは弾みをつけて立ち上がった。 「15000でホワイトドラゴンなら受けても良いが……もし、ブルーアイズ・ホワイトドラゴンだった場合は、後5000……+してもらうからな?」 「そう来なくっちゃ。ブルーアイズだって証明出来れば、後5000、カイバ・コーポレーションから支払われるだろうよ」 「……何でまた……カイバが?」 「ああ、後から行方不明になった子供の一人が、モクバ=カイバなんだ……」 その言葉に、カツヤは思い切り嫌そうに、ソファに逆戻りしたのだった。 ☆ ☆ ☆ 「ねえ、カツヤって、カイバ・コーポレーションの人と知り合いなのか?」 「……ああ、4年くらい前に、あれの依頼で、ブルーアイズを捕まえに行ったことがある……」 「へ? マジに?」 「社長の道楽だよ。畜生……人が、わざわざ、ドラゴン・プレートまで用意してやったってのに、あああくそ〜思い出してもムカツク!!!」 取り敢えず、昨夜の食事も質素なもので、朝は何も食べずにこの街まで歩いて来た訳で。 腹ごしらえに、街の宿に向かって、朝食と昼食を兼ねた食事をしている最中だった。 「ふん、また貴様か?」 「…………」 スープを飲んでいたカツヤは、かかった声にその動きを止めて、背後に視線を向けた。 長身痩躯で、ダークブラウンの髪の青年が自分を見下ろしている。 「もう二度と貴様には会いたくなかったのだがな」 「そりゃ、こっちの科白だ! カイバ!」 「一々喚くな。4年も経つのに少しも変わってないな」 「けっ! 弟が行方不明だってのに、随分余裕じゃねえか……」 言いかけてハッとした。 余裕であれば、自宅かもしくは仕事場にいるはずである。 ここに出向いて来たのは……要するに……。 「ま、まさか……」 「ふふん。察しが良いな。よろしく頼むぞ、キャッスル」 「……ふざけんなあああ!! また、オレにくっ付いて来る気かーーーーーっ!!!」 カツヤの大絶叫が、真昼間の宿屋の食堂に響き渡った。 「コイツのせいで、ブルーアイズを捕まえるとき、死にそうになったんだよ、オレは……」 ガツガツと、鶏の唐揚げを食べながら、カツヤは何故か、同じテーブルについた、セト=カイバに視線を向けつつ言った。 「貴様があんな優雅で美麗で、荘厳なブルーアイズに火傷を負わせるからだろうが?」 「ドラゴンの傷なんざ、一週間もあれば完治すんだよ!!」 ハンターとして、細心の注意を払い、行動するカツヤを他所に、我が物顔でのし歩きつつ、直ぐに疲れただの草臥れたのと言っては休みたがり、あまつさえ、ブルーアイズ生け捕りの際の邪魔……。 「大体、だからって、人を突き飛ばして、ドラゴンブレスの前にさらすか?」 「滅びのバーストストリーム」 「は?」 「ブルーアイズのドラゴンブレスのことだ」 「……あんた、本当に弟が行方不明になって焦ってるのかよ? 緊迫感が足らねえ気がすっげすんだけど?」 殆ど泣きそうな表情で、カツヤが言うと、セトは興味深そうに笑みを浮かべて言った。 「ほう……変わってないかと思えば……。4年前より、一段と表情が豊かになったようだな?」 「……な?」 そうして、エージに視線を向けて、 「コイツの影響か?」 「……へ?」 キョトンとエージはセトを見つめて、首を傾げた。 「……冗談はさておき……。迷いの森の【ホワイト・ドラゴン】がいると言うのは本当なのか?」 「てめえの目的は弟じゃなくて、【ホワイトドラゴン】かああああ!!??」 カツヤの怒声にセトは、人差し指を立てて左右に振りながら、得意げに言ってのけた。 「甘いな、キャッスル」 「……………」 「両方に決まってるだろう?」 思い切り脱力して、カツヤは殆ど半泣き状態で、食事に集中し始めた。 (バカの相手なんざしてられるか……) 4年前は……。 カツヤはここまで、感情が動かなかった。 怒鳴っていたのは確かだが……もう少し本気で怒っていたような気がする。 だが、呆れては居ても、今の自分は怒ってはいない。 その変化に、カツヤは少しだけ苦笑した。 (この程度のことでマジに怒らねえで済むのは、余裕がある程度あるってことだよな?) 「でもさー、カツヤ。……ブルーアイズを捕まえたことあんなら、相手がブルーアイズでも5000も吹っかける必要あったのか?」 エージの問いかけに、カツヤは肩を竦めて。 「あのなあ、エージ。それはそれ、これはこれ……。至上最高のドラゴンとまで言われてる【ブルーアイズ・ホワイトドラゴン】だ。15000や5000じゃ安いくらいなんだぞ?」 「……本当は幾らだってんだよ?」 「そうだな……コイツに貰った報酬が、100000だったからなー。まあそんなもんだろ?」 「えええ? 100000って……カツヤ、金銭感覚狂ってない?」 「世間一般の相場って奴だ……。じゃなかったら、オレはブルーアイズ捕獲なんて真似はしねえ」 真剣な表情で言ってのけて、カツヤは立ち上がった。 テーブル上の食べ物は、すべて腹の中に収まっている。 「さて……取り敢えず……今日ぐれえはベッドで寝たいんだが……そうも言ってられねえか……」 突き刺さるようなセトの視線に、カツヤは溜息をつきながら、立てかけていた剣を背中に回した。 「んじゃ、まあ、迷いの森に移動してみるか。実際に行ったことはねえからな」 「そうだね……」 「あ、その前に色々と買出しもしとかねえと……」 長引くことを考えれば、食料もそれなりに用意しなければならない。 「でも……予定としては、どれくらいのつもりなんだよ? カツヤ」 「そうだな……。遅くても3日ってとこか?」 「ふーん。んじゃ……まあ、大体……ってそう言えば、あの人の分も入るのか?」 「ああ……まあ、しょうがねえだろう? 弟が心配で社長自らご出馬下さった訳だから?」 カイバ・コーポレーションの社員の多くはともかく。 幹部の者にくらいは、断りを入れといて欲しいと思う。 以前は……そう、弟のモクバがウソのようにすべてのフォローをしてくれていたのだ。 今度は……そのモクバが居ない。 「モクバの次に社長まで行方不明とかったら、それこそどうなるか、考えたくもねえ」 「何か言ったか?」 「……べっつにー……」 そうして、取り敢えず日持ちする食料を調達し、この街に到着して、3時間後には再び、この街を出ていたのである。 ☆ ☆ ☆ 鬱蒼と茂る森を見つめて、カツヤは肩を竦めて呟いた。 「いっつも、この前を通る度に、ここには入りたくねえって思ってたんだよな、オレは……」 「オレも、何か……凄く……嫌かも」 気配や波動で、ものの動きを【視る】この二人には、この森を覆う、まるで結界のようなその波動を全身に感じて、気が滅入っていた。 「……ずっと気になってたんだけど。ここって、魔力のせいで、【迷いの森】になってるみたいだな」 「魔力……ってーと、この嫌な気分は、やっぱ結界ってことか?」 「んー多分ね」 エージは、懐から何かを取り出しながら、呟くように答えた。 「……でも、前にこの前を通った時より――強くなってねえか?」 「きっと、不法侵入者が相次いだから、この結界を張った者が、さらに強化したんだよ」 「んじゃ……」 「そう。だから、帰って来れないのさ。誰もね!」 言うなりエージは、腕に嵌めたガントレットに、取り出した紅い珠を嵌め込んだ。 瞬間的に、エージの周りに紅いオーラが立ち昇り、渦を巻いて拡がった。 『火炎衝・白火』 紅い炎が燃え上がりさらに、白く輝きを放って、エージから放たれると、まるで森を覆うように拡がり始めた。 『砕!』 そのまま、地面を掌底を叩くように打ち下ろすと、何もないはずなのに、まるでガラスが割れるような音が響き割った。 「……取り敢えず……これで、この結界を張った奴がどう出るか……だな?」 「まあね。多分……相手も少し傷付いたかもだから……」 カツヤとエージが、二人して話していると、既に森の中に足を踏み入れたセトの声が聞こえて来た。 「何をしてる? 早く来んか!!」 「……てめえ! 何先に行ってやがる!!」 「貴様らが、もたもたしてるだけだろうが」 「……まあまあ、カツヤ。落ち着いて……。急ごう……」 「……だな」 警兵隊の方は、それほど心配しなくても良い。 結界が解かれれば、勝手に森を抜けることぐらい訳ないはずだ。 しかし―― 少年たちの方は、判らない。 実際、森の中に迷い込んで、一週間も経っているのだ。 後から入ったセトの弟たちが、食料を大量に持ち込んでいれば良いのだが。 最悪……無事で居るかも判らない。 その事実に、セトが気付いているのかも、甚だ怪しいのだった。 <続く> |