DRAGON MASTER #2 邂逅


 その日は、久しぶりにドミノシティにある実家に足を向けた。
 実に半年振りと言うのは、親不孝にも程があるかもしれない。
 もっとも、仕送りはしているし、毎月一度は手紙も送っている。

「ユーリ!!」
 背後からかかった声に、ユーリは振り返った。
 濃い緑にも見える黒髪の、小柄な少年が駆け寄って来て大きく息をついた。
「リョーマ。どこに行ってたんだ?」
「ちょっと情報収集」
「……情報?」
「そう。なんかさ、警兵隊がやたらにいると思わない?」
「ああ、そうだな。確かに、それは変だと思ってた。この辺りは事件らしい事件も起こらないからな」
「ギルドに行って来たんだ。はっきり仕事として依頼されてる訳じゃないみたいだけど……」
 少し眉を顰めたユーリは、だが、無言で、リョーマに先を促すと、リョーマは少しだけ首を傾げて、
「何か、迷いの森で子供……っても、オレと同じ年くらいなんだけど、3人、行方不明になったんだって」
「……迷いの森で?」
「そう。もう一週間くらいになるって言ってた」

 そこまで話して、ユーリは立ち止まった。
 自宅に辿り着いたからである。

 門を開けて、庭を突っ切り自宅のドアを開ける。


「ユウギ!!!?」
 いきなりの声に、ユーリは驚き目を見開いた。
 何かがぶつかるように抱きついて来て、焦ったように声を上げる。
「じ、祖父ちゃん? オレはユウギじゃない! ユーリだ!」
「……ほ? ユーリ?」
 一瞬、キョトンとした後、祖父は次には、思い切り大粒の涙を零して、ユーリに泣きついたのである。



「ユウギが行方不明?」
「ああ、そうじゃ……。領主さまのご子息である、キヨスミさまが帰られず、心配したモクバ殿がユウギを訪ねて来ての……」
 何とか、祖父を引き離し、泣き続けるのを宥めすかして、聞いた言葉にユーリは絶句した。
「それって、迷いの森で行方不明になったって話?」
「……そうそう。そうじゃ!」
 リョーマをびしっと指差し、それから、目を丸くしてユーリを見返った。
「どちらさまじゃ?」
「……成り行きで一緒に旅をしている……。リョーマ=サウスだ」
「よろしく……」
「……ほー一緒にのう……」
「それより……場所が判ってるなら捜索隊も出たんだろう? 迷いの森は、確かに迂闊に入ると迷うが、警兵隊なら、道はある程度把握している筈だ」
「もちろんじゃ! じゃが、その警兵隊も戻って来んのじゃよ」
「何だって?」
 ユーリは歯噛みして拳を握り締めた。
「リョーマ」
「ん?」
「オレはこれから迷いの森に行く。お前はどうする?」
「……行くよ。あんたに借りが返せるかも知れない」
「……OK」

 ユーリはそう言って、踵を返して、先ほど入って来たドアを開けた。
 その後を、リョーマが軽快について行く。




 そうして、二人は……『迷いの森』に向かったのである。



     ☆  ☆  ☆


「カツヤ? 何やってんの?」
 自分の後ろを歩いているカツヤが、不意に木の枝に何かを結びつけるのを見て、エージが問い掛けた。
「……目印だよ。こう言う森は、ただでさえ方向感覚が狂う。似たような景色ばかりだからな。はっきり判る目印があった方が良いだろう?」
「そっか。さすがだねーカツヤ☆」
「常識だ」
 手放しで誉めて来るエージに多少の照れも相まって、カツヤは素っ気無く答えた。

「貴様ら何している!! さっさと来んか!!」
 さっさと先を歩いているセトに、エージは首を竦めて、カツヤは思い切り溜息をついた。
「うるせえ! 難だったら1人で行きゃ良いだろうが!」
「……それもそうだな」
「待て待て待て待て!! カツヤ、それじゃ遭難者が1人増えるって!!」
「ちっ! 面倒な……」
 慌てて止めるエージに、カツヤが舌打ちを漏らす。
 チラッとセトに視線を向けて、首を振った。
「まあ、戦闘力に限れば……遭難者にはならねえんだけどな」
「……え?」
「アイツはあれでも剣の腕は一流だ」
「そうなの?」
「もっとも、オレは超一流だけどな」
 笑って言うカツヤの言葉に、セトが聞き捨てならんと剣の柄に手をかけた。
 同時にカツヤも、背中の剣に手をかけて、エージが目を見開いた。
 だが、直ぐに【それ】に気がついて、エージも咄嗟に身構えた。
 3人の目の前に、巨大なイノシシが一頭、現れていた。




   ☆   ☆   ☆

「ユウギくん〜もう疲れたよー」
「そんなこと言っても! もう一週間もここで迷ってるんだよ? 食べ物ももう底をつくし、何とか森の外に出ないと……」
「しっ!」
 明るい茶色の髪の少年が、ふて腐れたようにその場に座り込み、独特の髪型をした、赤と黒と金髪と言う、派手な髪色の少年が、腰に手を当てて、諌めるように言った。
 そんな二人のやり取りを制するように、長い黒髪の少年が、人差し指を唇に当てて、振り向いた。
「何か聞こえないか?」
 小さな声で問い掛ける。
「……足音?」
 思った瞬間、何かが爆発する音が響き渡った。
「……人? 魔法士の魔法じゃない? 今の!」
 キヨスミの声に、ユウギが頷いた。
「確かに! きっとボク達を捜しに来てくれたんだよ!!」
 ユウギがそう言うと、キヨスミが立ち上がって、音のする方に向かって駆け出した。
 ユウギとモクバもそれに続き、草むらを飛び出した瞬間。

 間の空いていた、キヨスミと、ユウギたちの間に、モンスターが数匹、飛び込んで来たのである。

「うわっ! キヨスミさま!?」
「キヨスミ!!」
「って、え? ユウギくん? モクバくん?」
 慌てて背後を振り返るキヨスミも、何とかモンスターに突っ込まずに立ち止まったユウギたちも、次の手に戸惑ってしまった。

 だが、モンスターは惑わず、少ない方……要するにキヨスミに向かって襲いかかったのである。
「キヨスミさま!!」
 慌てて、呪文を唱えるにも、あまりに突然のことに、旨く行かない。
「伏せろ!」
 背後から声が聞こえて、キヨスミは思わず地面に身を伏せた。
 その頭上を飛び越えて、誰かが舞い降り、モンスターを一刀両断にする。
『旋風衝!』
 声とともに、つむじ風が巻き起こり、別のモンスターが切り裂かれて消滅した。
 最後に、長身の青年が、振り下ろす剣が、モンスターを斬り捨てて、その場は静まり返った。

「兄さま!!」
 いち早く立ち直ったモクバが、最後にモンスターを斬り捨てた青年に駆け寄って行く。
「モクバ!!」
「やっぱり、兄さまが来てくれると思ってた!!」
 兄に飛びつき、嬉しそうに笑うモクバに、セトもかすかに笑みを浮かべている。

「……3人ってことは、これが行方不明になった子供全員か?」
 一番最初に、キヨスミを襲っていたモンスターを倒した青年が、キヨスミに向かって問い掛けた。
「もしかして、ハンターの人?」
「……ああ、まあな。ところで、お前ら……。お前らを捜しに来た警兵隊は見なかったか?」
 兄に抱きついているモクバも、キョトンとしたように、目を見開きユウギに視線を向け、ユウギはキヨスミに視線を向けた。
「会ってたら、今頃一緒にいると思うけど?」
 もっともな科白に、青年は金茶の髪を掻きながら、
「そうだよな〜」
 と呟いた。



「エージ。こいつらを連れて先に森を出てくれ」
「え? カツヤは?」
「オレは、警兵隊を捜してみる。多分、もう自力で森を出ることも出来る筈なんだが……一応な……」
「……判ったけど……でも」
「ああ、この森に結界を張った奴と、ホワイトドラゴンのことだろ?」
「う、うん。大丈夫……か?」
「まあ、何とかなんだろう……」

 そう言って、カツヤは踵を返してさらに奥に向かおうとした。
「カツヤ!!」
「何だよ?」
 エージの声に、問い返しながら、カツヤも気がついた。
「……さらに、強い結界を張ったか!」
「……どうする? 外からならともかく、中から破るのは難しいよ?」
「ちっ!」
 舌打ちを漏らして、カツヤは何かを考えるように俯いた。
「……しょうがねえ。少しここで休むぞ」
「え? カツヤ?」
「……どう言うことだ?」
「こいつらは、3人だけで森の中彷徨って、かなり疲労している。休んでいても本当に休めたとは思えねえ……。でも……オレ達が居れば、場所はどこであれ、精神的には休めるはずだ。特に、セト。お前が3人の知り合いだからな」
 全く見知らぬ自分たちだけでは、そこまでの安心感は与えられなかったと思う、と付け足し、それからエージを見て、呟くように告げた。
「油断すんなよ」
「……! 判ってるよん☆ ダイジョーぶい!」

 そう言ってエージは自然に倒れたらしい木の上に腰掛けた。




「ねえ……」
 暫くして、独特の髪型をした少年が、カツヤの隣に立っていた。
「何だ?」
「ハンターなの?」
「……まあな」
「何でハンターやってるの?」
「……? オレにはこれしか生きる道がなかった」
 背中の剣の柄を握り締めて、呟くように言う。
「この道で生計を立てるには、ハンターになるか、盗賊になるか、もしくは……暗殺者になるかだ」
「……だから、ハンターを選んだんだ?」
「まあな……生まれと頭が良けりゃ、警兵隊に入るって手もあるけどな……」
「そうだよね。そこから騎士になることだって出来る……」
「……でも、オレは……身分はいらねえから、自由を選んだ……ってとこか」
 自由と言うのは、半ば孤独でもある。
 すべての責任を自分で負う代わりに、誰の束縛も受けずに生きることが出来る。
 だが、個人的な束縛はなくても、公的には束縛はあるもので。
 エージとコンビを組んだことも、公的な束縛の一つである。

「……ふーん。生きるためにハンターになって、束縛よりも自由を選んだってこと?」
「まあ、そうだけど……」
 引っ掛かるような少年の言葉にカツヤはさすがに眉を顰めた。
「それって、他人を裏切ったり蹴落としたりしても、良いってことなんだ?」
「……? 何の話だ?」
「別に……何でもないよ」
 そう言って、少年はカツヤの側を離れて、モクバとセトの側に座った。

 首を傾げつつ、カツヤは探るように周りを見回した。
「エージ!」
 声と同時に、エージは呪文を唱えた。
『旋風衝』
 唱えた後に、魔法珠に触れて、さらに言葉を続けた。
『壁!』
 生まれたつむじ風が、その場にいる人間を囲むように、包み込んだ。
 正確には、セトを含めた子供3人である。
「何、これ?」
「そこを動くなよ」
 カツヤはそう言い、背中の剣に手を当てた。

「来るぜ!」
 カツヤの言葉とほぼ、同時に、黒い影がカツヤ目掛けて降って来た。
 細身のショートソードをのオマケ付きで。
 それを、自分の剣で受け止めながら、弾き飛ばし、カツヤは少しだけ後方に飛び退った。
「……!?」
「あ……っ!」
 カツヤとエージが同時に目を丸くする。
 だが、そんなことを意に介さず、相手はさらに、カツヤに向かって剣を向けて、駆け出したのである。
「……ちょっと待て! 何で……?」
「煩い! ユーリに借りを返すチャンスなんだ!」
「はあ?」
 カツヤの制止の声も聞かず、相手は……数時間前に、エージがぶつかった少年は……剣を斬りつけて来た。
 小柄で身軽な少年は、カツヤに斬りかかっては直ぐに飛び離れ、また斬りかかって来るのを繰り返している。
 その方向は、てんでバラバラで、見切ることは難しい。
 エージは、咄嗟の判断で、セトたちを守る防御壁を解除した。
 そうして、相手が飛び離れた隙にカツヤの前に立ちふさがって、呪文を唱える。
『旋風衝! 網!』
 風が網のように、広がって斬りかかろうとした少年の、動きを封じた。
「……一体何だよ? お前、町でオレにぶつかった奴だろう? この森に結界張った奴じゃないじゃんか!」
「……くっ!」
 エージの言葉もまともに聞いていないのか、少年は悔しそうにエージを見上げて、それからプイッとそっぽを向いた。
「……もう! ちゃんと言ってくんねえと判んねえんだよ! 何でオレ達を襲った? 訳があるんじゃないのか?」
 焦れるエージに、少年は舌を出して、さらにそっぽを向く。
「……可・愛・い・く・ねええええ!!!」
 叫ぶエージに、半ば苦笑を浮かべて、口を挟もうとしたカツヤは、ぶつかった殺気にエージを突き飛ばし剣を地面に突き刺した。

『火炎・壁!』

 剣の刀身が真っ赤に燃え上がり、炎がカツヤとエージの周りに壁のようにそそり立つ。
 そこに、それはぶつかって来て、軽い爆発を起こした。

 爆煙が晴れる、その先に、1人の少年が立っていた。
 独特の髪型。
 鋭い双眸は、赤紫に輝いている。

「リョーマを放せ。……それから、我が兄を返して貰おう」



 カツヤは、自分の前に立つ少年に、まるで目を奪われたように、ただ茫然と見つめていたのである。


<続く>