5.破綻 |
机の上に突っ伏している親友に、不二周助は、昼休みになって漸く、仕方ないかと言う風に声をかけた。 朝から、ずっとこの調子で、休み時間になるたびに、すっ飛んで教室を出て行き、そうして、ガックリして戻って来る―― これを繰り返し、あまつさえ、授業中はずっとこうで具合が悪いなら保健室に行けとまで、教師に注意されたぐらいだ。 それくらい――通常の英二では考えらないくらいには、落ち込んでいたのである。 「……あのさ、英二……」 「…………………何?」 昼休みになったと言うのに、今度は立ち上がろうともせず、机に突っ伏したまま、怠惰に英二が答えた。 「まあ、大体の事情は判ってるんだけど……敢えて聞いても良いかな?」 「……だから、何?」 投げ遣りな口調で問い返し、視線だけを不二に向けた。 「越前と喧嘩したの?」 「してない! ってか、月曜からこの三日……ううん! 先週の土曜日から五日!! オレは、おチビと話をしてないどころか会っても居ないよ!」 一度だけ、身を起こして、投げつけるように言い、再び机に突っ伏す。 どうにも重症だなと不二は溜息をつき、席を立って教室を出ようとして、英二を振り向いた。 「越前の所に行くけど、一緒に行かない?」 「……何で、不二がおチビのとこに行くのさ?」 「文句があるなら、一緒にくれば良いだろ?」 ホント、誘うのが旨いよなと、英二は暫し不二を見つめ、仕方がないと立ち上がった。 1年2組の教室に向かうと、そこには目的の人物の姿はなく、英二は些かの期待を持っていたためか、知らず溜息をついていた。 「……ねえ、越前、何処に行ったか判らない?」 教室にいたほかの生徒に聞いてみるも、チャイムと同時にすっ飛んで行くから判りませんと答えられた。 「昼休みに一緒にお弁当食べるのもずっとすっぽかされてる。放課後、部活に行っても、練習中は声かけられないし、休憩中は姿見えなくなるし……! それで、一緒に帰ろうと思って正門で待ってても、オレの気付かない内に、帰ってるし!!」 英二の言葉に、不二は気の毒そうに、眉を顰め、しみじみと呟いた。 「どうやら、英二は見限られたらしいね」 「なっ!!?」 「そこまで徹底的に避けられると、ホントもう、返って爽快だね」 「爽快じゃないーーーーっ!!!」 英二は怒鳴り声を上げて、不二に食ってかかりつつ、そのまま力なく、額を不二の肩に押し付けた。 「……おチビが……もうオレを好きじゃないんなら……そう言ってくれれば良いのに……。嫌だけど……辛いけど……でも……克っちゃんなら……しょうがないもん……」 「はあ? 何それ?」 詳しい事情は全く聞いてなかった不二は、英二の言葉に驚いたような声を上げて、さらに詳細を話させた。 「じゃあ、越前くんは、城之内さんと付き合ってるって言うの?」 「そうだよ! 二人で仲良く夕飯の買い物とかして! きっとあんなことやそんなことなんかもして……」 はっきり言って、それは英二の勝手な思い込みと妄想である。 だが、土曜日に遊裏に会いに行ったことが、さらにその思い込みに拍車をかけた。 克也は、遊裏にウソをついて、リョーマの家に泊まりに行った……。 遊裏のウソを、勝手に、そう解釈して(ウソをついたのは、遊裏であって克也ではない)決め付けてしまった。 遊裏は、克也がリョーマのところに泊まりに行ったことを内緒にすべきだと思っていたから、咄嗟にそんなウソをついた訳だが……。 それが――あらぬ誤解を生んでしまっていた。 そして、その件についての意志の疎通は、全くなかったのである。 「でも、信じられないな。城之内さんは、かなり遊裏さん一筋だったし……。それに、遊裏さんは、何て言ってるんだ?」 「……克っちゃんのウソを信じてるよ。日曜日まで一緒に遊んで……月曜日に電話してみたら、海馬Co.に泊り込みで仕事に行ったって……」 英二は、そのまま壁に凭れて、自嘲気味に笑みを浮かべた。 「オレ……土曜日に、克っちゃんとリョーマ見て、直ぐに遊裏ちゃんのとこに行ったんだ……。遊裏ちゃんにそのこと話して、一緒にリョーマと克っちゃんのとこに怒鳴り込みに行こうと思って」 「……うん」 「でも……言えなかった……。だって、微塵も疑ってないんだよ? そしたら、オレ……自分がリョーマのこと、信じようとしてないことが恥ずかしくなった……。だから……」 ずっと、事情を聞きたくて捜しているのに、見つからない。 会うことが出来ない……。 「信じたいんだよ! 何があっても遊裏ちゃんみたいに!! でも……あんなとこ見たら……!!」 「考えすぎだと思うけどね」 「は?」 「だって、城之内さんにとって越前は、子供だよ?」 「……っ!?」 「城之内さん、もう18歳くらいだろう? 18歳の人が、12、3歳の子供を好きになったりするかな? その前の好きな人が遊裏さんで、同い年の人なんだし……」 「おチビは、12歳だってこと、オレでも忘れるんだけど……」 「まあ、確かに……大人びてはいるとこはあるけど……。でも、あの子はまだ子供だよ? それは、城之内さんだって判ってると思う」 同じ5歳差でも、25歳と20歳なら、まだ判るけどね。と続ける不二に、英二は考え込むように俯いた。 「あ、越前くん」 「え?」 教室の方へと戻って来るリョーマの姿に、不二が気付いて声をかけた。 人の往来があって、壁に凭れていた英二は死角になって見えないのか。 リョーマはいつもの調子で、不二に向かって頭をさげた。 「どもっす。何やってんスか?」 「君に用があったんだよ。ね、英二」 不二が英二に向かって声をかけると、リョーマはビクッとしたように、一歩、後退った。 「……っ!」 それに、英二も不二も気付き、英二は辛そうに眉根を寄せ、不二は少し考えるように首を傾げた。 「英二を避けているの?」 「……別に……」 「そうは見えないけど? 実際、土曜日から、英二と会ってないんだろう?」 リョーマは軽く舌打ちを漏らして、踵を返した。 「越前?」 「……何で、一人で来れないんスか? エージ先輩」 「……!」 「トモダチに助けて貰わないと、何も出来ないんスか? ホント……まだまだだね……」 不敵に笑って、リョーマはそのまま、教室とは逆へ……元来た廊下を、歩き出した。 「待てよ!」 英二は、そう言ってリョーマに歩み寄り、その腕を掴んだ。 だが、リョーマは腕に力を込めて、英二の腕を振り払って、向き直った。 「何ッスか?」 両手をポケットに突っ込んだまま、英二を見上げて来る。 英二は振り払われた手を見つめながら、愕然と呟いた。 「……克っちゃんの方が……良いんだ?」 「……はあ?」 「そうだよね……。克っちゃん、カッコ良いし強いし、頼り甲斐あるし! 同じ男としても憧れるもんね!!」 「何、言ってんの?」 眉を顰めて、リョーマが問い掛けて来る。 ここに来て、英二の張り詰めたたがが外れた。 「克っちゃんの方が良いんだろう!? だったら、何でそう言ってくんないの?! オレのことも、遊裏ちゃんのことも裏切って、それで……リョーマは平気なんだ!!?」 「……裏切る? ……エージ、本気でそう思ってるの?」 「だって! そう言うことだろ? もう、オレのこと、会うのも話をするのも、触られることも嫌なんだろう?」 ぶちまけるようにして言って、喘ぐように息をつく。 そうして、一瞬、視線を下げようとして――見てしまった。 リョーマの……茫然とした表情。 見る間に朱に染まった頬は、羞恥より怒りのためだと……英二には判ってしまった。 「……エージ、最低。――同じこと、カツヤとユーリの前で言えるの?」 「………っ!!!」 「少しは頭を冷やして周りを良く見回した方が良いッスよ? 菊丸先輩」 失敗した。 それだけが判った。 さっきまで……【先輩】とついていても【エージ】と呼んでいてくれたのに……!! だから、立ち去るリョーマの後を追うことも、声をかけることも……。 英二には出来なかった―― 頬伝う一筋の涙が……後悔の念となって溢れ出す。 ――最愛の恋人と……大好きな親友たちを喪った。 英二の心の中で、そう感じた―― <続く> |
※あの、これは紛れもなく、英二誕生日記念小説です……(滝汗) ああああ、ほら、幸せを手に入れる直前、どん底まで突き落とすのは、小説を書く上での醍醐味じゃないですか?(滝汗) うー;;; 幸せになります。 明日は……多分;;(←ちょっと待ってよ! 多分って何? 多分って!? by英二) |