4.拡がる疑念

「英二? 何やってるんだ?」

 バイト先のゲーム屋を出たのが、バイト終了6時より、20分程過ぎた頃だった。
 その店の前のガードレールに腰掛けて、見慣れた赤茶の髪の少年がいて、遊裏は目を丸くした。
「ねえ、遊裏ちゃん。これから時間ある?」
「……時間はあるけど……どうかしたのか?」
 英二が座っているために、その目線は大体同じである。
 真っ直ぐに相手を見詰めると、英二はバツが悪そうに視線を逸らした。
「……取り敢えず、帰ろうか? 家で夕飯を食べて行けばいい。相棒も喜ぶ」
「……そう?」
「リョーマと喧嘩でもしたんだろう?」
 遊裏の言葉に、英二は少しだけ悲しそうに微笑んで、首を横に振った。



【誕生日のことは、英二に内緒だからな。英二が会いに来ても言うなよ】




 克也に言い渡された言葉を反芻しつつ、落ち込んでいる英二に、多少良心がちくちくと痛みを訴える。
 夕飯に誘ったのも、一種の罪滅ぼしかも知れないと思ったら、何故か可笑しくなった。

「遊裏ちゃん?」
「あ。済まない。じゃあ、行こうか?」
 先に立って歩き出すと、英二もゆっくりと立ち上がって付いて歩き出した。
「……元気ないな。喧嘩した訳じゃないんなら、何があったんだ?」
「……遊裏ちゃんさあ」
「ん?」
「もし……もしだよ? 克っちゃんが浮気したらどうする?」
「はあ?」
 突拍子のない質問に、遊裏は目を丸くして、次に苦笑を浮かべた。
「……生憎だが……それだけは在り得ないな。だから答えは却下だ」
「……何で? 何で在り得ないって思うの?」
 英二の問いに、どう答えようか迷いながら、本当のことを言うしかないかと軽くため息をつく。
 信じてもらえるかどうかは、判らないが、こうとしか言いようがないのだ。
「……浮気は克也がしないからだ」
「へ?」
「もし、他の誰かに手を出すとしたら、その前にはオレにそう言っている」
「どう言う意味?」
「浮気は出来ない……克也は根が正直だから、騙したりウソをついたりが苦手だ」
「…………」
「ゲームではハッタリをかますのは得意だが、こと現実では、それが旨く行った試しがない。もっとも、秘密は何が何でも守ろうとするけどな」
「それ、どこが違うの? 秘密を作るのと、ウソついたり騙すのと何処が違うのさ?」
「……相手を裏切ってるかどうかだと思うけど? その判断は……」
 それでも何か言いたそうな英二に、遊裏は肩を竦めて軽く息をついた。
「リョーマが浮気でもしてるのか?」
「! 何で?」
「そう言う話を振って来たからには、そう言うことだろう?」
「……ごめん」
「何で謝る?」
「だって……だってさ……」

 言葉を切って黙り込んだ英二に、遊裏は暫し、先の言葉を待ってみた。
 だが、いつになっても英二は喋りださず、唇を噛み締めて俯いている。
 10cm弱の身長差のせいで、英二が俯いても、英二の表情は、遊裏には見えてしまう。
 どうしたものかと考えながら、ふと、遊裏は目に付いた自販機に向かって歩き出した。



「ほら、ココア」
「……遊裏ちゃん」
「無理して言うことない。ほら、もう、陽も暮れたし、寒いし帰ろう」
 遊裏がゆったりと微笑むと、英二もやっと少しだけ笑みを浮かべて、頷いた。

「ねえ、遊裏ちゃん」
「何だ?」
「今日さ、遊裏ちゃん家に、泊まって良い?」
「は? でも、オレは相棒の家に帰るんだぞ?」
「そう。ダメ? あ、いきなりじゃ、やっぱ迷惑かな?」
「……相棒に聞かなきゃ判らないけど……」
「じゃあ、マンションの方は?」
「そっちじゃ、夕飯が食えないぜ? 今日は克也も居ないし……」
 そう言って、内心「しまった」と、遊裏は舌打ちを漏らしていた。
 だが、元々、ポーカーフェイスの旨い遊裏のこと、そんなことは微塵も表情に出ていない。
「何で居ないの?」
「……え? ああ、バイト先の旅行で……出かけたから……」
 すんなり出て来た言葉だが、英二はどこか疑っているような目で遊裏を見つめ、ふうっと溜息をついた。
「――英二?」
「何があっても、強く生きて行こうね! ね! 遊裏ちゃん!!」
「はあ?」







 遊裏は知らなかった。
 克也とリョーマが一緒にいる所を、英二が目撃したことを。
 そうして、英二は――




 自分が泥沼の思考にハマっていることに気が付かないでいた。




to be continued……