6.暖かな……

 あれから……。
 何がどうなったのか良く憶えてなかった。
 英二は、気がつけば自宅に戻っていて、そう言えば、不二が何か言っていた気がする。
 そんなことを、漠然と考えた――

 ふと。
 ポケットに何か紙の感触を感じて、英二はそっと手を入れてみた。

【菊丸英二様】
 あまり上手ではない、その字は……。
 大好きなあの子の字。

「……リョーマ?」

 封を切って、中のカードを取り出し広げると。

【Dear エージ
明日の午後6時に、オレの家に来て下さい】

 中央に書かれた短い文章。
 明日、と考えて英二は怠惰にカレンダーに目を向けた。
「今日は、水曜だから27日だよね。んじゃ、明日は……」

 明日は……。
 ハッとして目を見開いた。
 明日は11月28日。


「オレの……誕生日?」


 ガクガクと身体が震えた。
 これのための伏線?
 今までのあの子の態度も。
 克也の不可解な行動も……。



 全てはこの日のため……?




「もう……バカ……オレのバカ……!」
 手紙を握り締めて、小さく呟く。
 他にどんな言葉も出て来なかった。
 きっともう遅い……。


 だって、このカードを貰ったのは昼休みの後。
 朝、これを渡された大石が届けに来てくれたのは、5時間目の休み時間だった。
 もう少し早く来てくれてれば、あんなことにならずに済んだかもしれないのに……。
 そう思っても、結局は自分の浅はかな、短慮のせいである。


 きっと、これは中止だ。
 あそこまでリョーマを怒らせて、それは克也にも伝わっている。
 二人は自分を怒っているだろう。
 親友も恋人も信じられない自分を……飽きれ返っているはずだ。


「……自業自得もここまで来ると笑えない……」
 自嘲気味に呟いたところで、階下から姉に呼ばれた。
「電話よ、城之内って人から」
「……え?」
 電話の子機を渡されて、英二は保留音の鳴るそれを暫し見つめた。
 そうして、やっと保留を切ると、『遅せえ!』の声が聞こえて、英二は目を丸くした。
「……克っちゃん。もし、オレが出なかったどうするつもりだったんだよ?」
『……出てんだから、問題ねえだろう! それより……話は聞いたぞ……! 今、詳しいことは言うつもりはねえし、言い訳もしねえ。……ただ、カード貰っただろう?』
「……え、あ、うん」
『……必ず来い。良いな?』

 一方的に言って、電話は切れた。

「……何で? 行ける訳ないじゃん……。オレは……リョーマも克っちゃんも踏みにじったのに……」
 ツーツーと言う電子音を聞きながら、英二は茫然とそのまま、動けずにいた。






    ☆  ☆  ☆

 翌日。
 何だかだるくて、微熱があるのを理由に、学校を休んでしまった。
 誕生日に熱出すなんて、付いてないねと、姉が苦笑をしていたが。
 もう、誕生日などどうでも良い。
 実際、昨日まで自分でも忘れていたことだ。




 今、思えば……昨日、もう少し違った聞き方をしていれば……。
 一生懸命、リョーマを信じようとしていたのに……。
 今頃は、こんな気持ちでここに居たりしなかっただろう。

 枕元にあった携帯電話が着信を知らせた。
 何気なく手に取ると、不二からで。
「もしもし?」
『何してるの?』
「……何って……寝てる……けど?」
『そうやって、拗ねて閉じこもっていたら、向こうから来てくれるとか思ってる訳?』
「なっ!?」
『……それとも、逃げるのかな? 越前を傷付けたって……たったそれだけのことで……』
「それだけって……オレはやっちゃいけないことやったんだよ!? おチビのこと……リョーマのこと大好きなのに! 大切なのに、信じてやれないで自分の不安とか不満とか叩きつけて、傷付けた……」
『……それで逃げるんだ? 君は……』
「逃げるって何? 不二には判んないよ!」
『そうだね。僕には判らないよ……。だって、僕は越前じゃないし、英二でもない……。でも……これだけは言えるよ。君は卑怯だ』
「……!」
『……結局、君は自分が一番可愛いんだね。まあ、人間誰しもそうだろうけど……。誰かのための行動だって、結局はそれを行う人の……自己満足なんだろうし……今回の、越前みたいにね』
「……リョーマは!! リョーマは違う!! 自己満足なんかじゃなくて!
……リョーマはオレのために……オレのことを考えててくれたんだ!!」
『でも、君はそれで傷付いて、あんなこと言って、越前を傷付けた。それで、君は今何やってるの?』
「……何って……」
『人の言葉ってのは、大概両刃の剣でね……。それが大切な人であればあるほど、自分の言った言葉で相手も、自分も傷付ける……。君は、越前の行動で傷付いていたけど、その越前に言葉のナイフで切りつけた……。でも、君は自分自身のことも傷付けた』
「……」
『……………君は、越前を傷付けて、その傷付けた事実から逃げ出した。そうして、自分も傷付いたことに気が付いて、その傷みから逃れようとしてるんだ。……それが卑怯じゃないと言えるの?』
 よどみなく言う不二に、英二は二の句が告げずに、閉口する。
「じゃあ、不二はどうしろって言うんだよ?」
『……別に。君がそうやって逃げ出して、越前とのことを放棄するなら、それはそれで良いよ。僕は僕で越前にアプローチするだけだし』
「なっ!」
『諦めてると思ったの? 越前くんが、君が互いを好きだって言い合ってて、幸せそうだったから、見逃してただけだよ? 君が全ての権利を捨てて逃げ出すなら、僕はそこに付け込んでも、越前を手に入れる……。僕だけじゃない。大石や、桃だって……そう思う筈だよ?』

 突きつけるだけの事実を突きつけて、不二は通話を切っていた。

 リョーマが……自分の隣に居なくなる。
 他の人の隣にいることが、当たり前になる……。


「やだ……そんなの嫌だ!」

 英二はベッドから飛び下りて、ズボンを履き替え、学ランを羽織ると、カバンを片手に部屋を飛び出した。

「英二!? あんたどこ行くの!?」
「学校!!!」

 姉の声に、振り返りもせずに答えて、英二は学校に向かって走り出していた。




「あの子……今、何時か判ってるのかしら?」
 部屋の時計を見上げて、姉が呟いたことは、勿論知らない。
 時計の針は、既に3時を指していた。





    ☆   ☆   ☆

「はれ?」
 既に、下校するための生徒で一杯の昇降口に、英二は茫然と立って、そこから見える時計を見上げた。
「学校、終わってるじゃん」
 そうして、慌てたように1年の下駄箱に向かう。
 リョーマの靴箱を見て、校舎内にいないことを確認すると、今度は部室に向かって駆け出した。

「おチビ!!」
 部室のドアを開けて、中に飛び込むと、着替え中の1、2年部員が驚いたように英二を見つめた。
「越前なら、今日、部活休みっすよ?」
 桃城が着替えながら言う。
「え?」
「今頃、家に帰り着いてんじゃないっすか?」
 桃城の言葉に、英二は少しだけ逡巡して、直ぐにキッと視線を向けた。
「……桃!」
「は?」
「……おチビは、桃にも誰にも渡さないからね!」
 突きつけるように言って、親指を立てて下げる。
 そうして、部室を飛び出して、駆け去って行った。

「はい〜?」
 開きっ放しだったドアから、不二と大石が入って来て、クスクス笑っているのを見て、桃城が溜息混じりに問い掛けた。
「どう言う意味か判りますか? 不二先輩」
「何で僕に聞くのかな?」
「……いえ、何となくッスけど……」
「まあ良いや。荒療治が効いたらしいし。じゃあ、僕と大石も越前に家に行ってるから。練習頑張って。また後でね」
「ウィッス」
 桃城が元気に笑って答え、二人も部室を後にした。
「でも、英二が先に行ったら、越前のやってたことが無駄になるんじゃないか?」
「そこは、城之内さんと遊裏さんに任せるさ……」
 不二の言葉に、大石は苦笑した。



   ☆   ☆   ☆

 荒く息をつきながら、リョーマの家のインターホンを押して、暫し待つ。
『はい?』
「あの、オレ……英二ですけど。リョーマくんは?」
『英二? ちょっと待ってて』
「……………あれ? 今の声……」
 ドアが開いて現れたのは、やっぱり想像通り、遊裏だった。
「何で遊裏ちゃんが……」
「そんなことより、約束の時間は6時じゃなかったか?」
 遊裏の言葉に英二ははっとしたように、その肩を抑えて詰め寄るように問い掛けた。
「リョーマは?」
「……生憎だが……リョーマは、今は会えないと言っている。……出直して来てくれないか?」
「何で? 会いたいって……会ってちゃんと謝りたい……それで、許して貰えなくても、オレ……リョーマと一緒にいたいんだ……!」
 必死の様子で言う英二に、遊裏はどうしたものかと、暫し考えた……。

「じゃあ、オレとゲームをしないか?」
「へ?」
 遊裏の言葉に、英二は目を丸くして、遊裏を見つめた。
 遊裏はポケットからカードデッキを取り出し、シャッフルをする。
 真っ直ぐに差し出して、一枚引くように言った。
「……何?」
「良いから、引けよ」
「……………う、うん」
「……じゃあ、オレはこれだな」
 遊裏も裏返したままの、カードを一枚引いた。
「互いに、何を引いたか判っていない。もし、君の引いたカードがモンスターカードで、オレが引いたカードより攻撃力が高ければ、ここを通してやる。だが、オレの方が高ければ、出直して来てくれ。勿論、魔法カード、罠カードの場合は、引き直しだ」
「……そんな……」
「……自信ないか?」
「って言うか……こんなの一か八かの賭けじゃないか……! 勝算とか計算とか関係ないし……」
「……そうか? カードの引きは結構重要な要素なんだけどな」
「……え?」
「運命のカードを引き当てる……カードを信じ、手札を信じれば、望むカードが来る……。そう言うものさ……」
「……」
「それじゃ、行くぜ? カードオープン!」





「……あれ? 遊裏、誰か来てたんじゃねえのかよ?」
「英二だったから……出直して貰った」
「え……」
「……少し早めて、5時にって言ってある。それまでに、仕上げてしまえ……リョーマ」
 遊裏の言葉に、リョーマは頷いた。
「何かあったのかな?」
「え?」
「……いや、昨夜の電話の様子じゃ相当参ってたから、こりゃ迎えに行かなきゃいけねえかなって思ってたんだ」
「凄い剣幕だったぞ。もう、今すぐ会いたいって」
「……よく引き下がったな」
「ゲームに負けたからな。問答無用で引き取って貰った」
「……こればっか英二に同情するぜ」
「……そうか?」
「……何にしたって、ゲームじゃお前に分があるだろう?」
「でも、条件は互いに5分。別にイカサマした訳じゃない」
「そりゃ判ってるけどよ……。っとと、さっさとやっちまうか!」
「そうだな」







「英二? 何やってるの?」
 不二と大石、それに手塚や乾、河村と言ったいつものメンバーに英二が目を丸くした。
 リョーマの家の門柱に凭れたまま、座り込んでいた英二は立ち上がって、問い返す。
「みんなこそ、どうしたんだよ?」
「ちょっとね。こんな所で何やってるのさ? 中に入らないの?」
「……遊裏ちゃんにゲームで負けたの。出直してきてくれって、ドアに鍵かけられた」
「……あらら」
「でも、一度家に帰ってまた来るのは……今度は決心鈍るかも知れないし。だから、時間までここで待とうと思って……」
「ふーん。まあ、好きにすれば良いけど、風邪引いてみんなに迷惑かけないでよ?」
「……煩いな。それよりも不二……電話じゃ好き勝手言ってくれたよね?」
「何のことかな? じゃあ、僕たちは、越前に呼ばれてるから」
「え? 何?」
 ぞろぞろとリョーマの家の玄関に向かう友人たちに、英二が慌てたように、追いかけた。
 ドアが開き、中に入って行く友人たちを見つめ、英二はそれを促す遊裏を見つめる。
 その視線に気付いた遊裏が苦笑して、何かを放り投げた。
「さっきまで保温機に入っていたココアだ。あと、1時間。我慢してくれ」
「……う゛っ……やっぱし;;」
「……その根性があれば、どんな障害も乗り越えられるかもな」
 そう言って、遊裏は英二を手招きして、二階のリョーマの部屋に行くように言った。
「え? いいの?」
「風邪を引かれると面倒だ。そのココアを飲んで、リョーマの部屋で待っててくれ」
「……判った」
 英二は2階へ行こうとして、ふと、茶の間の方に賑やかさに、少しだけ気を取られつつ、直ぐに頭を振ってリョーマの部屋に向かった。


 リョーマの部屋で、寄って来たカルピンを相手に、暫し遊び、それから雑誌を取り出して読む。
 階下からは楽しそうな笑い声が聞こえて来て、身体がウズウズするのを抑えるのに懸命だった。
「……行きたいけど……我慢我慢;;;」

 楽しそうな場所には条件反射で出て行きたくなる。
 でも、約束したから……。
 後、もう少しでそこに行けるから……。


 英二は、ベッドに凭れて、階下の喧騒をBGMに……軽く目を閉じた。
 そうして――



「あ、遊裏。もう、5時過ぎたぜ」
「あ、ホントだ。じゃあ、英二を呼んで来るな」
 そう言って、手に持っていた料理を、部活を終えて来た桃城に「頼む」と手渡して台所を出た。

「どうした、リョーマ?」
 菜箸を持って、盛り付けていたリョーマは、遊裏が英二を呼びに行ってから、ずっと一点を凝視して、動かなかった。 
 その様子に、克也が声をかけると、リョーマは不安そうに見上げて、
「大丈夫かな?」
「……何が?」
「だって……オレ、エージのためにって思って、内緒にしてエージ傷付けた……」
「大丈夫だよ。問題は気持ちだ……お前の気持ちを英二が感じ取れれば、それまでのことなんか大した問題じゃなくなる。大好きな子が自分のためにしてくれたこと……その意味を……判らないようじゃ、本当にアイツはまだまだだねってことになるけど。そこまでバカじゃねえだろ?」
「……だと、良いけど……」

 自分の料理の腕に絶対の自信を持っている訳じゃない。
 この程度の料理で、英二に内緒で行動して、挙句に傷付けた。

「越前、来たよ」
 不二の声に、リョーマはハッとした。
 遊裏が襖を開けて、英二を促して、中へと入れる。
 全員が持っていたクラッカーを一斉に引っ張って鳴らした。

「…………」
 何が起こるのか、ある程度予想していたのに、そのクラッカーの音にビックリした。
 英二は目を丸くして、その光景を見つめ、そうして、その中心にいる最愛の子に気が付いた。
「おチビ……」
「……Happy Birthday……エージ……」
 流暢な発音でそう言い、差し出されたのは……。
 小さな誕生日ケーキと、キツネ色に揚げられたエビフライ。
 それに、黄金色に赤で彩られたふわふわなオムレツ。
「さすがに、カキ氷は寒いかと思って作らなかったけど……」
 リョーマはそう言って、英二を見上げた。
「え? これ……おチビが作ったの?」
「……そう……」
 目を見開いたまま、茫然と料理とリョーマを見比べる。

「見て下さいよ、英二先輩。コイツの手!」
「うわ、何すんですか? 桃先輩?」
 リョーマが持っていた皿を、桃城が取り上げ、その手を掴んで英二の方に向ける。
 指という指にこれでもかとバンソコが張られたリョーマの手に、英二は思わず俯いてしまった。
「……ありがと……リョーマ」
「……別に……」
「あと……ごめん……」
「それももう、良いッスよ」
 溜息をつきながら、リョーマは英二を見上げた。
「それでも……エージを嫌いになれない。相当、オレも重症だよね? 責任、取ってくれるんでしょう?」
「……! 勿論! 責任、取るよ!!」
「……じゃあ、傍に居て下さい」
「うん! 一生傍にいるからね!!」
 英二は、そのままリョーマを抱き締めて、リョーマはその背中にそっと腕を回した。


 そうして、誕生日パーティと称した宴会が始まり、英二の前にはリョーマの手作り料理が並べられ、他にもある料理は全て克也の手作りだと言うことに、今更ながらに驚いた。

 そうして、それぞれジュースを手に乾杯して、思い思いに食べ始める。
「それで? オレには何か言うことないのか?」
「へ?」
「まあ、今日はお前の誕生日だから、預けといてやるけど……言うことあるよな〜?」
 ニッコリ笑って言う克也のその表情は強烈で、英二はこめかみに流れる冷や汗を実感した。
「誕生日、おめでとよ」
 隣でクスクス笑っていた遊裏も「誕生日、おめでとう」と言って、英二の肩を軽く叩いた。



 そうして、暫く続いたパーティも9時にはお開きになり。
 それぞれ、楽しんだ様子のまま、帰途についた。
「そう言えば……英二先輩」
「……何?」
「……越前は誰にも渡さないって言ってたッスけど……」
「って桃!?」
「部室に来てそう宣言してったじゃないっすか。でも、油断してると、マジに掻っ攫うかも知れないッスよ」
「……ダメダメ! おチビは誰にも渡さないったら渡さないの!」
「エージ……恥ずかしいから、そんなの大声で言うな……」
 リョーマを抱き締めて、再度同じことを言う英二に、桃城は安心したように笑った。
「何にしても英二先輩、元気になって良かったッス。んじゃ、お休みッス!」
 そう言って自転車に跨って走り去る。
「じゃあね。越前くん。お疲れ様……。本当に、こんな自分勝手な恋人に疲れたら、いつでも僕が癒してあげるからね?」
「……好意はともかく……謹んで遠慮します」
「何だ、残念」
「って、不二……何勝手に、おチビ、誘惑してんの!?」
「やっぱり振られたよ、英二。……選ばれたのは君なんだから……もう少ししっかりしてよね?」
「……………あの、不二」
「ん? 何……」
「ありがと……」
「半分脅迫したようなものなのに……礼を言うなんて、君もお人よしだね」
「でも……動く力をくれたのは、不二だから……」
「そう。じゃあ、また、明日」
「うん。また明日」

 最後まで居た不二を見送り、家の中に戻ると、帰り支度をしている克也と遊裏がいた。
「あれ、二人も帰るの?」
「……邪魔しちゃ悪いし……オレらも二人になりたいんで」
 苦笑を浮かべて克也が言う。
「あの、克っちゃん」
「……今日は良いって。また日を改めて、じっくり……言い訳を聞いてやる」
 そう言って、英二の胸を軽く叩き、克也は笑った。
「じゃあ、お休み」
「またな!」
 そうして、二人も帰ってしまって。
 急に家の中は静まり返ってしまった。

「……なんかさ」
「……何?」
「大勢でわいわいやるのって楽しくて好きだけど。その後は……やっぱ、何か……イヤだな」
「……寂しいッスか?」
「……何か余計に静かに感じちゃうからかな?」
「そうかも知れないッスね」

 取り敢えず、食器は流しに運んで貰って、茶の間は片付いているものの、台所とか明日、菜々子が帰って来たら、ある種の悲鳴を上げるかもしれない。(ちなみに調理の後片付けは克也がしてます。手馴れたもので・笑)

「これ、さっさと洗っちゃおうか?」
「……今日はエージの誕生日だよ? そんなことしなくて良いよ」
「んーそう?」
 リョーマは冷蔵庫からファンタを二本取り出して、一本を英二に渡した。
「ねえ、さっき言ったのホント?」
「……さっき?」
「そう……さっき」
 どれのことだろう? と首を傾げつつ、英二は頷いて笑った。
「どれのことか判んないけど……ウソはついてないと思う」
「頼りないな〜」
「え? 頼りない?」
 ショックを受ける英二に、リョーマは鮮やかに笑って見せた。
「そう言う意味じゃなくて……。一生傍にいるって……言ったじゃない」
「……! 勿論! 本当だよ? だ、ダメかな?」
「……」
「え?」
 何かを小さく呟くリョーマの言葉が、ちゃんと聞き取れなくて、英二は聞き返すと同時に軽く身を屈めた。
 そうすると。
 不意にリョーマの顔が近付いて……その前髪が自分の鼻先に触れたような気がして……。


「誕生日……オメデト。エージ」


 リョーマから貰ったもの……。


 仲間との楽しい時間。
 美味しい手料理。
 その存在……と未来への約束……。




 だけど……。
 その心からの口付けと、暖かな言葉は……。
 もう、二度と貰えないと思っていた本当に大切な……。


 涙が出そうになるのを何とか堪えて、エージは震える声で言った。





「ありがと、リョーマ」







 波乱万丈の誕生日は……こうして幕を閉じたのである――


<Fin>




  





☆コメント書く時間さえありません。
読んで下さってありがとうございました!
by 陽都