風光 第4話 |
目が覚めたとき。 何だか、既視感を感じて、英二は頭を振った。 (くそ……頭、痛い……) 背筋に悪寒が走った。 思わず飛び起きて、更なる頭痛に眉を顰める。 (ヤバイ……ヤバイ!) この頭痛は物凄く、危険だと、英二の中で何かが知らせる。 そう。 二ヶ月前の……あの時と、全く同じなのだ。 頭が痛いだけで特に気分が悪い訳ではない。 だけど。 もし……誰かが自分に触れたら? (部屋を出ないか、じゃなかったら、誰もいないところで、この能力を発散させるしかない……) だけど、そこまで行き着けるのか、どうしても自信がなかった。 第一、今の英二では、縄梯子で地上に下りることも侭ならない。 屋上で、能力を解放してしまえば……。 被害は最小限で済ませられるかも知れない。 「……あ」 思い出した。 今日は、週に二度の『狩り』の日だった。 どっちにしても、自分が不調で出られないことを告げるか何かしなければならない。 誰かに会わなければならない。 それが……。 リョーマだったら? 「ダメだ……。このままじゃ……オレは同じことを繰り返すだけだ!」 英二は何とかソファから起き上がって、立ち上がった。 ドアを開けて、部屋を出ると、隣の部屋もドアが開いた。 「やあ、英二。おはよう……どうかした? 具合悪そうだけど」 出て来た河村隆の言葉に、英二は後退って、口を開いた。 「オレに……近付かない方が良い」 「え? どうしたのさ?」 「……体調、悪いんだ。だから、誰も……オレの部屋に近づけないでくれって……千石に……」 「……英二!」 ふらついて倒れそうになった英二に向かって、河村が手を伸ばす。 だが、それでも英二は、その手に触れないように、壁を抑えて、自身を支え、 「オレに触るな!!」 怒鳴りつけた。 元々が温厚な河村は、それに対して、怒ることはなかった。 「……英二」 ただ、心配そうに英二を見つめて、差し出した手を、握り締めた。 「リョーマも……オレに近づけさせるな……」 何とか、そう言って、英二は自室に戻ろうとした。 そこに、下方から物凄い衝撃が加えられて、建物が揺れたのである。 「な、何?」 さすがに驚いたのか、まだ寝惚けた様子で、リョーマが部屋から顔を出し、ついで、他の部屋のドアも開いて、メンバーが廊下に集まった。 (最悪だ) 小さく舌打ちを漏らして、英二は、頭痛を抱えたまま、駆け出した。 「エージ!」 「来るな!」 英二の怒鳴り声に、ビクッとリョーマは動きを止めた。 「……5分経ったら……屋上に移動して、逃げろ。千石……良いな」 今は、10名足らずまで減ってしまったメンバーを見つめて、その背後に立っていた千石に向かって英二が言った。 「英二くんは、どうするのさ?」 「……オレのことは良いから!」 それだけを何とか口にして、先に屋上に向かおうとした時。 またしても下方で、衝撃が加えられた。 「ちっ!」 英二は屋上に向かって駆け出して、手すり越しに地上を見下ろした。 4トントラックと思われる車が二台。 それが、このビルの一階部分に激突している。 その衝撃が、さっきの揺れだったのかと、英二は舌打ちを漏らした。 縄梯子を下ろして、揺れる梯子に足を引っ掛けたところで、頭痛が酷くなった。 思わず、手を放し掛けて慌てて、しがみ付く。 ここでは銃火器類が使えないため、武器はほぼ、原始的とも言えるものである。 剣や短剣。 弓矢と槍。 実際に、それを手にして戦うことなど、英二は二ヶ月前まで考えたこともなかった。 3階分を縄梯子で下りて、英二はそのまま地上に飛び下りた。 縄梯子と便宜上言っているが、実際には細かく編み込まれた小さな鎖が何重にもなって出来ている。 弓矢で、切断することは出来ない代物である。 実際に、英二が下りている途中で縄を目掛けて放たれた矢は、弾かれて落ちた。 英二を狙って撃たれる矢も、何故か当たることなく、明後日の方向に弾かれて落ちて行く。 地面に降り立った英二は、その衝撃が頭に響いて、眉を顰めた。 (……最悪かと思ったが……思わぬところで、発散できる) 味方には躊躇する能力の解放も、敵ならば遠慮はいらない。 ここは、よくも悪くもそう言う場所だ―― だが、実際に襲ってきた敵と相対したとき。 頭痛が少し和らいだ気がした。 (?) 訝しげに思いながら、それならそれで、相手を倒すまでだと、英二は腰のベルトに装着していた短剣を引き抜いた。 「貴様、ここに隠れ住んでるClamの者か?」 「……そう言うあんたは誰なのさ? Radiusに雇われたただの犬?」 「けっ! まあ、似たようなもんだな。ともあれ、Clamのリーダーを生け捕りにして連れて来いと言う、佐々部様の要望でな」 「……佐々部?」 はっきり言って聞いたことがない。 Radiusの小分けにされた、1グループの中にいるリーダーだろうか? 「風使い、Clamのリーダー『英二=菊丸』に用がある。雑魚は引っ込んでろ」 「……」 英二は、嘲笑の意味を込めて口の端を吊り上げた。 「あんた、馬鹿?」 「何?」 人数は、10人程度。 この人数なら、一人でも何とかなる。 実際、このMillennium・Palaceに来てから、自分の運動能力、身体機能は格段に上がったと思っている。 最初、慣れるまでは、確かに戸惑った。 でも、今では、それも気にならないくらいに、動けるから―― 英二は、地面を蹴っていきなりダッシュした。 目の前、5メートル程先にいた青年の足に短剣で斬りつける。 血が噴出すのが見えて、その鮮血を浴びないように更に移動して、その背後の青年の二の腕を斬り捨てた。 もちろん、骨を断つほどの威力はない。 だが、血管を大きく裂き、腱を絶つことは可能だった。 続け様に、半分を倒して、英二は、一度滑り込むように最初に下り立った場所から、反対の場所に立ち止まった。 相手は、英二の動きがまるで見えず、ただ、気がつけば、腕や足を切られ、血が流れ出している状態に、戦慄した。 まるで、カマイタチのように、風が吹き抜けたような感覚を憶えて、怪我をしたものは、悶絶するように倒れ、無事な者は後退った。 彼が『風使い』と呼ばれる理由は、このスピードに因るところが大きかった。 実際に彼を怒らせると、風が荒れ狂うことも、知られていたが、普段、彼はそれを使わない。 だからこそ、この高速移動による攻撃が、カマイタチのように感じられてのことだった。 「どうすんだよ? まだに、用がある訳?」 「貴様が、風使い?」 「リーダーが表立って下りてくることはないって思ってた? 甘いね。俺を連れて行くなんてことは諦めて、とっとと逃げてくれた方が良いんだけど。そいつら……放っとくと命ないよ?」 あっさりと告げて来る英二に、更なる恐怖を覚えた5人は、指示を仰ぐように、リーダー格の男に視線を向けた。 「佐々部って奴に言っときな。用があるなら、自分で来いって」 「……くそっ! 車二台潰してこれかっ!」 「ホント、勿体無かったねー。 まあ、中にいる奴を誘き出すには良い手だけど……」 崩れかけている建物である。 ちょっとしたショックで、そのまま崩壊してしまう可能性が高い。 ジリジリと後ずさり、仲間たちをまだ、無事だったトラック(少し小さめ)の荷台に乗せて、決まりきった捨て台詞を残して走りさって行く連中に、英二は大きく息をついたのである。 「エージ!!」 「……英二くん」 声が聞こえて振り返った。 リョーマと、千石がこちらを向いて笑って手を振っている。 それに対し、頭痛も引いていた英二は、ごく普通に手を上げて応えようとした。 「……っ!?」 鋭い痛みが頭を襲った。 思わず膝をついて、頭を抱えて、蹲る。 「英二くん?」 「エージ!!」 「く、るな……っ!」 そう言ったのに、声として発したように聞こえなかった。 先に動いた千石が、自分に近付く。 周りで風がざわめいた……。 だが、千石は、心配そうに手を伸ばし、蹲っている英二の肩に触れたのである。 「やめ……」 思うだけで、風は……吹き荒れた。 咄嗟の判断でか、千石がリョーマを突き飛ばし、その風の軌道から、リョーマは外れることに成功していた。 離れていた他のメンバーにも影響が出る前に、避けることが出来た。 だが、リョーマを突き飛ばすことで、避けさせた千石はその風を……正面から受け止めてしまったのである。 ☆ ☆ ☆ 「極悪だよなー遊戯」 『人聞きの悪いこと言わないでよ』 インカムで聞こえて来る声の主に向かって、金茶の髪の青年は毒づくように言った。 「でもよーこうなる前に、もっと早く知らせてくれれば良かっただろうが?」 『間に合わなかった?』 「ああ。今、前方に風の渦が見える。ありゃ、もう竜巻だな」 『より強い力は、それを抑えることが出来るよ?』 「風と炎じゃ、こっちの勢い増すだけで向こうの威力を抑えることは無理だろう?」 『大丈夫。君なら出来るよ。頑張って』 「……なんか状況拡大するだけの気がするんだけど」 言いながら、隣に立つ少年に目を向けた。 栗色の真っ直ぐの髪の、優しげな面差しを持った少年は、だが、今は厳しい表情を前方に向けている。 「ともかく。それを届けてあげるのが、今の君の役目だよ、克也」 「……ああ。判ってる」 青年……克也=城之内は、その手に持つ白いガントレットを持ち直して、頷いた。 自分も腕につけているものと同じだが、そこに施されている意匠が違う。 克也のものには、瞳の赤い黒い竜が。 克也が持つもう一つには、銀色の機械じみた鷹が描かれていた。 「心配か? 周助」 「まさかとは……思ってたんだ……。でも、もしも……英二なら……放っとけないよ」 「そうだな」 そう言って頷いて、バイクを走らせ始めた頃には、前方の竜巻は沈静化を見せていた。 ☆ ☆ ☆ 風が止み、あたりは静けさを取り戻した。 愕然としていたリョーマは、風が吹き抜けた方向に視線を向けて、それが更に向こうにあったビルを真っ二つに引き裂いていることに気がついた。 「千石!」 声が聞こえて、ハッとした。 あの風の直撃を受けた千石は自分を庇ったようなものだったのだ。 慌てて立ち上がって、倒れている千石に駆け寄ろうとして、ふと、もう一人倒れている人物に気がついた。 「エージ!!」 あの風を生み出したのは英二である。 だから、他のメンバーは意識していなくても、あからさまに英二に対して不信感を募らせていた。 「リョーマ! 近付かない方が良い!」 そんな声が聞こえて来て、リョーマは足を止める。 「そうだぜ! 敵に対してじゃなく、オレ達に対してあんな仕打ちをした奴が……近付けばまた、風にやられちまう!」 リョーマは、立ち止まったまま、視線をゆっくりと声のした方向に向けた。 「今、言ったの。誰?」 「……」 「……誰だって聞いてるんだけど。教えてよ」 小柄なリョーマが、いつも無愛想に面倒臭そうにいたけど、それでも、可愛げが見え隠れしていたリョーマが、その雰囲気を消し去って、凄味を利かせるような、迫力に満ちた声で問い掛けたのである。 「自分の発言に責任ももてないくせに、何かを言う資格なんてないよ」 低い声でそう告げて、リョーマはゆっくりと英二に近付いた。 「エージ」 「……」 「エージ? 大丈夫?」 リョーマは、いつもと同じ……純粋に英二を慕う声で。 英二に向かって言葉をかけていた。 ☆ ☆ ☆ 誰かが、呼んでる。 オレを? うっすらと目を開けると、心配そうに覗き込んで来るリョーマが見えた。 「……おチビ?」 「……大丈夫? エージ」 何とか両腕をついて、身を起こして英二は頷いた。 「……オレは……なんとも……」 言いかけて、ハッとした。 周りを見回し、そして、人だかりの出来ているその場所。 倒れている千石と、集まっている仲間たち。 一人が、怯えた表情で英二を見て後退った。 「千石……っ!」 慌てて駆け寄ろうとして、英二は自ら足を止めた。 ざわめきが二ヶ月前のことを思い出させる。 足が、震えて動くことが出来なくなった。 辺りに漂う、恐怖と嫌悪の入り混じった空気が、気まずい中で。 それは、鳴り響いた。 「な?」 「銃声?」 ここでは使えないはずの銃声が聞こえ、少し離れた場所に、青年と少年が立っていた。 「やっぱ、注意を引くにはこれって最適だよなー?」 「ふざけるのは後にしてくれない?」 「はいはい」 青年はそう言って、歩き出した。 「英二!」 隣にいた少年は駆け出し、英二の側に近付いて来る。 「……不二……先輩?」 去年、卒業した一つ上の先輩。 同じ部活で、よく一緒にいた……。 そう言えば、夏休みごろから連絡が取れなくなっていて、家の方に行っても、両親や姉弟も煮え切らない態度だったのを憶えている。 まさか……。 「ずっと、ここに?」 「まあね……。でも、ビックリしたよ。風を使うClamのリーダーが『英二=菊丸』って聞いてね。同姓同名の別人だと思ってたんだけど」 「……オレ……大石を……千石も……オレが……っ!」 悔しげに呟く英二に、周助はそっと肩を叩いた。 「……っ!」 慌てて、その手を振り払う英二に、周助は苦笑を浮かべて。 「大丈夫だよ、英二。もう暫く、その能力は発動しない。どっか痛いところとか苦しい所はもう、ないんだろう?」 「……あ、うん。そう言えば……」 頭痛はスッキリしていた。 もう一人の青年が、倒れている千石のところに向かっていて、怪我の具合を確かめ、周助を呼んだ。 「周助」 「あ、今行くよ」 周助は、一度英二に向かって笑みを向け、克也の方に向かって駆け出した。 「――うん。大丈夫。傷は神経や内臓まで達してないからね。コンクリートは切り裂くくせに、人体は切り裂いてないなんて、物凄く器用な風だね」 「どっかでセーブしてんじゃねえの? 相手が敵じゃない分よ」 「……そうかも知れないね」 そんな二人のやり取りに、その場の空気がホッと和んだ。 だが、英二を見つめる視線は依然に冷たかった。 あの時と同じ。 何もしていないのに、風を使って傷付けた。 人に在らざる能力を持ち、それを自在に操ることも出来なかった自分に対して、突きつけられる罪。 「何で?」 英二の前に、立ちはだかるようにして両手を広げたのは、リョーマだった。 疑問を口にして、更に問い詰めるような視線を、仲間に向ける。 「勝手じゃん? みんなエージの能力知ってたくせに。それで、自分の身を守って貰おうって近付いて来たくせに。でも、その能力が自分に向かないなんてどうして思えたのさ?」 リョーマの言葉に、メンバーたちは顔を見合わせた。 「エージが、いつも一人でいた理由、考えたことある? いつもいつもみんなから外れて、一人でいた理由を知ってたの? エージは誰も傷付けたくなかったから……だから、いつも一人でいたんだよ。それなのに……。エージには、あんたらを護る義務も義理もないんだよ? 判ってるんだろう?」 「……」 「エージの能力知って、勝手に盾にして、それなのに、それが自分に向くかも知れないって判ったら、見方を変える訳? エージは来るなって言ってた。朝からずっと『自分に近付くな』って……」 「ああ、それはオレも聞いた。体調が悪いから、『狩り』にも行けないって」 河村が思い出したように言って、ゆっくりと英二の方に近付いて来た。 「……あの時、オレに『触るな』って強く言ったのは、これを警戒してたからなんだね、英二」 「……タカさん」 「エージはずっと、あんたらに気を使ってたんだ。あんたらが先にここで暮らしてて、ココでの勝手も判ってるから……。ギブ&テイクで、リーダーやってただけなんだよ。ここが気に入らないならどこにでも行けば? エージと一緒に居たくないなら、他所に行けばいい。でも、それで誰かに襲われても、もうエージに、助けを求められないんだからね!」 静まり返って顔を見合わせるメンバーを尻目に、克也が快活に笑い出した。 「そりゃそうだ。そのチビの言うことは一理あるよな。自分で見捨てて、やばくなったからまた、護ってくださいじゃ、都合良過ぎる。そう言う奴は、こっちから叩き出してやるね。オレなら」 「君は気を付けて欲しいね。下手をすれば丸焼け何だから」 「……うるせえな」 言いながら、克也は英二の方に向かって歩きだし、片手を上げて懐っこく挨拶をした。 「久しぶり。何で、あの時、あんたがClamのリーダーだって教えてくれなかったんだよ?」 「だって……怪しいじゃんか。いきなりさあ」 「まあ、いきなり信じろってのが無理だけどな。ほれ、コイツを渡したかったんだ」 「……何これ?」 白銀色の、ガントレットを見つめて英二は、キョトンと克也を見上げた。 「これと同じもの。要するに、制御装置だ」 「……へ? 制御?」 「そう。能力を自分の意志で発動出来るようになる優れもの」 「……でも、何で……?」 「そりゃ……危険だからだろ? ああ、これは……えーっととある人物にもらったもので、ここに描かれてる鷹は、『メカファルコン』で風属性のモンスターなんだ。オレのは、『レッドアイズ・ブラックドラゴン』って言うんだけど。詳しい仕組みは全く理解してないんで、オレに聞かないでくれよ」 苦笑しながら、克也は言ってガントレットを英二に押し付けた。 「あのなあ、お前の……風の暴走は……ストレスの溜まり過ぎ……なんだよ」 「は?」 「今回、敵相手に風は発動しなかったんだろう?」 「……そう言えば……」 「その時さ、ストレスを感じなかった訳だ……。ここで風の能力使っちまえば、ラッキーじゃん、とか気が楽になってたんだろ?」 「……え、えええええー? じゃあ、オレはストレスの発散に風を暴走させてたって言うのかっ!?」 克也は鷹揚に頷いて、更に苦笑した。 「真面目そうだもんなあ。お前、A型だろ? オレはB型だからむかついたらその辺で炎を爆ぜさせてたからな。ホント、危険人物だったけど」 「溜めに溜めていたんじゃないかい? 英二。昔の君が、怒ったところなんて見たことなかったし。いつも笑って、過ごしてたよね?」 「怒らないようにしてたんだろーな。この能力、結構、マイナスの感情に左右されっから」 「……………………」 「もう、感情を抑えなくても良いんだよ、英二」 「良かったね! エージ」 「不二先輩……おチビ……」 ガントレットを握り締めたまま、英二は暫く動かなかった。 「……さて、どうする? 英二」 かけられた言葉に、ドキッとした。 視線を上げて、克也を見つめる。 「エージ、オレは、どこまでもエージについて行くよ?」 「オレも。きっと、千石だって同じだと思うよ? 英二」 リョーマと、河村の言葉に、英二は少しだけ目を伏せた。 「……オレは……このまま、アンタの仲間になっていいの?」 「? 問題あるのか?」 「だって……オレは、友達傷付けて、結局、それを謝罪さえしないまま、逃げて来た……。オレは、楽しんだり嬉しがったりしちゃいけないんだってずっと思って来た」 「ホント、真面目だねえ」 克也は、半ば呆れたように呟いた。 「そうやって、お前は自分を苦しめて来たんだろ? そろそろそう言う自虐は止めて、もっと前向きに考えろよ」 「自虐?」 「そうだ。自分を責めてりゃ、罪悪感を感じていても少し楽になれる。これだけ、オレは自分を責めてるんだからって自己陶酔もしやすい。この辺で悲劇の舞台から降りちゃどうだ?」 「……」 悲劇の舞台で、悲劇のヒーローを気取っていたと言うことなのか? 自分の悔恨や罪悪感をそう断じられると、英二は何だか滑稽な気持ちがして来て苦笑した。 「人を傷付けた痛みを忘れなきゃ良い。でも、自分を責めても何も変わりはしない。そうだろう?」 「気になるなら、一度大石の様子を見に行くのも手だよ。ここから出られない訳じゃないんだから」 「……あ、でも、そのガントレットはこの中でしか効果ないからな! 外じゃ気をつけろよ」 何故だろう? 気持ちが軽くなっていく。 そうなってはいけないんだと思っていた。 人を傷付けた自分は、もうシアワセだと思うことも赦されないと思っていた。 でも、過ちを過ちと認めることが出来るのなら。 やり直すことは可能である。 「克也さん」 「……何だよ?」 「オレにも出来るかな? アンタの協力」 「……? あ、ああ。その気があればな。不可能はないと思ってるから」 不敵に笑みを浮かべて克也が言い、英二は頷いて、リョーマを振り返った。 「オレと来てくれる?」 「何言ってんの? さっきオレの言ったこと聞いてなかった?」 「ああ、そうだったな」 英二はそっと、リョーマの手を掴んで、握り締めた。 「よく考えたらさ。エージ」 「……? 何?」 「この間の夜……オレに触り捲くってたじゃん? オレもエージに触ってたじゃん? あの時は風が起こるかも知れないって思わなかったの?」 「………………あれ?」 「あれって何? もしかして、忘れてたの?」 「いや、そんなことは……! でも……なんかここまで密着してたら大丈夫かなって思ってたし」 「何でさ?」 「だって、風の中心って風は吹かないでしょ?」 「……」 少しだけ白けたような目を向けて、リョーマは大きく溜息をついた。 「でも、エージがオレに向かってその能力を使ったとしても、オレはやっぱりエージを好きだけどね」 「何で?」 「だって、エージは自分が傷付くより後悔するって判ってるからだよ」 実際、千石には感謝してもし足りない。 千石があそこでリョーマを突き飛ばさなければ、傷付いていたのはリョーマだったかも知れないのだ。 千石は、周助が持っていた薬で手当てを行い、意識も取り戻した。 ただ、直ぐに移動は無理だろうと言うことで暫くここで、寝泊りをすることになった。 「じゃあ、俺らは行くけど、どうする? もう暫く、あいつらといるか?」 「一緒に行くよ。また、いつでも合流できるし」 「それもそうだな」 「で、克也さん。Flameのメンバーってどこにいるの?」 「え? あー……ここにいるじゃん」 「は?」 「……取り敢えず、4人? 後二人は確実に来るだろうから、6人? ってとこか?」 「はあああ?」 思わず英二は、声を張り上げていた。 「それってグループ以前の問題じゃんか!!」 「大丈夫だよ、英二。あっちこっちであんまり柄の良くないグループを潰して来たからね。潰されたグループの中でこっち側についた奴もいるし、助けたグループもあるし、召集をかければ、取り敢えず30人くらいは軽く集まるよね?」 「今の所はな」 「何か、先の長い話……」 「そうでもない。どうせ、Radius側とは話ついてるし」 「は?」 「Radiusの一斉清掃。これに俺らは付き合わされるだけだ」 あーもう訳判んないと、英二は怒鳴り返し、バイクの前に立って、首をかしげた。 「……バイク、俺も欲しいな」 「その内、どっかで手に入れろ」 「あっと。そうだ」 克也は、ポケットから何かを取り出して、英二に好意的だった青年を呼び出した。 「これ、持ってろ。俺らに連絡つくから」 携帯電話と、小さめのモバイルを手渡して、バイクに駆け寄る。 「リョーマはこっちに乗れよ。英二は周助に乗せてもらえ」 「どうせ、英二はバイクを運転できないからね」 「そうなんだ」 諦めたようにリョーマは克也の後ろに跨った。 「さて、今度はどこに行く? 克也」 「取り敢えず、情報Getすっために、御伽を探すかー」 「そうだね」 高らかにバイクのエンジン音が鳴り響いた。 「タカさん! また、会おう。ありがとう」 「ああ。千石の容態が良くなったら、必ず後を追うから」 「うん。待ってるよ」 「良い表情で笑うようになったじゃん?」 「え?」 英二は焦ったように自分の頬に手を当てた。 「……俺、笑ってた?」 「ああ。全開の笑みでな」 周助も、リョーマも、河村も一様に頷いた。 照れたように英二は視線を逸らして、 「ほら、もう行こうよ」 急かされるようにして、バイクは走り出した。 英二が生み出したものじゃない、風をその頬に感じて、英二は目を細めた。 「……風って、結構気持ち良いもんだったんだ」 小さく呟いて、新たなる風を全身に受け止めていた。 ☆ ☆ ☆ 「英二!!」 怒鳴るように聞こえて来た声に、英二はハッとして、慌てて口許で人差し指を立てて、黙れのサインを送った。 「……っと、なんだよ、リョーマ寝てんのか?」 「ちょっとボーッとしてたら、いつの間にか」 「でも、お前、昼の当番だろうが……」 「あ! 忘れてた!!」 「さっさと飯作れ、腹減って死にそうなんだよ、俺は!」 「もう! だったら、自分で作れば良いじゃん。克っちゃんの方が料理旨いんだから」 「当番は当番。さっさとしろ」 そっとリョーマの身体を起こして抱き上げる。 「今ね。二年前のこと思い出してた」 「……へえ? 悲劇のヒーローだったころのことをね?」 「克っちゃんも人のこと言えないくせに」 「俺はB型だから。基本的にマイペースなんだよ」 「血液型なんか関係ないよ」 今は、RadiusとFlameの二つが拮抗する力でもって、このMillennium・Palaceの中は、取り敢えずの平穏が保たれていた。 「そうそう。タカさんと、清純が来てるぜ」 「えー! それ、早く言ってよ」 「昼飯の相伴に預かるってよ。心して作れ」 「はいはーい! その前におチビを部屋に連れて行くからね!」 しかし、これだけ騒げば、起きるのも道理と言う訳で、リョーマは目を覚まして、一言呟いたのである。 「おなかすいた」 「……あはははは。これから、作るから、もう少し待ってね?」 「エージ、当番だっけ?」 嬉しそうに笑みを浮かべて、頷くリョーマに、英二も同じように笑みを浮かべて頷き返した。 結局、3人連れ立って食堂に入ると、懐かしい顔ぶれに、英二もリョーマも更に笑みを増し、キッチンに向かう英二に、激励の声が飛ぶ。 開け放たれた、勝手口のドアから、ここでは珍しい、初夏の風を感じて、英二は……。 「苦しい時ばかりじゃないってもう、判ってるから」 微かな風を感じながら、独りごちつつ、注文を取り、昼食の仕度に向かったのである。 <Fin> |