風光
第3話

 どうして、こうなるんだ?


 英二は、思い切り溜息をついて、肩を落とした。
 アジトが急襲され、別のアジト探しを余儀なくされた日。
 英二は一人の少年を拾った。
 拾ったと言うか、この場合、連れて行くしかなかったと言うか。
 放り出すことも出来ない状態だったとしか言いようがない。
 放り出すくらいなら、助けてなどいないからだ。

(いや、別に助けようと思った訳じゃないんだけど)
 思わず、心の中で言い訳をする。
 誰が聞いてる訳でもないのに、そんな言い訳をしつつ、英二は現在のアジトの屋上に来ていた。
 と言っても、倒壊したビルだから、せいぜい5階分の高さしかない。
 最上階にアジトを設けて、通れないように廊下を瓦礫で塞いだ。
 上り下りは縄梯子と言う、甚だ頼りないもので、ここも長居は出来ないだろうと英二は考えていた。
 もっと、ちゃんとした場所に拠点を構えたい。
「……Radiusに拮抗する組織……」
 それが出来上がってしまったら、自分たちはどうなるのだろうか?
 あの青年に自分は憶えが良くないだろう。
 無理だ無理だと何度も言った。
 そう言う気のない奴を誘う気もないとも。
(……一人なら、何とでもなりそうなのに……)
 自分一人であるなら、どこででも隠れ住むことは可能だ。
 だけど、食糧や衣服などは、今のようには望めない。
 こんなことを考えるようになったのも、あの青年に会ってからだ。
 それまでは、何もかもどうでも良かったし、何がどうなろうと知ったことじゃなかった。
 今度の移動だって、あの青年に会ってなければ、千石たちに勝手に行かせて、自分はあのままあそこに残っていたかも知れない。

 守りたいと思う訳でもない。
 失いたくないと思ってる訳でもない。
 でも……。

「エージ! みっけ!!」
 思考を邪魔するように声が聞こえた。
「……おチビ……」
「キヨに聞いても、タカさんに聞いても、エージの居場所教えてくんないんだ。自力で見つけたんだよ? 偉い?」
「……偉くねえ! あのなあ、お前を助けたのは成り行きって言うよりは、オレがあいつらを気に入らなかったからで、お前を助けようと思った訳じゃねえって言っただろう!?」
「うん、聞いた」
「だったら、そう必要以上にオレに懐くんじゃねえよ!」
「何で?」
「何でって……」
「……エージ、俺のこと嫌い?」
 首を傾げて、上目遣いに英二を見上げて来るリョーマは、なんとも言い難い……魅力を感じさせた。
 慌てて首を振り、英二は頭を抱えて、唸るように言う。
「オレは、人と拘わりたくないの! Clamが出来たのは、オレの能力を当てにした奴らが勝手に集まって出来たもんだし、オレは……あいつらがオレを利用するなら、俺もあいつらの存在を利用しようと思っただけで」
「……でも」
「デモもストもねーの! とにかく、オレに纏わり付くな鬱陶しいんだよ!!」
 立ち上がって、英二は出入口に向かった。
「でもね。エージはオレを助けてくれたんだよ」
「……だーかーらー!」
「うん。エージの意志も気持ちも関係ない。結果論だけど……。でも、助けてくれたんだ」
「……………勝手に言ってろ!」
 疲れたように吐き捨てて、英二はドアを開けて、建物の中に足を踏み入れた。



      ☆    ☆    ☆

「すっかり懐かれちゃったね。英二くん」
「……千石?」
 階下には、部屋が幾つかあり、一部屋二人ずつで、使っていた。
 もちろん、ベッドや布団などはないが、それでも、どこぞから奪って来た毛布がそれぞれに配られていた。
 2月現在の今は、相当、気温が低い筈なのに、ここでは、余り【寒さ】を感じることは無い。
 毛布一枚でも何とか凌げる気温だった。
 英二は自分の部屋に宛がった部屋のドアノブに手をかけて、声のした方に視線を向けた。
「……こっちはいい迷惑だっての」
「じゃあ何で、拾って来たのさ? 放っとけば良かったじゃない?」
「……成り行きだ」
「ふーん。成り行きねえ。普段なら、助けるところから無視してたんじゃない?」
「…………何が言いたいんだ?」
「べっつに〜あんな可愛い子に懐かれて羨ましいなってだけ」
「……可愛いって、アイツ、あれでも男だろう? 第一、オレは迷惑してんだよ」
 千石の言葉に、英二は思わず呆れたような声を上げて言った。
「関係ないよ。性別なんてさ。それに、英二くん探してるときなんて、もう、本当に必死って感じでさ。抱き締めたい〜とか思っちゃうんだよね」
「……」
 ますます、呆れたような表情を見せて、英二は溜息をついた。
 そんな英二に向かって、どこか窺うような視線を向けて、千石は続けて言った。
「そう言うの、思わないの?」
「……馬鹿馬鹿しい。幾らなんでも男に対して、そんなこと思う訳ねえだろう?」
「だからさー、好きになったら、結構、性別なんて関係ないのかもよ?」
「……マジ? オレには理解出来ないな」
「じゃあ、リョーマくん。オレが貰っちゃって良い?」
 一瞬。
 心臓が、高鳴って背筋がぞくっとした。
(何?)
 自分の感じた感覚の意味が判らず、英二は意味なく自分の手を見つめて、千石に視線を向けた。
「……勝手にすれば?」
「後で、リョーマくんのこと好きだって気付いても、手遅れになるかもしれないよ?」
「何……?」
 千石の言った言葉の意味が理解出来なかった。
 あまりにも肯定的なその言葉の意味するところは何なのか?

「あれ? 気付いてなかったんだ? 英二くん、リョーマくんのこと好きでしょ?」
「か、勝手に決めるな!」

 心臓が、煩く騒ぎ始める。
 コメカミを、冷たい汗が伝った。
「だから、アイツは男だって……言ってんだろうが! それに……」
 言いかけて、言葉が続かない。

「……英二くんさあ、誰にも『自分に触るな。自分も誰にも触らない』って言ってたでしょ?」
「……ああ」
「でも、この前、リョーマくん連れて来た時、あの子のこと抱き上げてたよね?」
「!」
「で、あの子も、君にしがみ付いてた。それは、何でさ?」
「……け、怪我してたし、動けそうになかったし……だから……っ!」
「だったら、前の英二くんは、放置してたよ。連れてなんて来てない。もしくは……オレか他の誰かを呼んで世話を任せたはずだよ」
「……………千石、何が言いたいんだ?」
 英二が言うと、千石は心底から呆れたように嘆息した。
「あのねえ、まだ気付かないの?」
「……?」
「ホント、苦労するよ、リョーマくんも」
 そう言って、千石は踵を返した。
「待てよ、千石!」
「知らない知らない。鈍感な英二くんが何も気付かない内に、オレはリョーマくんをオレのものにするから、よろしく」
「……はあ?」

 本気で、千石の言ってることの意味が判らなかった。
 だけど。
 心臓は、まだ煩く鼓動を、意識しなくても感じている。
 ドアを開けて、部屋の中に飛び込んだ。
 ゴミ捨て場から拾ってきたソファに、腰掛けて寝転がる。
「……だって……見捨てられる訳がないじゃんか」
 浅はかで、愚かな行為を……もう、自分には出来なかったことを、してのけた……リョーマを、どうしても見捨てることが出来なかった。
 彼のおかげで、このMillennium・Palaceに来て以来――と言うよりも、あの事件より後――感情の消えて行った自分に感情が戻ったとも言える。
 まだ、前のようには無理だけど。
 それでも、泣くことも笑うことも出来た。

「何を見捨てられないの?」
「……っ!?」
 自分の横になった真横に、リョーマの顔があった。
「……あ、い、……いつの間に……? ってか、何勝手に入って来てんだよ?」
「? ノックしたけど、返事ないし。いないのかな? って思ったら、足見えたから」
 そう言って、ニコっと笑う。
 不意に千石の言った言葉を思い出した。
 そうして、改めて目の前で笑うリョーマを見ていると、頬が熱くなった。
「……関係、ないだろ?」
「……?? 何が?」
「いやだから……」
 自分でも何を言ってるのか判らなくなった。
「……とにかく、付き纏うなって言ってんの……。判んないのか?」
「でも、エージの側が一番安心するし」
「……要するに、体の良い盾ですか?」
「? 盾? エージは、盾なの?」
「そうだろ? オレの能力に護って貰って、自分たちは何もしないで、危険な目に遭わないで生きて行こうって……」

 でも。
 護れなかったじゃないか


 そんな声が聞こえた気がした。
 存在価値は、それしかないのに。
 結局、自分はその価値さえもなかった。
 ただ、相手を傷つけ、斃すことだけしか出来ない。
 敵味方関係なく、壊すことしか出来ない能力しか、持っていない。

「盾じゃないか。オレは……」
 小さく呟いた英二にリョーマは、キョトンとした視線を向けた。
「? でも、エージの側に居れば安心って言うのは、エージがオレを護ってくれるって思ってるからじゃないよ?」
「……は?」
「何かね。ホッとするんだ。自分のこととか判らなくて、前が全然見えなくて……。でも、エージの隣にいると、全部が吹き飛んで行く……。とても……気持ちの良い風に吹かれているみたいだ」
「……は! 気持ちの良い風ね」
「エージ?」
「オレは、その風で、何人もの人間を傷付けて来た。友達さえ、傷付けた! それでも、そんなことが言えるのか!?」
「……エージが、それを後悔しているなら……罪悪感を感じているなら……エージはやっぱり優しい人だよ? だから、エージの風はとても優しくて気持ち良いよ」
「……っ!」
 更に熱くなる頬に、英二は戸惑ったように、目の前のリョーマを見つめた。
 キョトンとした表情のまま、自分を見つめ返して来る……赤緑の瞳。
 真っ直ぐに、正面から自分を見つめて。
「エージ? 熱あるんじゃない? 真っ赤だよ?」
「ってか、出て行け!! オレは寝るんだからっ!!」
「え? そうなの? ……ごめん。で、でもさ、ご飯は?」
「そんなのオレの勝手だろうが!」
「でも、オレ、エージと一緒に食べたい」
「勝手に食え!!」
 全く、意味の通じないことを怒鳴った上で、ソファの上で寝返りを打って、リョーマに背中を向ける。
 暫くして、リョーマが立ち上がった気配がした。
 ドアが開いて。
 閉まる。
 そうして、改めて身を起こして、ドアに視線を向けた。
「……あああああああっ!! もう、訳判んない!!」

 あの青年に会うまでは、こんなことで悩みもしなかった。
 リョーマに出会うまでは、何も考えていなかったと思う。
 ただ、毎日を生きて行くことだけで……目的なんて「生き続ける」ことがそうだった。

 リョーマの行動に、千石の言葉が重なる。

『英二くん、リョーマくんのこと好きでしょ?』
 好き?

 そんなことを思う気持ちさえ、封印された。
 自分に誰かを好きになる資格などある訳がない。

「大体、『好き』って何だよ?」
 小さく呟いて、英二は軽く溜息をつき、目を閉じていた。




 かすかな物音に目を覚ました。
 自分が寝ていたことに気が付いて、大きく伸びをしながら起き上がる。
「何時だ?」
 腕の時計に目を向けて時間を確認しつつ、ソファから立ち上がった。

 ドアを開けて、何かが倒れ込んで来て、英二は焦ったように立ち止まった。
「おチビ?」
「……」
 リョーマはそのまま、軽い寝息を立ててスッカリ寝入ってしまっている。
 その反対側に、トレーに載せられた食事が二人分あった。
「……………ホント、ウザイよ、お前……」
 言葉と裏腹な表情で、英二は呟き、そっとリョーマを抱き上げた。
 ソファに横たえ、食事の載ったトレーも持って来る。
 食事と言っても、缶詰と即席のポタージュスープに、パンが二切れずつ。
 それとリョーマを見比べて、英二は大きく溜息を吐いていた。

「起きろよ、チビ」
「……うー」
「……飯食うんだろ? 一緒に食ってやるから」
「……ご飯……? 食べる……」
 まだまだ寝惚けた様子で起き上がり、アクビをしながら、英二に渡された食事を受け取った。
「……なあ。チビ」
「何?」
「何で、オレに付き纏う……ってか気にかけるんだ?」
「? そんなことも判んないの?」
「いや……だって、千石とか、お前のこと可愛がってんだろ? 別にオレの側に居なくても、誰かが側にいてくれる訳だし……。何で、オレに拘る訳?」
「……エージが好きだからに決まってるじゃん」
「……は?」
「キヨも、タカさんも、他のみんなも、オレに優しくしてくれるよ。オレ、戦力にならないし、何も特技ないし、ただのお荷物なのに……。でも、オレが好きなの、エージだし。側にいたいと思うのもエージだけだし」
 飲んでいたポタージュを吹き出しかけて、英二は慌てて飲み込んで咳き込んだ。
「大丈夫?」
「……だ、い……ぶじゃねえ! 何だよ、その『好き』ってのは?」
「……そんなことも判んないの? エージ、オレより年上だよね?」
「だからっ!!」
「もし、メンバーの中で誰か一人選べって言ったら、オレはエージを選ぶよ。そう言うことでしょ? 誰かの側にいたいんじゃなくて、オレはエージの側にいたいんだから」
「……だから、何で……?」

 リョーマの言っていることが理解出来ない。
 千石の言ってることも理解出来なかった。
 一体、リョーマは何を言いたいって言うんだ?

 好きって何だ?
 側に居たいって?


「訳、判んねえ……」
「エージは、ずっと側にいたい人いないの?」
「……」
「離れたくない人っていないの?」
「いたよ。昔……でも……」
「でも?」
 首をかしげて問い掛けて来る。
「オレは、いつ側にいる大事な人の命を奪うか判らないから……」
 本当に好きなら、それこそ、側に居られない。
 いて欲しくない。
「……ふーん。だから、いつも一人いるんだ?」
「……え?」
「だって、エージって……『狩り』の時以外、いつも一人でいるじゃん」
「は?」
 そんな気を使った覚えは無い。
 そりゃ、一応【仲間】と呼んでいる以上、向こうが護られること前提で保身のために身を寄せていたとしても。
 味方に自分の能力を、ぶつけてしまう訳には、行かないとは、思ってる。
 だけど……。



(何で? 別に良いじゃん? 自分のことだけしか考えてない……オレが本当はこんな能力要らないって思ってることも、使いたくないって思ってることも、知らない連中の身を、何でオレが守ってやらなきゃいけない? 護れなかったからって何で俺が罪悪感に苛まれなきゃなんないんだよ? 関係ないし。勝手に来てるんだし。オレには責任なんかないし……)

 自身の中で燻るように、葛藤を繰り返す。
 混乱する頭を抱えて、英二は目の前に座るリョーマを見つめた。
「……」
 自分を信じている目を向けて来る少年。
 わずかながらも、感情を取り戻させてくれた……。
 そのことに感謝しない訳でもない。
 だけど、今となっては、その感情も鬱陶しいだけのものだった。
 感情がない……以前のままなら、ことほど悩むこともなかった筈だ。
「……なきゃよかった……」
「……エージ?」
「お前なんか、助けなきゃよかった」

 小さく呟き、ドアに歩み寄って開くと、リョーマに視線を向けて、首をしゃくる。
 無言で出て行けと意思表示をしている訳で、それが判らないリョーマではなかった。
 同じように、無言でソファから立ち上がり、リョーマは二人分のトレーを持って、ドアへと近付いた。
「……エージがオレのこと、嫌ってても……オレ、エージのこと好きだし、信じてる」
「……ふーん……。じゃあ、こう言うことされても……そう言えるんだ? 言えるよな? オレのこと、好きなんだから……」
「え?」



 英二は、出ようとしていたリョーマの腕を引き、自分の腕の中に抱え込んで、足を払って押し倒した。
「……エージ?」
「好きなんだろ? 俺のこと」
「……!」
 リョーマを床に押し付けて、英二は、真っ直ぐに見下ろした。
 それを、臆することなく、リョーマは見返して来る。
 まだ、幼いリョーマには、この意味が判っていないのかも知れない。
 英二は、立ち上がって、ドアを閉めた。
 鍵をかけて振り返る。
 上半身だけ、身を起こしたリョーマに対して、眉を顰めて、舌打ちを漏らした。
 もっと、怖がるとか、逃げるとかしてくれないと意味がない。
 せめて、自分に対して、もっと警戒心とか猜疑心とか見せればいいものを……。
 やっぱり意味が判っていないのかも知れない。

 英二は、無造作に、リョーマを抱き上げて、ソファに放り投げた。
 その上に圧し掛かるようにして、覆い被さり、リョーマの唇に口付ける。
「……っ!?」
 そうして、初めてジタバタと暴れ出したリョーマに、英二は苦笑を覚えつつ、だが、言葉は辛辣に突き放すように言った。
「好きだって言うなら、これくらい我慢出来るだろう? オレのことが好きなんだから」
「……っ!」
 ぐっと、唇を噛み締めて、英二を睨むように見つめて、ふいっと視線を逸らした。
「続き、させて貰うぜ?」
「……嫌だ」
「何だよ? オレのこと好きなんじゃねえの? 好きなら、こう言うことしてもらっても嬉しいもんじゃねえのか?」
「……ヤダね」
「じゃあ、好きだ何て言うなよ? こんなことも出来ないくせに……。ああ、それとも、そう言う意味で好きって言った訳じゃないってことか?」
 嘲るような言い方で、英二は言葉を綴った。

 よくも、こんな科白が出て来るもんだと、英二は我ながら、感心していた。
 嫌悪を抱かせるには、この方法が手っ取り早いと思ったのだが、間違ってはいないようだ。

「オレは、エージが好きだ。エージのことしか見てない。でも……エージは違う」
「……?」
 リョーマがキッと視線を向けて言う。
「エージはオレのことなんか見てない。見ようとしてない。だから、そんなエージにこんなことされるのは嫌だ」
「……………?」
 意味が、理解出来なかった。

「退いて。部屋に戻る」
 そう言って、リョーマは英二を押しのけ、起き上がった。
「待てよ」
「何?」
「どう言う意味だよ? 言ってること判んねえよ」
「オレは、エージが好き。だから、何されても好きだって言える。でも、今のエージにそう言うことされるのは、嫌だって言ったの」
「…………なんで?」

「だって、エージが後で後悔するから。好きでもない奴、抱いて……オレに嫌われて? それでも、きっとエージは後悔するから。まあ、こんなことで、オレはエージを嫌いになんかならないけどね」
「……っ!」
 リョーマの言葉に愕然としつつ、部屋を出て行こうとする、その背中に向かって問い掛けた。
「なんで、嫌いにならないなんて言えるんだよ?」
「……何で、それが判んないの?」
「……?」
「オレがエージを好きだからだよ」

 あっさりと何でもないことのように言って、リョーマは部屋を出て行った。
 その瞬間、英二は行かないで欲しいと、思ってしまった自分に気がついた。

「……は! はは……あはははは」
 傍にいて欲しいと思うことは、相手に恋している可能性を秘めている。
 もっとも、恋愛感情に限らず、友情であれ、家族愛であれ、それは……相手を【好き】だと言う想いから来ている。

 そうして、英二は思わず唇に手を当てていた。
 口付けた感触を、今更ながらに思い出し、頬が朱に染まる。

「馬鹿か、オレ……」

 千石のこと言えないと思った。
 明日には、宣戦布告をしておこう。
 恋愛感情かどうかは判らないけど、それでも、自分にはリョーマが必要だ。

 たとえ、それが打算的なものであっても。
 無条件で自分を欲してくれる、相手に傍にいて欲しいと思うことは、自然なことだと言えるはずだ。

 だけど――

 行き着く先はいつも同じ。
 ホントにそれを望んで良いのか?
 不可抗力とは言え、友人を傷つけ、謝罪さえもせずに逃げて来た。
 そんな自分が、楽になる……救われる手を取って良いのかどうか……。


「……本当に楽しんで良いのかな? オレに、幸せになる権利あるのかな?」

 小さく呟き、英二はそのまま、ソファの上に倒れ込んだ。
 リョーマが、横になっていたために、その体温が残っているソファに、英二はゆっくりと目を閉じて、眠りについていた。


<続く>