第4話

 取り敢えず。
 満たされた空腹に、これからどうするべきか考えていた遊裏は、ふと周りの騒がしさにドアを開けて、廊下を覗き込んで見た。

 自分が居る部屋の斜め前の部屋から賑やかな声が聞こえて来る。
 声の感じからして、子供だと言うことは判るが、何故こんな所に子供がいるんだろう? と素朴な疑問を持った。

『Millennium・Palace』は、国家組織でも、手を出せない無法地帯で、ここに近付くこと自体禁止されている。
 その厳しい監視の目を潜り抜けて、遊裏はこの中に足を踏み入れた。
 ただただ兄に会いたいがために……。
「やったー! やっぱ、リーダーってゲーム下手だよねえ?」
「これで、5戦5敗だよ? リーダー!!」
「ああ、うるせえうるせえ! ……おっとそろそろ寝る時間だな。ほらほら、自分の居住区に帰ってとっとと寝やがれ」
「ずっるーい! リーダー負けたのに、罰ゲームなし?」
「はいはい! ほら、一回ずつだぞ!」
 聞こえた声に、遊裏はドキッと竦みあがった。
 あの部屋に……あの青年がいることに気がついたからだ。
 そっと覗き込んで見ると、机の上に置かれた青年の手を子供たちが軽く叩いて笑っている。
「んじゃ、ちゃんと歯、磨いて寝ろよ!」
「はーーーい!!」
 それぞれの子供たちが、克也に挨拶をして、部屋を出て来るのに、慌てて、自分の使っていた部屋に向かった。
 その遊裏の前を、楽しそうな子供たちが通り過ぎて行く。
 最後に、一際背の高い青年の姿が見えて、遊裏は思わず部屋の中に身を引いてドアを閉めた。
 子供の声も消えて、足音が隣の部屋に向かい、ドアが閉まるのを確認して、遊裏はもう一度ドアを開けた。
 そっと、左右を見回して、ホッと息をつき、やっと廊下に足を踏み出した。


「何してるの?」
 不意にかけられた声に、遊裏は慌てて振り向いた。
「……えっと……」
 別に何をしようと出て来た訳じゃない。
 ただ、自分が今居る場所を、ちゃんと見ておきたかっただけなのだ。

「ああ、僕は……周助=不二。君は確か、遊裏くんだよね? リョーマくんに聞いたよ」
 ニッコリ笑って言う周助に、遊裏は笑みも見せずに、溜息をついた。
「……要するに、オレは監視されてるんだな?」
「…………何故、そう思うの?」
「拘束もされずに、ドアに鍵もかけずに、いくら3階で靴がないとは言え、不自然だ。……その気になれば、オレはいつだって抜け出せる。たとえ、隣がリーダーの部屋でもだ」
「……そうだね」
「部屋の外にも見張りはいないし、かといって、得体の知れないオレを自由にしとくことも出来ない……。となれば、あの部屋に、隠しカメラが設置されていると思った方が自然だろう? このタイミングであんたが出て来たのも頷ける」
 理路整然と言う遊裏に、周助は微かに目を見開いた。
「まあ、それが判ってるなら、部屋に戻った方がいいと思うよ。君は、まだ信用されてはいないからね」
「……だったら、ここからオレを追い出せば良い。それで多少なりとも憂いは晴れるはずだぜ?」
「君の処遇はリーダーが決めることだからね。僕の一存ではなんとも……」
 リーダーという言葉に、遊裏は少しだけ眉を顰めた。
「……彼は……遊戯と対立しているこのグループのリーダーなんだよな?」
「……そうだね」
「なら、オレに取っても、彼は……ここの連中は敵だってことだな」
「………………」
「遊戯の敵はオレの敵だ」
 キッパリ言って、遊裏は踵を返した。
「でも、生憎……だけど」
「……?」
「僕たちは君を敵とは思っていない。と言うか、君は僕たちの敵にはなり得ないんだけどね」
「何故だ?」
「君の外見は確かによく、遊戯くんに似ているし、君が遊戯くんを探しに来たことも知っている。でも……当の遊戯くんが君を身内と認めるかどうか……。――認めなければ君は敵の価値もないことになる……。敵を捕まえて、得るのは人質って言う付加価値だからね。でも、それも有りえないなら……君はただの……部外者でしかないよ」
「遊戯が……オレを身内と認めないだって? そんなバカなこと……」
「……君は……本当に幸せだね」
「……どう言う意味だ!?」
「別に。出て行きたいなら行けばいい。僕は止める気はないし、君がどうなろうと僕には関係ない。君を拾ったのはあくまでも、克也なんでね」
 そう言って、周助は遊裏の横を通り過ぎて、克也の部屋のドアをノックする。
「ああ? 開いてるぜ」
「失礼するよ、克也」
「おう、良いぜ」

 高らかに聞こえて来る――克也の声に……。
 形容しがたい感情が沸き起こって胸が痛くなる。

 だから、振り切るように、遊裏は駆け出した。
 どうにかして、このMillennium・Palace内の見取り図か何かを手に入れたかった。
 全てを把握して、『Radius』の領域に行かなければ。
 そうして、遊戯に会って、一緒に帰ること……。
 それだけが、遊裏の望みだったのだから……。


「そうだ……あの男が、頼り甲斐のあるリーダーなら、遊戯がリーダーの必要性なんかない。ましてや何で、二つもグループが必要なんだ?」
 思わず一人ごちて、直ぐ下の階に下り立った。

「本当に……普通の家みたいだな……。……そう言うのはもしかして、リーダーの部屋にあるのか?」
 ごく普通の民家で部屋はそれぞれの私用部屋になっていて、手近の部屋のドアは鍵がかけられていた。
「何か探し物?」
「……っ! って、リョーマ…くん?」
「リョーマで良いよ。何か探してんの?」
 あまり遊裏と変わらない身長のリョーマがいつの間にか背後に立っていて、遊裏は思わず心の中で毒づいた。
(ここの連中は気配も足音もさせないで、歩くのか? って言うか……何でみんな背後に立つんだ?)
「……遊裏?」
「……はっ! あ、いや……その……この『Millennium・Palace』の……地図か何かないかと思って……」
「地図?」
「自分が居るところの場所をちゃんと把握出来ないのは、あまり好きじゃないんだ……」
「ふーん……地図なら端末で見られるよ? オレの部屋に来る?」
「……良いのか?」
「……煩い猫がいるかも知れないけど。気にしないで。多分、酔っ払って寝てるし」
 トイレに出て来ただけだと言うリョーマの後について、部屋に入ると、ベッドの上に、どっかで見たような少年が丸くなって眠っていた。
「猫ってどこに居るんだ?」
「そこ」
 ベッドを指差すリョーマに、遊裏は目を丸くして、ベッドの上を凝視した。
「これ、猫なのか?」
「……ああ、本物の猫じゃないよ。猫みたいな人だから」
「そう言う意味か……」
 ホッとしたように、ベッドの手前に座ろうとした遊裏に、リョーマがはっとしたように、手を伸ばした。
「……っ!?」
「エージ!」
「…………」
 自分の首筋に風が舞っていた。
 いや……舞っていると言うのは正しくない。
 その風は幾つか筋を作って、遊裏の頬と首筋を、ほんの数ミリの深さで切り付けたのだから――
「俺の近くに勝手に寄るんじゃねえ」
 低く告げられた声に、一瞬ドキッとした。
「エージ! オレが連れて来たの! ここオレの部屋だし! エージが勝手に寝てたんだろ? 遊裏が悪い訳じゃない!」
「……おチビ。少しは警戒しろよ。誰もがみんな克っちゃんみてえに優しい訳じゃないんだからな」
「……そうだけど……でも……」
 リョーマはベッドの上に既に起き上がっている英二を見つめて、困ったように風の刃を首元に突き付けられたままの遊裏に視線を向けた。
「でも、その『風』引っ込めて。遊裏のことを決めるのは、克也の役目で、エージにはその権限はないだろ?」
「…………判ったよ」
 言葉とともに、遊裏の首元にあった風が消え去った。
「で? 何しに来た訳?」
「うん。この『Millennium・Palace』の地図が見たいって言うから」
「へえ、場所を確認して。『Radius』領域に逃げ込むためのルートを探そうって訳だ?」
「……エージ?」

 英二とリョーマのやり取りに少しだけ遊裏は困惑していた。

 最初に聞いた声は、心臓が反応するくらい驚いたのだが、その後はそうでもない事実にも……。
「遊裏? 大丈夫?」
 リョーマの声にハッとして、遊裏は頷いた。
 それから、英二の方に向き直って、問い返す。
「今、何を言った? 聞いてなかった……すまない」
「……別に大したことじゃねえよ」
 そう言って、英二は再びベッドに横になる。
「……遊裏ごめん。最初にオレがちゃんと説明するべきだったのに……」
「リョーマ?」
「……エージ……寝てるところとかに、知らない人が来ると異常に神経質になるんだ。寝入ってるから大丈夫だってオレが油断して……危ない目に遭わせてごめん」
 そう言って、リョーマはポケットから取り出したハンカチを遊裏に手渡した。
「むぅ〜おチビ、優しすぎ」
「……そんなことで拗ねないでよ、エージ」
 机の手前にある椅子を引きながら、リョーマは呆れたように言った。
 パソコンの電源を入れて、目当てのものを引き出すと、遊裏に向かってディスプレイを見せた。
「これがそうだよ。オレ達が今いるここは、Cブロックになる」
「……ありがとう」
 リョーマに替わって椅子に腰掛けて、遊裏はパソコンのディスプレイを見つめていた。
 Millennium・Palaceの全体図を把握し、自分の居る場所を確認する。

「出て行く訳?」
 不意に耳元で聞こえた声に、遊裏はビクッと身を竦ませた。
「こ、ここの人間は足音も立てずに、人の背後に立つのが好きなのか? さっきからそんなのばっかりだ」
「……ああ、そっか。つい癖でね。んで、出て行くの?」
「オレは、遊戯に会いに来たんだ。いや、正確には、遊戯を連れ戻しに来た……だから、いつまでもここに居る訳にはいかない」
 キッパリ言って見取り図に目を走らせる遊裏に、英二は深々と溜息をついた。
「へえ……。あーあ、克っちゃんガッカリするだろうなー」
 遊裏は思わず、肩を竦ませて英二を見上げた。
「……なんだよ?」
「君の……声は……あの人に似ているな」
「あの人? ああ、克っちゃん?」
「あまり聞きたくないから喋らないでくれ」
「…………どう言う意味だよ、それーー?」
「煩い、エージ」
 遊裏の言葉に、反論すると同時に、リョーマに注意されて、仕方なく英二は黙り込んだ。



「ちぇっ、はっきり言って、遊戯の方がずっと可愛げあんじゃん」
 暫くして。
 我慢出来ないように英二が言った。
「見た感じはね。でも、オレが思うに、遊戯は周助によく似てると思うけど?」
「……それは否定できない」
 リョーマの言葉に、英二が苦笑を浮かべて同意する。
 パソコンを食い入るように見ていた遊裏は、二人のやり取りにハッとしたように、視線を向けた。
「君たちは……遊戯に会ったことがあるのか?」
「……それは、毎月一度の定例会議でね」
「定例会議?」
「……一応、不可侵契約が成り立って、表立っての争いは禁止されてるから……。でも、それでも水面下では、何があるか判らないって……よく克也たちが言ってるんだけど」
「人は、額面通りに動くとは限らないってこと。克っちゃんは根が正直すぎるから、いざって時は不二がハッタリかますけどね」
 今になって、英二の声が気にならないものになっていることに、遊裏は気付いた。
 そうして、英二の声質は……克也に良く似ているが、高さが違うことに思い至った。
 相手の……姿が見えていれば――この声なら……間違えることはない。













 
――間違えるって何だ?















 自分の思考に思わず突っ込みを入れてしまった。

「……表面上はちゃんと協定を守ってるって印象つけるための、定例会議か……」
「ま、そう言うことだね。『Flame』も大きなグループだけど……。Radiusはもっと大きいんだ。配下のグループは、オレ達みたいに3つじゃなくて、10個ぐらいあるらしいし……」
「でも、そんな中で克っちゃんは、Radiusと対等に渡り合ってんだよ。Flameが出来て、Radiusと対等になって、初めて……この辺りマシになったもんね」
「……子供たちが笑って暮らせるぐらいにはね」

 ふと、遊裏は英二とリョーマの言葉に、笑ってゲームに興じ、克也と遊んでいた子供たちを思い出した。

「でもね。こんな平穏がいやだって奴らもいるんだよ。奪って奪われて、今日一日を生き抜くことだけを考えて生きていくような……強い奴らにはそんな時の方が生き易かったらしくてね」
「RadiusもFlameも弱い存在を守ろうとしているのは、変わらないから……。弱い奴らの味方をする、克也や遊戯に……不満を持っている奴らはまだまだいるんだ……」
「だから、そいつらに付け込まれないためにも、定例会議は必要なんだよ……」
「動乱になれば……そこに隙が生まれるからね」

 何かが遊裏の頭に閃いた。
 でも、それが何なんか良く判らず、遊裏はともかく、礼を言って部屋を出た。
 それから、一階に下りて、家の中を探索してみる。
 玄関に行くと、下駄箱の中に、自分の靴があった。
 その靴を片手に、遊裏は今は静まり返っている家の中を見回した。

「この空気を……彼が作り出した……のか?」


 比較的穏やかな空気。
 楽しそうに笑う子供たち。

 それは……。
 遊裏が常日頃から目にして来た光景でもある。
 だが、この……『Millennium・Palace』で、それは日常的ではなかったはずだ。

 靴を履いて、表に出てみる。
 夜の闇の中、灯されているまばらな光。
 ある程度、その形を残している建物の中で人が暮らしているのが判る。

 ここから、真っ直ぐ……西に向かえば……。
 中央の共有地に辿り着く。
 そこを越えれば、Radiusの領域に行けるのだ……。

 ふと。
 遊裏は自分が出て来た家を仰ぎ見た。
 古めかしい、元はアパートか何かだったのか。
 部屋数は大して多くはないが、それでも……何かの共同住宅だったのかもしれない。

『君は敵にはなりえないよ』

 周助の言葉が蘇った。
 自分は……捕虜でも人質でもない。
 だから……拘束もされていない……。


 このまま、ここを出て行っても、別に何の問題もないはずだ。




 遊裏は……。
 そのまま、足を踏み出した。




 静かに静かに……。
 扉を閉めて――



 自分に宛がわれた部屋に……向かっていた。


 それが、何故なのか……。
 遊裏には明確に説明出来るものは何もなかったのである――


<続く>


    




……………今回、ちっとも遊裏と克也が話してません。(詰まんない;;←書いた本人が言うなよ;;)
そう!
克也の声に遊裏は弱いって設定にしたは良いんですが、英二の声が克也と一緒と言うのをコロッと忘れていました(←コラマテ;;)
で、今回……英二の声が克也と似ていることに気付きはしたんですが、英二の声には反応してません。
脅しかけた低い声の時に、反応見せてますけどね。
普段はやっぱり少し高めの声ってことで(笑)

でも、実際14、5歳って声変わりしてる筈だし。
英二の声の高さはキャラの性格のせいで、17になってもあの声なんじゃないかって最近思うんですが、どうでしょう?(←誰に聞いてる?)

なので、低音声はほぼ一緒ですが、通常は似てるかな? っ程度で……。
でも、この声がキッカケで、遊裏は自分の気持ちに気付くことになるんですが。
それはもう少し先かな?
……あ、今考えている展開で行くと、前に言ってた『無理強い』はないかもしれないですね。
大体、遊裏自分で残っちゃったし(←予定外;;)
最後まで迷ったって言うか、出て行く筈だったのに……(滝汗)
遊裏の莫迦ーーーーっ!(笑)

まあ、何とかなるでしょう……。
しかし、この話……一体どこに向かっているんでしょうね?(←聞くな;;)