第3話

 克也は、自分のハンディパソコンを前にして、暫く考え込んでいた。

 この【Millennium・Palace】には、何故かガスや水道、電気の類も通じている。
 オマケにどこからどう引っ張って来ているのか。
 電話回線まで使えると言う――

 もっとも、克也はこの背後に某大企業が絡んでいることに薄々気付いていはいるのだが、それはこの際関係ない。
 快適に過ごさせて貰えてるのだから、とりあえず感謝しないでもないが、ますます、癇に障ること、この上なくもある。


「……直通とは言え、あの野郎が出るとウゼえよなー」
 呟きながら、回線をとあるパソコンへと繋いでみた。

『やあ、城之内くん。久しぶりだね』
 画面に映ったのは、にこやかな表情の、『Radius』のリーダー、遊戯=武藤である。
「よう、今日は……一人なのか?」
『まあね。海馬くんは、実家の方で何かあったみたい。今は留守にしてるよ」
「ふーん……」
 居ないに越したことはない。
 とは口に出さない。

 さて、どう切り出したら良いかと考えながら、黙っていると画面の向こうで遊戯が訝しげに問い掛けて来た。
『君がボクに声をかけてくるってことは、何かあったんじゃないのかい?』
「……へ? あ、ああ……まあな。なあ、遊戯」
『うん……?』
「……お前、兄弟とかいるか?」
『……』
 それまでにこやかだった遊戯の表情が硬くなって消え去った。
「遊戯?」
『……さあ? いたかもね』
「かもねって……」
『でも、10年くらい前に別れたきりだし……。全然会ってもいない。それに……』
「それに?」
『多分……ううん。きっと本当にごく普通の生活をしている筈だから……』
「そいつが……ここに来てたらどうする?」
『――え?』
 克也の言葉に、遊戯はさらに訝しげに眉根を寄せて問い返した。
「……そいつが、ここに来てたらどうするかって聞いてるんだ。会いたいか?」
『……来る訳ないよ』
「ぶっちゃけた話……オレは、お前によく似たガキを保護した。お前に良く似た容姿の……でも、目付きがちょっと鋭い感じで……四角錘のペンダントをつけていた。あれは、どう見ても『Millennium・Item』の一つ……『ミレニアム・パズル』だ……。心当たりは?」
『…………そこにいるの?』
「隣で寝てる」
『……じゃあ、起きたら……外界に放り出して』
「はあ? 何で? だってお前に会いに来たんだぜ?」
『君は? 君ならどうする? もし、静香ちゃんが……外で幸せに暮らしているのに、敢えてここに来たとしたら? 君は喜んで迎え入れるのかい?』

 痛い所を付かれた。

 実際、克也の妹である静香は、孔雀舞のグループの一員として、この『Millennium・Palace』で暮らしている。
 実家に帰さなかったのにも理由がある。
 決して、静香は……いや、克也自身も……外界で幸せに暮らしていたとは言えないからである。
 だが、もし……幸せに、ごく普通の生活をしているのなら、敢えて、この世界に引き込むような真似はしなかった。


「でもなあ……。折角会いに来たもんをそう、無下に追い返すのも……」
『君は自分のことなら、ボクが言った通りのことをするだろう? 他人のことだからって、無闇に思いやり精神発揮しなくても良いよ』
「…………そこまで言うなら、遊戯」
『何?』
「アイツと、お前が無関係だって言い張るなら……」
『城之内くん?』
「……オレがアイツに何をしようと、お前に口出しする権利はねえぜ?」
『……何をって……どう言う意味?』
「判ってんだろう? 遊戯」
『…………好きにすればいいよ』
 余計に頑なにさせてしまったかと、克也は内心自分に毒づきながら、
「判った。好きにするぜ?」
 そう言って、通信を切った。


 軽く溜息をつきながら、
「折角会いに来たのに、会いたくないって……痛ぇよなー」
 小さく呟いたところで、隣の部屋で物音が聞こえた。
「目、覚めたのか」
 呟き、隣の部屋に向かう。
 ドアを静かに開けると、そっと窓から抜け出そうとする少年に、克也は心底から呆れて溜息をついてしまった。
 それと同時に言葉を発する。
「どこ行くつもりだ?」
 少年の動きが止まったものの、振り返って来ることはない。
 それをどこか歯痒く思いながら、克也は尚も言い募る。
「助けて貰って、挨拶も礼もなしに、おさらばしようってのは、本当に礼儀がなってねえんだな?」
「……べ、別に……オレが助けてくれって……頼んだ訳じゃ……」
 振り返りもせずに、返される言葉は、本当に可愛げのない礼儀知らずなもので、さらにムッとしてしまう。
「へえ、そう言う……言い分がまかり通る場所で生きて来た訳だ? てめえは?」
「……」
 何も言い返して来ない少年に、克也は肩を竦めた。
「言っとくが、この【Millennium・Palace】では外の常識は通用しねえ。本来なら、てめえが誰に襲われて、どうなろうが、オレには全く関係ねえんだ」
「じゃ、あ……助けることなんか……なかっ…」

 どこまでも可愛くなく盾突く言葉に、克也はそっとその背後に近寄って、窓枠に手をついた。
 腕の中で身動きする少年の……動きを封じ込めて、その耳元に囁くように声をかける。
「目的があってここに来たんじゃねえのか? その目的を達せず、あんな連中に好きにされて良いって訳だ?」
「……っ! 離れ……っ!」
「ゆうぎ……」
「っ!!」

 まるで呪文のようだ。
 ジタバタを足掻いていた動きが、ピタリと止まった。

「会いに来たんだろう? 遊戯とどう言う関係だ?」
「……何で? 遊戯を知ってる……のか?」
 茫然としたまま、問い掛けて来る少年に、克也はどこか苛立ちを感じながら、続けた。
「まあな。ここいらじゃ有名人でもあるし……名前だけなら誰でも知ってる……」
「どこにいるんだ? 教えてくれ」
「……教えてくれ? ……それが人に物を聞く態度か? 少年」
「……っ!?」
 どうしても、一瞬だけ垣間見た、この少年の目を見たかった。
 だが、ゆうに20センチ以上はあるだろう、身長差のせいで、俯かれてしまうと見ることが出来ない。
「離れろって言ってるんだ!」
 不意に声を荒げて腕を振り上げて来た。
 その腕が、自分に当たる寸前に、少年から離れて、克也は舌打ちを漏らす。
 だが……。
「そんなに怒ることねえじゃん? 遊戯のこと聞きたいんだろう?」
「……っ! 知っているなら、教えて欲しい」
「……本当に人に物を聞く態度じゃねえな? 人に何かを尋ねる時は、それ相応の尋ね方ってのがあんだろう?」

 からかうように言うと、必死な様子を見せる。
 敢えて、克也は意地悪げに言ってみた。
 どっちにしても本当のことは言えない。
 これだけ必死に、遊戯に会いたがっているのに、当の遊戯が会いたくないなんて言ってるとは……。

 ――と。
 少年が振り返って真っ直ぐに自分を見つめて来た。






 心臓が――


 鷲づかみにされるような感覚を憶える。


 その強烈な印象を植え付ける赤紫色の瞳に、息が止まりそうになった。






「……改めて、そう、言われると、言いたくない……」
 発せられた相手の声に、我に返って、克也は動揺を押し隠して肩を竦めて見せた。
「あっそ。んじゃ、オレも別に、教える義務もねえし、教えねえよ?」
「……っ!」
 キッと睨みつけてくる少年に、克也はわざと意地悪く笑みを浮かべた。
 本当のことを言う訳にもいかないから、当然克也はウソをつく。
 自分のことを知らせてくれれば……と言う少年に、内心『もう知らせたぜ』と呟きながら、知らせることも難しいと告げた。
 まさか、克也が直通で遊戯とやり取りが出来るなどと、英二たち幹部と呼ばれる者しか知らない。
 だから、この言い分は、きっと通るだろう。
 敵対しているグループ同士のリーダーであれば、必然的に仲が悪いと決め付けられるものだ。




 それにしても、『傍にいろ』などと……この自分が言うとは……自分で自分の言葉が信じられなかった。




 だけど、どうしても。
 手放したくないと思ったのだ。
 まだ、自分のものになった訳ではないのに……。




 最終的に半ば脅迫とも言える言葉で、脅しつけてみた。
 遊戯が『Radius』のリーダーであることも言った。
 本気で混乱している少年に、まるで追い討ちをかけるように、辛辣な言葉を突きつけた。
 だが――
 この無謀な少年の行動の抑止力になるかどうか。
 甚だ疑問だった。

 この『Millennium・Palace』が外界では、どう思われているのか、克也だって知っている。
 ここに入ろうと思う……その決意も、遊戯の言う通りに、幸せでごく普通の生活をしていたとしたら――相当の覚悟がいった筈だ。





 ふと。
 ドアの外に、人の気配を感じて、克也は踵を返しドアを開けた。
 リョーマがドアの横に座り込んで、開いたドアに自分を見上げて来た。
「何だ、リョーマ? ノックすればいいだろう?」
「取り込み中みたいだから、待ってた方が良いって……エージが言ったんだ」
「ふーん。ま、もういいぜ。――少年……さっきの条件飲むなら、こっちから遊戯に連絡つけてやる。飲まねえなら、その【Millennium・Item】を助け賃として貰って【外界】に還してやるよ」
 そう言って、目を丸くする少年に、それ以上の答えは避けて、一言だけを残して部屋を出た。
 入れ違いにリョーマが入り、それを確認してドアを閉める。


 中から聞こえた声に、小さく呟いた。
「遊裏……武藤。遊裏か……」



「克っちゃん。何笑ってんの?」
 口許に手を当てて、笑みを浮かべていたらしい。
 声をかけて来た英二の頭を軽く叩いて。
「腹減ったー飯だ飯だ!」
 言いながら階下に向かった。
「痛ってー! 何すんだよー? 克っちゃん!!」
「――ガキどもは飯食ってるのか?」
 あれだけ騒がしかった向かいの部屋は静まり返っている。
「もう、とっく! 克っちゃんはどうすんのかと思って聞きに来たんじゃん」
「あっそ。そいつは悪かったな。……って、今あいつら飯食ってんだな?」
 ふと立ち止まって、一階にある食堂の風景を想像しつつ、確認の意味を込めて問い掛けた。
「そー克っちゃん行くと大騒ぎかもよ?」
「あーそれはそれで面倒だなー。でもまあ……たまには良いか」
 そう言って軽やかに一階に下り立ち、克也は食堂に向かって歩き出す。
「めっずらしい。いつも煩がるくせに」
「それこそうるせえ、エージ」
 そう言って隣に並んだ英二の頭をもう一度小突くと、英二は大袈裟に痛がって見せた。
「………でも、機嫌が良いんだな、克っちゃん」
「そうか?」
「そうだよ」

 どこか嬉しそうに英二が言う。

「克っちゃんが嬉しそうだと……何かホッとする」
「そうかぁ?」
「だって、場の雰囲気が和むからな」
 やっぱリーダーの機嫌って、場に影響与えるんだよ? などと言う英二に、苦笑を浮かべつつ、
「なら、この機嫌の良さが長く続くように祈ってんだな」
「あははは」

 食堂に入って、子供たちの歓声を聞きながら、準備された夕食を食べ始める。
 確かに、その時克也の気分は、克也が思うよりもずっと良かったのである。
 それが、何故なのか……。
 
 克也自身、よく判っていなかった……。




    


今回は、前回の克也視点の話で、全然物語りは進展していません;;

次から少し動き出すかな。どっちにしても遊裏が動いてくんないと話しになんないんで、頑張れ遊裏!(笑)

しかし、いつでもどんな時でもどこに行っても……;;
……克也、あんたは遊裏に一目惚れするんだな(呆)
中々遊裏に惚れない、惚れたことを認めない克也って書いてみたいんですけどね。
あでも、今回の話では惚れたことを認めないってのは入るかも(邪笑)
ああ、本当に……ノロノロ展開で、多分苛々されるかもですが、まだまだ続くので、これからもどうぞよろしくー☆

って、この話、面白いですか?(滝汗)