Millennium・Palace
『Next Stage』 第4話

 辺りを覆うような金色の光。
 それは、現場に向かっていた周助にも見えた。
 だが、直ぐに光は消え去り、昼間……たとえ、太陽の光はかすかにしか届かなくても、昼であると言う明るさは、損なわれないはずのこの場所に。

 まるで夜を潰したような闇が訪れた――



「……」
 前が見えなくて、仕方なくバイクを止める。
 バイクのライトを灯して見ても、ほんの数メートル先の道しか見えない。
「……少し、速度は落ちるけど、しょうがないね」
 ――この闇は一体何なのか……。
 元々、ミレニアム・パズルの力とは一体、何なのか……。
 根本的なことが判らない以上、ここで答えを模索しても意味がない。

 ゆっくりと周助はバイクをスタートさせて、目的地に向かって走り始めた。




「何だよ? 全然何もみえねえじゃん!」
 少年の一人が、不安げな声を漏らした。
 覆われた真の闇に、灯りの根源となるべきものが何もないことが、不安を募らせる。

 本当の真の闇など、最近の人間は経験したことがない。
 文明の利器と言うべき、電気と名の付く明かりのお陰で、夜でも、闇に包まれることはないのだ。

 それは、このMillennium・Palaceでも例外ではなかった。
 廃墟と化しているこの場所でも、何故か電気は生きていて、夜も明かりを灯す。
 少し離れた、東京副都心のようには、行かなくても――

 こんな何も見えない闇など……それこそ停電にでもならない限り、体験することもないのだ。


 英二を抱き止めたまま、動くに動けずにいた5人の中で。
 ただ茫然と立っていただけの少年が、思わず後退った。

 瞬間。
 その足に激痛が走り、悲鳴を上げて転がった。
「林!?」
 声をかけるが、響くのは悲鳴ばかりで、英二の身体を支えていた荒井は、立ち上がろうと身動きした。
「動くな」
「英二さん?」
「………動いちゃダメだ」
 気絶していると思っていた英二が、静かな口調でそう言った。
 荒く息をついて、視線を向け、
「……何とかシールド、張ったから……。林の所までは行けるよ。様子、見てあげて」
 何か判らない。
 だが、この暗闇の中で、何かが動いている。
 それは……何か判らない。
 判断が付かない。
 見えないから――

「英二さん! 何か、刃物で切られたみたいッスよ」
 暗がりの中、ライターを灯し、拙いながらも明かりを手に入れ、倒れた林の容態を見る。
 足がぱっくり避けて、血が流れていた。
「手当て、しないと」
 そう言って、少年たちが手当てを始める気配が伝わって来る。
 それを感じながら、英二は緊張が解けないで居た。
 息苦しい。
 暗闇は……これほどまでに、人に圧迫感を与えるものなのか?
 ふと。
 聞き慣れたエンジン音が聞こえた。
 点のような白い明かりが見えて、それはどんどん近付いて来る。
 小さな明かりを遮るように、黒い影が走ったように見えた。

「周助っ!!」
 思わず叫んでいた。
 その声とほぼ同時に、バイクが動きを止める。
 明かりが……バイクのヘッドライトが近付いて来ないことでそれを理解した。
 だが、エンジンはかかったまま。
 ただ、動けない状態になっただけ。
 動かなければ、影にはどうしようもないらしい。
 実際に、周助の悲鳴は聞こえて来なかった。

「このままじゃ……」
 神経が磨り減ってしまう。
 この暗闇で、どこから来るのか判らない攻撃を、ただ、動かずにやり過ごすことなど不可能に近い。
 こっちは、多少動いても大丈夫だ。
 だが、周助は?


「一体、何があったんだ?」
「……リーダーがあのガキを庇ったんスよ」
「そしたら、あのガキ、キレちまって」
 その結果がこれと言う訳か?
 英二は舌打ちを漏らした。
 何とか、まだ、開いている筈のgateの向こうに居る筈の、遊裏と克也を見たかった。
 姿を見て、何がどうなっているのか、把握したかったのだ。
「克っちゃん! 遊裏っ!!」

 声をかけて見ても、返事はない。
 ただ、拡がるのは漆黒の闇と静寂のみだった。

「……英二さん、あれは……?」
 不意に、光が見えた。
 小さな光が、まるで爆発するように広がった。
 慌てて、目を庇うように腕を上げて、半ば目を閉じた。

「もう、大丈夫だよ」
 声が聞こえた。
 同時に、闇が消え去って、通常の風景に戻っていることに気付いた。
「……克っちゃん! 遊裏っ!!」
 倒れている二人に気付き、英二はシールドを解いて、ふらつきながらも立ち上がり駆け寄った。
「……遊戯くん」
 少し遅れて、やって来た周助が、かけた声に、英二は始めて、すぐ傍にRadiusのリーダー、武藤遊戯が居ることに気が付いた。
「遊戯?」
「……とりあえず、被害は最小限……。あ、怪我人が一人いるね。でも……他への被害は出てないみたいだ」
「……何で、君がここに?」
「ミレニアム・タウクで見た……遊裏の能力が発現するところをね。被害の程は判らなかったけど。とにかく、城之内くんが怪我をしたことが原因だって判ってたから、彼を助けるために来た……って訳だよ」
 遊戯の持つ、ミレニアム・タウクには近い未来を見通す力がある。
 それで事前に、事の次第を知っていたと言い、こうして出て来たと言う。
「それは、ありがとうと言うべきかな?」
「別に、感謝して欲しくてやった訳じゃない。城之内くんは、必要な人材だからね。ここで死なせる訳には行かないし。遊裏の能力が暴走したままじゃ、【Millennium・Palace】も危なくなる……」
 肩を竦めて遊戯は言い、倒れたまま、遊裏と克也に視線を向けた。
「あの二人をあのままにしとくのは良くないね。君たちの足は、バイクだけ?」
 頷く英二たちに、遊戯は少し考えるようにして、
「ひとまず、場所を移動しよう。手塚君」
 遊戯が声をかけると、少し後方にいた長身の青年が、歩を踏み出して来た。
「手塚……?」
「久しぶりだな。不二」
「……え? 周助、知り合い?」
「まあね……」
「……再会の挨拶も後にして貰おうか。手塚くん、例の場所にお願い」
「判った」
 そう言って、手塚が右腕に左手を重ねると、空中に魔法陣が現れた。
「……え?」
 あっと思う間もなく、場所が移動していた。

 どこかの建物の中。
 それは英二や周助には馴染みのある場所だった。
「ここは……」
「そう。ここは定例会議に使う建物だよ。二人を、そこのソファに寝かせてあげて」
 手塚と周助が、それぞれ克也と遊裏を抱き上げて、ソファに寝かせると、「あ」と声を上げて、英二が遊戯に視線を向けた。
「あ、アイツは? 克っちゃんに怪我をさせた……あの風使い……」
「……風のシールドで闇から身を守っていたようだね。闇が晴れた瞬間、消えるように逃げたよ」
「そう……」
 悔しそうに英二が呟き、椅子に力なく腰掛ける。
「君も怪我をしてるね。手当てした方が良い」
 そう言うと、遊戯は、部屋の片隅にある戸棚から救急箱を取り出して、周助に渡した。
「ボクが手当てするより良いでしょ? お願いね、不二くん」
「……ああ、そうかもね」
 あくまでも、自身の治癒能力を使う気はないらしく、遊戯はそう言って、まだ、目を閉じている遊裏に視線を向けた。
「ところでさ、遊戯」
「何? 菊丸くん」
「……克っちゃんの怪我を治して、遊裏の暴走を止めたって言ってたけど。具体的にどう言うこと何だよ?」
「…………遊裏の能力の暴走は……ミレニアム・パズルの力が発動の元になってて通常よりも威力が凄まじかった……」
「でも、動かなければ何も……」
「そう。動かなかったら、あの闇は人に攻撃出来ない。でも……何も見えない真の暗闇の中で、動けば怪我をする……そんなとてつもないいつ終わるかも判らない重圧に……そうそう人は耐えられない……。精神が崩壊するか闇に食われるか……どちからかだ」
 確かに。
 何の護るべき術を持たない者に、あの闇は……それだけで絶大な攻撃力を生み出す。
 精神的に、その身を追い詰めて、滅ぼす……。

 今更ながらにぞっとして英二は身震いした。
 自身には抵抗する……その能力があるにも拘わらず……。

 それから大きく息をつき。
「それで? どうやって遊裏を止めたの?」
「止めたのは城之内くんだよ。ボクは城之内くんを治しただけ」
「は?」
 英二と周助が同時に、疑問を口にして問い返す。
「……ホント……一か八かの賭けだったけど。城之内くんはちゃんと遊裏を止めてくれたよ」


 遊戯はソファで眠る二人に視線を向けて、苦笑を浮かべた。





   ☆     ☆    ☆


「……っ! くそ、何だってんだ? 身体が重い……」
「気がついたみたいだね? 城之内くん」
 遊戯の声が間近で聞こえた。
 驚き慌てて、身じろぎして、自分が遊裏の腕に抱き締められていることに気がついた。
 直ぐ傍で、地面に両手をついて、肩で息をしている『Radius』リーダーである武藤遊戯が居ることにも気付き、疑問が頭の中を駆け巡る。
「遊戯? 一体……何を……?」
「それは後。早く、遊裏を止めて……!」
「は?」
 克也は、やっと状況を理解するために周りを見回した。
 真っ暗で……克也の周囲ほんの数メートルしか、視覚で判断が出来ない。
「ボクの……この能力は、遊裏の放った能力の中で使われてるから、この光は外には届いてない。それも……もう直ぐ消える……。だから……君が遊裏を呼び戻すんだ」
「……呼び戻すって……でも、何で?」
「君が、遊裏を庇って怪我をした。動かなくなった……だから、遊裏は能力を暴走させたんだ。それを、ミレニアム・パズルが助勢した。だから、かなりの広範囲にこの闇が拡がっている」
「……オレのせいで?」
 克也は慌てたように、自分を抱き締める遊裏を見つめた。
 茫然と、膝をついたまま、自分を抱き締めている遊裏の姿に。
 胸が苦しくなる。

「……どれだけの傷を……お前に与えた?」
 そっと腕を動かして、遊裏の頬に手を当てる。
「武藤……」
「………」
「オレは、ここに居る」
「………」
「もう、良いから……無事だから……」
「……………」
「戻って来い」
 静かに、訴えるように遊裏の耳元に囁きかける。
「…………遊裏」
「……」
「オレのために……ありがとう」

 ぽたりと。
 克也の頬に水滴が落ちた。

 遊裏の流す涙が、克也の頬を伝って流れ落ちる。

「……克也……くん」
「ああ。お帰り……遊裏」
 克也は少し身を起こして、遊裏を自分の腕の中に抱き締めた。
 茫然としていた遊裏は、そのまま、その身を預け、克也の背中に回していた腕に力を込める。

「……なあ、もう大丈夫だから。この闇を何とかしてくねえか?」
「は?」
 キョトンとまだ涙に濡れた目を克也に向けて、遊裏は周りを見回した。
「……夜なのか?」
「……自覚がないのか?」
「え? 何? 何のこ……っ!」
 ハッとして目を見開く。
 克也の後ろに、自分に酷似した……彼に会うためにここに来た……その相手がいたのだから……。
「遊戯……!?」
「……少し、眠ってな。遊裏」
 遊戯がそう言って、手を振った。
「って、遊戯?」
 驚いた克也に、遊戯は肩を竦めて言った。
「遊裏が意識してこの闇を引き出した訳じゃない。だから、遊裏にこれを制御するのは無理だ」
「でも……無意識で引き出したんなら、それこそ意識なくなったらヤバイんじゃ?」
「……この能力が、自分の感情に左右されるってのは、もちろん、城之内くんも判ってるでしょう?」
「ああ……」
「感情の伝達を遮断するためのガントレット……。それによって制御出来るようにしてる訳だけど。でも、城之内くんは自分の能力を知っていて、ここで自分がきれれば炎が暴走することは判ってる。でしょ? でも、感情がそれをとめることが出来なくて暴走するんだから――」
「……ああ」
「でも、遊裏は自分の能力を自覚していない。自分で判っていて、この闇を現出させた訳じゃない。だから、気絶させれば闇は消える……遊裏の感情が消えるからね」
 感情で生み出された闇は、感情の消滅と共に消えると言うのだ。
「そう言うもんなのか?」
「……だから、君は不二くんに、気絶させられたんでしょうが?」
「あ……」
 ポンと両手を打ち、なるほどと納得する。
 自分が炎を暴走させたときのことを思い出して納得した。
 あの時はまだガントレットもなく、些細な感情の高まりでも、炎があっちこっちで爆ぜていて危険極まりなかった。
 自分の腕の中で眠る遊裏を見つめていると、次第に闇が薄くなっていくのが判った。
「もう直ぐ……闇が晴れるね」
 遊戯が言って、肩を竦めながら、克也に視線を向ける。
「……これから……」
 言いかけて、遊戯は口を止めた。
 ゆっくりと、克也自身の身体も傾いで倒れ込んだ。
「……ああそっか。怪我は治したけど、血は足りてないみたいだね」
 話は全て、回復してからにしようと思い直し、遊戯は倒れた二人に視線を向けて、優しく目を細めた。


   ☆   ☆   ☆

「……遊戯?」
 問い掛けられて、ハッとした。
「……ああ、ごめん。考え事してて」
 そう呟き、苦笑を浮かべて、遊戯は立ち上がった。
「じゃあ、ボク達は先に失礼するよ」
 そう言って、遊戯は背後の手塚を見返った。
 手塚はそっと遊裏の傍により、その身体を抱き上げると、そのまま歩き出す。
「え? 遊戯?」
「彼はボクに会いに来た。だから、連れて行くよ。それが君たちの望みだろう?」
 遊戯はそう言って、踵を返した。
「で、でも……でもさ!」
「……何?」
「……おチビに……リョーマに無事な姿を……ちゃんと見せたい……必ず連れ戻すって約束したし……」
「無事に取り戻して、身柄はボクが引き取ったって伝えてくれれば、別に約束を破ったことにはならないよ」
「……それに、このまま克っちゃんと会わないままって……」
「……でも、城之内くんはボクに遊裏と会えって再三言ってたし……。これは城之内くんの望みでもあるんだろう?」
 確かにその通りなのだ。
 遊裏は遊戯に会うためにここに来た。
 そうして、遊戯は遊裏を引き取ると言う。


 なら、これで全てが丸く治まり万万歳ではないか?


 なのに。
 何故こうも釈然としないのだろう?



「……じゃあ。また、定例会議で」
「……ありがとう。一応、礼を言っておく」
「ボクは自分の弟を助けただけ。城之内くんは居てくれないと困るからね」
 そう言って、遊戯は遊裏を抱き上げたままの手塚と共に部屋を出て行った。


「……何か……寂しい」
「信用してなかったんじゃなかったっけ?」
「……だって、いきなり戦友になったしさあ」
 一緒に戦った――その行為が、こうも簡単に相手に対して親近感を沸かせる。
 信じられないと思っていた相手に命を預けて、共に戦ったのだ。
 彼は……十分自分期待に答えた戦い方をしてくれた。
 何より。
「遊裏さー……」
「うん?」
「オレの能力見ても、全然怖がってないんだよな」
「……」
 初めて見せた時は、遊裏の首元数センチの場所だった。
 微動だにすれば、一瞬で首を切り裂き、自分の命を奪ったであろう風の刃……。
 それでも遊裏は態度が変わらなかった。
 そんなのは、同じ能力を持っている克也と、物事には動じない周助と……。
 自分がずっと世話をして相思相愛になれたリョーマだけだった。

 他の仲間たちは、それでもどこか一線引く。
 恐怖の気持ちを畏怖に摩り替え、敬遠していると言う言葉で身を引くのだ。

「だからさ……なんか、寂しい……」
「そうだね」


 彼が居たのはたったの2日。
 なのに、もう随分一緒にいたような気がしているのも不思議な気がした。


「さて。佐伯に連絡をして迎えに来て貰おうか」
「そだね。あ、バンで来なきゃ全員乗れないぜ」
「ああ。そう伝えよう」
 ハンディパソコンを取り出して、周助は苦笑しながら、自分のアシストである佐伯虎次郎に連絡をした。


























    ☆    ☆    ☆


「目が覚めた? 遊裏」
 聞こえて来た声に、遊裏は内心首を傾げた。
(……誰?)
 自分が聞きたいと思っていた声じゃない。
 彼の……少し低めの暖かい優しい声。
 呼ばれると心臓が高鳴ることを自覚してしまって、聞きたくないと思ってしまう。
 でも――

 違う……。

「克也……くん」
 ずっと、君の声を聞いていたい。
 本当は聞きたくないと思いながらそう思ってるんだ。

「残念だけど、城之内くんはここにはいないよ」
「……!」
 今度はハッキリと覚醒した。
 自分に少し似た、でもちょっとだけ高めの声。
 もっとも、物心ついてから声なんか聞いたことない。
 電話で話したこともないのだ。
 だから、本当は今の声など知らない。

「……遊戯?」
「久しぶりだね、遊裏」
 少し離れた椅子に座って、こちらを見て居るのは、小柄で自分にソックリなでも、優しげな雰囲気を醸し出している少年だった。

「遊戯っ!」
「……直ぐに動かない方が良いよ。頭怪我してるし」
「……でも、ここは? そうだ! 何でこんな所に? ……いつから? ずっとウソをついていたのか?」
「そんな一気に捲くし立てないでよ」
 そう言って、椅子から立ち上がり、遊裏の眠っているベッドに近付いた。
「そうだね。今の君の質問に答えると……まず、父さんに捨てられたから。いつからはボクが13歳になる年に。ずっとウソをついてたのかってのは、その通りってことだね」
「……父さんに……捨てられ?」
「リストラで会社を首になって、父さんは少し精神の箍が外れた……。ボクはここで海馬くんに拾われて助けて貰った。父さんがそれからどうなったのか、ボクは知らない」
「……」
「他に何か聞きたいことある?」
「……Radiusの……リーダーだって?」
「ああ。そのこと……本当は海馬くんがリーダーだったんだけどね。あの人忙しいから……」
 本当は少し違うことを、口にして、簡単に説明を済ませる。
 遊戯は、真っ直ぐに遊裏を見つめて、
「ボクを連れ戻すつもりだったらしいけど……」
「……ああ」
「でももう、君もここから出られないよ」
「え?」
「……ミレニアム・パズルが発動した。君の能力も顕現した。だから、君もここに捕らわれることになるんだ」
「…………」
「だから、君にはここに来て欲しくなかったんだよ」
 静かな遊戯の声に、遊裏は微かに目を瞠った。
「だから、ずっとウソの手紙を書き続けた。でも、4月に入ってから……色々慌しくて……気が付いた時には、既に遅かった……。遅くなっても良いから手紙を書こうと思ってたら、城之内くんから連絡が来たんだ。「兄弟は居ないか?」ってね」
「母さんが、遊戯を引き取ろうと、父さんと連絡を取ろうとしたんだ……」
「そうか……それでボクからの手紙が可笑しいってことになったんだ」
「……ああ」
「手紙を書いていても、君は来たかも知れないってことだね」
「……遊戯」
「少し吹っ切れた。結局何をやってもこうなったかも知れないってことは、それ以外の道はなかったってことなんだ。運命なんて言葉で片付けたくはないけど、そう言うことなのかも知れないね」
「……」
 返事に窮していると部屋のドアが開いた。
「よう、遊戯」
「あ、終くん。出来た?」
「まあな。でも、本当にブラックマジシャンで良いのかよ?」
「……他にないでしょ?」
「でも、こりゃ、お前の気に入りじゃ……」
「だから、遊裏に贈るんじゃないか」
 遊戯は笑って言って、銀髪の青年は肩を竦めた。
 銀色のガントレット。
 克也が付けていたのと同じ……でも、そこに刻まれて居るのは竜ではない。
「君の能力をある程度抑えてくれる筈だ。……君の能力は、ミレニアム・パズルも手伝って強力だし、君の意志に関係なく、ただ感情の左右で発動する可能性が高い……まあ、この手の能力はそう言うもんだと思うんだけど……」
 克也の炎も、英二の風も……。
 そう言えば、克也達と戦っていたもう一人の風使い……。
 彼は、かなり自在に風を操っていた。
 ガントレットもないのに――

「……何の話だ?」
「君の潜在的な能力のことだよ。あの時、城之内くんが倒れたとき、君はその衝撃で、潜在能力として眠っていた力を呼び覚ましてしまった。でも、使った自覚もないし、憶えてもないでしょう? そこが城之内くんや菊丸君と違うんだ」
「…………? あ、ああ……そうだ、克也くんは? 克也くんは無事なのか?」
「……憶えてないの?」
 呆れたように、遊戯が言い、肩を竦めてガントレットを遊裏の腕に装着した。
「……城之内くんは君を庇って倒れた。君はそれを見て、自失して闇の能力を放出したんだよ」
「……っ!!」
「能力の暴走は周りにいる人間に無差別に襲い掛かる。敵味方の区別なくね」
「……それで、克也くんは?」
 遊裏の切迫した声に、遊戯は少し考えるように、口許に手を当てた。
 この弟が、素直に克也の元に行くとは思えない。
 元々、自分に会いに来たのだから、ここにいるとあっさり言うだろう。
 別に遊裏がここに居ても問題はない。
 寧ろ嬉しくもある。
 だが……。
 遊戯は肩を竦めた。

 そう簡単に会いに行けないのだ。
 連絡はパソコンで取れるが……会いたいと思っても会えない。
 それで、落ち込んで行く、弟を見るのは忍びない。
 単に自分がウザイと思うだけだ。

『会いたければ会いに行けば良いだろう!』と言う常套句も使えないのだから――

「……遊裏」
「何だ?」
「さっき、『Flame』から連絡があってね。城之内くんが、うわ言で君を呼んでるらしいんだ」
「……え?」
「君を庇って彼は怪我をしたんだから、君は彼の要望に答えなきゃいけない……違う?」
「……………そう、だな」
「そう。だから、今から君を『Flame』に送る……でも」
「……でも?」
「Flameに行った後、もう一度ここに帰って来ることは出来ないよ」
「……何で?」
「互いの領域は侵犯しない。勝手に出入しないことが休戦協定の第一条件なんだ……。君は怪我をしている状態でボクが連れて来た……だから、特例が認められているだけ……。このままここに居着くなら、当然『Flame』領域には入れなくなる」
「………」
「今は君はどっちにも登録がされていない。だから、行き来出来るけど。ここで暮らす以上……その登録はして貰う。それがルールだからね」
「遊戯……」
「どうする? この機会を逃したら、もう二度と……城之内くんには会えないよ」

 心臓が痛い――
 ズキズキと痛みが疼く……。

 会えなくなる……。
 彼の……声が……姿が……もう、二度と……?



「嫌だ……! 嫌だ嫌だ!! 克也くんに会いに行く!」
「ボクとはもう会えないよ?」
「……っ!!」


 あまりにも痛烈な選択だった。




「――冗談だよ。ボクとは会えるさ。君が定例会議に出席すれば……。ボクと会うのはその程度でも良いんじゃない?」
 苦笑を浮かべて、遊戯が言い、一方、遊裏は疑問を浮かべて、遊戯を見つめて問い掛けた。
「……遊戯?」
「いつも傍に居て、常にその人の存在を感じていたいと思う相手は……兄弟じゃないでしょ?」
「……………」
 遊裏は息を飲んで俯いた。
 ブランケットを握り締めて、肩を震わせる。
「すまない………遊戯」
「……何を謝るのさ? ボクにもそう言う人はいる……。君が謝る必要なんかないんだよ?」
 そっと、遊裏の手を取って、掌を合わせて静かに遊戯は言った。
「ボクと君はいつまで経っても何があっても……兄弟だから……。離れても大丈夫なんだよ」
「………遊戯」
「君が大好きだよ……。でも、愛してるのは別の人……君もそうだろう?」
 それが、自然なことだと、遊戯は笑って言った。


























    ☆   ☆   ☆


「……かっちゃーん」
「何だよ?」
「……この焼きそばに砂糖入れた?」
「はあ? 何で焼きそばに砂糖入れるんだよ!?」
「じゃあ、食べてみてよ」
「……………」
 自分の作った昼食である焼きそばに文句をつけて来る英二に、克也は憤然として、それを一口口に運んだ。
 そうして、そのまま、机の下にしゃがみ込む克也に、英二は呆れたように声を上げる。
「大体さーそこまでボーッとするくらいなら、さっさと連れ戻しに行けば? まだ、間に合うかもしれないじゃないか?」
「………煩い。これで良いんじゃねえか。武藤のもともとの目的は……遊戯に会うことだし。これでオレ達はオレ達の日常を取り戻して今まで通りに……」
「なると思ってる訳?」
「周助?」
「何も知らなかった頃には戻れないよ。遊裏くん、あれで存在感あったからねえ」
「……勝手なことを……よそ者だって邪魔だって思ってたのはお前だろうがっ!」
「ヤダな〜誰もそんなこと言ってないし。でもねえ、僕、辛いのは幾らでも平気何だけど……」
「…………」
「こんな口が曲がりそうなほどに甘い物を僕に食べさせるなんて良い根性しているね?」
「……オレの所為か?」
「君が君の責任で作った料理でしょう? 間違ったのも君だし……?」
「……………だから、オレのどうしろって?」
「「迎えに行けって言ってんだよ!」」

 何故か周助と英二の声が見事に重なった。

「……行けるかよ……」
「行けって言ってんの!!」
「お前なぁ! お前だって信用出来ないって言ってたじゃねえか!?」
「だって、オレと遊裏ちゃんは戦友だかんね! 一緒に、あの修羅場を潜り抜けた仲なの! それに……おチビがスッカリ元気失くして見てらんないし!」

 自分の拘りが、ある種馬鹿げていると判っていた。
 でも――
 中々、勇気が出ないのだとは口に出せない。
 何が怖いのか……。
 こちらが望んでも、向こうが望んでいなかったら?
 ……迎えに行って拒絶されたら、痛いじゃないかと思う。


 それだけでも足が竦むのだ。
 迎えになど行ける訳がない。


「克也!」
 慌てた様子で、リョーマが食堂に飛び込んで来た。
「……どうした?」
 床に座り込んだまま問い掛けると、少しだけ身を屈めてリョーマが、首を傾げる。
「何やってるの?」
「……別に。それより、何だよ?」
「遊戯から連絡……。何か、遊裏の頭の怪我が思ったより酷かったらしくて……今夜が峠だって……」
 言った瞬間、克也は立ち上がって、外に飛び出していた。
「……素早い……」
 半ば感心して、半ば呆れたように英二が呟いた。
 でも、それどころじゃないと立ち上がって、リョーマに問い掛ける。
「……それ、本当? やっぱり無理させたオレが悪かったんだ……」
「? って、伝えてくれって遊戯は言ったけど……。その伝言を聞く前に、遊裏は元気そうに今から帰るからって言ってたんだ……。その後、遊裏の姿が画面から消えて……遊戯が克也に、伝えて欲しいって……」
 あの科白を言ったと言うのだ。
「は?」
 リョーマはキョトンと言って、周助と英二は思わず顔を見合わせ、次に噴き出して爆笑した。
「……担がれたんだ、克っちゃん」
「そう言えば、遊裏も何か必死だったなー……」
「もしかして……遊裏くんも担がれてるんじゃ?」
 どこまでも用意周到なRadiusのリーダーに、英二と周助は苦笑が耐えない。
「互いに素直じゃないからね」
「……ホント……後悔ってのは、後じゃないと出来ないけど……。すること判ってんだから、素直になれば良いのにさ」
 言いながら、英二はリョーマの肩を抱き寄せて、その額に口付ける。
「なあ? リョーマ」
「……エージは少し遠慮して。大体、腕の傷、まだ治ってないじゃん」
「えーもう大丈夫だって! 片手でも……」
「い・や・だ!」
「おチビ〜〜〜〜!!」

 ベーっと舌を出して、食堂を出て行くリョーマに、一瞬だけ情けない表情を見せつつ、直ぐに肩を竦めて苦笑する。
「……きっと……克っちゃんにはいいことだよな?」
「そうだね……ここまでされて、それでも人を愛する資格がないとか言ってるようじゃ……今度は僕が痛い目に遭わせてやろうかな?」
「……本気に聞こえるから止めろって」
 言いながら、英二はリョーマを追って食堂を後にした。

「……本気なんだけどねえ。でもまあ……喪いたくないと……思えるようになれたのなら、前進だよ……克也」



 小さく呟き……。
 周助も、食堂を後にした。
「……でも、まさか……手塚がRadiusに居るとは知らなかったな……」
 ふと、数年ぶりに再会した幼馴染みを思い出し、周助は軽く息をついた。
 考えたところで答えは出ない。
 自分を呼びに来た佐伯と一緒に、周助は外に向かって歩き出した。



      ☆    ☆    ☆

 自分をここまで送ってくれた青年は、早々と帰って行った。
 迎えには英二が来るのだろうかと思い、扉の前で近くの壁に背を凭れさせる。
「……克也くん……」
 無事で居て欲しい。
 助かって欲しい。
 そのための力になれるなら、必ず傍に行く。
 祈るように、手を合わせて、遊裏は座り込みながら、膝に頬を埋めた。


「畜生! 早く開けっての!!」
 『second・gate』は、定例会議に使う建物へ、直通の通路である。
 そのまま、真っ直ぐに行けば簡単にRadius領域に行ける。
 もっとも、ここと同じく、ミドルエリア側から開けることは不可能だから、向こうが開けるのを待たなければならない。
 じれったく思いながら、やっと開いたgateへとバイクを乗り入れようとして、ふと気が付いた。
 これだけ気が急いていて、先へと駆り立てるものがあるのに、それに気が付いたのは奇跡だったのか。

「武藤……?」
 ピクッと……蹲っていた肩が揺れた。
「……か、つやくん?」
「「何で、ここに……?」」

 二人揃って、疑問を声に出し、ハッと克也の方は気がついた。

(嵌められた!)
 ものの見事に嵌められたと、苦々しく舌打ちを漏らす。
「君、重体じゃないのか?」
「は? それはこっちの科白だぜ? オレは、お前が今夜が峠だって聞いたんだからな!」
「……え? ええええー?」
「どうやら、遊戯にハメられたらしい」
「ハメ……」
 愕然と呟きつつ、放心しかけている遊裏に、克也はバイクを停めて、近付いた。

「オレが重体だから、慌ててオレのところに来ようとしてた訳?」
「……君もそうなんだろう?」
 遊裏の言葉に、克也はばつが悪そうに頭を掻いた。
「君に……あえなくなるのは……嫌だった」
「………………オレは、お前を焼き殺すかもしれないぜ?」
「オレにも……そう言う能力があるらしい……。その能力を制御できずに君を殺すかも知れない」

 そっと、克也は手を伸ばして、遊裏の頬に触れた。
 その手に遊裏はそっと自分の手を添えて、軽く掴んだ。
「……オレが怖くないか?」
「君はオレが怖くないのか?」


 ゆっくりと……克也は頬を寄せて、遊裏の唇に自分の唇を重ねた。

「好きだ……遊裏。初めて、お前のその瞳を見た時から……オレはずっとお前が好きだった」
「……オレも……君の声を聞くたびに……騒がしくなる心臓が嫌だったのに……。でも、君の声が聞けなくなるのは……もっと、嫌なんだ……」

 もう一度、互いの唇を重ねて、克也は遊裏の身体を抱き締めた。


「……良かった。お前が無事で元気で……」
「……君も……」


 暫くそうしていた二人は、克也のバイクに跨って、ミドルエリアからFlame領域へと向かって走り出した。

 克也がgateを閉めて、確実に閉まっていることを確認して、アクセルを回す。
「しっかり掴まってろよ!」
「ああっ!」

 バイクは軽快に走り出し、一路……仲間たちのいる『家』に向かう。
 Radiusのようなビルの一室ではないけれど。
 アットホームで優しい空気を醸し出しているあの家に……。

 『帰るんだ』と言う気持ちを持っていることを、不思議に思いながら、それでも……そこが自分の『家』になったのは。


 彼が居るからこそだと……強く感じていた。



<Fin>


  



…………………………どうですか?
全9話……………;;;;;;

ってかどうでも良いけど……長すぎ……っ!(ぐはっ)



でも、話は全然終わっちゃ居ないですが。
次はリョーマと英二がメインになるかと思います。
リョーマの記憶喪失と……隠された秘密……。
でもまあ、二人(克也と遊裏)は、両想いになってくっ付いたし……。
遊戯と遊裏も再会したし。
あ、リョーマの記憶喪失の前にやらなきゃいけない話がありました。
杏子登場です。遊裏を追って彼女がやって来る話を書こうと思ってたんで。
これは余り長くならないと思うなー;;
後、舞ちゃんVS遊裏とかね。

でも、でもさ?
この話……始めと終わりで話変わってないですか?
全部で100キロバイトあるこの話……原稿用紙ならそれこそ、100枚前後ではなかろうかと思うとぞっとします;;


だって、オリジナルで100枚の話書くのに、半年以上一年近く、掛かってたんですよね。
それが、幾らパロディとは言え……一ヶ月?

少しインターバルを貰って、次は7月に入ってからかなー……。書く気になるように、祈ってて下さい;;
どっちにしても無茶苦茶展開には違いないな……;;

それでは、ここまで読んで下さった皆様。
本当にありがとうございました!
まだまだ『Millennium・Palace』、続きますので、これからもどうぞよろしくお願い致します。


2003.06.17. 保志陽都拝