目の前が真っ暗になった。
 何も見えなくなって、何も意味を為さなくなった。


 会いたかった……。
 ずっとずっと……ただ、君だけに会いたかった。


 どうして、そこまで君を想っていたのか、自分にも判らない。
 だけど……。
 ただ、あの日のことが忘れられなくて、もう一度……君の……。
 太陽のような笑顔を見たいと思っていたんだ。



「ごめん……克也……。俺が……君を……」
 ベッドに運び、血塗れの服を着替えさせて、ユーリは小さく呟いた。

 だが、実際にはユーリの思惑の範囲外の出来事だった。
 あの召喚で、克也を召喚する気はなかったし、第一、召喚が目的だった訳ではない。
 人為的に為されていない、異世界との次元を繋げて、自分が彼の住む世界に行くつもりだったのだ……。(もっとも世界を特定せずに、一方的に対象を送り込むことは可能)

 そっと立ち上がり、ユーリは拳を握り締めた。
 彼の身体にブランケットをかけて、その額にそっと、右手で触れる。

「本当は……君を見た瞬間から、君が誰だか俺には判った……。黙っていて……すまない」
 小さく呟き、踵を返した。
 窓に近付き、風の呪文を唱えて、窓に施錠を施す。
 これで、外からはどう足掻いても開くことは出来ない。
 自分よりも魔力の高いリョーマか、同等のフジやセト、ユーギ。もしくは魔法剣を冠したエージならともかく……。

 部屋の外に出てから、同じように外から、自分以外が解けない施錠魔法をかけた。
 もう、誰も……入らないように。
 彼でさえも……ドアを開けられないように。

 自分が戻って来るまでの間……他に誰も彼に付き添っていられないから……。
 彼を守るために……。
 彼を閉じ込める。

 そうして、ユーリは真っ直ぐ、フジの居る西棟に向かって駆け出した。



     ☆   ☆   ☆

「……ユーリ? どうしたの? こんな時間に……」
 まだ寝ていた訳ではなさそうだが、普段着ているローブを脱いで、寛いだ格好をしているフジが、部屋の入り口で、訝しげに問い掛けて来た。
「……か……いや、ジョーイが刺された……」
「……え?」
「怪我は直ぐに俺が治療した。命に別状はない……。だが、彼を刺した犯人は、まだ、この寮内に居るはずだ……」
「……確かに。こんな時間に慌てて出て行けば、訝しがられる……。それに……」
「ああ。至る所に居るモンスターたちが、不当に出て行く者を見逃す訳がない。だから、奴は……今はまだここに居る……。朝になれば、何食わぬ顔で出て行くだろうがな」
「……で? どうしたいの? ユーリ」
「どうもしない」
「報復をする許可を取りに来たんじゃないの?」
「報復……? ああ、そうだな。彼が死んだら考える……。だが、彼は生きているからな。とにかく何とかして、奴の身柄の拘束したい」
「……なるほど。でも、君は、その刺した相手を見たの?」
「いや……俺は、ジョーイの部屋から逃げるように走っていた奴の背中しか見てない……。なんか変だと思って、ジョーイの部屋を覗いたら、彼が倒れていた」

 フジは少し考えるように腕を組んでいたが、
「一つ、炙り出す方法が、ない訳じゃないけど……」
「え?」
「……だが、それが吉と出るか凶と出るか。試してみないと判らない……」
「どう言う意味だ?」
「君が今までずっと、隠し続けてきたことを公表する……」
「な、何のことだ?」
 思わず動揺して、声が上ずった。
「知られていないと思っていたのかい? 僕は、君が10年前に異世界に行ってしまった話を、老師に聞いている」
「……!」
「もちろん、彼がそうだと……思いもしなかったけどね」
 ユーリは、拳を握り締めて、唇を噛み締めた。
「君は……彼の正体が、知られて動乱に巻き込まれてしまうことを、懸念してたんだよね?」
 フジの問いに、ユーリは暫し沈黙し、仕方なく大きく息をついて頷いた。

「どっちにしても……明日の長老会議は、そのことが話題になるんだろう?」
「君に、真偽を問う形になるね。それでも君は否定するつもりだったんじゃないのかい?」
「……見透かされてる訳か……。でも……ジョーイの魔封じのピアスに込められた魔力が、シモンのものだと判ってしまえば、どうしようもない。解けかけていた封印を再度施したのは、シモンだからな」

 ユーリはもう一度溜息をついて、肩を竦めた。
「これで、彼は……本格的に王宮から命を狙われ、今の王国に不満を持つ者に担ぎ出される可能性が出て来た」
「そうだね。君は、ずっとそれを避けたかった訳だ」
「……ああ。そうさ」

 フジの言葉に、戸惑いつつも結局、それを認めた。
 二人もこの世界の魔封じのピアスをつけた者など居る訳がない。

「でも、今のジョーイは不完全だ」
 フジの言葉に、ユーリは首を傾げた。
「……?」
「暗殺の類は、向こうの勝手だからね。でも……旗頭に担ぎ出そうとしても、そうそう簡単に動くとは思えないね」
「あ、ああ。それは……確かに」
 同意して、ユーリも頷いた。
「ましてや、魔力も封じられたままで、それを自分でコントロールすることも出来ない。力を解放するときは、味方だって危うい……」
「……だが、噂が噂を呼び、ここに彼に希望を託して現れる者が増える可能性はあるんだ。彼は……それこそ、あきれるくらいのお人よしだし、他人の頼みや信頼を……無碍に出来る性格じゃない」
 何よりも心情的に訴えられたら、自分しか出来る人がいないんだって思い込んだら……。
 彼は自分の意志とは反対に、渦中に自ら飛び込みかねない。
 英雄気取りと言うよりは、もっと真摯な彼自身の矜持によるものでしかない。
 請われれば動く。
 請われなくても……必要とあれば勝手に動くだろう。
 昨日のあの騒動の時のように……。

 ユーリはもう一度溜息をついた。

「ともかく。これから、緊急招集をかけて、ジョーイが何者かに狙われたこと。彼が、前王太子殿下の息子であることを公表する」
 フジはそう言って、踵を返し、上着を身に着けながら、敵を炙り出す方法を口にした。
 ユーリはそれに頷いて、克也の部屋に戻ると踵を返した。
「そろそろ、気がつくかもしれない。部屋からは出ることが出来なくしているが、彼がうろついたら台無しだろう?」
「ああ、そうだね。じゃあ、後のことは任せてくれるかな?」

 フジに任せると、どうなるのか判ったものではないが、ここは頷くしかない。
 第一、克也をフジに任せる方が、はるかに心配だし、ましてや、自分にそんな腹芸はない。
 口からでまかせをそれらしく言って、信用させる芸当など、出来る訳がない。


 部屋に戻って施錠魔法解除し、部屋のドアを開けて、まだ眠っている克也の傍に近付き、椅子に座り込んだ。
 上下する胸の動きにホッとしつつ、何も知らない彼に、これから起こることを考えて、憂鬱になった。
 自分にとって、彼が本当はどんな性格で、どんな考え方を持っているのか、ユーリは知らない。
 この世界に来て、記憶を失った今の彼は、本来の彼と同じなのか判らない。
 まして、自分が知ってるのは、10年前の彼で、10年も経てば性格が変わってしまう場合もある。

「……オレはあんまり変わってないと思うけどな。君はどうなんだろう?」
 ベッドの縁に突っ伏して、小さく呟く。
 ふと、頭に手が触れて、ユーリは目を上げた。
「か……ジョーイ?」
「……ユ……リ?」
「ああ。オレだ……良かった」
「……何が……何があったんだ?」
 記憶が混乱しているのか、克也は視線を彷徨わせつつ、ゆっくりと最後に、ユーリに当てた。
「君は……刺されたんだ。相手の、顔を見てないか?」
「……? いや……ドアを開けたら、いきなり……だったから……。ああ、多分、オレより背が低いんだ」
「君より背が低い人は、それこそたくさん居そうだが……」
「それで、そのまま、真っ直ぐ……オレの方に向かって、倒れ掛かって……」
「そのまま、刺された訳か……」
 ナイフを使った理由は判っている。
 どんな魔法であれ、魔法を使えば痕跡が残る。
 精霊の波動。
 魔力の片鱗。
 そう、残り香のようなものが……。
 それは、上級魔法士や、召喚士には直ぐに相手を特定出来るようなものでもある。
 明確な証拠になってしまうために、魔法は使うことはありえない。
 もっとも、元々の波動を知らなければ判らないのは当然のことだが。

 だが、ナイフで刺すにしても……あまりにもやり方が稚拙だ。
 とは言え、出会い頭でなければ彼の身体に、ナイフを突き立てるなどということは出来なかった……。
(……要するに、暗殺の類ではない……か)

 沈思していたユーリは、動いた気配にハッとした。
「ジョーイ?」
 ベッドに起き上がって、右手の拳を、左の掌に打ちつけながら、
「……あの野郎……見つけてぶん殴る!」
「は? 誰か、判ってるのか?」
「……知るか! でもな。どっちにしたって、まともな神経じゃ居られねえだろう? だったら、更にこっちから追い詰めてやるだけだ!」
「……ジョーイ……」

 手当てのために、服を全て取り除いていたために、克也は全裸だった。
 だから、ユーリは慌てたように、クローゼットに走り、服を取り出して、放り投げた。
「どうするつもりなんだ?」
「……ああ、サンキュ。どうするって……。そりゃ……」
 暫し考え込む克也に、ユーリはこの件をフジに任せたことを告げようとした。
 だが、パッと顔を上げて、克也は戸口に向かって駆け出し、ドアを開けて、更に駆け出して行く。
「ジョーイ!?」
 そうして、そのまま、廊下の窓に取り付き、そのまま身を躍らせた克也に、ユーリは真っ青になった。
 確かに怪我は治したが、はっきり言って、重傷だったのだ。
 かなりの出血で、血が足りていない状態で、3階の窓から再度飛び下りるか?

 だから、ユーリは脱力しながら、それでも、同じように窓から飛び下りた。
 もちろん、風の魔法の呪文を唱えてである。

 そこは、各棟が囲む中庭で、全ての部屋の窓から一望できる場所だった。
 克也はそこで、地面に降り立ち、大きく息を吸うと、夜の静寂を突き破るような声を上げていた。
 当然、その声に驚いて、それぞれの窓に明かりが灯り、窓が開いた。
 暗い中庭から明るい部屋の中は良く見えた。

 そうして、克也は自分の姿を見て、慌てたように窓から消えた人物を見つけ出した。
「レッドアイズ! いるんなら、オレに力を貸してくれ!」
 魔力を扱う方法も知らず、今は、魔力さえも感じられない克也の命令を、モンスターが聞くとは思えない。
 あの時は、克也は強引に、引き千切るように、ピアスを外していた。
 だが……。
 ユーリは思わず目を瞠り、大きく息を飲んだ。
「……っ!?」
 魔封じのピアスが、音を立ててひび割れ、そうして、弾け飛ぶ。
 同時に、克也の身に付けていたクリスタルのペンダントから、黒い影が浮かび上がり、竜の形を為して行く。
「ジョーイ?」
 驚きを隠せないユーリと、その『レッドアイズ・ブラックドラゴン』の出現に、寮内の者たちも、驚愕と感嘆の声を上げた。

「そこのてめえ! 不意打ちなんぞ、食らわしやがって! オレが気に入らねえんなら、正面から正々堂々と、勝負して殺してみやがれ!!」
 どうにもムチャクチャなことを、怒鳴りながら、克也は自分の背後に舞い降りて来た黒い竜を見上げた。
 魔封じのピアスは壊れたのに、魔力が暴走しない。
 その理由が、レッドアイズにあることに気が付いたユーリは、ゆっくりと克也に近付いた。

「バカか? 君は!?」
「……はあ? いきなりなんだよ?」
「そんなことして、犯人が逃げたら……どうするんだ? いや、逃げ道がないと悟って自害でもしたら……」
 ユーリの言葉に、克也は焦ったように、レッドアイズの背中に飛び乗った。
「レッドアイズ! あの、窓まで運んでくれ!」
 そう言って、克也はさっき、自分を刺した……そのせいで、動揺が見えた人物がいた部屋に向かって、レッドアイズで飛び上がった。
 窓の側に近付いたと思ったその瞬間には、窓枠に飛び移り、部屋の中へと入り込む。
 部屋を見回し、その隅でガタガタと震えている少年を見つけて、溜息をついた。

「あんた、誰だよ?」
 克也の問いにも答えられない少年は、ただ首を振るだけだった。
 埒があかないことに、どうするかと、肩を竦めた克也は、ふっと吹き抜けた風に振り向いた。
「ユーリ?」
 風の魔法で、ここまで飛んで来たユーリに気付き、ユーリが来たことで更に少年が、怯えを強くする。
「……何もしない。怖がらなくていい」
 静かな、落ち着いた声で、ユーリが言った。
「君は、何故……彼を刺そうと思ったんだ?」
「……」
「答えられないのは……君に動機がないからか?」
 ユーリの言葉に、少年は一瞬戸惑い、それでも頷きを返した。
「……リーシュ……が、友達なら……オレを虚仮にしたアイツを刺して来いって言うから……」
「……リーシュ? ああ、夕飯の後、難癖つけて来た奴のことか」
 克也の言葉に、ユーリが振り返って、視線だけで問い掛けて来た。
「ああ、何か知らねえけど……魔力もねえのに、何でエージやリョーマたちと一緒に居られるんだ? ってな」
 肩を竦めて答える克也に、ユーリは苦笑を浮かべる。
「なら、それは思い切り、見当外れってことになるな」
「は?」
「君は、今、魔封じのピアスをつけていない。なのに、魔力が暴走していない……」
「あ? ……そう言えば……っていつ、外れたんだ?」
「外れた訳じゃない。……ピアスは、壊れたんだ」
「なっ? じゃ、じゃあ……どうして……?」
「答えは、あれだよ」
 窓の外に、存在し続けているレッドアイズの姿があった。
「モンスターを召喚するのに、結構な魔力を消費する。一度、スパイラなり宝石なりに入り込んだモンスターを、この現世に繋ぎとめとくだけでも……相当な魔力が必要になる。ましてや、レッドアイズは、希少価値の高い、魔力の高いモンスターだ」
 イマイチ、ユーリの言っていることの意味がつかめず、克也は首を傾げた。
「どう言う意味だ?」
「レッドアイズが、あそこに存在し続けているから、魔力が暴走しないのさ。君の魔力は、レッドアイズを存在させることに、使われている。あの絶大な魔力が一方向で、規則正しく流れているから、魔力が暴走することなく、済んでいるんだ」
「……へえ。え? じゃあ、オレには魔力が、あるってことなのか?」
「街一つ吹っ飛ばしかねなかった奴の言う科白じゃないな」
 呆れたようにユーリは言って、少年に近付いた。
「自分の考えではないのに、無闇に行動しないことだ。自分の行動の責任は、自分が取るしかない。……君を唆した奴は、君を庇ってはくれないと思うぞ?」

 言いながら、ユーリは彼に手を差し出し、その腕に触れた。

「……リーシュたちにも、話を聞くが、でも、君の罪は消えない。たとえ、誰かに強制、強迫されたのだとしても、だ」
 ユーリの言葉に項垂れる少年に、克也もそれ以上何も言えずに、肩を竦めて溜息をつくしか出来なかった。
『ユーリ、ジョーイ。今すぐに、西棟の会議室まで来てくれ』
 フジの声が聞こえて、克也とユーリは顔を見合わせた。
 予定が狂ったことは、フジにも判ったのだろう。
 その切り替えの良さに、ユーリは苦笑を憶えた。

「行こうか、ジョーイ」
「ああ、そりゃ、良いんだけどよ。あれは、どうすりゃ良いんだ?」
「……あ。ああ、そうだな。今、引っ込める訳にも行かない。小さくなるように命じて、付いて来るように命じれば良いと思う」
「そうか。よっしゃ、レッドアイズ!」
 命令通りに小さくなったレッドアイズを肩に載せて、克也とユーリはその部屋を出ようとした。
「ああ、君の処分は、後日改めてされると思うが……逃げても恐怖は消えはしない。覚悟はしとくんだな」
「で、でもよ、ユーリ。アイツだけが、そう言う目に遭わされるのは理不尽だぜ?」
「確かにそうだが……。相手は多分、知らぬ存ぜぬを通すだろう。確たる証拠もない。実際に行動を起こしたのは彼だ」
「……でもよ」
 気の毒そうにしている克也に、ユーリの方が些か呆れたような表情を見せた。
「そこまでお人よしだと人に利用されるぞ? ジョーイ」
「……別にそんなんじゃねえよ。アイツが罰を受けるのは、当然だと思うし、それがアイツのためだろう? ただ、オレはアイツにそんなきっかけを与えたあいつらも、同等の罰を受けるべきだって、思うだけだ」
「……嫌なら断ればよかった。それをしなかったのは、彼の責任だ。彼が強迫よりも強い、脅迫を受けていたなら、話は別だがな……」
 ユーリの言葉に、克也は肩を竦めた。
「気の弱い奴には、ただの脅しでも、十分脅迫になるぜ?」
「それは、確かに。でも、それを判断するのは、オレ達じゃない。別の召喚士たち、もしくは長老たちの仕事だ」
「……そうなのか?」
「君は被害者だぞ? 判ってるのか?」
「あ、ああ……何か、もう忘れかけてるけどな」
「能天気だな」
 ユーリは、ふと少年に視線を向けて、この和やかな被害者に対して溜息をついた。
「ユーリ?」
 何か、呪文を唱えた瞬間、少年がその場に倒れ込む。
「眠らせただけだ。このままじゃ、精神が崩壊するかも知れない。こんな気が弱い人間に、とんでもないことをさせてくれた」
 ユーリはそう言って、少年を抱き起こして、ベッドに移動させようとした。
「オレがやる。お前じゃ、そのまま倒れるぜ?」
「……それもそうだな」
 複雑な表情でユーリは頷き、克也と入れ替わった。
 少年の身体を抱き上げ、ベッドに横たえて、毛布をかけてやる。
「朝まで、グッスリ眠れる筈だ。それからのことは……もう、オレ達にはどうしようもないがな」
「……そうだな」
 窓から侵入すると言う形で入って来た部屋を、ドアから廊下に出て、克也はハッとして、視線を鋭くした。
「ジョーイ?」
 少しだけ殺気だったように見えた克也に、ユーリが問い掛ける。
「…………何でもねえ」
 小さく答えた克也の言葉が、それが全てではないことを知らせている。
 何かを押さえ込むようなその言葉に、ユーリは視線を巡らせた。
 廊下には、この寮に住む者たちが、興味深そうに集まっていた。
 何があったのか、正確には把握で来ていない、好奇心だけに擽られるように、そこにいる者たちの中に、克也の感情を逆撫でた存在を見つけて、ユーリも眉を顰めた。

「リーシュ」
 呼びかけて、リーシュが緊張したように、頭を下げる。
「君は……ジョーイが、魔力もないのに、エージたちと居ることを……快く思ってなかったようだが……。見ての通り、ジョーイには、魔力が存在している。もう、君に、ジョーイを排斥する理由もなくなった訳だ」
「で、ですが! そいつは、正式な魔法士でも召喚士でもないじゃないですか!?」
「だからって……自分の友人に犯罪を教唆する理由にはならないぜ?」
「……っ!」
 一瞬だけ、息を飲んだように見えたリーシュだが、直ぐにその口許に笑みを浮かべて、肩を竦めた。
「何のことですか? ユーリ様」
「……まあ、良い。後付になっても、ジョーイが、召喚士になれば問題ない……そう言うことだろう? 元々、ジョーイを召喚したのは、オレ達だ。そのオレ達が、右も左も判らない彼を保護し、世話してきたのは当然のことだったと、思ってるがな」
「……」
 何故か、悔しげに拳を握り締めるリーシュに、克也は怪訝な目を向けた。
 だが、ユーリはそれ以上何も言うことはなく、歩き出したために、その後を、追って克也も歩き出した。

「なあ、気になったんだけど」
「……なんだ?」
「アイツ……何で、オレにってか、エージたちと一緒にいるってことに、突っ掛かるんだ?」
「さあな……。まあ、強いて言えば、勘違いの選民意識のせいか?」
「選民意識?」
「……よく居るんだよ。魔力を持つことを……選ばれた特別な人間であると……錯覚する奴が……」
「特別……ユーリはそう思ってないのか?」
「……特別と言えば特別だろう。だが、選ばれたとは別に思いもしないがな」

 一階に下り、渡り廊下を通って、西棟に向かう。
 西棟は、導師や長老たちの部屋と、会議室や図書室。それに、召喚士や魔法士たちの個別執務室がある棟だった。

 その棟の【会議室】に真っ直ぐ向かい、ドアをノックする。
「どうぞ」
 声と同時に、ドアを開けて中に足を踏み入れた。
 こんな時間にも拘わらず、そこには、フジを始めとする導師4人、長老4人……そして、最長老が揃っていた。

「な、何だ?」
「……このミレニアム・パレスを実質、統轄している代表だ」
「え?」
 克也は目を見開き、居並ぶ見慣れない者たちを見回した。

「ジョーイ殿。こちらへどうぞ」
 縦長の部屋の一番奥に、造りの立派な椅子が置かれて、その椅子を挟むように、両脇に長い机と椅子が並べられていた。
 克也が部屋に足を踏み入れると、フジが先に立って、克也を奥にある椅子の前へと導いた。
「え? は? ……殿?」
 戸惑う克也は、焦ったように視線をユーリに向けたが、ユーリはドアの前に立ったまま、こちらには来ていなかった。
「ユーリ?」
「……ユーリは、こちらに来られません。彼は、地位的に我らより下位に当たりますので」
「はあ?」
「本当は、同等のものなんですけどね。形式的に、表に出る特級召喚士は、導師の下につくことになっています。だから、この会議室でも、あの椅子よりこちらには来られません」
 フジの言葉に、克也は足を止めた。
「なら、オレは? オレは、召喚士でも魔法士でもない。この世界ではなんの『地位』もない『異邦人』のはずだぜ?」
 フジも足を止めて、克也の少し手前で振り返った。
 何かを言おうとして、ふと、克也の様子に気がつき目を見開いた。

「君……ピアスはどうしたんだ?」
「へ? あ、ああ。壊れた」
 克也の答えに、その場にいた者たちが、一様にざわめきを示した。
「どう言うことだ?」
「魔封じのピアスが、壊れるだと?」
「だが、魔力の暴走もしとらんじゃないか? 本当に、この者が『魔封じのピアス』をしてたのか?」
「ユーリ……説明して貰えるかの?」
 奥の方にいた小柄な老人が、ユーリに向かって問い掛ける。
「……それは……」
「困りましたね。老師」
「シュース?」
「……彼が、トール王太子の遺児である証拠は……この世に二つとない『魔封じのピアス』のみ……。それがなくなった以上、彼がそうである確証は、なくなってしまったと言う訳です」
「む……」

 フジはニッコリ笑って、克也に向かって問い掛けた。
「君は君自身ことを思い出しかい?」
「いや……まだ……」
「そう。なら、君は……このまま『異邦人』と言うことになるね。全く、予定外も良いところだよ、ユーリ」
「……別にオレの所為じゃないんだがな」
「でも、このまま異邦人で居れば君自身も困るだろう? 魔力が暴走していない理由については、色々考えられるが……。正式に召喚士にならないか?」
「え?」
「そうすれば……君は堂々とここに居られる。今のままの宙に浮いた存在よりは、地に足がついて良いと思うんだけど……。どうだろう?」
「……ここに……?」

 克也は、一度自分の背後を見返った。
 そこにいるユーリの存在を視界に収めて、無意識の内に頷いた。
「……そう言えば……タオが変なこと言ってたな。オレと、前王太子だか何だかの、容姿がよく似てるとか何とか……。それがどうしたのかって思ってたけど……」

 ――前王太子の息子と来たか……。
 こっちの記憶がないのをいいことに……。
 『利用』されるのは、真っ平ごめんなんだがな……。

 克也は唇に失笑を浮かべて、頭(かぶり)を振った。

 その克也の言葉に、導師や長老たちがざわめいた。
 既に、王都には、肖像画は残っていなく、13年前の記憶のみでしか、トール王子の姿は図れない。
 目の前の彼がどこまで似ていると、言明出来る者は、この場には誰一人としていなかった。
 だが、トール王太子を知る、年長者は、複雑な様子で克也を見つめていた。

「似てると言えば似ているようですが。それも確たる証拠はないですね。他人の空似と言えばそれまでですし」
 のんびりした口調で壮年の男性が呟いた。
「ですが、どうしますか? このことは、一応……王都に知らせるべきではないかと思うのですが……」
「知らせても無駄でしょう。彼は、トール王子の息子……ジョセフ王子であると言う証拠は……もう、どこにもないんですから」
 二十代前半の女性の言葉に、フジが反論をし、克也に向かって言った。
「で、どうする? ジョーイ」
「……ここに居られるんなら、召喚士になってもいいぜ」

 その言葉に、ユーリが驚いたように目を向けて来た。
 それに気付いた克也は、苦笑を浮かべて、頷いた。
「なら、明日から君は、隣にある『養成所』に入って貰う。リョーマが最短、5日で精霊の森に行くことになったが……。君は、多分、もう少し時間がかかるだろうけど。まあ、暫くは、ユーリたちと一緒に居られなくなるけど……。それも君次第だからね」
「……」

 何だか、こっちの気持ちを見透かされてるような気がして、複雑な表情を浮かべた。

「君が精霊の森に行く時は、ユーリかエージやリョーマに行って貰うと良い。ね、ユーリ」
 余りに早すぎる展開に、茫然としていたユーリは、フジの言葉にハッとした。
 ことの展開について行き損ねていた、思考を何とかフル回転させて、頭を下げたのである。

「ユーリ?」
「……盲点だったよ。シュース」
「……そう呼ばれるのも、久しぶりだね。ま、そう言うことだから、彼のことが王都に伝わったとしても、当分、誤魔化しは利く……。いつまで、もつのか……保証はないけどね」

 それでも、ユーリには……。
 何よりの結果になったのである。





     ☆     ☆


「えー? じゃあ、ジョーイってば、『養成所』の方に行っちゃったの?」
 セディスの街での聞き込みと調査を終えて、ミレニアム・パレスに帰還したエージたちは、その結果に驚かされた。
「でもさ、本当の所……ジョーイの素性は……」
「それは……取り敢えず、神のみぞ知ると言うことで」
「なーんか、ズルイ〜」
 文句を垂れるエージを横目に呆れつつ、リョーマはユーリに振る舞われた紅茶に口を付けながら、
「でも、遅かれ早かれ、ここに戻って来る訳っしょ?」
「ああ、そうだな」
「そしたら、楽しくなるね。ユーリ」
 ユウギも楽しそうに言い、書類片手に立ち上がる。
「じゃ、ボクはこの報告書を持って行かなきゃならないから。失礼するね」
 そう言って、ユウギは部屋を出て行き、その場にエージとリョーマが残された。
 まだ、一級魔法士である彼らには個別の部屋はない。
 事務仕事よりも、外に出ることの多い彼らには、余り部屋は必要ないのだが……。

「結局、セディスの街で、他人の召喚士のモンスターを操った奴の正体は判らず終いか?」
「そう言うこと。まあ、お祭りだったし、知らない人もたくさん居る訳だし……。幾らでも身許詐称は出来るでしょ?」
「そうだな」

 個人で引き起こすには、あまりにも無謀なものだったと思うのだが、それを今、考えても埒はあかない。
 ユーリは思考を切り替えて、書類を片付け立ち上がった。

「そろそろ、かな」
「へ? 何が……?」
「ジョーイと食事の約束をしてるんだ。一緒に行くか?」
 ユーリの言葉に、エージとリョーマは驚いたように目を見開き、互いに顔を見合わせた。
「……ユーリ、開き直った?」
「何のことだか? で? どうする?」
 互いに見合わせた視線を外して、二人して肩を竦めると、
「デートの邪魔をするつもりはないよ」
 少しだけ頬を赤くして、ユーリは誤魔化すように咳払いをした。
「それじゃな。暇なら勉強でもしろ、二人とも。二人なら、いつでも特級召喚士になれると思うぜ?」
「……まあ、それはボチボチね、おチビ」
「そっすね」
 二人の言葉に苦笑を浮かべて、ユーリは先に部屋を出た。
 自分の部屋だが、あの二人のことだから、出るときに部屋の鍵をかけてくれる筈である。
 実質。
 あの二人は自分の秘書的立場でもあるのだから。


「あっと、待たせると怒るかな」
 ユーリは小走りに廊下を駆け出した。





「今回は、旨く逃げられましたよね」
「まあ、時が味方したと言うべきだろうね。――君も、また旅に出るのかい? タオ」
「ま、オレは一つ所にジッとしてるのは性に合わないんで」
「……でも、彼の存在が王都に知られたら……彼の命は本格的に狙われかねない。早く……せめて一級召喚士にはなって貰いたいものだよ」
「そうすれば、王都側も迂闊には手が出せないってことッスか?」
「……まあね」
「でも、アイツにはレッドアイズがいる。今の……召喚士でも何でもない状態で、既にアイツをマスターと決めた……最上級のモンスターが」

 前提として、フジも詳細を聞いたタオも、克也の素性は、間違っていないと知っている。
 だが、今は敢えて、見なかった振り知らない振りをしているだけに過ぎない。

 彼自身記憶が戻り、全ての封印が解かれるまでに……彼自身が、利用されるだけではない確固たる力を持たなければならない。

「でもまあ、ユーリも知らない振りや冷たい素振りを、しなくても良くなったから、機嫌も良くて仕事も捗って、こっちとしては良いことずくめだよ」
「あーでも、出掛けるみたいッスよ。随分、楽しそうだから、デートッスかね?」

 タオの言葉通り、急ぎ足で出掛けて行くユーリの姿が見えた。

「まあ、息抜きも必要だよ。何事にもね」
「そうっすね。そんじゃ、オレはここで失礼しますよ? フジ先輩」
「ああ、またね。タオ」


 風の魔法を行使して、上空に浮かび上がり、駆けて行くユーリにからかいの一言を投げかけて、風来の召喚士は旅に出た。


 ユーリは、それを見送りながら、青く澄み渡った空に気付き目を細める。

「ユーリ! 遅ぇぞ!!」
 聞こえた怒鳴り声に、視線を転じて、ミレニアム・パレスの入り口に立つ少年に、柔らかな笑みを向けた。



 克也がこの世界に来て、三週間が過ぎていた――


<Fin>
 

 

※一言。長すぎ!!(滝汗)
しかも、文章が何だか変で纏まりないし……;;
読みづらかったら申し訳ないんですが。
なんせ間が空き捲くってるので。一年だよ、一年……;;
取り敢えずの終了です。

でも、何にも解決してないし、これはまだまだ話が続きます。
しかし、長すぎ……(−−;)

まだまだ、付き合って頂けたら嬉しいんですが。
でも、無理矢理軌道修正したの、バレバレですか?(滝汗)