目の前が真っ暗になった。 何も見えなくなって、何も意味を為さなくなった。 会いたかった……。 ずっとずっと……ただ、君だけに会いたかった。 どうして、そこまで君を想っていたのか、自分にも判らない。 だけど……。 ただ、あの日のことが忘れられなくて、もう一度……君の……。 太陽のような笑顔を見たいと思っていたんだ。 「ごめん……克也……。俺が……君を……」 ベッドに運び、血塗れの服を着替えさせて、ユーリは小さく呟いた。 だが、実際にはユーリの思惑の範囲外の出来事だった。 あの召喚で、克也を召喚する気はなかったし、第一、召喚が目的だった訳ではない。 人為的に為されていない、異世界との次元を繋げて、自分が彼の住む世界に行くつもりだったのだ……。(もっとも世界を特定せずに、一方的に対象を送り込むことは可能) そっと立ち上がり、ユーリは拳を握り締めた。 彼の身体にブランケットをかけて、その額にそっと、右手で触れる。 「本当は……君を見た瞬間から、君が誰だか俺には判った……。黙っていて……すまない」 小さく呟き、踵を返した。 窓に近付き、風の呪文を唱えて、窓に施錠を施す。 これで、外からはどう足掻いても開くことは出来ない。 自分よりも魔力の高いリョーマか、同等のフジやセト、ユーギ。もしくは魔法剣を冠したエージならともかく……。 部屋の外に出てから、同じように外から、自分以外が解けない施錠魔法をかけた。 もう、誰も……入らないように。 彼でさえも……ドアを開けられないように。 自分が戻って来るまでの間……他に誰も彼に付き添っていられないから……。 彼を守るために……。 彼を閉じ込める。 そうして、ユーリは真っ直ぐ、フジの居る西棟に向かって駆け出した。 ☆ ☆ ☆ 「……ユーリ? どうしたの? こんな時間に……」 まだ寝ていた訳ではなさそうだが、普段着ているローブを脱いで、寛いだ格好をしているフジが、部屋の入り口で、訝しげに問い掛けて来た。 「……か……いや、ジョーイが刺された……」 「……え?」 「怪我は直ぐに俺が治療した。命に別状はない……。だが、彼を刺した犯人は、まだ、この寮内に居るはずだ……」 「……確かに。こんな時間に慌てて出て行けば、訝しがられる……。それに……」 「ああ。至る所に居るモンスターたちが、不当に出て行く者を見逃す訳がない。だから、奴は……今はまだここに居る……。朝になれば、何食わぬ顔で出て行くだろうがな」 「……で? どうしたいの? ユーリ」 「どうもしない」 「報復をする許可を取りに来たんじゃないの?」 「報復……? ああ、そうだな。彼が死んだら考える……。だが、彼は生きているからな。とにかく何とかして、奴の身柄の拘束したい」 「……なるほど。でも、君は、その刺した相手を見たの?」 「いや……俺は、ジョーイの部屋から逃げるように走っていた奴の背中しか見てない……。なんか変だと思って、ジョーイの部屋を覗いたら、彼が倒れていた」 フジは少し考えるように腕を組んでいたが、 「一つ、炙り出す方法が、ない訳じゃないけど……」 「え?」 「……だが、それが吉と出るか凶と出るか。試してみないと判らない……」 「どう言う意味だ?」 「君が今までずっと、隠し続けてきたことを公表する……」 「な、何のことだ?」 思わず動揺して、声が上ずった。 「知られていないと思っていたのかい? 僕は、君が10年前に異世界に行ってしまった話を、老師に聞いている」 「……!」 「もちろん、彼がそうだと……思いもしなかったけどね」 ユーリは、拳を握り締めて、唇を噛み締めた。 「君は……彼の正体が、知られて動乱に巻き込まれてしまうことを、懸念してたんだよね?」 フジの問いに、ユーリは暫し沈黙し、仕方なく大きく息をついて頷いた。 「どっちにしても……明日の長老会議は、そのことが話題になるんだろう?」 「君に、真偽を問う形になるね。それでも君は否定するつもりだったんじゃないのかい?」 「……見透かされてる訳か……。でも……ジョーイの魔封じのピアスに込められた魔力が、シモンのものだと判ってしまえば、どうしようもない。解けかけていた封印を再度施したのは、シモンだからな」 ユーリはもう一度溜息をついて、肩を竦めた。 「これで、彼は……本格的に王宮から命を狙われ、今の王国に不満を持つ者に担ぎ出される可能性が出て来た」 「そうだね。君は、ずっとそれを避けたかった訳だ」 「……ああ。そうさ」 フジの言葉に、戸惑いつつも結局、それを認めた。 二人もこの世界の魔封じのピアスをつけた者など居る訳がない。 「でも、今のジョーイは不完全だ」 フジの言葉に、ユーリは首を傾げた。 「……?」 「暗殺の類は、向こうの勝手だからね。でも……旗頭に担ぎ出そうとしても、そうそう簡単に動くとは思えないね」 「あ、ああ。それは……確かに」 同意して、ユーリも頷いた。 「ましてや、魔力も封じられたままで、それを自分でコントロールすることも出来ない。力を解放するときは、味方だって危うい……」 「……だが、噂が噂を呼び、ここに彼に希望を託して現れる者が増える可能性はあるんだ。彼は……それこそ、あきれるくらいのお人よしだし、他人の頼みや信頼を……無碍に出来る性格じゃない」 何よりも心情的に訴えられたら、自分しか出来る人がいないんだって思い込んだら……。 彼は自分の意志とは反対に、渦中に自ら飛び込みかねない。 英雄気取りと言うよりは、もっと真摯な彼自身の矜持によるものでしかない。 請われれば動く。 請われなくても……必要とあれば勝手に動くだろう。 昨日のあの騒動の時のように……。 ユーリはもう一度溜息をついた。 「ともかく。これから、緊急招集をかけて、ジョーイが何者かに狙われたこと。彼が、前王太子殿下の息子であることを公表する」 フジはそう言って、踵を返し、上着を身に着けながら、敵を炙り出す方法を口にした。 ユーリはそれに頷いて、克也の部屋に戻ると踵を返した。 「そろそろ、気がつくかもしれない。部屋からは出ることが出来なくしているが、彼がうろついたら台無しだろう?」 「ああ、そうだね。じゃあ、後のことは任せてくれるかな?」 フジに任せると、どうなるのか判ったものではないが、ここは頷くしかない。 第一、克也をフジに任せる方が、はるかに心配だし、ましてや、自分にそんな腹芸はない。 口からでまかせをそれらしく言って、信用させる芸当など、出来る訳がない。 部屋に戻って施錠魔法解除し、部屋のドアを開けて、まだ眠っている克也の傍に近付き、椅子に座り込んだ。 上下する胸の動きにホッとしつつ、何も知らない彼に、これから起こることを考えて、憂鬱になった。 自分にとって、彼が本当はどんな性格で、どんな考え方を持っているのか、ユーリは知らない。 この世界に来て、記憶を失った今の彼は、本来の彼と同じなのか判らない。 まして、自分が知ってるのは、10年前の彼で、10年も経てば性格が変わってしまう場合もある。 「……オレはあんまり変わってないと思うけどな。君はどうなんだろう?」 ベッドの縁に突っ伏して、小さく呟く。 ふと、頭に手が触れて、ユーリは目を上げた。 「か……ジョーイ?」 「……ユ……リ?」 「ああ。オレだ……良かった」 「……何が……何があったんだ?」 記憶が混乱しているのか、克也は視線を彷徨わせつつ、ゆっくりと最後に、ユーリに当てた。 「君は……刺されたんだ。相手の、顔を見てないか?」 「……? いや……ドアを開けたら、いきなり……だったから……。ああ、多分、オレより背が低いんだ」 「君より背が低い人は、それこそたくさん居そうだが……」 「それで、そのまま、真っ直ぐ……オレの方に向かって、倒れ掛かって……」 「そのまま、刺された訳か……」 ナイフを使った理由は判っている。 どんな魔法であれ、魔法を使えば痕跡が残る。 精霊の波動。 魔力の片鱗。 そう、残り香のようなものが……。 それは、上級魔法士や、召喚士には直ぐに相手を特定出来るようなものでもある。 明確な証拠になってしまうために、魔法は使うことはありえない。 もっとも、元々の波動を知らなければ判らないのは当然のことだが。 だが、ナイフで刺すにしても……あまりにもやり方が稚拙だ。 とは言え、出会い頭でなければ彼の身体に、ナイフを突き立てるなどということは出来なかった……。 (……要するに、暗殺の類ではない……か) 沈思していたユーリは、動いた気配にハッとした。 「ジョーイ?」 ベッドに起き上がって、右手の拳を、左の掌に打ちつけながら、 「……あの野郎……見つけてぶん殴る!」 「は? 誰か、判ってるのか?」 「……知るか! でもな。どっちにしたって、まともな神経じゃ居られねえだろう? だったら、更にこっちから追い詰めてやるだけだ!」 「……ジョーイ……」 手当てのために、服を全て取り除いていたために、克也は全裸だった。 だから、ユーリは慌てたように、クローゼットに走り、服を取り出して、放り投げた。 「どうするつもりなんだ?」 「……ああ、サンキュ。どうするって……。そりゃ……」 暫し考え込む克也に、ユーリはこの件をフジに任せたことを告げようとした。 だが、パッと顔を上げて、克也は戸口に向かって駆け出し、ドアを開けて、更に駆け出して行く。 「ジョーイ!?」 そうして、そのまま、廊下の窓に取り付き、そのまま身を躍らせた克也に、ユーリは真っ青になった。 確かに怪我は治したが、はっきり言って、重傷だったのだ。 かなりの出血で、血が足りていない状態で、3階の窓から再度飛び下りるか? だから、ユーリは脱力しながら、それでも、同じように窓から飛び下りた。 もちろん、風の魔法の呪文を唱えてである。 そこは、各棟が囲む中庭で、全ての部屋の窓から一望できる場所だった。 克也はそこで、地面に降り立ち、大きく息を吸うと、夜の静寂を突き破るような声を上げていた。 当然、その声に驚いて、それぞれの窓に明かりが灯り、窓が開いた。 暗い中庭から明るい部屋の中は良く見えた。 そうして、克也は自分の姿を見て、慌てたように窓から消えた人物を見つけ出した。 「レッドアイズ! いるんなら、オレに力を貸してくれ!」 魔力を扱う方法も知らず、今は、魔力さえも感じられない克也の命令を、モンスターが聞くとは思えない。 あの時は、克也は強引に、引き千切るように、ピアスを外していた。 だが……。 ユーリは思わず目を瞠り、大きく息を飲んだ。 「……っ!?」 魔封じのピアスが、音を立ててひび割れ、そうして、弾け飛ぶ。 同時に、克也の身に付けていたクリスタルのペンダントから、黒い影が浮かび上がり、竜の形を為して行く。 「ジョーイ?」 驚きを隠せないユーリと、その『レッドアイズ・ブラックドラゴン』の出現に、寮内の者たちも、驚愕と感嘆の声を上げた。 「そこのてめえ! 不意打ちなんぞ、食らわしやがって! オレが気に入らねえんなら、正面から正々堂々と、勝負して殺してみやがれ!!」 どうにもムチャクチャなことを、怒鳴りながら、克也は自分の背後に舞い降りて来た黒い竜を見上げた。 魔封じのピアスは壊れたのに、魔力が暴走しない。 その理由が、レッドアイズにあることに気が付いたユーリは、ゆっくりと克也に近付いた。 「バカか? 君は!?」 「……はあ? いきなりなんだよ?」 「そんなことして、犯人が逃げたら……どうするんだ? いや、逃げ道がないと悟って自害でもしたら……」 ユーリの言葉に、克也は焦ったように、レッドアイズの背中に飛び乗った。 「レッドアイズ! あの、窓まで運んでくれ!」 そう言って、克也はさっき、自分を刺した……そのせいで、動揺が見えた人物がいた部屋に向かって、レッドアイズで飛び上がった。 窓の側に近付いたと思ったその瞬間には、窓枠に飛び移り、部屋の中へと入り込む。 部屋を見回し、その隅でガタガタと震えている少年を見つけて、溜息をついた。 「あんた、誰だよ?」 克也の問いにも答えられない少年は、ただ首を振るだけだった。 埒があかないことに、どうするかと、肩を竦めた克也は、ふっと吹き抜けた風に振り向いた。 「ユーリ?」 風の魔法で、ここまで飛んで来たユーリに気付き、ユーリが来たことで更に少年が、怯えを強くする。 「……何もしない。怖がらなくていい」 静かな、落ち着いた声で、ユーリが言った。 「君は、何故……彼を刺そうと思ったんだ?」 「……」 「答えられないのは……君に動機がないからか?」 ユーリの言葉に、少年は一瞬戸惑い、それでも頷きを返した。 「……リーシュ……が、友達なら……オレを虚仮にしたアイツを刺して来いって言うから……」 「……リーシュ? ああ、夕飯の後、難癖つけて来た奴のことか」 克也の言葉に、ユーリが振り返って、視線だけで問い掛けて来た。 「ああ、何か知らねえけど……魔力もねえのに、何でエージやリョーマたちと一緒に居られるんだ? ってな」 肩を竦めて答える克也に、ユーリは苦笑を浮かべる。 「なら、それは思い切り、見当外れってことになるな」 「は?」 「君は、今、魔封じのピアスをつけていない。なのに、魔力が暴走していない……」 「あ? ……そう言えば……っていつ、外れたんだ?」 「外れた訳じゃない。……ピアスは、壊れたんだ」 「なっ? じゃ、じゃあ……どうして……?」 「答えは、あれだよ」 窓の外に、存在し続けているレッドアイズの姿があった。 「モンスターを召喚するのに、結構な魔力を消費する。一度、スパイラなり宝石なりに入り込んだモンスターを、この現世に繋ぎとめとくだけでも……相当な魔力が必要になる。ましてや、レッドアイズは、希少価値の高い、魔力の高いモンスターだ」 イマイチ、ユーリの言っていることの意味がつかめず、克也は首を傾げた。 「どう言う意味だ?」 「レッドアイズが、あそこに存在し続けているから、魔力が暴走しないのさ。君の魔力は、レッドアイズを存在させることに、使われている。あの絶大な魔力が一方向で、規則正しく流れているから、魔力が暴走することなく、済んでいるんだ」 「……へえ。え? じゃあ、オレには魔力が、あるってことなのか?」 「街一つ吹っ飛ばしかねなかった奴の言う科白じゃないな」 呆れたようにユーリは言って、少年に近付いた。 「自分の考えではないのに、無闇に行動しないことだ。自分の行動の責任は、自分が取るしかない。……君を唆した奴は、君を庇ってはくれないと思うぞ?」 言いながら、ユーリは彼に手を差し出し、その腕に触れた。 「……リーシュたちにも、話を聞くが、でも、君の罪は消えない。たとえ、誰かに強制、強迫されたのだとしても、だ」 ユーリの言葉に項垂れる少年に、克也もそれ以上何も言えずに、肩を竦めて溜息をつくしか出来なかった。 『ユーリ、ジョーイ。今すぐに、西棟の会議室まで来てくれ』 フジの声が聞こえて、克也とユーリは顔を見合わせた。 予定が狂ったことは、フジにも判ったのだろう。 その切り替えの良さに、ユーリは苦笑を憶えた。 「行こうか、ジョーイ」 「ああ、そりゃ、良いんだけどよ。あれは、どうすりゃ良いんだ?」 「……あ。ああ、そうだな。今、引っ込める訳にも行かない。小さくなるように命じて、付いて来るように命じれば良いと思う」 「そうか。よっしゃ、レッドアイズ!」 命令通りに小さくなったレッドアイズを肩に載せて、克也とユーリはその部屋を出ようとした。 「ああ、君の処分は、後日改めてされると思うが……逃げても恐怖は消えはしない。覚悟はしとくんだな」 「で、でもよ、ユーリ。アイツだけが、そう言う目に遭わされるのは理不尽だぜ?」 「確かにそうだが……。相手は多分、知らぬ存ぜぬを通すだろう。確たる証拠もない。実際に行動を起こしたのは彼だ」 「……でもよ」 気の毒そうにしている克也に、ユーリの方が些か呆れたような表情を見せた。 「そこまでお人よしだと人に利用されるぞ? ジョーイ」 「……別にそんなんじゃねえよ。アイツが罰を受けるのは、当然だと思うし、それがアイツのためだろう? ただ、オレはアイツにそんなきっかけを与えたあいつらも、同等の罰を受けるべきだって、思うだけだ」 「……嫌なら断ればよかった。それをしなかったのは、彼の責任だ。彼が強迫よりも強い、脅迫を受けていたなら、話は別だがな……」 ユーリの言葉に、克也は肩を竦めた。 「気の弱い奴には、ただの脅しでも、十分脅迫になるぜ?」 「それは、確かに。でも、それを判断するのは、オレ達じゃない。別の召喚士たち、もしくは長老たちの仕事だ」 「……そうなのか?」 「君は被害者だぞ? 判ってるのか?」 「あ、ああ……何か、もう忘れかけてるけどな」 「能天気だな」 ユーリは、ふと少年に視線を向けて、この和やかな被害者に対して溜息をついた。 「ユーリ?」 何か、呪文を唱えた瞬間、少年がその場に倒れ込む。 「眠らせただけだ。このままじゃ、精神が崩壊するかも知れない。こんな気が弱い人間に、とんでもないことをさせてくれた」 ユーリはそう言って、少年を抱き起こして、ベッドに移動させようとした。 「オレがやる。お前じゃ、そのまま倒れるぜ?」 「……それもそうだな」 複雑な表情でユーリは頷き、克也と入れ替わった。 少年の身体を抱き上げ、ベッドに横たえて、毛布をかけてやる。 「朝まで、グッスリ眠れる筈だ。それからのことは……もう、オレ達にはどうしようもないがな」 「……そうだな」 窓から侵入すると言う形で入って来た部屋を、ドアから廊下に出て、克也はハッとして、視線を鋭くした。 「ジョーイ?」 少しだけ殺気だったように見えた克也に、ユーリが問い掛ける。 「…………何でもねえ」 小さく答えた克也の言葉が、それが全てではないことを知らせている。 何かを押さえ込むようなその言葉に、ユーリは視線を巡らせた。 廊下には、この寮に住む者たちが、興味深そうに集まっていた。 何があったのか、正確には把握で来ていない、好奇心だけに擽られるように、そこにいる者たちの中に、克也の感情を逆撫でた存在を見つけて、ユーリも眉を顰めた。 「リーシュ」 呼びかけて、リーシュが緊張したように、頭を下げる。 「君は……ジョーイが、魔力もないのに、エージたちと居ることを……快く思ってなかったようだが……。見ての通り、ジョーイには、魔力が存在している。もう、君に、ジョーイを排斥する理由もなくなった訳だ」 「で、ですが! そいつは、正式な魔法士でも召喚士でもないじゃないですか!?」 「だからって……自分の友人に犯罪を教唆する理由にはならないぜ?」 「……っ!」 一瞬だけ、息を飲んだように見えたリーシュだが、直ぐにその口許に笑みを浮かべて、肩を竦めた。 「何のことですか? ユーリ様」 「……まあ、良い。後付になっても、ジョーイが、召喚士になれば問題ない……そう言うことだろう? 元々、ジョーイを召喚したのは、オレ達だ。そのオレ達が、右も左も判らない彼を保護し、世話してきたのは当然のことだったと、思ってるがな」 「……」 何故か、悔しげに拳を握り締めるリーシュに、克也は怪訝な目を向けた。 だが、ユーリはそれ以上何も言うことはなく、歩き出したために、その後を、追って克也も歩き出した。 「なあ、気になったんだけど」 「……なんだ?」 「アイツ……何で、オレにってか、エージたちと一緒にいるってことに、突っ掛かるんだ?」 「さあな……。まあ、強いて言えば、勘違いの選民意識のせいか?」 「選民意識?」 「……よく居るんだよ。魔力を持つことを……選ばれた特別な人間であると……錯覚する奴が……」 「特別……ユーリはそう思ってないのか?」 「……特別と言えば特別だろう。だが、選ばれたとは別に思いもしないがな」 一階に下り、渡り廊下を通って、西棟に向かう。 西棟は、導師や長老たちの部屋と、会議室や図書室。それに、召喚士や魔法士たちの個別執務室がある棟だった。 その棟の【会議室】に真っ直ぐ向かい、ドアをノックする。 「どうぞ」 声と同時に、ドアを開けて中に足を踏み入れた。 こんな時間にも拘わらず、そこには、フジを始めとする導師4人、長老4人……そして、最長老が揃っていた。 「な、何だ?」 「……このミレニアム・パレスを実質、統轄している代表だ」 「え?」 克也は目を見開き、居並ぶ見慣れない者たちを見回した。 「ジョーイ殿。こちらへどうぞ」 縦長の部屋の一番奥に、造りの立派な椅子が置かれて、その椅子を挟むように、両脇に長い机と椅子が並べられていた。 克也が部屋に足を踏み入れると、フジが先に立って、克也を奥にある椅子の前へと導いた。 「え? は? ……殿?」 戸惑う克也は、焦ったように視線をユーリに向けたが、ユーリはドアの前に立ったまま、こちらには来ていなかった。 「ユーリ?」 「……ユーリは、こちらに来られません。彼は、地位的に我らより下位に当たりますので」 「はあ?」 「本当は、同等のものなんですけどね。形式的に、表に出る特級召喚士は、導師の下につくことになっています。だから、この会議室でも、あの椅子よりこちらには来られません」 フジの言葉に、克也は足を止めた。 「なら、オレは? オレは、召喚士でも魔法士でもない。この世界ではなんの『地位』もない『異邦人』のはずだぜ?」 フジも足を止めて、克也の少し手前で振り返った。 何かを言おうとして、ふと、克也の様子に気がつき目を見開いた。 「君……ピアスはどうしたんだ?」 「へ? あ、ああ。壊れた」 克也の答えに、その場にいた者たちが、一様にざわめきを示した。 「どう言うことだ?」 「魔封じのピアスが、壊れるだと?」 「だが、魔力の暴走もしとらんじゃないか? 本当に、この者が『魔封じのピアス』をしてたのか?」 「ユーリ……説明して貰えるかの?」 奥の方にいた小柄な老人が、ユーリに向かって問い掛ける。 「……それは……」 「困りましたね。老師」 「シュース?」 「……彼が、トール王太子の遺児である証拠は……この世に二つとない『魔封じのピアス』のみ……。それがなくなった以上、彼がそうである確証は、なくなってしまったと言う訳です」 「む……」 フジはニッコリ笑って、克也に向かって問い掛けた。 「君は君自身ことを思い出しかい?」 「いや……まだ……」 「そう。なら、君は……このまま『異邦人』と言うことになるね。全く、予定外も良いところだよ、ユーリ」 「……別にオレの所為じゃないんだがな」 「でも、このまま異邦人で居れば君自身も困るだろう? 魔力が暴走していない理由については、色々考えられるが……。正式に召喚士にならないか?」 「え?」 「そうすれば……君は堂々とここに居られる。今のままの宙に浮いた存在よりは、地に足がついて良いと思うんだけど……。どうだろう?」 「……ここに……?」 克也は、一度自分の背後を見返った。 そこにいるユーリの存在を視界に収めて、無意識の内に頷いた。 「……そう言えば……タオが変なこと言ってたな。オレと、前王太子だか何だかの、容姿がよく似てるとか何とか……。それがどうしたのかって思ってたけど……」 ――前王太子の息子と来たか……。 こっちの記憶がないのをいいことに……。 『利用』されるのは、真っ平ごめんなんだがな……。 克也は唇に失笑を浮かべて、頭(かぶり)を振った。 その克也の言葉に、導師や長老たちがざわめいた。 既に、王都には、肖像画は残っていなく、13年前の記憶のみでしか、トール王子の姿は図れない。 目の前の彼がどこまで似ていると、言明出来る者は、この場には誰一人としていなかった。 だが、トール王太子を知る、年長者は、複雑な様子で克也を見つめていた。 「似てると言えば似ているようですが。それも確たる証拠はないですね。他人の空似と言えばそれまでですし」 のんびりした口調で壮年の男性が呟いた。 「ですが、どうしますか? このことは、一応……王都に知らせるべきではないかと思うのですが……」 「知らせても無駄でしょう。彼は、トール王子の息子……ジョセフ王子であると言う証拠は……もう、どこにもないんですから」 二十代前半の女性の言葉に、フジが反論をし、克也に向かって言った。 「で、どうする? ジョーイ」 「……ここに居られるんなら、召喚士になってもいいぜ」 その言葉に、ユーリが驚いたように目を向けて来た。 それに気付いた克也は、苦笑を浮かべて、頷いた。 「なら、明日から君は、隣にある『養成所』に入って貰う。リョーマが最短、5日で精霊の森に行くことになったが……。君は、多分、もう少し時間がかかるだろうけど。まあ、暫くは、ユーリたちと一緒に居られなくなるけど……。それも君次第だからね」 「……」 何だか、こっちの気持ちを見透かされてるような気がして、複雑な表情を浮かべた。 「君が精霊の森に行く時は、ユーリかエージやリョーマに行って貰うと良い。ね、ユーリ」 余りに早すぎる展開に、茫然としていたユーリは、フジの言葉にハッとした。 ことの展開について行き損ねていた、思考を何とかフル回転させて、頭を下げたのである。 「ユーリ?」 「……盲点だったよ。シュース」 「……そう呼ばれるのも、久しぶりだね。ま、そう言うことだから、彼のことが王都に伝わったとしても、当分、誤魔化しは利く……。いつまで、もつのか……保証はないけどね」 それでも、ユーリには……。 何よりの結果になったのである。 ☆ ☆ 「えー? じゃあ、ジョーイってば、『養成所』の方に行っちゃったの?」 セディスの街での聞き込みと調査を終えて、ミレニアム・パレスに帰還したエージたちは、その結果に驚かされた。 「でもさ、本当の所……ジョーイの素性は……」 「それは……取り敢えず、神のみぞ知ると言うことで」 「なーんか、ズルイ〜」 文句を垂れるエージを横目に呆れつつ、リョーマはユーリに振る舞われた紅茶に口を付けながら、 「でも、遅かれ早かれ、ここに戻って来る訳っしょ?」 「ああ、そうだな」 「そしたら、楽しくなるね。ユーリ」 ユウギも楽しそうに言い、書類片手に立ち上がる。 「じゃ、ボクはこの報告書を持って行かなきゃならないから。失礼するね」 そう言って、ユウギは部屋を出て行き、その場にエージとリョーマが残された。 まだ、一級魔法士である彼らには個別の部屋はない。 事務仕事よりも、外に出ることの多い彼らには、余り部屋は必要ないのだが……。 「結局、セディスの街で、他人の召喚士のモンスターを操った奴の正体は判らず終いか?」 「そう言うこと。まあ、お祭りだったし、知らない人もたくさん居る訳だし……。幾らでも身許詐称は出来るでしょ?」 「そうだな」 個人で引き起こすには、あまりにも無謀なものだったと思うのだが、それを今、考えても埒はあかない。 ユーリは思考を切り替えて、書類を片付け立ち上がった。 「そろそろ、かな」 「へ? 何が……?」 「ジョーイと食事の約束をしてるんだ。一緒に行くか?」 ユーリの言葉に、エージとリョーマは驚いたように目を見開き、互いに顔を見合わせた。 「……ユーリ、開き直った?」 「何のことだか? で? どうする?」 互いに見合わせた視線を外して、二人して肩を竦めると、 「デートの邪魔をするつもりはないよ」 少しだけ頬を赤くして、ユーリは誤魔化すように咳払いをした。 「それじゃな。暇なら勉強でもしろ、二人とも。二人なら、いつでも特級召喚士になれると思うぜ?」 「……まあ、それはボチボチね、おチビ」 「そっすね」 二人の言葉に苦笑を浮かべて、ユーリは先に部屋を出た。 自分の部屋だが、あの二人のことだから、出るときに部屋の鍵をかけてくれる筈である。 実質。 あの二人は自分の秘書的立場でもあるのだから。 「あっと、待たせると怒るかな」 ユーリは小走りに廊下を駆け出した。 「今回は、旨く逃げられましたよね」 「まあ、時が味方したと言うべきだろうね。――君も、また旅に出るのかい? タオ」 「ま、オレは一つ所にジッとしてるのは性に合わないんで」 「……でも、彼の存在が王都に知られたら……彼の命は本格的に狙われかねない。早く……せめて一級召喚士にはなって貰いたいものだよ」 「そうすれば、王都側も迂闊には手が出せないってことッスか?」 「……まあね」 「でも、アイツにはレッドアイズがいる。今の……召喚士でも何でもない状態で、既にアイツをマスターと決めた……最上級のモンスターが」 前提として、フジも詳細を聞いたタオも、克也の素性は、間違っていないと知っている。 だが、今は敢えて、見なかった振り知らない振りをしているだけに過ぎない。 彼自身記憶が戻り、全ての封印が解かれるまでに……彼自身が、利用されるだけではない確固たる力を持たなければならない。 「でもまあ、ユーリも知らない振りや冷たい素振りを、しなくても良くなったから、機嫌も良くて仕事も捗って、こっちとしては良いことずくめだよ」 「あーでも、出掛けるみたいッスよ。随分、楽しそうだから、デートッスかね?」 タオの言葉通り、急ぎ足で出掛けて行くユーリの姿が見えた。 「まあ、息抜きも必要だよ。何事にもね」 「そうっすね。そんじゃ、オレはここで失礼しますよ? フジ先輩」 「ああ、またね。タオ」 風の魔法を行使して、上空に浮かび上がり、駆けて行くユーリにからかいの一言を投げかけて、風来の召喚士は旅に出た。 ユーリは、それを見送りながら、青く澄み渡った空に気付き目を細める。 「ユーリ! 遅ぇぞ!!」 聞こえた怒鳴り声に、視線を転じて、ミレニアム・パレスの入り口に立つ少年に、柔らかな笑みを向けた。 克也がこの世界に来て、三週間が過ぎていた―― <Fin> |
※一言。長すぎ!!(滝汗) しかも、文章が何だか変で纏まりないし……;; 読みづらかったら申し訳ないんですが。 なんせ間が空き捲くってるので。一年だよ、一年……;; 取り敢えずの終了です。 でも、何にも解決してないし、これはまだまだ話が続きます。 しかし、長すぎ……(−−;) まだまだ、付き合って頂けたら嬉しいんですが。 でも、無理矢理軌道修正したの、バレバレですか?(滝汗) |