「何で? オレのこと知ってるなら、何で本当のこと何も教えてくれねえんだ!?」 克也の声に、茫然としていたユーリはハッとしたように、表情を改めた。 「……何のことだ?」 「何のことじゃねえ! さっき、リョーマが言ったじゃねえか!! お前は、オレを知っていた。他にも、誰も知らないことを知っているってな」 「……確かに。オレは君によく似た人知っている。だが、それは、10年近く前のことだし、君がその彼と同一人物かどうか、君の記憶がない以上、判断が出来ない。余計な先入観を持たせるのは得策ではないし、言っても混乱するだけだろうから、話さなかった。それだけのことだ」 淀みなく、事務的に端的に言うユーリに、克也はイライラが最高潮に達する感覚を憶えた。 「ふざけんな!! リョーマも、お前も!! オレがそいつと同一人物だと確定してるだろうが!!」 「じゃあ、君が彼だとしたら、君はどうするんだ? オレが知ってる彼は、さっきも言ったが10年以上前の情報しかない。それも、偶然一度だけ会ったことがある程度のものだ。それで何が引き出せる?」 強い視線に克也はかすかにたじろいだ。 そう。 ユーリは何かを知っている。 そうして、それを隠そうと必死になっている。 それは……何故だ? 「色々、聞きたいことも言いたいこともあるんだろうけど。それはパレスに帰ってからじゃダメなのかな?」 割って入ったフジの声に、克也とユーリは振り返った。 「悪い……フジ。――リョーマも、その話はまた今度な?」 かすかに笑って見せて、ユーリは歩き出し、フジに促されて、克也もその後に続いた。 「リョーマ……」 「何スか?」 「……君は何が知りたかったの?」 「……ユーリが誰にも言えないことで苦しんでるなら、オレが聞いてやりたかっただけッスよ。ジョーイが……ユーリの知り合いかも知れないって、オレは知ってたから……」 「……へえ、そうだったんだ」 フジはそう言って、うっすらと目を開いてリョーマを見つめた。 「じゃあ、僕達は先に帰るね」 「……ッス」 リョーマは頷いて、ユーギたちが向かった先へと歩き出した。 「……ユーリとジョーイが会ったことある……ね」 独りごちつつ何事考えるように、フジはユーリたちの後を追って歩き出した。 Act.7 遅すぎた告白
ミレニアム・パレスに魔法回廊を使って行きとは、比べ物にならないくらいの短時間で帰り着いた。 克也は、そのこと自体に驚きを隠せず、ひたすら「スゲーッ!」と感嘆していた。 「……さて、今日は休んだ方が良いかもね。取り敢えず、ジョーイのことは最長老に報告してあるから。明日、長老会議が開かれる。ユーリには出席して貰う予定だから」 魔法回廊を出て、フジが行ってしまうと、克也とユーリ、タオの3人で残された。 克也は気まずげにユーリの方に視線を向けたが、ユーリは一度も顧みることもなく、さっさと寮の方に向かって歩き出す。 「待てよ、ユーリ」 その後姿に、克也は声をかけて呼び止めた。 「何だ?」 「さっきの話……有耶無耶にするのか?」 「……有耶無耶も何も……あれ以上言うことは何もないが……?」 「んじゃ、ユーギが言ってたことはどう説明すんだよ?」 「……」 「あれだって、お前がオレを知ってる証拠だろうが!?」 ユーリは、やっと足を止めて、克也を振り返った。 「君がどう解釈しようと君の勝手だ。少なくとも……」 「……何だよ?」 「オレは今の君は知らない。だから、君のことなんか何一つ知らない」 「!」 ぐさりと。 何かが胸に突き刺さった。 何がこんなに痛いのか、自分では判らない。 ユーリは茫然と言葉もなく立ち尽くすだけの克也を残して、その場から立ち去った。 自分を助けてくれたユーリの……あの時の暖かさは偽物じゃない。 普段、あれだけ自分に対して事務的で、素っ気無かったユーリが示してくれた初めての自分に対する好意の感情。 そう、思ったのに……。 身の危険を考えもせず……オレの暴走を止めてくれたのは一体何だったんだ? オレは、一体、何にショックを受けているんだ? ユーリがオレを知らなかったこと? オレに対して相変わらず冷たい態度を取ること? 「……判んねえよ」 小さく呟いて、克也もその場から歩き出した。 そんな二人を興味深げに見つめて、タオは何か考えるように、その場に立ち尽くしていた。 ☆ ☆ ☆ 陽が暮れた頃。 克也は食事をするために、寮の食堂に向かった。 いつも、ユーギやエージ、リョーマたちと一緒にいるが、今日は一人で、食堂に向かうことになって、なんだか変な感じだった。 「……あー、そうか。オレ、こっちに来てから一人になったことなかったんだ……」 「よう、ジョーイ!」 背後から声をかけられて振り向くと、タオがにこやかに手を振って、克也の隣に駆け寄って来た。 「……今から飯?」 「まあな」 「んじゃ、一緒しても良いか?」 「……ああ」 気さくなタオに、克也も頷き、それぞれトレーに食事を載せて、窓際の隅の方のテーブルについた。 「……なあ、ジョーイ」 「……何だ?」 思わず目を瞠りたくなるくらいの量を載せたトレーに、苦笑を浮かべながら、克也は問い返した。 「あんたが気になってることの……一部を教えてやろうか?」 「……? 何だそれ?」 「ユーリが隠していることの……多分、一部……になると思う」 曖昧な言い方で、タオは言い、手を休めることなく、盛りに盛った夕飯を平らげて行く。 「言ってる意味が判んねえな。何であんたが、ユーリの隠していることを知ってるんだ?」 「……本当にそれを隠してるかは判んねえよ。ただ……オレはあんたを見たことがあるんだ」 少し考えるように香茶を飲み、タオはそう言った。 「は?」 いきなり何を言い出すんだ? と克也は不審気に食事の手を止めて、前に座るタオに視線を向ける。 「正確には、あんたに良く似た……人物だ。年ももっと上で、多分二十代前半……。名前は……トール=グリン=ドミナス……。このドミノ王国の前王太子だ」 「……はあ?」 「オレは、トール王子が良く使われてたって言う、避暑地の城に入ったことがあんだよ。尤も今は使う人もいなくて、打ち捨てられた廃墟になってるがな。そこにあった肖像画があんたにソックリなんだ」 あまりに突拍子のないタオの言葉に、克也は目を丸くして、折角の夕飯を食べることも忘れている。 「でも、廃墟になってるって……? 前王太子ってことは……」 「ああ。トール王子は、13年前に亡くなっている。当時21歳……まだまだ、若すぎるこの王子の死は、謎に包まれているらしいな。今の王太子は、トール王子の弟に当たるんだ。……年が離れてるけどな。この二人の間に、三人くらい王女がいるから……。でも、この国の王位継承権ってのは、王子にしかないんでね。次の王太子は、14歳年下の、ケーゴ王子になったんだ……」 「……ってちょっと待てよ。そのトールって奴とオレが似てるからって……それが秘密って一体……」 「13年前に亡くなったって言っただろ? 今の若い魔道士や召喚士は、直接には会ったことないし、何故か王宮には彼の肖像画は一枚もないんだ」 「……」 「だから、ユーリやセト、フジも……見たことはないはずなんだが……。ユーリは割りと特殊な位置にいるからな。どっかで見かけたのかもしんねえ……。人目に触れる場所にはなくても、王宮の奥……一般人や下級貴族なんかが入れない場所にはあるかも知れねえからな」 「……でも、それとオレが何の関係が……」 前王太子であった王子と似ていることの、重要性が克也には、まるで判らなかった。 そんなものは他人の空似で済ませればいいことだし、ユーリが隠そうとする意図が判らない。 「……っと、この話はここまでだ。んじゃな!」 慌てたようにトレーを持ち上げて、タオはその場から離れて行った。 「タオ?」 ふと、背後に気配を感じて振り向くと、ユーリが夕飯のトレーを手にして、立っていた。 「……ユーリ」 「ここ、良いか?」 食べかけていたハンバーグを飲み込んで、克也は慌てて頷いた。 何だか、心臓が早鐘のように打ち始め、ドギマギする中で、克也は思わず座り直していた。 隣に座ったユーリはパンを手にしながら、遠慮がちに口を開き、問い掛けて来た。 「……タオは、君に何を言った?」 「……へ?」 何で、こんなに動悸がするんだよと、自身に向けて叱咤していた克也は、その問いに、一瞬呆けてしまった。 「オレが撃破した【デーモンの召喚】は……タオのモンスターだ」 「はあ?」 「あのレッドアイズを掴まえたのは、タオ自身ということになる。……まあ、今更そのことについて咎めだてすることも出来ないが……」 「何で?」 「タオの情報は……少しの違法を見逃す価値があると……そう言う訳だ」 淡々とパンをちぎって食べながら、ユーリが言った。 「諸国を巡っている彼の……他国の情報……。ここを離れても、彼はこのミレニアム・パレスに籍を置く召喚士だ……。違法なことをすれば、処罰はされる……」 「それを免除するのが、アイツの持ってる情報って訳か?」 「そう言うことだ。で? 何を話していた?」 「なるほどね。これも、仕事って訳だ?」 小さく呟いた自分の言葉に、胸がかすかに痛んだ。 「?」 そんな自分に疑問を浮かべつつ、隣で美味いのか不味いのか良く判らない表情で食事を続けるユーリを見つめる。 「さあな。お前には関係ない」 克也はそう切り捨てるように言って、黙々と食事を続け、おもむろに立ち上がった。 「んじゃ、先に行くぜ」 「……ああ」 それ以上、何もない。 あの時感じた暖かさが偽物とはどうしても思えないのに。 何故、普段はこんなにも素っ気無いんだろう? 何かを言いかけて、だが、克也は直ぐに気持ちを変えて、トレーを持って出入口に向かった。 食器を大きな水の入った容器に放り込み、近くの台にトレーを載せる。 そうして、食堂を後にした。 そんな克也を、チラチラと盗み見るようにして見つめる一団が居たことに、克也は気付いていなかった。 ☆ ☆ ☆ 「……王子に似てるってか? ……タオの奴、言うことが大袈裟なんじゃねえか?」 部屋に戻る廊下を歩きながら、ブツブツ呟いていると、背後から声をかけられた。 「ジョーイ」 「……?」 振り返ると、多分ここの直属の召喚士だと思われる少年が二人。 にこやかに立っている。 「ジョーイだったよね?」 「今日は、一人なんだ?」 馴れ馴れしく声をかけて来る二人に、克也は眉を顰めた。 「何だよ? お前ら……」 「オレは、リーシュ。こっちは、クライン。いつも、エージさんやリョーマさんと一緒にいるだろ? ずっと君のことが気になってたんだけど、声かけられなくてさ」 「そうそう。幾ら、君を召喚したのが、ユーリさまでも……魔力の欠片も持たない君が、あの方たちに厚遇されてる理由をね。聞きたいと思ったんだ」 「……?」 丁寧な口調の中に隠された……妬みの感情。 克也は、さらに眉を顰めて窓際へと後退った。 「どうやって取り入ったのか教えてくれる?」 「君みたいな奴が、あの人たちの傍にいるってだけで鬱陶しいんだよね? 魔力も何もないくせに……」 一々癇に障る言い方に、克也は内心ムカムカしながら、少年たちに背を向けた。 「さあ? 取り入るような理由もねえし……ただ、オレはアイツらと居るのが楽しいから一緒に居ただけだし……。お前らと違って、下心なしで、一緒にいたんだから、取り入る方法なんて判んねえよ?」 言いながら、窓を開けて、再び彼らを見返った。 あっさりと、自分たちの思いを見透かされた言葉に、クラインの方がいきり立った。 「……どっちにしたって目障りなんだよ! 異世界から来た異邦人の癖に!!」 「この世界の人間もないくせに、このミレニアム・パレスに居られるのはウザいんだよ!」 続けて、リーシュも言い、克也は苦笑を浮かべて二人を見つめた。 「ふーん。お前らはオレのこの位置に立ちたい訳だ?」 「!?」 「!!」 ひょいっと、背中越しに窓枠に乗りあがって、克也は肩を竦めた。 「自分のことも判らない。他人の……言うことに一々惑わされる……今のオレに……? もし、記憶があったらあったで、元の世界を懐かしく思うだけで帰ることも侭ならない……こんな状況の? オレに本当になりてえのかよ?」 克也の言葉に、リーシュとクラインは互いに顔を見合わせて黙り込んだ。 そうして、二人同時に目を瞠る。 「!!!」 「!?」 召喚士の二人は当然、焦ったように窓に近寄り、落ちて行く克也に唖然となった。 「んじゃな!」 克也が飛び下りた窓は3階で、普通なら確実に怪我をする高さである。 打ち所が悪ければ、命だって落としかねない。 ――もっとも、飛行魔法が使えるのなら別だが……。 青ざめたのは、彼らだけではなかった。 廊下を歩いていた他の魔道士や召喚士。 それに、食堂から出たばかりのユーリも、驚きに目を見開き、その場に硬直したように立ち竦んだのである。 だが、克也は易々と体を捻ると、足から見事に着地して、上を見上げた。 「どうでもいいけど、そう言う行為は自分の価値を下げるから止めた方が良いぜ〜」 あっけらかんと言って、駆け出して行く。 食堂から寮へと続く渡り廊下で、茫然としているユーリを見つけて、克也は歩調を緩めた。 大きく目を見開き、茫然としているユーリに、今の光景を見られたかと克也は頭を掻いて、立ち止まる。 「……どうかしたのか? ユーリ」 「君は……!」 「? 何だよ?」 「どうして、そんな無茶なことばっかり……! 少しは、周りがどう思うか考えたらどうだ!?」 いつになく、声を荒げて言うユーリに、克也は目を丸くした。 「ユーリ?」 その呼びかけにハッとしたユーリは、慌てて踵を返して駆け出した。 「ユーリ!?」 克也の声にも振り返ることなく、走り去って行く……。 「何だってんだよ?」 憮然と言い放ち、それでもユーリの表情を思い出して、再び頭を掻く。 「まあ、知らなきゃ……ビビるよな」 自分の身の軽さと、着地のコツなんかが、身体に染み付いていて、記憶がなくても自在に動かせることが出来た。 自分でも不思議で、誰かに答えを聞きたいくらいなのに……。 「記憶……戻んねえのかな?」 どんなに考えても真っ白な過去の記憶。 ここの医務室で気がついた以前の記憶はこれっぽちもない。 自分が生きて来た軌跡がまるで判らないのは……はっきり言って、何故、存在しているのか疑問を生じさせてしまう。 「オレは……今までどこでどうやって生きて来たんだ?」 小さく呟き、埒もないことをと首を振って、克也は歩き出した。 もう一度、寮の中に入ろうとして、克也は出入口で誰かとぶつかりそうになった。 その弾みで相手が尻餅を付いてしまい、克也は慌てたように手を差し伸べた。 「大丈夫か?」 「ほっほー……元気の良い少年じゃのー。じゃが、前は見て歩かねばな」 「……悪い。爺さん……怪我とかしてねえよな?」 「ああ、大丈夫じゃ。……ふーん、少年。良い気性のようだの」 「はあ?」 少し小柄な老人は、濃紺のローブを纏っていて、魔道士のように見えた。 しかし、たったこれだけのことで気性を見抜かれても困ると言うもんだ。 「こんなの当たり前のことだろ? んじゃ怪我してねえなら良かった。じゃあな」 今度こそ、寮の中へと入り、自分の借りている部屋に向かう。 老人はそれを見送りながら、口ひげに手を当て、その場を動かずにいた。 「シモン様」 「……シュースか」 フジに声をかけられると同時に、シモンは周囲を遮断する結界を張った。 それに気付いたフジは、言葉を続けた。 「如何ですか? シモン様……。彼は……」 「……厄介なことに、なるやもしれんの」 「……」 フジの言葉に、それだけで返事をし、シモンと呼ばれた老人は苦笑を浮かべた。 「これはユーリにも本意ではあるまい。あやつが、あの者を知らない振りをするのは……多分……」 「ええ……。私は、老師に聞いただけで詳しくは知りません。ですが……ユーリが過去に会ったことがあると認めることは……彼の正体を暴くことになりかねない……」 「まさに……。どう言う巡り合せかの……」 「――彼は……やはり……」 「他に言いようがない。異世界から人間が召喚されることは、たまにあることだが……。それには、何らかの意志があり、意味がある……。この世界でなすべきことがあると……。彼が戻って来たことは、今の王族、貴族にしてみれば、災厄以外の何ものでもないの」 「……絶大な魔力を有するが故、異界に放り出したんですからね」 「身も蓋もない言い方じゃの?」 シモンは、眉根を寄せて、首を振りながら、 「だが……その通りじゃ……。勿論、彼にはその記憶はない。まだ3歳の幼子じゃったからな」 「……でも、父を殺され、自分をどことも判らない世界に放り出したこの国の王侯貴族を……彼がどう思うか……」 「戦々恐々じゃな。じゃが――……10年前のあの邂逅こそが、まさに奇跡であったとしか言いようがない……」 10年前……。 ユーリはちょっとした不注意から、時空の狭間に落ち込んでしまった。 それを慌てて、追いかけたシモンは、ユーリの後を追うように入り込んだモンスターに襲われる寸前の、ユーリと一人の少年を見つけた。 色素の薄い茶色の髪。 陽の光に金色にも見えるその髪を持つその少年の容姿を見て、シモンは息を飲んだ。 まさか―― そう言う気持ちが強くシモンを縛りつけて、暫し動くことが出来ずにいた。 少年は、自分を守ろうと頑張るユーリに、必死に逃げるように言っていた。 「オレのことは良いから、早く逃げろよ。なあ、ユーリ!!」 そんな少年に、ユーリが笑いかけ、それでも……モンスターの攻撃を受け止めようと必死になっていた。 当時7歳のユーリには、はっきり言って無謀なことだった。 使い方の基礎は習っていたとしても、普段は、契約してないモンスターとでも仲良く出来ていたとしても―― それは無謀な行為でしかなかった。 傷付き倒れるユーリに、少年の中で何かが切れた。 封じられていた魔力が解放されて、モンスターを撃破した。 その瞬間に周囲に結界を張り、被害が外に漏れないようにした上で、シモンは慌てて、ユーリと少年の元に駆け寄った。 魔力を制御出来ていない少年を眠らせることでその暴走を止め、倒れ込む少年に確信を強めた。 彼の右の耳にあるピアス。 普通の人間には、取ることも出来ないであろうそれは、魔封じの呪文が施されていた。 だが、さっきの暴走でピアスに亀裂が走り、このままでは用を成さない。 シモンは新たに、魔力を注ぎ込み、亀裂を修復し、魔封じを施した。 3年前……当時まだ3歳だったドミノ王国、王太子の嫡子……。 間違いなく……それは、彼がその人である証拠であった。 「絶大な魔力を持つ王子二人……。確かに、下手をすればこの国が滅びかねない存在ですよね?」 「……ユーリは、彼がこの国の追われた王子であったことを知った時、頑なに否定した。彼が放出した魔力は自分のものだと言い張った。……だが、異世界に居る以上、我らには彼に手を出すことは出来ぬ。また、向こうもこちらに手を出すことは出来んのだから、利害は一致しているがな」 そのことは、既に王宮の幹部に当たる者たちは知っている。 7歳のユーリが6歳の王子に出会ったこと。 それだけでも、王宮は動揺を隠し切れなかったのだ。 もし、今……克也がその王子であるとばれたら? 彼を消そうとする者、彼を旗頭に担ぎ出そうとする者など、計り知れない動乱に巻き込まれてしまう。 現在の国内の情勢、それに踏まえて次代の国王のことを考えるに……民衆は暗澹たる不安を抱えて過ごしている。 そこに、前王太子の嫡子は、あまりにも有力な王位継承者であり、【救世主】に祭り上げるには、最高の存在になるのだ。 ユーリはそれを懸念している。 そうさせたくないために、彼を知らない振りをしている。 彼の記憶がないことを理由に、彼かどうか判断は付かないと、曖昧にして逃げていた。 だが……。 「魔力の暴走……もう、ユーリにもどうしようもあるまい」 「そうですね。でも、いきなり彼に「君は王子だよ」と告げても、返って混乱させるだけになると思うんですが……」 「……それよ。記憶があれば、彼の意思で否定してみせただろうな。だが、その否定出来る要因を彼は持っていない」 克也が違うと言い切れるだけの、理由を持っていない。 彼の生きて来た今までの記憶がないことが、更なる不利に繋がっている。 「何故、記憶がなくなったのでしょうか?」 「……さあな。単なる、異動のショックとも言える。もしかしたら、何がしかの作用とも言える……」 そこまでは判らないと、シモンは首を振りながら、ドアの取っ手に手を伸ばした。 「それじゃの。明日の長老会は、波乱含みじゃろうな」 「……ユーリは……どうするんでしょうか?」 「さあ? だが、もう瀬戸際に立たされていることは明白じゃ」 ドアを開けて、シモンは部屋に入り、結界が消えた。 フジは一礼して、踵を返し、自室に戻るために歩き出した。 ☆ ☆ ☆ 眠れずに、寝返りを何度も打ち、克也は結局唸りながら起き上がった。 「ああもう、いつもならエージが煩く色々話してる内に眠くなるのに……」 余計なことを考えずに、眠ることが出来る。 だが、エージもリョーマも、ユーギも今日は帰らないらしい。 溜息をついて、どうしようかと思っていると遠慮がちにドアをノックする音が聞こえた。 「はい……開いてるぜ」 だが、反応はなく克也は頭を掻きながら、ベッドを下りてドアに向かった。 「はいはい。誰ですか〜? こんな真夜中に……」 言いながらドアを開けた瞬間。 銀色の鈍い光を目の端に捕らえたような気がした。 「!?」 ぐさりと……肉を貫く嫌な感覚。 流れ出る血液の生暖かさ―― 遅れて伝わって来た鈍い痛み……。 克也はゆっくりと目を見開いた。 「……え?」 遠ざかる足音が聞こえる。 ここから逃げるように、小さくなっていく足音。 同時に。 こちらに近付いて来る足音が聞こえた。 「克也!!」 最後に聞こえたのは、また、違う名で自分を呼ぶ、いつもは無愛想で、素っ気無いアイツの声だった。 「ユーリ……」 うっすらと霞むように見えたユーリの表情。 青ざめて、今にも泣きそうなそんな表情で……。 (ああ、そうか……。オレ、何でお前に冷たくされるとムカついたのか、イラついたのか……判った) 「ユーリ……オレ……」 「喋るな! 今、怪我を治すから!」 「……オレ……お前のことが……好きなんだ……」 「克也!! 頼むから、喋らないでくれ!!」 こんなにならなきゃ気付けなかった……。 自分の気持ち……。 オレはお前を好きなのに、お前がオレに冷たいから……。 お前に腹を立ててたなんて、凄い勝手な話で。 でも、そんな自分の気持ちに気付かずに、単にいけ好かない奴だと思ってた自分が情けない。 次第に意識が遠ざかる中で。 とても暖かな力に包まれたのを感じて、そうして。 ――意識は途絶えた。 <続く> |
ホントにあんたは克也が好きなんか? ああもう怪我ばっかさせてる! 克也に怪我ばっかさせてる! 天狼伝でも、悠久でも!(過去バージョン&始闇参照) どうよ? それってどうよ?(滝涙)あ、もう一個あった。プライベートアイでも怪我してたね(あうあう;;) 何かちょっと解説っぽくてイヤンな今回、楽しんで頂けたのやら……ビクビクもんですが。 なんせ、エージもリョーマさんも出てないし(遠い目) 果てさて。 克也の正体が、克也自身よりも早く判明しました。 良いのか? 判明して(笑) 判明させないで居ようかと思ったんですけど。 流れがそっち向いてるんで。 後、ケーゴが原作では彼が、想像以上に【スポーツマン】であった事実に(笑)印象が良くなり、こう悪役に徹し切らせることが出来るか微妙です。 でもまあ、悪役はとことんまで悪役、嫌な奴の方がきっと返ってカッコ良いと思うので頑張ります☆ でも、怪我をさせる気はあのシーンを書くまで全くありませんでした(滝汗) ここまで読んで下さってありがとうございます〜 はあ、全く展開が見えないですが、ともあれ、克也は記憶を取り戻す前に、自分の気持ちに気付きました。これから、どうなってくのか、本当に先行き不明ですが……今後も、お付き合い頂けると有りがたく……(滝汗) え? もういや? あははははは……(滝汗) 「まだまだだね!!」(泣きダッシュ←リョーマさんの真似・笑) |