Prince of DARK
魂の契約-こころのちぎり-〜Prologue〜

『どんな願いも叶う本』



 そうタイトルが読み取れた。





「遊裏?」
 突然降り出した雨に、慌てて飛び込んだのは、少しすすけた印象を受ける小さな古本屋だった。


 立ち並ぶ本棚の中の一つにあったそれに、武藤遊裏の視線は釘付けになっていた。
 黒い革張りの分厚い本。
 普段なら見向きもしない筈の本に、何故興味が沸いたのか。
 当然、タイトルの所為だと、遊裏は思っていた。

 そんな遊裏に、不思議そうに声をかけて来たのは、双子の兄だった。
「どうしたの?」
「……あ、うん。ほら『どんな願いも叶う本』って……」
 言った瞬間、その本が本棚から、飛び出して、遊裏の手の中に収まった。
「……」
「…………」
「ほー……その本に選ばれたのは坊っちゃんと言うことか?」
 聞こえた声に、慌てたように振り返る。
「本に選ばれた?」
「金は要らんから、その本引き取ってくれるかの?」
「え? ……オレが?」
「そうじゃ……」
 遊裏は手の中の本に視線を落とし、結局貰うことにした。


「何で、そんな読めもしない本を貰ったの?」
 雨が上がった町の中を、再び歩きながら、兄の武藤遊戯は素朴な疑問をぶつけていた。
「読めないって? でも、オレには読めるけど? だって日本語で書いてるじゃないか」
「え? ボクには何か、良く判らない記号で書かれてるようにしか見えないけど?」
「???」

 互いに?マークを飛ばしながら、首を傾げる。

「でも、『どんな願いでも叶う』って書いてあるんだ。オレ達の願いを言えば、叶うかも知れないぜ!」
 期待するというよりは、藁でも掴むと言う感じに、遊裏は言った。
 どこか懐疑的に、遊戯はその本を見つめて、
「でも、離れたくないとか言ったらさ、ボク達同化とかしちゃうかも? 確かに離れたくはないけど、同化は嫌だよね?」
「……た、確かに……オレはオレだし、遊兄貴は遊兄貴だし」
 戸惑いを見せつつ、遊裏はそれでも願い方に気をつければ大丈夫だ、と言って、本を捲った。

 家に帰っても実行出来ないし、家に帰る前に願い事を言っとくべきだと、遊裏は近くの公園に向かった。
 遊戯は少し肩を竦めつつ、確かに今日は家に帰らない覚悟で二人して出て来たのだからと、それについて行く。

 要するに……。
 あまり効果は期待出来ないけど。
 単に両親の神経を逆撫でするだけかも知れないけど。
 ……それでも、これはまだ10歳の遊戯と遊裏の、ささやかな……両親に対する抗議だったのである。



 公園の奥の人が来なさそうなところで、遊裏は立ち止まった。
 木切れを拾い、本に描いてある通りの【魔法陣】なるものを描き始める。

「ねえ、遊裏」
「何だ?」
「もしかして、これってなんかの漫画で見たような気がするんだけど」
「ん?」
「悪魔召喚とか言うんじゃない?」
「そうなのか?」
 キョトンと問い返して来る弟に、些か呆れつつ、遊戯はまあ、何も起こる訳ないかと、その場に座り込んだ。


「出来たー!」
「……うわ、スッゴイ。随分丁寧に描いたんだね」
 文字は読めなくても図形は見える遊戯は、本のそれと照らし合わせてソックリに描かれている魔法陣に、素直に感心した。
「紙に描くより面倒だったけどな」
 笑いながら言って、遊裏はその中心に立って本に書かれている【呪文】を書かれている通りに読み始めた。

「……」
「……」

 静まり返る公園内に、何も変化は現れず、遊戯は軽く肩を竦めた。
「……やっぱり、インチキなんだよ、その本」
「でも……」
「ん。判ってる。遊裏が悪いんじゃないよ? ボクも遊裏と同じ願いを持ってるから、もし、その本をボクが読めたら、同じことしたと思うけど」
 遊戯には読めないから、どうしても胡散臭く感じてしまうのだ。

「……でも……」
 握り締める拳に、力が入った。
 あまり強く強く握り締めて、爪が掌に食い込み、血が流れた。
 一滴……指の間から地面に滴り落ちる。
 その瞬間。
 魔法陣が光を放ち、遊裏を取り囲むように覆った。



「遊裏っ!?」
 驚いた遊戯が、近付こうとすると、何かに阻まれるように、弾き飛ばされてしまう。
「遊裏!!」




 一方、遊裏は――その光に戸惑いながら、目を庇いつつ、少しだけ後退った。

「な、何だ?」
 光が少しずつ収束して行き、何とか周りを見渡せるようになって、遊裏は目を見開いた。
 自分の直ぐ目の前に、一人の青年が蹲っていた。
 金髪の20歳前後に見える青年が……。

「何だよ、ガキじゃねえか」
 不意に顔を上げたと思った瞬間、青年はそう言って、ふて腐れたように肩を竦めた。
「まあ、今時の女子高生だのよりは、いくらか純粋なんか? いや、最近のガキも侮れねえけどな」
 一人呟く青年は、鮮やかな金髪と紅茶色の瞳をしていて精悍な顔立ちを、遊裏に向けた。
「で? 願いごとは何だよ?」
「……え? 兄ちゃんが叶えてくれるの?」
「そのために、オレを召喚
(よ)び出したんだろうが?」
「……兄ちゃんって何者なの?」
 遊裏の問いかけに、青年は驚いたように、目を見開いた。
「……それも知らないくせに……オレを召喚び出したのか?」
「だって、どんな願いごとも叶う本って書いてあったし……」
 遊裏の言葉に、青年は唖然としつつ、半ば呆れた口調で言った。
「……ふーん。叶えたい願いがあるってことか?」
「……うん!」
「でもなあ、こんな楽して願いが叶うなんて、有り難味ねえだろう?」
 願いをかなえるために来たくせに、何だか説教臭い言い方をする青年に、遊裏は首を傾げた。

「どんな願いごとでも叶うって……ガセ?」
「……(ピク)」
 普通の人間と違って、少し尖がった青年の耳が微妙に動いた。
 莫迦にしている訳ではなく、かなり落胆しているように見える遊裏に、青年は頭を掻いた。
「あのなあ? オレは一応、この世界では【悪魔】って呼ばれてんだよ? 判るか? 願いを叶える代わりに、そいつの魂をいただくって言う……」
「……それ、言って良いの?」
「! し、しまったー! またやっちまったぜ!!」
 遊裏の指摘に、焦ったように頭を抱える青年に、遊裏は思わず吹き出した。
「……笑ったな……このガキが……」
「だって……何か、可笑しいんだ……」
「でもなあ、子供の魂なんざ頂いてもなー……」
「……あのね。願いをかなえて欲しいんだけど、その魂? を兄ちゃんに上げる前に、少しだけ時間をくれない?」
「ん?」
「だって、オレの願いって、遊兄貴とこのまま一緒に暮らすことだから……。オレの魂取っちゃったら、願い叶えてないことになるだろう?」
「あーそうだな……」
「……だから、少しでも良いから遊兄貴と暮らせる時間、欲しいんだけど?」
 青年は、ジーッと遊裏を見つめて、両手を叩いて立ち上がった。
「OK! んじゃ、執行猶予は6年だ。お前が16になる時に、迎えに来る」
「……何か短い……」
「文句言うな! これでも最大の譲歩だぞ?」
 そう言って、青年は遊裏の右手を取り、そこに唇を寄せた。
 浮き上がった六芒星のマークに、青年は満足したように笑った。
「契約の証だ。願いは、兄貴と一緒に暮らすことだな?」
「うん!」

 遊裏には良く判らない呪文のような言葉を唱えて、青年の周りから光が立ち上る。
 不意に突風が巻き起こり、遊裏は煽られるようにして、たたらを踏んだ。

 どれくらいの時間が過ぎたのか……。
 光も風も止んで、いつの間にか閉じていた瞳を遊裏はそっと開けて見た。

「……? あれ?」
「遊裏!!」
 後ろから抱きつかれて、遊裏は前のめりに転びそうになった。
「遊兄貴?」
「もう、ビックリしたよ! いきなり消えちゃうから!!!」
「兄貴……」
「もう……ボク、一人になったかと……」
「ご、ごめん。でも、オレずっとここに居たし……」
 自分の胸に顔を埋めて抱き締めて来る兄に、戸惑いながら、遊裏は事情を説明した。
「……え? それで願いごと言っちゃったの?」
「あ、ああ……。でも、本当に叶うのかどうか判らないんだけど……」
 その遊裏に何かを言おうとしたところで、自転車のブレーキの音と、懐中電灯の明かりがこちらを差した。
「何やってるんだ? 君たち」
 パトロール中の警官に、二人は保護されて、交番に連れて行かれ、その迎えに母親がやって来た。
 頭を下げる母親に、遊戯と遊裏は二人で並んで背中でぎゅっと手を繋いで、ここから出ることに恐怖さえ感じていた。


 
最後通牒を突きつけられる。
 ここから出たら、遊裏と、遊兄貴と別れ別れになってしまう……。



「兄ちゃん……本当に……願い叶えてくれたのか?」

 小さな声で呟くように言う。
 母に促された二人はそれでも動こうとしなかった。
 苛付く母と、警官に後を押されて、渋々交番を出る。
 だが、別に示し合わせた訳ではなかったのに、遊戯と遊裏は同時に駆け出していた。
「遊戯! 遊裏!!」

 母の声が背後に聞こえる。
 追って来られる恐怖に、闇雲に走っていると誰かにぶつかった。
「ちゃんと前に見て走らにゃいかんぞ? 二人とも」
「……じ、祖父ちゃん?」
「……お義父さん? どうして、ここに? 確か……昨日までアメリカの方にいらしたはずじゃ……?」
「ホッホー♪ ほんのさっき着いたばっかじゃ。電話したら、二人が帰って来んって言うしのう。……家の方に着いたら、警察に保護されたと聞いてな……。来てみたんじゃよ。――どうじゃろうか? この二人はよっぽど離れたくないと見える。ワシの家で、二人で暮らせば、学校も転校せずに済むし、もちろん、会いたければいつでも会いに来て構わんが?」
「……でもそれじゃ……」
「なぁに……ワシが少し、旅に出るのをやめれば良いだけじゃろ?」
 ホッホーと笑う祖父に遊戯と遊裏は互いに顔を見合わせて目を見開いた。
 祖父は世界中を旅することが趣味で、家に居ることは少ない。
 それでも、せめて二人が高校生になるまでは、極力、家にいて面倒を見ると言うのだ。

 家に帰り着いて、祖父と両親の3人がリビングで話し合っている間。
 二人は二人の部屋でまんじりともせずに過ごしていた。

「祖父ちゃんが帰って来るなんて……タイミング良すぎるよ」
「……やっぱり、あの兄ちゃんが願いを叶えてくれたってこと?」
「でも! ただの偶然で……。願ってなくても祖父ちゃんが帰って来たかも知れないし……」
「でも……可能性はどっちの方があると思う?」
「……」
 祖父が旅に出たのは、実は一週間前である。
 たった一週間で帰って来たことなど、一度もない。
 遊裏や遊戯が知る限り……。

 最短で一ヶ月という人だ。

 それが、たった一週間で帰って来て、自分たちが高校生になるまで旅に出ないと言う……。
 信じられないことだった。
 だけど、それが現実になりつつある。

 遊戯の荷物は積み上げられた段ボールに納められて、どこか閑散としていた。
 それが寂しくて、この部屋には居たくないと思っていたのに……。
 心臓が早鐘のように脈打つ。
 自分の願いが叶う瞬間……それが、こんなにも緊張するものだとは思わなかった。


「遊裏、遊戯!」
 ドアがノックされて、祖父が顔を出して来る。
「明日学校が終わったら、ワシの家に帰ればいいからな」
「本当に!?」
「おう! 本当じゃ! 遊裏の荷物は母さんが纏めて送ってくれると言うとるからの。取り敢えず、遊裏も遊戯も直ぐに必要なものを持って来るが良い」
 ニコニコと笑って祖父は言い、じゃあなと二人の頭を撫でて帰って行った。

「すっごい! 遊裏、凄いよ!」
「あの兄ちゃんが本当に願いを叶えてくれたんだ!」
「ボク達離れなくて良いんだよね!?」
「ああ!! やったな!! 遊兄貴!」
 無邪気に喜ぶ二人に、その光景を闇の仲から見つめる紅茶色の瞳があった。




「本気で判ってんのかね? アイツ」
『判ってないに、ロアー100個賭けても良いよ?』
 肩に乗っていた白猫に、青年は思い切り嘆息して、苦笑した。
「まぁ、まだ10歳のガキだからな」
『6年後、憶えてると思う?』
「完璧忘れてるさ。100ガディ賭けても良いぞ?」
『……カッちゃん、もしかして……』
 何か言いたげに白猫は、青年を見上げた。
「何だよ?」
『……あの子のこと気に入ってる?』
「……ばーか! 幾らなんでも10歳のガキだぞ? 興味ねえよ」
『でも、6年後は16歳だよね? 射程距離突にゅ……』
 言いかけたところで頭を軽く叩かれて、白猫はそのまま前のめりに落ちかけた。
 ふわんとその背中に翼が浮かび上がり、慌てたように羽ばたいてみせて。
『カッちゃん!! 本マジなの?』
「うるせえな! ちょっと興味があんだけだろうがっ!」
 さっき、興味ないって言ったじゃない、とは突っ込まずに、白猫は別のことを言葉に載せようとした。
『……それって……』
「煩い黙れ! エージ!」
『……もしかして……カッちゃん……【あれ】実行するつもりなの?』
 どこか不安げに白猫は青年を見上げて言った。
「……さぁな?」
 誤魔化すように言って、青年は宙に浮かび上がって、真紅の翼を広げた。
「まあ、全ては6年後を楽しみにってとこか?」
『……カッちゃん!』
 諌めるように言う白猫の言葉も、青年は無視して、もう一度だけ二人の子供のいる部屋に視線を向けた。
 そうして、軽く笑みを浮かべ、白猫を伴ってそのまま闇の中へと消えたのである。






 ――全ての幕は……6年後に上がる……。




 


こう言うのを自分で自分の首を締めるって言うんだろうな……。

こんばんは、当サイト管理人、及び作者の保志陽都です(笑)
この話、珍しくプロット切ってるので、定期的に書けそうなので週間連載にしたいなーっと思ってます。 毎週火曜日、か水曜日に。
一応、クロスですが……この話ではエージが猫です。
……いや、本当はちゃんと人型なんですけど。カツヤのお目付け役で猫の姿で出て来ます。
【Millennium・Palace】が中途半端なんで、どうしようか迷ったんですが……。
やっぱり書く気がある内に、さっさと書いてしまおうってことで。
プロットで流れは決まってるので気は楽ですね。


でも、楽しいのは、管理人だけ……なんてことになりそうな気が……って言うか……私そんなのばっかな気が……。訪問者の方の希望をもっと聞くべきかも(滝汗)