Prince of DARK
魂の契約-こころのちぎり-〜Act.1 spell bound 〜

「おはよう! 遊戯。あれ? 遊裏はどうしたの?」
 小学・中学時代、いつも一緒に登校していたこの双子の片割れが見えないことに、小学生の時からの幼馴染みである真崎杏子が不思議そうに問い掛けて来た。
「え? あれ? さっきまで一緒にいたのに……?」
 遊戯は自分の隣を見遣って遊裏の姿がないことに首を傾げた。
「ちょっと、集中してクラス編成見てたからかな……」
 頭を掻きつつ、そう言ってもう一度、クラス編成のボードに目を向けた。
「あーやっぱ、遊裏とは別のクラスだ」
「双子って、一緒のクラスだとややこしいから、別のクラスにされちゃうこと多いんだよね」
「そうなんだよねー。でも一度で良いから同じクラスになってみたいよ」
 苦笑を浮かべつつ遊戯は言い、遊裏のクラスも確認しようと別のボードの前に立った。
「あ、遊裏なら……」
 言いかけて、杏子は肩を竦める。
 自分で弟のクラスを探して伝えたいんだと判って、
「じゃあ、私、先に行くね」
「あ、杏子は何組だったの?」
「私はC組」
 あっさりと言った杏子の言葉に、遊戯は些か落胆しつつ、でも表情には笑みを浮かべて、
「とうとう別れちゃったか」
「小学校からの腐れ縁もここまでって訳でもないでしょ?」
 笑って言う杏子に、遊戯も笑みを返し、もう一度B組のボードに視線を向けた。
「じゃあね、遊戯」
「うん。またね」
 そう言って、杏子は先に教室に向かって歩き出した。


 一年生のクラス編成のボードがあった講堂前から少し歩いて、ふと、風に乗って舞って来た桜の花びらに足を止める。
 ふと。
 視線を向けると、その先に中庭らしい開けた場所があって、その中心に桜の樹があって、その前に見知った人の後姿を見つけた。
「……遊……」
 呼ぼうとして、何故かやめた。
 遊裏自身が、何かに驚いたように桜の上を見つめて凝視しているから……。
 舞う桜の花びらの中。
 そうして、立つ遊裏の姿が、何だかとても幻想的に見えて、声をかけることを憚られたのだ。

 だから、杏子はそっとその場を離れた。
 それが、とある人物の魔法力によるものだとは、気付かずに……。







 入学式を控えて、武藤遊裏は兄の遊戯とともに校門を潜り、クラス編成の発表がされている講堂前に向かっていた。

 だが、ふと……爽やかに吹き抜けた風に乗って舞って来た一片(ひとひら)の花びらに、何故か心惹かれたように、足の向きを変えていた。


 その先に、桜の大木のある中庭が見えて、遊裏はゆっくりと歩み寄った。
 薄紅色の花びらが、静かに舞い散る中。
 桜を見つめてボーッとしていると、その幻想的な雰囲気をぶち壊すように、遊裏の頭上に何かが落ちて来た。
「……」
「悪い!」
 頭に当たったそれが、結構重量があり、痛かったために、遊裏は頭を抱えて蹲っていた。
 だが、同時に聞こえた声に、視線を上に向ける。

 一瞬。
 眩しく感じて目を閉じた。
 うっすらと目を開けると、桜の枝に、一人の少年が腰掛けていた。
 薄紅の花の中に、金色にも見える色素の薄い茶色の髪の……。
 不意に、右手の甲に痛みが走った。
 激痛と言う程ではない。
 それを怪訝に思いつつ遊裏は問い掛けて居た。
「そこで何をしているんだ?」
「……朝飯食ってたんだよ」
 少年は快活に答えて、ニッコリ笑った。
「……また変なところで食べるんだな?」
「それが、そう変でもねえぜ? ま、上がって来ねーと判んねえけどよ」
 少年の言葉に、興味を覚えて、遊裏は木の枝に手をかけた。
「何だよ? 登る気かよ?」
 驚く少年を他所に、軽々と登って、少年の座っている枝に掴まり、そのまま自分の身体を持ち上げる。
「……!!」
「なあ? すげえだろう?」
 下で見た時とは違う。
 見渡す限り薄紅色の世界……。
 舞い散る花びらの中に居ることよりも、より一層現実離れしている感覚に、遊裏は眩暈を憶えた。
「あぶね!」
 落ちかけた遊裏を支えるようにして、少年が遊裏の身体に腕を回した。
「大丈夫かよ?」
「……あ。ああ、すまない……。でも……ちょっとビックリした」
「だろ? こんな桜の中で飯を食うのも結構風情があるだろう?」
 ニッコリ笑って言う少年に、遊裏も思わず笑みを浮かべて頷いていた。
「ああ、オレは城之内克也。お前は?」
「武藤遊裏。もしかして、新入生か?」
 真新しい制服に、問い掛けると城之内は頷いて、また笑った。
「お前も一年だろ? 同じクラスになると良いな」
「そうだな。あ、そうだ! クラス編成、見に行く途中だったんだ」
 やっと思い出したように言って、遊裏はそこから飛び下りた。
 その前に、もう一度ちゃんと見ようと周りを見回し、堪能してからであったが――
 ふと、自分の頭に当たった物体に気付いて、遊裏はそれを拾い上げて、頭上にいる城之内に向かって放り投げた。
「ちゃんと履いてろよな」
「悪い悪い!」
 しっかり受け取って器用に枝に腰掛けたまま、それを履く。
 そうして、自身も飛び下りて、
「オレもクラス編成見てねえんだ。一緒に行こうぜ」
「あ、ああ」
 二人で並んで歩き出すと、講堂の方から遊裏にソックリな少年が駆けて来る所だった。
「ああ! やっといた! もう勝手にフラフラ行かないでよ! 探すの大変なんだから」
 口調では文句だが、表情はあからさまにホッとしている。
「すまない、遊兄貴」
「もう! で、こっちの人は?」
「……さっき知り合った。城之内克也くん。同じ新入生だって」
「へえ。あ、そうそう君のクラス、見といたよ。C組で杏子と一緒だった。ちなみにボクはA組で獏良くんとリョーマくんと同じクラス」
「……双子?」
 少しだけ物珍しげに問い掛ける城之内に、遊裏は頷いた。
「じゃあ、オレは自分のクラスを確認して来るな」
 そう言って、遊裏に手を振り、遊戯に向かって軽く頭を下げて、城之内は駆け出して行った。

「感じ良さそうだね。友達になれそうかも」
「ああ、そうだな!」
 二人して、笑い合い教室のある校舎に向かって歩き出す。
「そう言えば、遊裏は何か部活入るの?」
「……あーオレはバイトしようと思ってるから、部活は無理かな……」
「……そうなんだ。でも、祖父ちゃんもまた旅に出始めたし、仕送りはしてくれてるけど、小遣いぐらいは自分で稼ぎたいよね」
「だろ? 遊兄貴もどっかでバイトすれば? 同じとこでバイトしたら、シフトが別々になりかねないから、休み合わせられるように……さ?」
「そうだね。考えとく……」
 A組とC組は向かい合わせの下駄箱で、二人はそれぞれ空いている場所に靴を放り込み持参した、上履きを下ろした。


 一年の教室の廊下で、遊戯と別れて、C組の教室の前で、立ち止まってドアを開けようとすると、背後から肩を叩かれて振り向いた。
「よ! 同じクラスだな」
「……城之内……くん」
 ニコニコと笑みを浮かべて言う城之内に、遊裏も一瞬、呆気に取られたものの、直ぐに笑みを浮かべて頷いた。
「よろしくな、城之内くん」
「ああ、よろしく」

 教室に入ると、杏子が手を上げて遊裏を呼んだ。
「遊裏ー席取っといたよ」
「サンキュ、杏子」
「……誰? もしかして彼女とか?」
「……まさか。小学生の頃からの幼馴染みだ」
「ああ、そう。結構、美人だけど、気ぃ強そうだな」
「よく判ったな。その通りだ」
 遊裏は小さな声で呟いた後、本人には内緒だぜ? とウインクして見せた。
「あれ? そっちの人は?」
「ああ、さっき知り合ったんだ。城之内克也くん。城之内くん、彼女は真崎杏子……」
「よろしくな」
 にこやかに言っているのに、なんだか素っ気無く見えて、遊裏は首を傾げた。
 杏子の隣の席と、その後ろの席が空いていて、遊裏は杏子が取っていたと言う隣の席に、城之内はその後ろの席に座った。
「後で、出席番号順に並べ替えられるかな?」
「そうね。最初はその方が憶えやすいだろうし」
「……そんなもんか? 毎日毎日同じ面子で過ごす訳だろう? だったら、自然に憶えんじゃねえの?」
 呆れたような口調で言う城之内に、杏子は首を傾げた。
「そうだけど。先生の都合もあるしさ」
「教師の都合に一々合わせられるかっての……っても、教師の権限には勝てねえよなぁ」
「あんまり反抗的な態度取ってたら、先生に目を付けられるわよ?」
「……別に、そんなんどってことねえよ」
 その時の――
 城之内の笑みが、今までに見たものと違っていて、遊裏はふと、右手の甲が疼くのを感じた。














 最初の一週間は、入学式の後に、オリエンテーションと称して、部活や委員会……その他、学校生活に対してのカリキュラムなどの説明が行われた。
 翌日、翌々日に体力測定、運動能力テスト、それに身体測定が行われると言う。
 その後、全校生徒で同じ場所に遠足に行くと言うから驚きだった。
「全校で?」
「って、500人以上いんだろう? それが全部同じ場所に行くってか?」
 同じように驚きを顕わにする城之内に、遊裏は振り返って苦笑して見せた。
「何だか面白い学校だな」
「ってか、珍しい学校じゃねえか?」
 やっぱり、苦笑を浮かべる城之内に、さっき見た杏子に対しての笑みが嘘のように感じてしまった。

「授業が始まるのは、遠足が終わってからだな」
「……みてえだな……」
 そう言って、次のプリントを見ながら、
「ああ、武藤は何か部活やんの?」
「……部活は……多分、無理だと思う。バイトもしたいし……」
「え? 遊裏? この学校、バイト禁止よ?」
「え? 本当か、杏子」
「ま、事情があってそれを申請すれば、OKみたいだけど……。遊裏ならOKかもね」
「何で?」
 城之内が素朴な疑問と言う風に問い掛けた。
「……オレの家は、祖父ちゃんと兄貴と3人暮らしだから……。もちろん、オレ達の……養育費? ってのは親父から貰ってるんだと思うけど……。何気に祖父ちゃん金持ちだし。でも、祖父ちゃんに、これ以上迷惑かけるのも難だから……せめて自分の小遣いぐらいは稼ぎたいと思って」
「祖父さん孝行なんだな」
 城之内が、優しげに目を細めて言うのを目の当たりにして、遊裏は思わず赤面して、目を逸らしていた。
「別に……そんなんじゃない」
「そうそう。成績も結構関与するらしいよ。生徒手帳に書いてるけど。遊裏は心配ないか」
 言いながら広げていた生徒手帳を見ながら杏子が続けた。
「……そうかな? ああ、そう言う君は、何か部活に入るのか?」
 前者は杏子への答えである。
 それから、城之内に向かって問い掛けた。
「……いや、オレは……興味ねえから」
「……そうなんだ?」
 話を振って来たのは城之内くんだったよな? と思いながら、何気なく遊裏は窓に視線を向けた。
 既に、席順に自己紹介が始まっていたが、遊裏は少しも聞いていなかった。

 ふと、少し先にある木の枝に、マシュマロのように真っ白な猫が、濃いブルーの瞳をこちらに向けてジッと見つめていることに気がついた。
「猫?」
「は?」
「あそこに、真っ白な猫が」
「どこに?」
 城之内の言葉に、振り向くと猫の姿はどこにもなかった。
「あれ?」
「……まあ、その辺の野良猫か何かだろう?」
 首を傾げる遊裏に、城之内は軽い調子で言った。
「でも、すっごく綺麗だったぜ? 本当に野良猫かなー?」
「武藤……」
「え?」
 語調の変わった城之内の声に、キョトンと問い返すと、城之内は少し呆れたように言葉を続けた。
「お前の番だぜ?」
「あっ!!」
 慌てたように立ち上がって、一瞬、何をするのか判らず、困ったように立ち尽くしていると、
「自己紹介だろう? 自分の名前も忘れたのかよ?」
 同じように立ち上がっていた城之内が、遊裏の耳元で言った。
「あ、そっか」
「ってことで、コイツは武藤遊裏。ちょっと惚けてるけど根はかなり良い奴……ってもオレも知り合ったばっかだけどなー」
 城之内がからかうように言って、クラスに笑いが起こる。
「ほれ、出身中学校とか特技とかは?」
 持っていたノートをマイクに見立てて、問い掛けると、遊裏は少しバツが悪そうに苦笑を浮かべたものの、返って答えやすくなったと、内心ホッとしつつ、その問いに答えた。
 そうして、自己紹介を済ませると、今度は遊裏が城之内の持っている丸めたノートを取り上げて、問い掛ける。
「それで? 君の名前と出身中学は?」
「……オレは、城之内克也。出身中学は童実野二中。っても、中途入学……要するに転校生で、ほんの半年ほどしか通ってないんで、本当に出身中学って言っても良いのかどうか」
「じゃあ、それまではどこにいたの?」
 素朴な疑問に城之内はあっさりと笑って答えた。
「アメリカ……」
「えー? じゃあ、城之内くんって帰国子女なの?」
「すっごーい。じゃあ、英語ペラペラ?」
 何故か沸くクラスの女子に、俯いた城之内が不意に漏らした笑みが……まるで嘲笑を含んだ笑みに見えて、遊裏は一瞬ドキッとした。
 20センチ近く違う身長差のせいで、俯いた城之内の表情が見えてしまったのだ。
 自分やさっきまで見せていた快活な笑顔ではなく、あくまでも侮蔑と嘲弄と含んだ嗤い……。

 あまりに対照的で、遊裏の頭は混乱しそうになった。
 まるで修正を促すように、右手の甲に痛みが疾しる。

「まあ、そんなことはどうでも良いじゃん。趣味は昼寝。特技は特にない……かな?」
 そう言いながら、真っ直ぐに、遊裏を見つめて来た。
 その時、遊裏は初めて気がついた。
 城之内の瞳が、濃い茶色ではなく、紅茶色をしていることに……。


(……どこかで、見た?)

 右手の甲が痛みを訴える。
 何かが記憶に蓋をして、肝心なところを見えないようにしているみたいで、気分が悪かった。
「武藤? 大丈夫か?」
 すっと耳に馴染んだように聞こえたその声に、ハッとして視線を向けると心配そうな表情で、城之内が自分を見つめていた。
 本当に真剣に、自分を心配している様子に、遊裏は軽く頭を振って何でもないと答えた。





 入学式は午後からだったため、全てが終了したのは3時ごろだった。

「じゃあな、城之内くん」
「あれ? 帰るのか? ああ、もしかしてバイト探し?」
「その前に、バイト申請して、あ、でも、今日はちょっと違うんだ。今日から、家に下宿する人が来るから。その出迎えとかあるんだ」
「……下宿?」
「……そう。下宿」
 城之内は軽く笑んで、そりゃ大変だなと告げて、じゃあなと駆け出して行った。 
 それを見送ってA組に行くと、ちょうど遊戯が出て来たところで、
「遊兄貴」
「あ、大体同じ時間に終わったみたいだね」
「ああ。どうする? このまま買い物に行くか?」
「そうだね。来るのは確か、5時過ぎって言ってたし……」
「と、その前にバイト申請しとかないと……」
「ああ、校則でバイト禁止なんだよね。ボクもしとこう……」
 二人して、今日来る下宿人がどんな人か、夕飯は何にしようか? などと取り留めのない話をしながら、職員室に向かったのである。





 割と簡単に出来るものと言うことで、焼肉の用意をして待つこと一時間。
 既に6時を過ぎているのに、待ち人来ずで、遊戯は先にペットボトルのジュースを開けて、コップに注いだ。
「遊兄貴……炭酸だから、気が抜けちゃうぜ」
「でも、遅いよ……5時過ぎって言ってたじゃない?」
「もしかして迷ってるんじゃないかな?」
「……でも、写真もないし……荷物の差出名は達筆な筆記体で読み難いし……」
 捜そうにも捜すことも出来ない。
「日本語は判るって話だったけど、でもやっぱり不自由してるのかも……」
「そうか。家を探してるような感じの人を見つければ良いんだ」
「そうだな。ちょっと見て来ようぜ」
 そうして、二人して玄関に向かった。
 出入口は、小さなゲーム屋になっていて、そこを通らなければ、外には出られない。
 その店を通過して、ドアを開けようとすると、ドアの硝子に人影が写った。
「ってこら! エージ! 暴れんじゃねえ!!」
【ふにゃー! にゃあああっ!!】
 聞き覚えのある声と、猫の鳴き声……。
 遊裏は慌てたようにドアを開けて、目を大きく見開いた。

「城之内くん!?」
「ようっ! また会ったな」
 夜目にも鮮やかな金茶の髪。
 紅茶色の目を細めて、ニッコリ笑う……彼は……。
 今日、クラスメートになった城之内克也、その人だった。

<続く>