「英二!」

 ポカンと首をかしげる菊丸に、一部始終見ていた不二が駆け寄ってきた。

「ふじィ、今さぁ――」
「越前くんだよ!」
「やっぱり!」

 わけがわからずボケっとしている菊丸の手からラケットを奪い、そのままコートから連れ出す。
 反対側で構えていた桃城や、ゲームの成り行きに集中していた部員たちからはブーイングが出たが不二は気にせず菊丸の腕を引っ張る。


「不二?」
「早く追いかけなよ!」

 らしくなく声を荒げて急かす親友に疑問の色を浮かべるが、不二の指差す先を確認するとダッシュでコートを後にする。

 ポツンと見えた、後姿。
 まるで拒絶しているかのように、こちらを振り返ることもない。
 すでに100メートルほど差がついている上、全力で走っているであろうあのコに追いつけるかはわからない。
 だが、

 朝からずっと無視していたのに、楽しそうにプレイする菊丸にボールをぶつけようとした意味は?
 気づかれる前に逃げるようにして姿を消したのはどうして?
 追われているのに気づいたのに止まらないのは何故?


 もしかして…


 都合のいい考えが頭をよぎるが、その前に捕まえなければならないだろう。
 早る鼓動を抑えながら、スピードを速めた。








 愛しい愛しいあのコを追って。
がんじがらめのエトセトラ


 図書室内にある準備室の窓からは、三年校舎の二階にある特別教室がみえる。
 といっても、窓際の一部が垣間見れるだけで、中で何をしているかまではわからないが。
 それでも、図書カードを整理していた越前が、手を休めて準備室の窓にふと目を向けた時に視界に飛び込んできた人物を判断するには十分に近い距離。

 心臓を鷲掴みされたような、ショックを受けた。

 昨日のこともあって、何だか部活に出たくなかったが、そうも言ってられない。
 こちらが落ち込んでいるなんて、悟られたくない。
 ケンカして仲直りするたびに、先輩は決まって、『おチビ、全然普通なんだもん…俺だけへこんでるみたい』という。

 本当は違う。

 多分、先輩以上に落ち込んだり、自分の言動に後悔したりしてる。
 でも、だからといってそれを態度には出さない。
 必死で抑えているのだ。
 自分が弱っていることを他人の前で見せたくない。
 そんなプライドの高さも、普段通りの『越前』を支えているのだが、何よりも…

 自分が落ち込むと、先輩がもっと気にするから。
 
 彼の笑顔にいつもパワーを貰っている。
 明るさに、救われている。
 何となく気分を察してくれる先輩。
 言葉に出さないけど、一緒にいて楽しい。

 笑顔が大好きだから、自分のせいでその顔を曇らせたくない。


 なんて、随分乙女じみた考えだ、と自嘲する。


 いつものケンカと違って、昨日のは自分が一方的にショックを受けただけ。
 先輩は何も悪いことをしてない。

 そう。
 わかっている。
 わかっているのだが、それでも納得したくない思いがある。

 勝手に定義していただけだ。
 あの人の特別なんだと思っていたのは、ただの勘違いだと突きつけられただけ。

(先輩は、悪くない)

 ぎゅっと胸元で拳を強く握り、走るスピードを速めた。
 何でコートから飛び出したのか、
 サーブをあの人めがけて打ったのか、
 もう大分自分の中で答えは出ている。

 どこに向かっているか自分でもわからない。
 でも、逃げなければ。
 追ってくる見慣れた姿から。

 何で追いかけてくるんだろう?
 いや、どうせ不二か誰かに言われたんだ。
 自分の意思じゃ…ない。

 悲観的なことしか浮かんでこない。

 朝練時に随分と落ち込んでた先輩を見て少し胸が痛んだが、それでもどこか喜んでいる自分もいた。
 彼の元気を奪うほど、自分の存在は大きいのかもしれない。
 そんな、バカなことを考えたりして。
 悲しい表情をさせたくないと思っているけど、昨日受けたショックは大きすぎて演技でも普段通りにできなかった。
 他の部員や練習中は誰がみてもいつもとおりの越前リョーマだったが、レギュラ一名に対してだけは違った。
 決してわざとらしく避けたつもりはないが、何かにつれ二年の先輩の所へ逃げたり、終わったらそそくさと教室に走ったり。
 へこんでいるであろう先輩を思うと心が痛むが、普通に接するように気分を持っていくにはもう少しかかる。
 自分の中で気持ちを整理しないことには、前に進めない。

 図書委員の仕事―特に今回のような蔵書生理―はあまり喜ばしい作業ではないが、今日に至っては日ごろ自分のだらけた行いに感謝した。
 真面目に仕事をやっていれば、回ってこなかった蔵書整理。
 不本意ながら司書の先生所有のブラックリストに名を連ねてしまったが、そのおかげで今日の部活に遅れて参加できる。
 早くテニスをしたいと思うけれど、コートに入って部長がくるまでの間にあの人が寄ってくることを考えると、途中参加したいと願っていた。
 そんな矢先の図書委員の仕事。
 図書委員の先輩たちは、ブラックリスト入りとはいえ普通の生徒だった。
 やはり男が多かったが、唯一一年の自分に軽い仕事を任せてくれた。
 身長が低くて上の段に手が届かないからといって、図書カードの整理…といっても、膨大な量だが。
 一斉に掃除もするということで、図書室内は作業場が無いため準備室で取り掛かった。
 自分と、もう一人二年の図書委員で作業をしてから数十分。
『休憩しようぜ』と、二年生が準備室の窓を開けた瞬間飛び込んできた二つの影。
 そのまま準備室を出た先輩は気づきもしなかっただろうが、越前の双眸はばっちりと捕らえた。

 知っている人たちだったから、すぐわかったのかもしれない。


  準備室の窓から見えるのは、視聴覚室の窓際の様子。


 幸か不幸か、特別教室の窓は開いていたため、小さいが耳を澄ますと会話も聞こえた。
 二人は図書準備室から見えるなんて、思いもよらないことだろう。
 入ったことのある生徒しかわからないだろうし、だからといって窓から視聴覚室が見えることに着目する生徒もいない。
 自分が見たのは、本当に偶然。





 先日の言葉通り、自分以外を抱きしめる先輩。
 言われたことの無いフレーズを、笑顔で別の人に告げていた。






―『大好き!!』






 一瞬、目の前が真っ暗になった。
 朝の消沈はどこへやら、いつも以上の笑顔と明るい声で不二に抱きついて臆面なく言い切る姿、声。


 その言葉を聞いて、自分の中に巣くっていた霧が晴れるのを感じた。

『大好き!!』

 そうだ。
 あんなに悲しかったのも、部活に出たくなかったのも。
 あの人の笑顔が大好きなのも、曇らせたくなかったのも。
 すべては、『大好き』からくる行為。

 まさか、先輩が他の人に告げた言葉が自分の気持ちをはっきりさせるなんて。



 なんて皮肉な話。




 準備室で初めて明確な言葉となって浮き上がった気持ちだが、同時に決定打を撃たれた。
 ショックなことはショックだが、それでも曖昧な状況から抜け出せたことは自分の中でプラスになった。
 前に、進めるのだから。
 大丈夫。
 自分は大丈夫だ。
 朝は気持ちが追いつかなくて避けてしまったが、もう平気だ。
 ちゃんと話せるし、ラリーもできる。
 抱きつかれたり、一緒に帰るのは苦しくなるから少し遠慮したいけど、それでも平常でいられる。

 そう自分を納得させて、向かったテニスコート。

 大丈夫だと必死で言い聞かせたのに、コートに進むたびに早く打つ鼓動。
 ドクドク…周りに聞こえるんじゃないかと焦るくらい、大きくなっていく心臓の音。
 ちゃんと目を逸らさずにいられると思えど、先輩の頭が見えたとたん目深にかぶり直した帽子。
 意味深な視線を向ける三年の先輩にそっけない態度で返すが、その実、心の中では葛藤の連続。

 何で、あの人はアンタにあの言葉を告げたの?
 何で、先輩はあんなに楽しそうにしてるの?
 何で、アンタはそんな目でオレを見るの?
 哀れんでるの?
 全部、知ってる?
 オレがさっき知ったばっかの気持ち、お見通し?
 その上で、勝ち誇ってるの?

 あの人の隣。




 どうして…オレじゃないの?






 全然駄目ではないか。
 メンタルをテニスに引きずらないのが、自分の信条。
 例えどんなに苦しくても、コントロールできないようじゃ強くなれない。
 どんな練習よりも、これが一番難しいこと。
 今までは、メンタル面がプレイに影響することはまず無かった。
 それほど苦しい局面にたってないからとも言えるが、自分のコントロールが効いていたからと自信もある。
 だが、

 負けたらしい桃城に、『負けたんスか?』と生意気に返したりしたが、菊丸がドロップで決めたのに驚かなかったわけじゃない。
 多分、桃城以上に驚愕した。
 自分と遊びでゲームしたときも、ドロップを打つなんて皆無に等しかったから。
 いや、見たことがない。
 どんどん前に出て攻撃的に打ってくる先輩が、まさか相手の居をついてドロップを打つなんて。

 そんな頭脳的なこと、出来たんだ…

 失礼な考えを抱く反面、見たことのない彼のプレイを受けたのが自分ではない…という嫉妬。
 そりゃあプレイの一貫としてドロップを打つなんて、自分でもやるし他のプレイヤもする。
 でも、ダブルスのあの人が決め球でドロップを打つなんて、思わない。
 特にシングルスでゲームをやるときは相手の予想外の場所に打ち込んで、前半飛ばしてポイントを取るタイプ。
 裏をつくフェイントなど、しない人だ。
 彼のプレイ自体が、対戦者にとってみれば裏だらけなのだから。



 心の葛藤とはおかまいなしに、時間は過ぎていく。
 自分がコートに入ってきたことに気づいてない様子に、チクリ痛んだ。
 そのまま桃城と賭けゲームを始めた彼に、心がどんどん重くなった。
 自分との賭けだと候補にも上がらないモスなのに、桃城とのゲームなら出てくるのか。

 前に、二人で入ったことのあるファーストフード。
 他と比べて値段のする店なので、めったに行かない。
 昼食に入った店だけど、珍しがった自分に彼が言った言葉は『特別な時はモス!』
 学校帰りにモスなんて、贅沢!らしい。
 気分がよくて、天気もよくて、楽しくて、財布の中身も麗しい。
 そんな時に行くんだと言っていた。
 何で天気が関係あるのか疑問だったが、プラス尽くしの方がいいだろ〜?と笑う先輩に、こちらまで気分がよくなった。

 なるほど。
 今日の天気はいい。
 皆の輪の中で会話する声を聞く限りでは、気分もよくて、楽しいのだろう。

 鬱屈とした気分の越前とは正反対に、菊丸のコンディションはハイテンション。

 楽しそうにゲームをする菊丸に、無意識のうちにラケットを右手に持ち替えた。
 そのまま先輩目掛けてサーブを放った直後、はっとした。



何をやったんだ…?



 自分の行為に、どうしようもなく後悔。
 はっきりいって、八つ当たりだ。




どうしよう。

どうしよう。

どうしよう。

 脱兎のごとくコートから逃げ出した自分…何だかとても情けなく思えた。















 そして、走ること今に至る。

 校門を通り過ぎた辺りで、追ってくる気配に気づいた。
 振り向かなくても、誰だかわかる。
 走るタイミングと、靴の音。

 コートから全力疾走なため、だいぶ息も切れてきた。
 それでも、差が縮まらないよう全力で走る。
 適当に曲がってまけばいい話だが、そこまで頭が回らない。
 大通りを走って走って―――――


 中央第一公園。
















「待って、おチビちゃんっっ!」

















 公園の入り口を通り過ぎた瞬間、力強い腕が小さな手首を掴んだ。
 逃げようとする気持ちは変わらないが、一旦止まってしまうと今までの疲労が一気に全身を襲い、乱れた息しか出てこない。

「はぁ…はぁ、早いんだも…追いつけないか…と思っ…」

 こちらも息を乱しながら言葉を紡ぐ。

 昼の四時を過ぎたが、公園に人影は無い。
 入り口に佇む二人だけ。

「手…痛い」

 呼吸を整え出てきたのは、力を緩めない菊丸への抗議ともとれる一言。
 慌てて力を抜いたが、それでも逃げないようしっかりと握る。

「あっち、行こ?」

 喋らない越前の手を引っ張って、近くのベンチに座らせる。
 そのままどこかへ消えたと思ったら、すぐさま戻ってきて隣に座った。

「ハイ」

 プルトップの開いた状態で差し出された缶は、お馴染みのドリンク。
 無言で受け取り、口に持っていく。
 喉を通る炭酸が心地よかった。

 両手で缶を握り、視線は地面に固定。
 思い出したかのようにジュースを飲んでは、持ち直す。

 会話は無い。



 そんな状態が続くこと10分、だいぶお互いの息も整いってきたのを見計らって切り出したのは…










「ねぇ、何で逃げたの?」

 ゆっくりと、落ち着いた声で問い掛けた。
 それでいて、逃げるのは許さないとばかりに越前の手を握る。
 重なった手から伝わるのは、どこか心地いいぬくもり。

「朝からさ、色々考えたんだけど…今日、俺のこと避けてたよね?」
「…別に」
「うぬぼれじゃないと思う。俺のこと無視した」
「…」

 涼しい風か、頬をなぶる。
 日陰にいるせいか、初夏とはいえ太陽の遮断された空間の気温は低くて、どこか冷たくもある。
 ただひとつ、繋いだ手から暖かさが伝わってきて、逃げたい状況だったのに縫い付けられたかのように動けない。

「俺のこと…キライになった?」

 越前が自分のことを嫌いになるなんて、ありえないと思っていながら問う。
 むしろ、どこか確信じみたモノを持っているのに、それを出さず正反対なことを聞く菊丸。
 引っかかってくれればいいと願いながら、例え思い通りに進まなくても、もう手を離す気は無い。

「俺…さ。おチビちゃんに嫌われたら…どうしていいかわかんない」
「嫌ってなんか…」
「じゃあ何で逃げるの?」

 うっ…と、言葉に詰まった。
 はっきりとした本心。
 言うのは簡単だ。でも、
 告げて、どうする?
 
こんな思い、迷惑なだけ。
 困らせて、どうする?
 
ただ、笑顔が見たかっただけ。

 自分の気持ちがこの人の顔を曇らせてしまうのなら、…捨てた方がマシ。

 そう思っていたのに、彼の腕からは逃げられそうにない。
 本心を言わないと、離してくれなそう。
 たとえ適当な言葉を並べても、見抜かれる。

「ちゃんと言ってくれないと、わかんない」
「…ちゃんと?」
「おチビが自分の気持ち言ってくれないと、俺だって言えない」

 はっと顔を上げ、ぶつかる目と目。
 いつもの可愛らしい彼からは想像つかないくらい、真剣な眼差し。
 嘘は許さない―――そう言っている。

 でも…

 何で、言わないといけないんだ?
 せっかく捨てようと思ったのに。
 言動からして、菊丸も自分の本心に気づいているような気がする。

 待ってる?
 さらけ出すのを。

 でも…

 言ってどうなる?


 グルグル回る頭の中。
 整理した気持ちは、また混沌に引き摺られていく。
 わかってきた感情と、再びかき乱される心。



「オレだってわかんない!!」



 もう、何がなんだか判断できない。
 何を言ってるのだ?目の前の先輩は。
『ちゃんと言ってくれないと、わかんない』?
 そんなの、こっちの方がわからない。
 何で、そんな事聞くんだ。
 何を言わせたいんだ?

 自分は、何を言いたいんだ…?


「…っ!!」


 突然叫んで立ち上がった越前の腕を引っ張り、そのまま引き寄せる。
 大人しく腕の中に納まっている小さな体だが、混乱が手にとるようにわかった。


「ごめん」


 ぎゅっと抱きしめ、耳元で囁く。

「卑怯だった。…俺が先に言うべきなのに」

 落ち着いて見えたから、少し意地悪してしまった自分が悪い。
 平常を装っているこのコの本心を、見抜けなかった自分が悪い。

 抱きしめた腕から伝わる振動。
 少し震えている体を、よりいっそう強く抱きしめた。
 何度も何度も背中をぽんぽんと、グズる子供をあやすように優しく撫でる。
 そんな菊丸の行為に安心したのか、震えもおさまり乱れた息も落ち着いてきた。

「俺さ、昨日ウソついた」

 広い胸に顔を埋める越前の頭上から降ってきた声。
『昨日』が何を指しているかなんて、聞かなくてもわかる。

「誰とでもなんて言ったけど……おチビ以外にしないよ」

 丁度いい場所にいるから。
 サイズがぴったしだから。
 なんて、そんなのはただの言い訳。
 圧倒的に越前に抱きつく回数の多い自分の行為を、正当化しているだけ。
 本心を言ったら関係が壊れると思ったから、せめて今の状況を保ちたいという願望が引き起こした、下手な言い訳。

「おチビだから、抱きついちゃうんだ」

 変に思われないように。
 聞かれた時、咄嗟に思い浮かんだのはこのコが遠ざかってしまわないようにという気持ち。

「昨日、一人で行っちゃったおチビをバカみたいにボケッと見送って…すっごく後悔した――何で追いかけなかったのかって。だから、さっきは全力で追いかけた」

 後悔して、家に帰って、今までの出来事を辿って。
 気のせいだと自分を説得して、次の朝。
 部活での越前に、気のせいなんかじゃないと受けたショック。
 でも、何でそっけないのか理由がわからない。
 サーブを打たれて、不二に怒鳴られて。
 何だかわかってきた、このコの行動。

 自惚れじゃないよね?

 走っている間、普段使わない頭をフル回転させて導いた答え。
 昨日離してしまった手。
 追わなかった自分。
 すべてを反省して、思い直す。


 ここで追いかけないと、二度と手に入らない。


「やっと掴まえたんだから、もう離さないよ」

 きっと戸惑っているであろう越前を察するが、自分の気持ちを押し通してただ一言、告げた。








「好きだ」








 腕の中の体が強張るのを感じる。
 それでも、相手の気持ちが見えている今引く気は無かった。
 腕を緩め、小さな肩を手をのせ、顔を上げさせた。
 いつもの生意気な表情はどこにも見えない。
 迷っていて、どうしていいかわからない。
 でもどこか嬉しそうで、それでいて泣きそう。
 そんな色が見え隠れする顔は、今まで見たことのないこのコの一面。

 例えようもない程、愛しさが増した。



「好きだから、一緒にいたい。好きだから、抱きしめたい。…側に、いたいんだ


 最後の言葉に、強張っていた力が抜け、ずっと抱きしめていてくれた大きな背に手を伸ばした。
弱いけれど、しっかりと腕を回して返す、初めての行為。
 今まで抱きつかれるままだった自分が初めて抱きしめた体は、思ったより大きくて、どこか照れくさい。

 言葉下手な越前の精一杯の気持ち。
 言葉にしなくてもわかる、思いだった。





「うん」
「…っ…」
「わかってる」
「…」
「ごめん」
「ボール」
「ん?」
「ごめんなさい」




 嫉妬の末の、ツイストサーブ。
 今になってわかる失態。
 説明するまえに、菊丸は笑って必死に言葉を選ぼうとする越前の頭を撫でた。



「わかってるって。ヤキモチ―――だよね?」
「誰がっ!」

 嬉しそうに言う菊丸に、反射的に否定する。

「おチビちゃんが落ち込んでるのに、俺が楽しそうにしてたから」
「違うっての」
「朝はへこんでたのに、もう直ってる!って思ったでしょ」
「思いません!」
「でもね」

 越前の反論を取り合わず、笑顔で聞かせる気分浮上の理由。

 落ち込んでた自分にヒントをくれた親友。
 告白することを決めた直後は、嘘みたいに気分が晴れた。
 むしろ、何で言わなかったのか…変な言い訳してしまったのか、謎に思ったほど。
 親友を信頼しているから出せた答えでもあり、コートで背中を押してくれた彼には感謝してもしきれない。





 なーんてことを聞かされても…





「不二先輩…?」
「そ!」
「ふぅん…」
「あれ?おチビちゃん。何か機嫌よろしくない?」
「よろしいわけがないっス」

 ふと、忘れていた光景を思い出した。
 菊丸の告白を疑うわけではないが、図書準備室から見えた姿、聞こえた声。
 気持ちを確認しあった後でも、
 今は自分だけとはいえ、愛情表現として抱きつくのがこの人のクセだとしても、


 面白くない。



 ぶっきらぼうに、その事を告げると…


「え!?み、見てたの!?」
「バッチリ見えたっス」
「う、ウソ!」
「準備室からよく見えるんス。視聴覚室が」

 出てきた特別教室の名に、それが冗談でないことが伺える。

「不二先輩に抱きついて、『大好き!!』って」
「げっ…」

 決定的だった。
 越前の考えていることとは意味が違うが、それでも言い訳しないと。

「あ、あれはね〜違うんだよ」
「何がっスか?オレ以外には飛びつかないって宣言してた英二先輩」
「変な枕詞付けないで!」
「変?」
「い、いや、本当のことです。おチビ以外に抱きついたりしません」
「別にいいっスよ」
「よくな〜い!」

 喚く菊丸をよそに立ち上がると、空になったジュースの缶を投げた。
カン!
 小気味いい音を立ててゴミ箱に落ちるのを見送り、そのまま歩き出す。

「あのね〜あん時は嬉しくて、つい」
「『つい』か、ふ〜ん」
「お、おチビちゃん?」
「じゃあオレも『つい』で誰かに抱きついちゃうかもしんないっスね」

 ぼそっと言い放った越前に、その場で数秒硬直してしまったが、慌てて追いかけて一日ぶりのダイブ。

「ダメダメダメ!! おチビが抱きついていいのは俺だけ!
『つい』っスよ、『つい』
「ついでも何でも駄目なモンは駄目!」
「ふぅん」
「おチビちゃん…苛めないで」
「まだまだだね」
「まだまだじゃなーい!」

 笑いながら、公園を後にした。


















 戻ってきたコート内。
 二人とも静かに中に入って見ると…

 たった二人減っただけだとはいえ、計6人でのAコートは少し寂しい感じがする。
 ダブルスパートナに去られた大石を含め、レギュラ全員は乾と竜崎先生の球出しのもとボレー練習をしていた。
 その中で、そ〜っと入ってきた二人に真っ先に気づいたのはやはり部長。
 練習から抜けた彼が駆け寄るのは、当然二人の前。

(あちゃー、怒ってるかな〜)

 恐る恐る顔を上げた菊丸が見たのは、普段通りの手塚。
 次に来る台詞を予想してコートを出る準備をするが、

「菊丸、越前。グラウンド5周だ」

 てっきり30周か40周かと思いきや、思いがけない回数。
 不信に思い、菊丸と越前は顔を見合わせるが、

「英二に越前、おかえり」

 にこやかに手塚の後ろから登場した不二は、菊丸に目配せした。

「ふじ〜」

 やはり、親友。
『甘やかすのは止めた』といっても、自分のためにしてくれた事を思うと感謝感激。
 手塚を言いくるめたのだろう。
 どうやったのかは知らないが、不二のおかげで普段よりも少ない罰走で済んだ。
 かれこれ、こんな風に手を回してくれるのもう数え切れない。

 二人が上手くいったことに安堵して、微笑む親友への感謝の気持ちが極まって―――


「不二〜、ありがと!大好き!!」



ガシッ!
ピキ――




 菊丸が不二に抱きついたのと同時に、越前の顔が引きつった。



(あ…英二、バカ…)

 菊丸に抱きつかれたまま不二はため息をつくが、本人はわかっていない。



「英二、いいから。離れようね」

 べりっと菊丸をはがし、その体を越前に向けさせる。
 意図を察し、『しまった!』と無意識とはいえ何をしてしまったか気づき、手塚を見上げた時以上に恐る恐る越前に視線を向け…

「お、おチビちゃん…えっと、その」

 シドロモドロな菊丸を無視して、越前は不二の隣に立つ手塚の元へ歩み寄る。

「…?」

 近づいてきた越前に、手塚は眉を寄せるが、次の瞬間



「部長、ありがと!大好き!!」




ガシッ!
ピキ――







 不二に菊丸、いや、さりげなくこちらをチラチラ伺っていたその他レギュラ+α。
 それに何よりも…


 越前に抱きつかれた手塚が硬直した。







「ぎゃあ!何してるの、おチビ!!!」

 回復が一番早かったのは、愛のなせるわざだろうか、やはり菊丸。
 手塚から離れない越前を引っぺがして小脇に抱えると、そのままコートを出てグラウンドにダッシュする。











「ああ、びっくりした。越前もやるね」
「…」
「手塚?」
「…」
「おーい」
「…」




 手塚の硬直がとけるのは、もう少しかかりそうだ。
















 仲良く並んで走るグラウンド。
 さっきはあんなに嫌だった青空も、今はすごく嬉しい。
 さりげなくモスのことを聞いたら、『もちろんおチビも連れて行く』だって…
 桃先輩との勝負、まだついてないのにね。

 うじうじ悩んじゃったけど、もういいや。

 いつまでもオレの側で、その笑顔を向けてくれるなら。
 それだけで十分かも。
 なんていいながら、オレ、結構独占欲強いよ?
 誰に抱きついても先輩に直接怒りはしないけど、そっくりそのままお返しするかも。

 浮気なんて出来ないよ?
 そんなことしたらツイストどころじゃないから。

 覚悟しといてね。







 
桃との勝負がついてないって?
 そりゃあおチビが邪魔したからでしょ。
 でも、あそこでボールが飛んでこなかったら、今ごろ仲良く走ってなんてないよね。
 感謝…かな?

 え、何にって?

 もちろん!
 おチビがヤキモチやいてくれたことに!って…痛っ!!
 もう!
 照れたからって蹴らないでよ。

 でも、もうあんなこと止めてね?
 でないと気が気じゃない。
 俺以外に、あんな可愛い笑顔で抱きついたりしないこと!

 結構嫉妬深いんだぞ?え、わかってるって?
 浮気なんかしたら、閉じこもって泣いてやるから。
 化けて出るんだかんな!

 覚悟しとけよ?

















... love with you.


☆謝辞☆
にゃははは〜♪
悠木マリさまのサイト【PSソーダ。】にて、カウンタ1234を踏んで、頂いてしまいました、リク小説!
【シリアス風味で誤解、すれ違い勘違い、んで最後がギャグオチ】と言うよく判らん(−−;)リクエストに見事答えて下さいました!
前・中・後、と言うもう、読み応えバッチリな作品を頂いてしまって管理人は頬が緩みっ放しです(笑)

しかも、ヘタレ英二!(笑)
でも、決めるときは決める攻め英二!(笑)(笑)
好みだわ♪ 大好きだわ☆ ビバ! ヘタレ英二!!(←ヘタレ言い過ぎ;;)
ラストの固まった部長も良いですね〜☆
やっぱギャグと言えば、部長でしょう!(いつから、そうなった?・滝汗)
部長の内心を、ちろっと知りたい気もしないではないですが。
知らぬが仏かも知れませんね(笑)


本当にありがとうございました!!
また、キリバン踏んだらリクしても良いですか?(ニコニコ)