「どうしたの?」
「……」
「もしかして、お父さんとお母さんとはぐれたの?」

 不意に声をかけて来た自分より少しだけ年上の少年に、リョーマは頷いて答えた。

 寂しくて、怖くて。
 デパートの踊り場で、蹲って動けなくなっていたリョーマの手を、少年は取り上げて笑った。
 その笑顔に、リョーマは少しだけホッとして。

「いっしょに、さがしてあげるよ?」
 そう言う少年にくっついて、リョーマは歩き出した。

 だけど、探すと言ったのに、二人は五階にある玩具売り場に捕まって、あれこれと二人で見て回ってしまっていた。






 玩具売り場に飽きた頃。
 少年も自分が迷子であると認識して、急に元気を無くしてしまったのだ。
「……どしたの?」
「ぼくも……母ちゃんとはぐれた」
「……じゃあ、ボクといっしょだね?」

 リョーマの言葉に少年は、驚いたように目を見開いて、どこか嬉しそうに笑った。
「そうだね、いっしょだね。ぼく、エージ。おまえは?」
「……リョーマ」
「んじゃ、リョーちゃん。ずっといっしょにいてくれる?」
「うん。えと、エーちゃもいっしょにいてくれる?」
「もちろん! ぼく、リョーちゃんのことスキだから、いっしょにいるよ? リョーちゃんは、ぼくのことスキ?」
 エージの言葉にリョーマは嬉しそうに頷いた。
「ボクもエーちゃのこと、すきだよ?」

 にこっと笑って言うと、エージはリョーマの両手を掴んで、ほっぺたに唇を寄せて、キスをした。

「スキなひとにするんだって、テレビでやってた」
「ん。じゃあ、ぼくもするー」
 リョーマもエージの頬にキスをして、笑い合う。






 そんな時に、店員が二人に気付き、迷子センターに送られて、無事に互いの両親に会うことが出来た。

 二人が離れることを、物凄く嫌がったために、それから、ほぼ半年間。
 リョーマはエージの家に遊びに行っていた。

 だが、半年後にリョーマはアメリカに行くことが決まってしまい、リョーマは泣きそうな表情で、エージに離れたくないと訴えた。

 エージは、リョーマの言葉に、少しだけ悲しそうな表情をして、
「でも、お母さんと離れるのもイヤだよね?」
「……うっ、く……」
 コクンと頷くリョーマに、エージはその小さな手を伸ばして優しく、リョーマの頭を撫でて、
「もう少し、大きくなったらまた会おう?」
「おおきくなったら?」
「うん! 必ずおれが見つけるから! リョーマのこと迎えに行くから! だから、その時まで待ってて」
「ホントに?」
「もちろん! おれだって、リョーマと離れたくないもん! でも、今はしかたないから……。だから、また、会おうって約束しよ?」




 エージの部屋の二段ベッドの上段で、二人して布団を被って、小さな小指を絡めあう。



「絶対に、リョーマを見つけるからね」
「ぼくも、エージ見つける。ねえ、エージ」
「なに?」
「あのね。ぼくのこと見つけたら、直ぐにキスしてくれる?」
「もっちろん! リョーマのことダイスキだからね!」






 そう言って、エージは全開の笑顔を見せて、リョーマの唇にキスをした。
 触れるだけの……優しくて暖かな、可愛いキスに、リョーマも微笑んで頷いた。



「ヤクソクだよ? エージ」
「うん。約束だよ。リョーマ」








 別れ際に、二人で撮ってもらった写真を大事そうに抱えて、リョーマはエージの家から帰って行った。















 そして――二人はそれから会うことはなかった。


















 約8年後……。
 リョーマが中学一年。
 英二が中学三年の春まで……。























遠い約束
第一話 全ては忘却の彼方に……


 春……満開の桜が散る中。
 リョーマは、鳴り響くチャイムに慌てて飛び起きた。

「入学式……」


 スッカリ、桜の根元で眠りこけ、思いっきり入学式をサボってしまった。

 軽く溜息をつき、リョーマは傍にあったテニスバックを持ち上げて、取り敢えず校舎に向う。
 クラスは確認しているから、直接教室に行けば、何とかなるだろうと考えて、歩き出したところで、前から来た誰かとぶつかりそうになった。

「ああ、ごめん! 大丈夫?」
「……ッス」

 明るい声に、リョーマは目を上げた。
 ふと、記憶がフラッシュバックして、遠い昔に半年ほど一緒に遊んだ少年を思い出した。
 実際、忘れたことはなかったのだ。
 手元に残った写真の後ろに書かれた日付と、母親が書いてあった文字を見ていたから。



 この人は……あの子じゃないんだろうか?
 そう思って、声をかけようとした。



「ホント、英二って粗忽だよね?」
「ああ、もう、煩いな〜! 不二は一言多いんだよ!」
「それより、早く行かないと、また手塚に走らされるよ」
「ああっと。そうだった……んじゃね、おチビちゃん」
 ポンポンと頭を軽く叩かれて、彼は駆け出して行ってしまう。





 そこで気が付いた。
 彼らが着ていたジャージと。
 持っていたテニスバックに……。

「テニス部員……」
 ずっと幼い頃からやって来たテニスを、彼もやっているんだと知って、何だか単純に嬉しかった。





 まだ気付いてないみたいだけど、気付いたら驚くかな?
 また会えて、喜んでくれるかな?






 あの時、約束したこと、憶えててくれるかな?






 リョーマは、心の中で期待を膨らませて、校舎に向かって駆け出した。
 その期待を、無残に打ち砕かれることなど。
 予想もしないで――



























 その日は、レギュラー陣は遠征に出かけていないと聞かされて、些かガッカリしたものの、思わぬ相手と対戦することが出来て、リョーマは満足していた。

 二年の汚いゲームを看破して、サーブを繰り出し、
「ねえ、100球当てたら、100万くれるの?」
 挑発的なことを言ってみる。
 悔しそうに眉を潜める二人の二年が用意したそのテニスボールの缶が、凄い勢いで弾き飛ばされて。

 さっき、テニスコートを全く逆の方向で教えてくれた二年が立っていた。

 なし崩し的に、その二年と対戦することになって、リョーマは軽く息をついた。
 彼が足を痛めていることに、気付いたからである。
 だが、対戦を避けられそうにもなく――

 仕方なしに、少しだけ打ち合った。
 想像以上に、対戦は面白く、でも、このまま続ける訳には行かないと、リョーマはラケットを左に持ち替えた。
 と、相手は不意にやめると言い出して、リョーマは軽く苦笑を浮かべた。


 自分が左利きと知ってる……そう思って、リョーマはあっさりとコートを出た。





 家に帰って……明日には、英二に会えることが嬉しくて、リョーマは柄にもなくドキドキしている自分に苦笑して。



 その日は眠りについた。





    ☆   ☆   ☆



 翌日の部活で――
 また、知らない二年が絡んで来て、取り敢えずその場はやり過ごしたところに、【青学レギュラー陣】が揃ってコートに入って来た。


 その中に、英二の姿もあって、リョーマは我知らず、表情を綻ばせた。


 副部長の大石が、部長が来るまで好きに打ってて良いよと言って、我先にとそれぞれがコートに駆け込む。
 そんな中。
 レギュラー陣は、大石の出すロブを、それぞれ交互に打ち返し始めた。
 その全てが、反対側にあった籠の中へと入って行く。



「すげえ!」
「全員、どこにロブ出しても、すべて……正確に籠に返してる!」


 ざわめく周りに、リョーマは冷静にその光景を見詰めていた。
 と。
 大石が打ったロブが、大きく弧を描いて、相手コートにいた面々の頭上を越えてしまった。
「あ、しまった……デカイ」


 自分の前に落ちて来るそのボールを、リョーマはジッと見つめて、打ち返した。



 そのボールは、レギュラー陣と同じように、籠の中に決まった。
 自分を見つめて来る視線を感じる。

「案外、簡単だね」
 ポロっと漏らすと、さっき躱した二年が、「しゃしゃり出るんじゃねえ」とリョーマの胸倉を掴んで来た。




「コート内で何をもめている?」


 現れた……とても、中学三年には見えない少年に、部内の空気が張り詰める。
「騒ぎを起こした罰だ。そこの二人、グラウンド10周!」
 抗議しようとした二年の言葉を遮るように、更に周回を超過されて【20周】になってしまい、二年は返事とともに駆け出した。
 リョーマも頭を掻きながら、嘆息を漏らしつつコートを出て行く。




 走りながら、英二の姿を目で追い、それだけでも満足してしまう自分に、苦笑を浮かべてしまう。
 結局、この日は、英二と話すことが出来ず、向こうが話し掛けて来ることもなかった。






     ☆   ☆   ☆



 翌日は、昨日の二年が、ラケットを隠して、古びたラケットを差し出し勝負を挑んで来た。
 下らないと思いつつ、コートに入って、ネットの前に立つ。

「いいよ、やろうか?」
 そう言って相手を見据える。
 どこまでも強気で不遜なリョーマの態度に、二年の方が少し息を飲んだ。


 結局、ボロボロのラケットを使いこなしたリョーマが勝った訳だが、その場の全員、レギュラーも含めて走らされてしまった。

「ねえねえ、おチビちゃん」
 ランニング中に、いつの間に隣に来たのか、英二がニコニコしながら声をかけて来た。
「入学式の時、桜の木の下で会ったの、憶えてる?」
「……ッス」
「テニス部だったんだね〜? オレ急いでたからさ、よく見てなかったんだ」
 そう言って、また笑った。
(変わってない……あの時の、すっごく安心出来る笑顔のままだ)
「オレ、菊丸英二。よろしくねん♪」


 キクマルエイジ……。

 やはり、そうだと。
 リョーマは、苦笑浮かべて、英二向かって頭を下げた。
「……越前リョーマっす」
「知ってるよん。昨日、桃に聞いたから♪」
「……?」













 ふと、何かが心に引っ掛かった――








 それだけ?






 知ってたのに?








 昨日の内から、オレの名前を知ってたのに?





 オレが、【越前リョーマ】って知ってたのに――?











 なのに、声をかけてはくれなかったのは、どうして?






 疑問が頭の中を駆け巡る。


 それからも、何だか賑やかに話し掛けて来る英二の言葉を、上の空に聞きながら、リョーマはひとつのことをずっと考えていた。











    ☆   ☆  ☆

 部活が終わって、リョーマは他の一年と一緒に片付けを終えて部室に向う。

 部室の中では、英二を筆頭にして、桃城と二人で何だか楽しげに盛り上がっていた。
 残っていたのは、英二と桃城。それに鍵を預かっている大石と不二の4人で、他の面々は既に居なかった。

 まだ、残ってるレギュラー陣に、緊張したように他の一年は、慌てたように着替えて、部室を飛び出して行く。
 その中で、リョーマは一人だけ、ゆっくりと制服に着替えていた。


「ねえねえ、おチビちゃん♪ 今日、一緒に帰らない?」
 英二がリョーマに気付き、そう声をかけて来て、リョーマは視線だけを英二に向けた。
「良いっしょ?」
「……別に……良いですよ」
 そう答えてて、リョーマは脱いだテニスウェアをバッグに放り込んで、チャックを閉めると、それを肩にかけて立ち上がった。

「……やりっ♪ んじゃね! みんな、お休み〜♪」
「お疲れッシタ」
 二人して部室を後にする。

 春とは言え、日が暮れたことで、少々気温の下がった風が吹き抜ける。

「夜になると、まだちょっと寒いな〜」
「……」
 並んで歩きながら、英二が能天気な声を上げる。
「寒くない? おチビちゃん」
「大丈夫っす」

 リョーマの言葉に、英二は安心したように笑って見せて、それから色々と話を始めた。
 話の主な内容は、テニス部レギュラー陣のことで、リョーマはただ、黙ってそれを聞いていた。

 あんまり乗り気じゃないリョーマに、英二はハタっと喋るのをやめて、リョーマの方に視線を向けて、恐る恐る問い掛けた。

「あ、つまんなかった?」
「別に……。先輩たちのことでしょう? でも、まだ名前と顔が一致しないっすけど」
「ああ、そうだよねえ? 昨日会ったばっかだもんね」
 少しだけホッとしたように、英二が言い、よく判らない曲を鼻歌で歌い始める。

「ねえ……」
「ん? なあに?」
「……子供の頃のこと……憶えてます?」
「子供?」
「……4歳か、5歳くらいから、6、7歳くらいの時のこと」
「……ええー? 憶えてないよ〜そんなん、憶えてたら奇跡だって!」

 英二は、リョーマの問いかけにこともなげに言い放った。









 オボエテナイヨ



 オボエテタラ、キセキダッテ!





 オレは……憶えていたのに?











「でも、忘れらない思い出ってあるでしょう?」
「んーそれはあるかもだけど。でも、その内、夢と現実の区別つかなくなって、曖昧になっちゃうんじゃないかな?」
「……そんなもんスか?」
「……どしたの? おチビちゃん?」

 ますます表情を消して、ただ、前だけを見つめるリョーマに、英二は戸惑ったように、言葉を探した。


「オレの家、こっちなんで」
 そのまま、右に曲がろうとした英二に、リョーマは真っ直ぐの道を指差して言った。
「……え? そうなの? じゃあ、家まで送ってくよ」
「別にいらないっすよ? じゃあ、お疲れッシタ」
「待って!」

 そのまま駆け出そうとしたリョーマの腕を掴んで、英二は戸惑ったままの状態で、言葉を絞り出した。

「オレと二人でつまんなかった?」
「……別に」
「――おチビちゃんは、忘れられない思い出を憶えてるの?」
「……さあ」
 英二が掴んでいる腕を、やんわりと外して、
「それじゃ、失礼します」

「あ……」
 まだ、何かを言おうとする英二を無視して、リョーマは駆け出した。



























 憶えてない。
 オレは、エージに取っては、知らない人間と同じ。




 なら、オレもそう振る舞おう。














 あれは、オレの知ってるエージじゃない。
 オレを知ってるエージじゃない。






 あれは、ただの二歳年上の先輩……。

 青学で初めて会った……三年の先輩……その一人ってだけで……。





















「会いたいよ、エージ……」





 リョーマは、ポツリと呟いて……辿り着いた自宅に足を踏み入れた。






<続く>
テニプリ初連載です。
今までのシリーズとは違いますので(^^;)
ちょっと、パラレル入ってますね。

英二とリョーマさんが、
子供の頃に会ってた……なーんてある訳ないんですが(笑)
夢見させて下さい(−−;)

書きたかったこと、先ず一つ目は、
約束を憶えていたリョーマさんと忘れていた英二。

他にも書きたかったことあるんですけど。
それはネタバレになるんでまた今度ーVvv

しかし〜どこまで続くか微妙に謎なんですけどね。
だって、これだけでプロット切った起承転結の起の途中ってのが……;;

どこまで続くか判らないんですけども、
基本的に英二を泣かせる予定ですので(リョーマさんは泣かないだろうな〜)
でも、菊リョですよ? ええ、菊リョです!

どっちでもいいんだけど(遠い目)

これからも、お付き合い頂けると嬉しいです!

ここまで読んでくれて、ありがとねーVvv