Trick<前編> |
「エージ先輩」 珍しく、部活が休みなフリーな日に。 一緒に出かける約束をして、英二は待ち合わせの時間に、待ち合わせの場所に向った。 既に待っていたリョーマに、英二は嬉しそうに挨拶をして、リョーマの手首を取った。 だが、リョーマは足を踏ん張るようにして、歩き出さず、その場に立ち尽くしている。 そうして、英二を呼んで、真っ直ぐに見つめて来た。 「何……おチビちゃん?」 「……もう、別れませんか?」 リョーマの言葉に、心臓が激しく反応した。 「……――え?」 「やっぱり『同じ世界』にいないと付き合うの、難しいっすよ。先輩は、高校で新しい世界を作ってそこに溶け込んでいく。オレは、今まで違う青学のテニス部で、別の世界に住む。それに、中学生と付き合ってるのは、高校生にとっては恥ずかしいんでしょ?」 無口な彼が饒舌に言う。 そのことが、現実味を半減させていて、英二は困惑したように、リョーマを見詰めた。 「ねえ? もう、やめない? どうせ、こんなこと、長く続いたりしないんだから……」 リョーマはそう言って、英二が掴んでいた手を、やんわりと振り解いた。 「リョーマ……? 本気?」 「……本気っすよ?」 「だって……この前……オレが別れようって言ったって夢を見て、おチビ泣いてたじゃん……?それでリストバンド……交換して……」 「ああ……そう言えば、そんなこともありましたっけ?」 リョーマはそう呟くように言って、ポケットからリストバンドを取り出した。 「これっすね……もう、要らないっす。先輩のも捨てて下さい」 リョーマは手に載せたリストバンドを、そのまま地面に落とした。 「じゃあ、さよなら。菊丸先輩」 「……待ってよ! 何でいきなりそうなんだよ? おチビ! リョーマ!!!」 リョーマは一度も振り返らずに、公園を出て行く。 「……何で? どうして……急に……」 英二は、リョーマが落として行ったリストバンドを拾い上げて、握り締めた。 「何でだよ!!? リョーマ!!!」 春の風が吹き抜け、どこからともなく、桜の花びらが、舞い踊る。 英二は暫くそこに、立ち尽くしたまま、微動だにしなかった。 ☆ ☆ ☆ がん! いきなりリョーマが、ゴミ箱を蹴っ飛ばしたので、側にいた不二が苦笑を浮かべて、問い掛けて来た。 「機嫌悪いね、越前くん」 「……うるさいっす」 「でも、罰ゲームだしね」 「……………でも、エージ先輩は関係ないじゃん」 ボソッと呟くように言って、不二を見上げながら睨みつける。 「……そうだぞ、不二。大体、ウソっても吐いても良いウソと、悪いウソってあるんじゃないか? これは、ちょっと悪趣味だぞ?」 「……そう? でも、最初からの決まり事だしねえ?」 全く悪びれた様子のない不二に、リョーマも、大石も他の元青学レギュラー陣の面々と桃城、海堂も溜息をついた。 昨日の部活の最中。 卒業した不二たちが、英二以外遊びに来ていたことから、ことは始まった。 部活が終わったあと。 簡単なゲームをして、それで負けた者は翌日の4月1日に、一番大切な人に対して『効果的なウソをつく』と言う罰ゲームが課せられた。 何でそう言う展開になったのか、もうそれは既に誰も憶えてなどいない。 ともあれ、リョーマが最下位になってしまい、今日のこの日に、嘘つくと言う罰ゲームを強要されたのである。 どんなウソをつけば良いのか、浮かばなかったリョーマは、不二がメモしてくれた物を読んで顔を顰めた。 もちろん、抗議し、別のことにして欲しいと言ったのだが、不二は『敗者が言う我が侭じゃないよ? それに、自分でどんなウソをつくか決められたのに、放棄したのは越前だろう?』と、ニッコリ告げられたのである。 やると決めたら徹底的なリョーマは、完璧にウソを演じて見せた訳だが……。 物凄く後味が悪い。 これが、原因で英二に嫌われたらどうしよう……と返って動揺していた。 「不二……何気に仕返ししてるだろう?」 呆れたように、大石が言う。 「仕返し?」 「……ああ。去年の4月1日。オレたち、英二のウソに振り回されたからな」 「……!?」 リョーマが驚いたように、大石を見上げて、目を見開いた。 「英二が好きそうなイベントだろう? 『エイプリル・フール』って……。それで、去年はハメを外したんだよな」 「今年は……忘れてるのかな?」 リョーマはポツンと呟いた。 罰ゲームとして、英二にウソをつくことを強要された訳だが。 本当にイヤなら拒否できたのも事実である。 それでも、リョーマが渋々ながらウソをついたのは、不二がこう付け足したからである。 「ああ、それじゃ……もし、英二がこれがエイプリルフールのウソだって、今日中に気付いたら、これ上げるよ?」 それは、ペアの遊園地フリーパスチケットと、ホテルの宿泊券だった。 遊びに行きたいけど、先立つものがなくて、ぼやいていた英二を思い出し、これがあったら、喜ぶかもと思ったリョーマは、ついつい、実行してしまったのである。 「あれ? 英二先輩いなくなってるぜ?」 桃城の声に、その場にいた全員が、英二がいた筈の場所に視線を向けた。 確かに。 茫然と立ち尽くしていたはずの場所に、英二の姿はなく。 英二の行方は、その時点で判らなくなってしまっていた。 「……エージ?」 リョーマは、途方にくれたように、大切な恋人を呼び、不二の誘いに乗った自分を、歯噛みするほど、嫌悪していた。 <続く> |